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23話 仮面をつけた王太子 下

「ふぅ……」


 舞踏会が終わった翌日。ルミナスは公爵家に戻り、自室で本を読んでいた。中身は全て神話や歴史書。この長い休みの間、ヒントになることを可能な限り調べようと思ったのだ。


「お嬢様」

「どうしたのエミリー?」


 紅茶と共に現れた専属メイド、エミリーはある人物の来訪を知らせた。


「励んでいるようだね、ルミナス」

「お父様」


 慌てて椅子から立ち上がる。今までも父が話をしに来ることはあったが、少し変だ。後ろに控えさせた執事が持っている、いや、抱えている手紙の量が。


「学園での功績は聞いている。公爵家の娘として相応しいレディーになっていっていると実感したよ」

「ありがとうございます」


 なるほど。この一年をかけて急に成績を上げた娘を褒めに来た、ということか。それなら食事の時にでも言えばいいのだが、何かあるのだろう。机の上に置かれた手紙の山に目をやった。


「お父様。その手紙は何でしょうか?」

「そうだな……」

(そうだな?)

「ルミナス……お前は本当に素敵なレディーに育ったようだ」


 こめかみを手で押さえ、肩を振るわせる父。気を確かにと肩を支える執事に、表情筋が死んでいるエミリー。

 なんだ。何を言われるんだ。まさか、自身が変わったことで父に何か悪い変化が――


「見合い話が来ている。それも、他国を含め何十もの」


「…………えっ?」


「驚くのも無理はない。私も嬉しく思うが少し……うっ」


「えっ?……えっ?」


 肩をより震わせる父。本当に待ってほしい。心と状況の整理が終わらない。


 今までのループにおいて、ルミナスにお見合い話が来たことはほぼない。

 それもそのはず。セレナを虐めている悪評が学園に広がっていたからだ。喉から手が出るほど地位が欲しいか、虐められたいちょっと独特な人か、見た目にしか興味がない人しか、見合い話を持ちかけてこなかった。勿論、そんな人は問答無用ですぐに弾かれる。

 ルミナスが変わったことで、この部分も変化したようだ。

 しかし、だからといって泣くだろうか。子供が誰かと結婚するのは、平民はともかく貴族では当たり前のことだし、一人娘なら尚更だ。それなりに相応しい貴族の男性と結婚し、子を成さなければ血が途絶えてしまう。養子を迎えることも可能だが、よっぽどの理由がない限りそれはない。


「えーっと……お父様」

「なんだ?」

「お見合いですが、私が学園を卒業するまで待ってくださいませんか?」

「どうしてだい?」

「公爵家の娘として、きちんと力をつけてから相手を見定めたいのです。卒業次第、お見合いには応えますから」


 今はループを終わらせる方法を探したい。どうせループしたら、見合いもパーになるのだから。仮にループが終わったとして、卒業してからでも遅くはない。


「そうか……お前なら大丈夫だろう。分かったよ、執事達に伝えておこう」

「ありがとうございます」


 こうして、鼻をぐすりと鳴らす父を見送り、ルミナスは本に向き直した。

 王太子の名前は聞き忘れていた。


「また食事の時にでも聞きましょう……」



 そしてやって来たディナータイム。料理長が腕を振るった、懐かしさを感じる美味しい料理を頬張る。

 メインに進むと、父がまた暗い顔をしてナイフの手を止めた。


「そういえば、お前が王太子殿下と卒業パーティーで踊っていたと言う噂を耳にしたんだが、本当か?」

「えっ?」


 ルミナスのナイフも止まる。

 料理を前に完全に忘れてしまっていた。別れ際、聞こうと思っていたはずなのに。まさか父の方から話題に出してくるとは。


「そこまで驚くとは……まさか、惚れたんじゃないだろうね?」


 父のどこか圧を感じる声色に、ルミナスは笑顔で首を横に振った。


「まさか。(あんな女性慣れしていそうな、謎の仮面王子に対して)それはあり得ませんわ」

「そうかい? まぁそれがいいだろう。あのお方は両陛下に似て、変わっているからな」

「両陛下にはよくして頂いた記憶があるので、そこまで仰られる理由が想像できませんわ」

「いや、そうなんだが……」


 うぅむと唸る父。すると、母がそっと父の手に触れた。


「あなた。ある意味面白い方々ではありませんか」

「……そうだな。しかし、殿下に捕まった娘はきっと苦労すると思うのだ。それがもしルミナスになったら……私は心配だよ」

「お父様、お母様。王太子殿下とは卒業パーティーで会ったばかりです。お見合いの話が来ない限り、もう会うことはないかと思いますわ」


 あと、王族に色々言い過ぎです。その言葉は飲み込んだ。

 変わっているだの、面白いだの、捕まるだの苦労するだの、不敬である。しかし、そのせいで非常に人柄が気になって仕方がない。今までは名前にしか興味がなかったのに。


(あぁ、そうだわ。名前を聞きたいんだったわね)


「お父様。殿下のお名前はご存知でいらっしゃいますの?」

「殿下?……あぁ、あちらか」

「あちら?」


 微かに聞こえた言葉に反応するも、父は単なる独り言だと言った。


「お名前は――」



 部屋に戻ったルミナスは、星空を眺めながら、王太子のことを思い出していた。

(やっぱり顔が思い出せないわ……)


 ダニエル•アメトリ•イストワール。


 それが、殿下の名前らしい。ダンと少し似たこの名前を聞き、ルミナスは驚いた。

 しかし、彼とは見た目も、声も、話し方も違った気がする。別人だろう。


(そういえば、殿下には弟君がいるって噂があったわよね……いや、変に勘繰るのはやめておきましょう)


 噂は当てにならないと、今ループで学んだばかりだ。勝手な推測はよくない。


(今はこれに集中しましょうか)


 ルミナスはランプを点し、歴史書を開いた。

 夜闇に、白い息が溶けていく。

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