28話 迫る太陽
カイルによる誘拐、魔物密輸事件後、彼は一度エグマリヌ公国に戻っていった。裏を調査した結果、予想していたよりも多くの人々が関わっていたらしく、本国でより情報を精査する必要があるそうだ。
馬車に乗る直前すぐに帰ってくると言っていたが、果たしてどうだろうか。事件後渡しておいた、魔物の首輪が役に立てばいいのだが。
「食欲がありませんか?」
うーんと考え込んでいると、ダンが顔を覗き込んできた。慌てて顔を起こす。
ギックリ腰は悪化していた。しかし、なんとかイチゴフェアには間に合ったようで、今は町へイチゴクレープを食べに来ていた。
「そんなことないわよ。少しカイルのことが心配で」
「心配? 毒を盛られておいて呑気なことを」
ディランはクレープを飲み込み、クリームを頬につけたまま言った。
「睡眠薬しか飲まされていないわよ。私に危害を加えることが目的じゃなかったしね」
結局、カイルは誘拐したことを正直に話したらしい。やり方は強引だが、昔から仲のいい存在を心配する気持ちは分からなくもない。ルミナス自身も、メイドのエミリーに見合い話が来た時は、相手がどのような男性なのか気になって仕方がなかった。
ちなみに、そのお相手はルミナスに取り入るために近付いたらしく、そのことを知ったエミリーは真顔で紅茶を相手にぶち撒けていた。手が滑ったと棒読みで言っていたが、絶対わざとである。相手を見下ろすエミリーから冷え冷えとした圧力を感じ、即座にお帰りいただいたことは言うまでもない。
「目的を聞いたのか?」
「ええ。貴方のことを聞いて来たわよ」
「……はぁ」
内容を察したのか、ディランは呆れた様子でため息をついた。
「どこまで心配するつもりなんだあいつは。もう子供でもあるまいし」
「大切な人なら、いくつになっても心配してしまうものよ」
「……」
ディランは無言でまたクレープを食べ始めた。もう二皿目に進んでいる。
セオドアの言う「反抗期の弟」がどんなものなのか、少し分かったような気がした。
「そういえば、ノアはどうしたのかしら?」
実は、今日はいつもの四人以外にセオドアとノアも参加することになっていた。しかし、当日になってノアが断ったのだ。
セオドアはルミナスの言葉を聞き、頬をかいた。
「実は、夏に行われる建国祭に必要な花達の用意を任されたようなんです。パレードや飾りつけに使われるので、主催者達と計画をたてる必要があるみたいで、急遽王宮に呼び出されたと言っていました」
「そうだったのね。これから忙しくなりそうね」
「ええ。本人は楽しくなりそうだと目をキラキラさせていましたが、過労で倒れてしまわないか今から心配です」
「そうね……」
キラキラどころかギラギラとした瞳で花を持ち、町のあちらこちらを走るノアの姿を想像する。
「私、建国祭って好きですよ。色んな催し物があって、見ているだけで楽しそうです!」
セレナはクレープを切る手を止め、頬を赤らめながら目を瞑った。思い出に浸っているのだろう。
ルミナスも建国祭は楽しくて好きだ。学園に入ってからは建物の中から眺めるだけだったが、幼い頃は家から抜け出してまで参加していた。
「僕も好きです。皆さん楽しそうで、温かな気持ちになりますよね」
「わかります! あと、当日限定のアメトリアドリンクも不思議な味で好きです」
「ああ、あれ意外と美味しいですよね」
「なんだそれは」
食べ物(飲み物)の名前が登場して、ディランはクレープから顔を上げた。
「スミレの砂糖漬けと、バタフライピー、レモンを使った甘いドリンクなんです。アメトリア王国の民である特徴、紫色と黄色の瞳をイメージしているそうですよ」
「へぇ」
「ほぉ」
ダンの説明にディランと二人して頷く。商品名は聞いたことがあるが、作られた理由までは知らなかった。
そういえば、忘れていたが小さい頃に飲んだことがある気がする。花が浮かぶ、紫色をした宝石の海みたいで、不思議な魅力を感じたことを覚えている。
独特の味がして飲んだのは一回きりだったが、今飲めば美味しいと感じるかもしれない。セレナとダンの「おいしい」はあまり信用できないが。
「劇もしますよね。私はこちらに来てから毎回観に行っています」
「私も毎年観に行っているわね」
「やっぱりそうなんですね」
「えぇ。公爵家は毎年招待されているわ」
「えっ?!」
セオドアは鞄からメモとペンを取り出した。
「回ごとにお話を伺っても?」
「今はクレープを食べているから、また話しましょう? 覚えているかもわからないし」
「はい……」
あからさまにしょんぼりと項垂れるセオドア。いそいそと鞄に取り出したものをしまう姿を見て、少し胸が痛む。
「そういえば、メインは大劇場だけれど、他の劇場でも行われているわよね?」
そう声をかければ、セオドアは顔をガバリと上げた。
「そうなんです! あっ、よければ皆さんで観に行きませんか?」
「いいですね!」
ルミナスより先に反応したのはセレナだった。
「ルミナス様とのお祭り、楽しみです!」
「俺もいるぞ」
「僕もいますよ」
「達をつけ忘れてました」
うっかり、と星を飛ばして来そうな軽さで言うセレナ。
「まあいい」
そう言って、ディランは立ち上がった。もう食べ終わったようだ。
「今から最適ルートを探しておかないといけないな」
「……念のために聞くけれど、何をする上で最適なのかしら?」
「決まっているだろう」
ディランは店の出口に置いてあった町の地図を手に取った。
「限定メニューを全破するためだ」
遅れて「あと演劇も」と付け足すディラン。セオドアとの話をちゃんと覚えていたようだ。
ルミナスはダンと顔を見合わせた。すると、彼はディランの方を向き、諭すような声色で言った。
「建国祭は来月だから、まだ情報は出ていませんよ」
「……そうか」
『真顔の冷血漢』からいつの間にか『真顔の食いしん坊』に変化してしまったディランのイメージ。
それが面白くて、ルミナスは笑いそうになるのを堪えてクレープを頬張った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イチゴフェアに行ったその日の夜、ルミナスは自室でベッドに入り、本を読んでいた。
すると、コンコンと誰かが窓をノックする音が背後から聞こえて来た。
「はいはい。だれ……」
ベッドから起き上がったところで止まる。ここは最上階の端部屋。誰かが来れるはずがない。
(まさか……幽霊?!)
念のため棚にかけていた剣を右手で持ち、魔法も使えるように左手には魔力を込める。
(えい!……って、えっ?)
「よっ」
恐る恐る振り返ると、そこにいたのはカイルだった。それも、空飛ぶ絨毯に乗って。
「カイル?! いつ戻って来てたのよ?!」
コンコンと窓を叩くので、混乱しつつもルミナスは鍵を開けた。すると、バタバタと風に絨毯の端を靡かせ、カイルは窓枠に手をかけた。
「さっき帰ってきたんですよ」
「ちょっと貴方ね! レディーの部屋に入るつもり? それも夜に、あっ、でも入らないと危ないわよね……」
どうしよう。やましいことがある訳じゃないが、この様子を誰かに見られていたら困る。
「いや、すぐ終わるから大丈夫ですよ」
「すぐ終わるって何――」
「はい、どうぞ」
「えっ?」
目の前に差し出されたのは、宝石と金の装飾がふんだんにあしらわれた、オルゴールのような小箱だった。
「開けてみてください」
促され、開けてみる。まさか幻覚作用のある毒霧でも入っているんじゃないだろうな。
「……青い宝石の髪飾り……アクアマリンかしら?」
「そうです! さっすがルミナス様、わかるんですねぇ」
「何よこれ?」
「言ったじゃないですか。謝罪の品を用意するって」
「それでこれなの?」
「うちはアクアマリンが最もよく取れますから。お気に召しませんでしたか?」
髪飾りに嵌め込まれたアクアマリンは、月を透かしてしまうほど澄んでいた。
「いえ、綺麗だと思うわ」
「なら貰ってくれますか?」
「ただの装飾品と見せかけた魔道具だったりしないわよね?」
「そんなこともうしませんよ!」
「……わかったわ。有り難く頂戴しておくわね」
「よかったです」
そう言ってカイルはニコリと笑った。
「でないとまた何か渡してきそうだから」
「あ、わかります?」
「後ろにそれだけ箱があればね」
カイルの後ろには大小様々な箱が置かれていた。綺麗にラッピングされていることから、プレゼント用だと伺える。よく落ちないものだ。
「魔物の件、五人の部下が他家の者と組んでました。ルミナス様のお陰で命が助かったようなものです。ありがとうございました」
「そう言うわりには、砕けた口調に変わってるわよ」
「愛嬌ってことで、許してくれません?」
「……仕方がないわね」
そう言って笑うと、カイルも笑みを溢し、窓枠から手を離して絨毯に飛び乗った。
「薔薇のように美しいけれど、棘のような性格をした令嬢。そう聞いていたんですけど、まったく違いましたね」
「ひどい言われようね」
しかし、間違いではない。セレナ達と会うまでのルミナス、いや、このループを迎えるまでのルミナスは、噂通りの人物だったのだから。
「今は真実が知れてよかったと思っていますよ」
「そう。ならよかったわ」
ひとまず危険人物からは外されたようだ。
「じゃあオレはディランに報告して来ます」
「わかったわ。落ちて怪我をしないようにね」
「はい。あっ! オレがここへ来たことは、秘密でお願いしますね」
「はいはい」
カイルに別れの言葉を告げる。
「あぁそうだ」
すると、部屋から少し離れたところでカイルが振り返った。
「噂、ちょっとは当たってましたね」
「どういうことかしら?」
まだ疑われているのだろうか。ドキドキしながら先の言葉を待つ。
「薔薇のように美しい、という噂ですよ。危険なくらいにね」
「なっ……!」
唇に指先を持っていき、少し低めのトーンでそう言うと、カイルは絨毯をはためかせて夜空に消えていってしまった。
静けさの戻った部屋の中でルミナスは固まっていた。
「そ、そういえば女タラシなことでも有名なんだったわ……!」
逆光で光る青い瞳は、永遠に続く深海のように魅惑的だった。




