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27話 沈む太陽

 ディランは綱を引いた。

 一度セレナを岸に届けると、グリフィンは再び飛び上がり、船上に降り立った。旋風がルミナスの髪を大きく揺らす。


「早く降りるぞ」

「えっ」


 腰に手が回ったかと思うと、ルミナスはグリフィンに乗っていた。


「ちょっとまっ、ウッ!」


 ブワリと風を巻き起こし、グリフィンと共にルミナスは空に舞い上がった。高い。高過ぎる。そしてそのまま急降下。助けに来てくれたのは非常に有り難いが、操縦が大雑把すぎて気が飛びそうになる。


「着いたぞ」

「あ、ありがとう……でも私を猫のように持ち上げるのはやめてちょうだい」

「その方が早いかと思ったんだ」

「まぁ、確かに……」


 真顔でグリフィンを見送るディラン。ルミナスも飛び去る様子を見ていると、背後からガサガサと木々が揺れる音がした。

 振り向くと、馬と共にダンが出てきた。心配そうな表情で肩を上下させている。

 ダンは馬から降りてルミナスの元へやって来きた。


「よかった。ご無事だったんですね」

「ええ。ダンも来てくれたのね」

「セレナさんが声をかけてくれたんです」

「セレナさんが?」


 パッと遠くを見ると、セレナが真顔で――


「ルミナス様に何をしたんですか?」

「まっ、待ってくれよ!」


――カイルの胸ぐらを掴んでいた


「ちょ、ちょっと待ちなさ、いたっ!」

「ルミナス様!」


 止めようと一歩踏み出した途端、腰に激痛が走る。咄嗟に差し出されたダンの手を掴んだ。

 そうだ。焦って忘れていたが、ギックリ腰を患ったばかりなのだった。


「ルミナス様! 大丈夫ですか?! 自白剤とか睡眠薬とか盛られていませんか?!」

「何?」

「そうなんですか?」


(セレナ。貴女はなんて勘がいいのかしら)


 こちらへ駆けてきたセレナと入れ違いになり、ディランがカイルの元へズカズカと歩いていく。そのままカイルが背中を預けている岩に足を乗せた。ガッと表面が砕ける音が微かに聞こえてきた。


「あの魔物は何なんだ?」

「いや、オレも知らないんだよ。誰かが密輸船として使おうとしていたらしい」

「あれはお前の船じゃないのか?」

 ディランは遠くに流されていった船の方向を指した。

「そうさ。部下の誰かが裏切ったんだと思う」

「でも、あの船には私とカイル様、カイル様の執事しかいなかったのでしょう?」


 ルミナスはセレナとダンに肩を持たれながらカイルの元に着いた。


「そのはずなので、まずは執事に話を聞きたいんですけど、先ほどから姿が見えないんですよね」

「はぁ?」


 カイルに冷ややかな目線を送るディラン。これは流石に怒っているとわかる。


「ルミナスに毒を盛り、誘拐し、魔物に襲わせようとしたり……やけに付き纏ってくると思っていたら、何なんだ」

「待てよ! オレは襲わせようとしてないぜ」

「毒を盛ったこと、誘拐したことは本当なんだな?」

「それは……」


 カイルは弁明をしようと顔を上げて主張するも、ディランの地を這うような声と言葉に一蹴されてしまった。


「ディラン」

「なんだ」

(こ、怖い……!)


 場を収めようと声をかけるも、ギロリと睨まれてしまった。


「(カイル様が)あることを知りたくて、こっそりお話をすることになったのよ。誘ったのは私。公爵家の令嬢に頼まれて、伯爵家の息子が断れるはずがないでしょう?」


 後半、カイルに対する戒めも兼ねて「公爵家」を強く言った。問題にしたくないなら黙っていなさい、ということだ。


「あることだと?」

 ディランの眉間のシワがより深く刻まれる。

「そうよ」

「それはなんだ?」

「えーっと、あ、貴方の昔の話?」

「……はぁ?」


(うぅ……やっぱりダメかしら?)


「何故そんなことを聞こうとしたんだ」

「へっ?!」


 ディランはグルリとこちらを向き、ルミナスを見下ろしてきた。相変わらず顔はムスッとしている。

 カイルとディランの関係が悪くなることで、どのような影響が出るか読めないため、なるべく二人には仲良しでいてもらいたい。ここは穏便に済ませよう。


「と、とと友達の昔話って、気にならない?」

「友達がいたことがないから知らない」

「あら一緒ね。じゃなくて、そういうものなのよ」

「……そうか」


 少し間を置いた後、ディランはまたカイルの方を向いた。


「魔物の密輸を解決できたら許してやる」

「逆にできなかったら?」

「…………しばらく話さない」

「イヤダーー!!」


 そう叫んでカイルはディランに抱きついた。そして引っぺがされる。

 理想通りに場を収めることはできなかったが、解決策を提供することはできた。恐らく、ディランは解決できなかった場合の答えを用意していなかった。ということは、条件は出しているものの、ほぼ許したようなものである。


「あ」

「どうしたの?」

 ダンはセレナにルミナスを預け、森の中へ入っていった。


「そういえば、こちらへ来る際に怪しげな人物がいたので、一緒に来てもらったんです」


 ダンが引っ張ってきたのは、縄で手首を縛られたカイルの執事だった。なんの躊躇いもなくあっさりとした表情で連れてくるものだから、ギャップで目と脳が混乱するじゃないか。


「さっきまでどこに隠していたの?」

「木のそばにいてもらっていました」

「括り付けていたのね」

「ルミナス様とカイル様のお役に立てそうでよかったです」

「ちょっと?」

「では渡してきますね」


(もう。また答えずに行っちゃって)


 ダンはカイルの元に執事を連れていった。何やら真剣な顔で話している。


(あ。終わったみたい)


 カイルは立ち上がり、執事とディランと共にこちらへやって来た。


「ルミナス様。ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。この件は迅速に解決し、結果を報告させて頂きます。謝罪の品もご用意いたします」


 初めてカイルが貴族らしくルミナスに接してきた。今までは口調や態度が砕けていたのに、かしずく姿はまさに貴公子だった。

 急な態度の変わりように戸惑ってしまう。「いいのよ」とは言いにくいが「許しません」とも思っていない。


「期待しているわね?」

「はい」


 お辞儀をするカイル。それを見つめるディラン。この返答でよかったみたいだ。


「じゃあ帰りましょうか。ルミナス様もお疲れですよね?」

「そうね。腰が痛くてたまらないわ」

「じゃあ早く……何で帰るのが一番いいんでしょうか?」


 セレナの言葉に冷や汗が頬を伝う。

 学園までそこそこ距離がある。徒歩で帰れば朝が来る。走れば途中で動けなくなる。


「馬がまだマシでしょうか?」


 再びルミナスの体を支えるダンは心配そうに聞いて来た。


「でも、それだと乗る時が大変だと思うのよね」

「すまない。グリフィンを帰さなければよかった」

「いいのよ。助けに来てくれただけ有り難いわ」

「あっ! じゃあ、ルミナス様が馬に乗って、ダンさんが馬を操縦して、私が光魔法でダメージを軽減させながら進めばいいんじゃないでしょうか?」


 なるほど。名案かもしれない。


「それだと途中で後ろの誰かがずり落ちますね。ギックリ腰どころか骨が粉砕されます」


 なるほど。だめらしい。


「うーん……そういえば、カイル様は何を使って帰る予定だったのかしら?」

「空飛ぶ風呂敷があるんで、それで帰ろうと思っていたんです」

「なら早くそれを言え」

「船の中にあるんで今はもうないですね」

「えっ……」


 希望の光が見えた全員の顔に、再び絶望の影が差す。


「仕方がないわ。ダンに頼んで学園から馬車を――」


 森の奥から光が漏れて見えた。全員が一斉にその方向を向き、ダンが馬に飛び乗って走っていった。


 通ったのは王都に向かう荷馬車だった。ルミナス達は馬車に揺られながら学園を目指すことになった。

 ちなみに、馬車を呼び止めてくれたダンは先に帰ることになった。今ごろ着いているだろう。


(疲れたわね……)


 隣で眠るセレナ達を見る。すると、あくびが出てきた。


(着くまで寝ておこうかしら)


 目を閉じた途端、ルミナスの意識は夢の中へ入っていった。



 そして学園到着後、医務室から出たことがバレたルミナスは、医師達が控えている場所の正面に位置する部屋へと強制移動させられたのだった。

 腰はまだまだ治りそうにない。

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