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25話 恵みの太陽

 ガタガタと車輪が小石を踏ん付ける音がする。


――これが最後の夢ね


 馬車の中で泣きじゃくる自身を見つめ、ルミナスはため息をついた。

 もう悪夢を見なくて済む安堵から来るものなのか、自身が殺される感覚を疎む気持ちから来るものなのか、それは分からない。

 どう足掻いても、夢を終わらせることはできない。そう直感的に感じていたルミナスは、ただただ静かにその時を待っていた。


「きゃっ!」


 突然、いや、予想通りとでも言うべきか、馬車が大きく揺れた。操縦士と馬がほぼ変わらない音量で叫び声を上げる。

 断末魔の叫び声に耳を塞ぐと、馬車が目線ごとグラリと傾いた。キンッと鋭い刃音がし、馬車の上部がずり落ちる。


(あっ……)


「……」


 謎のローブを被った人物が足を掛け現れた。

 月明かりが逆光で、フードに隠れた顔は見えない。しかし、風によって微かに揺れたフードの底から覗いた瞳は、ルミナスのように虚に思えた。


――このループから逃げ出したい


 この時のルミナスはそう、涙を流しながら願ったものだ。


「っ!」


 胸元を切り裂かれた感覚と共にルミナスは目を覚ました。この幻肢痛のような痛みも慣れて来たようで、僅かに肩を揺らして深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

 ルミナスを最後に襲った人物はカイルが仕向けた刺客だろう。専門職でない限り、あんな人間離れした動きはできないはずだ。


「仲良くなれるかしら……」

 クシャリと髪を握り俯く。

「……やるしかない」


 今はあの時とは違い、セレナを虐めていない。仲良くして敵と見なされないようにすればいいだけの話だ。

 もしくは、やられる前にやるか。……それは避けたいものだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 数日後、ディランと共に廊下を歩いているとカイルが駆けて来た。その手にはカヌレの入った袋が握られている。町で流行りのカヌレ店で買ったものだろうか。


「ディラン! オマエ甘いもの好きだったよな? やるよ」

「仕方がないから貰っておこう」

 ディランは相変わらずの塩対応だ。

「素直じゃねぇな〜。あ! ルミナス様もどうぞ」

「あらありがとう」


 袋を受け取ると、カイルは嬉しそうに笑った。

 あれから、自身の恐怖心が表に出ないよう、極力他のメンバーと同じように接するよう努めた。その結果、現在のカイルとの関係は悪くないように思える。まだ身構えてしまう時もあるが、それもかなり減って来た。

 毎夜「カイル様は友達。カイル様は安全」と自身に言い聞かせて来たことも、一役買っているかもしれない。それに、カイルも明るく接してくれている。


「それにしても、お二人って仲がいいんですね〜。何時も一緒じゃないですか」

「そんなことは……あるな」

「あるとしても友人の範囲内よ。学年が一緒だし、私にとっては師匠でもあるから」


 ニンマリとした笑みで言ってきたカイルに冷たく返す。冷やかされるのは好きではない。変に恋愛の噂が立つのはごめんだ。


「そうなんですね。師匠か……懐かしいなぁ。コイツに火魔法を教えたの、オレなんですよ」

「そうだったの? 確かにディランの火魔法は素晴らしかったわ」


 そう答えると、カイルは興味深そうに「へぇ」と言った。声色が変わったように感じたのは気のせいだろうか。猫のような大きい瞳が怖い。


「オマエが火魔法を誰かに見せるなんてな〜。まず、友達ができてよかったな」

「近付くな暑苦しい」

「またそれかよ〜」

「あと、何を考えているのか知らないが変な詮索をするな」

「変もなにも、詮索自体してないぜ?」

「どうだかな」


 ぶす〜っと唇を尖らせるカイルを一瞥し、ディランは視線を外に逸らした。


「あ! そういえばルミナス様、よければ――」

「ルミナス様!」


 カイルが何かを言った瞬間、セレナが腰に抱きついてきた。腰の骨がピシリと小さな音を出す。セレナの後ろを着いてきていたダンも気付いたのか「あ」と小さな声が聞こえてきた。


「次の講義は同じですから一緒に行きましょう! って、ルミナス様?」

「こ、腰が……」


 まずい。腰を痛めたかもしれない。動けはするが、歩くたびにポキポキと音が鳴る。


「まさかまた筋トレを勝手に増やしたのか?」

「えっそうなんですか?」

「ち、違……」


 姿勢を正すと、弱電流がピキリと背筋を通った。


「失礼します!」

「えっ?」

「むっ」

「あっ」

「おっ」


 なんと、セレナがルミナスを抱えたのだ。


「医務室に行きましょう!」


 セレナはルミナスより背が若干低い。その状態でお姫様抱っこをするとどうなるか。


「ちょ、ちょっと待っ、キャーー‼︎」


 この日、ルミナスは初めて学園で淑女らしからぬ叫び声を上げた。

 近くにいた人が顔見知りだけでよかったと心底思ったのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「疲れた……体も心も疲れたわ……」


 医務室に控えている医師によると、衝撃による軽度のギックリ腰を起こしたようで、暫くの間安静にするようにとのことだった。

 本当に軽度のようで、放課後になる頃にはかなり症状は改善されていた。

 とはいえ、公爵家の令嬢がギックリ腰になったなど生徒達に知れたら困るので、表面上は過労による貧血ということになった。噂話が広がっている頃だろう。


 今はベッドの上半分を起こし、セレナに頼み、取ってきて貰った本を読んでいる。

 すると、誰かが病室の扉をノックした。


「ルミナス様」


 声の主はダンだった。


「どうぞ」

「失礼します」


 入って来たダンは何やらカゴを持っており、中にはフルーツや焼き菓子、本、花などが入っていた。パッと見ただけで誰からのお見舞いなのか分かってしまう。


「他の方は予定があるみたいで、代わりに僕が届けに来ました」

「明後日には回復するって言ったのに、すごい量ね」

「皆さんルミナス様が心配なんですよ」

「そう……」

「照れてます?」

「照れてなんかないわよ」

「ふふ、そうですか」


 棚にカゴを置くダン。

 素直に言わると少し気恥ずかしさを感じてしまうのだ。セレナのように「ありがとう。嬉しい」と言えればいいのだが、どうにもそれが出来ない。


「ルミナス様には色々と助けられていますからね」

「私が貴方を助けたことなんてあったかしら?」

「はい。ありますよ」

「何時のことかしら?」


 非常事態や咄嗟の出来事で助けたセレナ、セオドア、ノアはまだ分かるが、ダンは思い浮かぶ事がない。むしろ課題試験の際に送り届けて貰った記憶が浮かぶ。

 ただ疑問で、林檎を取り出すダンの背中を見つめる。すると、彼は振り向いて怪しげに微笑んだ。


「秘密です」

「あら。自分から話しておいて秘密にするなんて」


 ドクリと跳ねた鼓動を誤魔化すように返 すと、彼の笑みはより深まった。


「知りたがりさんですね。怒られそうなので遠慮しておきます」

「前半がもう怒られる内容だわ」

「でも、ルミナス様は怒らないでしょう?」

「あら、私に怒って欲しいのかしら?」


 わざと挑発するように言うと、ダンは林檎を剥く手を止めた。何時の間にナイフを取り出したのだろう。


「それも悪くないかもしれませんね」

「へっ?」


 思わぬ返答に空いた口が塞がらない。

 ダンはクスリと笑った。


「冗談ですよ。どうぞ」


 ダンが机に置いたのは、赤耳のウサギ型に切られた林檎。器用なようで、形がどれも揃っている。


「これはウサギよね?」

「はい、ウサギです。かわいいでしょう?」

「ウサギ、ねぇ……」


 爪楊枝が容赦なく刺されたウサギを見詰める。


「もしかして、林檎は好きではありませんでしたか?」

「いいえ。アップルパイにする位には好きよ」

「この前二個食べていらっしゃったので、かなり好きなんですね」

「……よく見てるわね」

「たまたまです」


 そう言って、ダンは心情の読めない微笑みを浮かべた。

 林檎は甘くて、ちょっぴり酸っぱかった。



 ダンが帰った後、ルミナスはまたベッドで本を読んでいた。貰ったお見舞いのお菓子を幾つかつまんで。


「ふぁ……もう少しで夜ね」


 窓の外を見ると、すでに空がオレンジからネイビーブルーへと変わっていた。

(……食べ過ぎたかしら?)

 少し膨らんだお腹を触ってみる。夜ご飯以外にもお菓子を沢山食べたのだから仕方がない。


 (見た目は相変わらず独特だが)ダンもセレナもディランも、好みの味をセレクトしてくれていたため、気付けば手に取って食べてしまっていたのだ。

 レモンケーキ、ストロベリーマカロン、チョコチップクッキー。どれも本当に美味しかった。止まることなど出来なかった。

 また、カイルがくれたカヌレも苦味が強かったが、カリカリトロリとしていて美味しかった。


(また食べた……あら?)


 お腹が膨れたからだろうか。眠気がする。


(ふわふわして、ぐるぐるして、なんだか気持ちが――)


 ルミナスは本を落とし、眠りについた。

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