26話 危険な太陽
「う……」
頭が痛い。視界もハッキリせず、ふわりふわりと揺れる心地がして気持ちが悪い。
(何が……あったんだっけ…………そうだわ! 医務室で本を読んでいたら、急に眠気がして……!)
「おっ。目が覚めましたか?」
「!」
目の前にいたのは、横向きのカイル。いや、ルミナスが倒れているのか。
「何を――ツッ!」
「あぁ! 急に動いちゃだめですよ」
急いで起き上がると、頭に重く鈍い痛みが。手をついてふらりと状態を起こす。視界に映った木製の床から、ここが医務室でないことに気が付いた。
(揺れてる……ってことは、まさか)
「船?」
「わぁ、流石は公爵家の御令嬢。美しくも鋭い黄薔薇様」
「私に……何をした……の」
ガンガンと痛む頭を押さえ、カイルを苦し紛れに睨む。茶化すような高音に、余計頭が痛んだ。
「そんなに睨まないで下さいよー。ちょっとお話したいことがあったんです」
「話?」
どうにか起き上がると、執事のような者が体を支えた。そのまま置かれたのはソファの上。気持ちが悪いが、耐えて背筋を伸ばす。
「へぇ」
「何かしら?」
「いや、けっこう強いやつを盛ったんだけど、意外と耐性があるんですね」
馬鹿を言え。辛いに決まっている。
このような身に危険を感じる時は、出来る限り弱っている姿を見せてはいけない。油断できない相手だと思わせなければいけないからだ。
「公爵家の人間なら、これくらい耐えて当然よ」
何を盛られたかは知らないが、分かっているふりをする。
「じゃあもう少し自白剤を足すかな……顔色は変わらないか」
なるほど、今の発言は揺さぶりだったらしい。焦りの色が見えるか試したのだろう。
「まぁ、これ以上は過剰摂取になるだろうからやめておきます。ご安心を。跡は残したくないんでね」
「あら。私の発言だけでは不十分だと? 今頃ベッドはもぬけの殻でしょうし、誰かが気付くのは時間の問題でしょうね」
「もう少し早く食べて下さればよかったのに」
「あのカヌレね。美味しかったわよ」
「……」
皮肉気に微笑めば、カイルはピクリと眉を動かした。
何時もの太陽のような笑顔とは違う、旅人を絶望へと導く砂漠の蒼月のような笑み。ルミナスの背中はゾワリと痺れた。ギックリ腰の再来かもしれないが。
(せっかく治りそうだったのに……!)
「そう睨まないで下さいよ」
「なら早く本題を話して」
そして早くベッドへ帰してほしい。
「なに、ただの一般的な質問ですよ」
カイルは机の上で手を組んだ。必然と顔が近付く。
「ディランのこと、どう思ってます?」
「……はい?」
「むっ。自白剤を使っているのに、疑問で返しますか」
「生憎、頭が朦朧とした状態で話すのには(ループを経て)慣れてるの」
「?!」
フッと鼻で笑うと、カイルの顔に焦りが見えた。
「流石は公爵家……数々の修羅場を潜り抜けて来たんですね」
いや、自白剤を使われたのは初めてである。修羅場もあまり……(誘拐事件で)少しだけ経験した程度だ。
また、単純に薬の効果が切れて来たのもある。しかし足されては困るので、言わないでおこう。
「質問には答えてあげるわよ。彼は私にとってと、……」
「と?」
「と、とも……ともだち……なの」
「声ちっさ」
「う、うるさいわね! と、友達なんてセレナさんに会うまで出来たことがなかったし、単語を口にすることもなかったのよ!」
「えっ。かわいそう」
「かわいそうって何よ!」
フンッと顔を背ける。
しまった。恥ずかしさのあまりムキになってしまった。
恐る恐る顔をカイルの元へ戻す。彼は何故か肩を震わせていた。
「な、何よ……」
「顔が……ハハッ、あまりにも赤いものだから」
「えっ」
執事から差し出された手鏡を見ると、確かに顔が真っ赤だった。
「別に嘘なんかついてないわよ」
「フッ、ハハッ。はぁ、んんっ。それは分かってますよ」
「これだけ大掛かりの事をしておいて、あの一言だけで信じるの?」
「え? 嘘なんですか?」
「嘘じゃないわよ……」
カイルの瞳はギラリとランプの光を反射した。怖くてまた顔を逸らす。
「まぁ、ディランの脅威にならないのなら、それでいいです」
「私が彼に危害を加えると思っていたの?」
「オレと会った時に分かりやすく狼狽えてたんで、気になったんです。あと、ディランが……」
「ディランが?」
ふと黙り込んだカイル。先を急かすと頷き、笑顔を向けた。
「怒られそうなのでやめときます!」
「何よそれ」
「変わりに、というか謝罪に、オレとディランの話をちょっとだけしますね」
「それだけで謝罪になるとでも?」
「まぁまぁ。今後返していくんで、今は許して下さいよ」
オレは使える男ですよ、とウィンクをするカイルからは、どう見ても胡散臭さしか感じない。しかし、穏便に済ませたいのはこちらも同じなので了承しよう。
「分かったわ。今回だけだから話してちょうだい。そして早く学園に帰して」
「ハハッ。ルミナス様は釣れませんねぇ。ディランの事を話したら、普通、御令嬢は食いつくのに」
「どういうことよ?」
「そのままの意味ですよ。ディランは第二子とはいえ、公爵家の人間であの見た目、あの能力の高さなんだ。色んな理由で老若男女に狙――」
「待って」
カイルがその先を言うのを止める。
「それはかなりプライベートな内容よね? 貴方とディランの日常話でもない。なら、勝手に聞くわけにはいかないわ」
そう言って立ち上がる。別に謝罪の情報や品はいらない。ただただ平和に過ごさせてくれればそれでいい。
「待ってくれよ。このままじゃオレが失礼な態度をとっただけで終わってしまう」
「あら。失礼な態度をとっていたことは気付いていたのね。でもいいわ。ただ帰して、何事もなく過ごせたらそれでい……?」
何かの声が聞こえたような気がした。目を閉じ、耳元に意識を集中させる。
「何を」
「シッ。静かにしてちょうだい」
やはり、何かの鳴き声がする。そして、ミシミシと何かが軋む音も聞こえて来た。床下からだ。
その時、ループの記憶を思い出した。
ループ時、ルミナスが進級したちょうど今の時期に、アメトリア王国の外れに流れる大河で、船が魔物に襲われる事件が起こった。その船の持ち主はサンターニャ家で、新聞記事の端に載っていた事を覚えている。実際に学園でも噂になっていた。
「ねぇカイル様。この船は何を積んでいるのかしら?」
「オレ達だ」
あぁ、カイルは知らない、気付いていないのだ。
早く逃げなさい。そう言う前に、ピシリという音が足下から聞こえてきた。
「うわっ!」
ルミナスは闇魔法でカイル達を外に押しやった。刹那、床下から鎖を着けた魔物が飛び出す。
甲板に出ると、岸辺で横になり、こちらを見やるカイル達の姿が目に映った。飛ばす際に優しく包んだお陰で、目立った怪我はせずに済んだらしい。
(でも、安心している暇はないわね)
部屋から木々を破壊して出てきた魔物を見やる。出てきたのは、大きな狼に似た魔物だった。ガルムより大きい。
恐らくこの魔物は密輸用に仕留められたものだ。魔物を倒すこと、学問用または研究用に捕獲することは認められているが、商品として扱うことは許されていない。秘密裏に行われているのなら尚更だ。
足元が覚束ない事から、鎮静剤もしくは睡眠薬がまだ抜け切っていないことが見て取れる。
「何やってんですか! ルミナス様も逃げ……」
安堵させるように魔物へ微笑み、闇魔法を使いながら歩み寄る。
「よしよし。怖いのね、大丈夫よ。私は貴方を傷付けたりしないわ」
「グルルル」
「大丈夫。大丈夫よ」
本当は怖い。闇魔法で魔物と話したのは、ディランが飼っているガルム一匹だけ。失敗したらどうしようという不安も感じる。
しかし、このまま船を壊されるのも、魔物が倒されてしまうのも嫌だ。小さく息を吐き、より魔力を集中させる。
「いい子ね。その首輪は苦しいでしょう? 今外してあげるわ」
優しく魔物の首に触れると、魔物は大きくビクついた。鼻息が体にかかる。
(大丈夫。大丈夫……)
「よし、取れ――わぶっ!」
首輪を外すと、魔物はルミナスの体に顔を擦り寄せた。地下のカビっぽい臭いが染み付いた獣臭と共に、モフモフした感覚が流れていく。
「あっ!」
そしてそのまま魔物は船から飛び降り、大河を突っ切って去ってしまった。
船の上にはルミナスただ一人。そしてルミナスは船を止める術を知らない。
「ど、どうしようかしら……?」
辺りをキョロキョロと見回す。このまま泳いでもいいが、殆ど何も見えなくなるし、深度も分からない。まず、服を着たままでは水を吸って危険なので服を脱ぐ必要がある。それは令嬢として、いや、うら若き乙女として避けたい。
「でも……どんどん離れていってる」
やはり意を決し、恥を捨てて飛び込むべきか。ルミナスが外を眺めたその時、何かの影が月に重なった。
「ルミナス!」
「ルミナス様!」
「ディラン?! セレナ?!」
二人を乗せたグリフィンが、月の前に躍り出た。




