22話 仮面をつけた王太子 中
ディランの指はすぐに離れてしまった。
セレナの手刀が間を割って入り、ディランの手をギュッと掴んだからだ。
「婚約者でもない方と二度踊ってはならないと、ルミナス様が仰っていましたよ」
「……ルミナスのお陰で、少しはマナーが身に付いたようだな」
ニッコリと微笑むセレナは、何故だか少し怖い。ディランも憎たらしげに口角を上げると、二人でダンスを始めてしまった。
(それにしても、私、セレナさんに舞踏会のマナーを伝えたかしら?)
伝えたことがあるような気がするが、伝えていない気もする。
記憶を思い起こそうとするも、すぐに別の生徒にダンスを誘われてしまった。今はダンスに集中することにしよう。
(ダンも来れたらよかったのに)
ダンスの相手に失礼なことは分かっているが、そんなことを思ってしまう。
ダンは朝から熱を出して医務室で休んでいる。心配で様子を見に行ったのだが、確かに顔が赤かった。故に、彼のことを考えてしまうのだろう。
何人かと踊っていると、段々と位置が中心にズレてきた。どうにかして移動しようかと思うも、エスコートの主導権は向こうにあるため、なかなかできないでいた。
(あっ)
遂に真ん中へ踊り出てしまった。
(早く戻らないと――)
ダンスが終わり、隙間を探すために顔を横へ向ける。すると、誰かがルミナスの前に現れた。
「黄薔薇様。いえ、ルミナス嬢。私と踊っていただけませんか?」
「えっ」
顔を戻すと、そこにはあの王太子が跪き、手をこちらに差し出していた。
紫がかかった、淡い夕陽のような瞳が、白兎の仮面から覗く。心臓を掴まれたような心地がし、ルミナスは咄嗟に手を重ねた。
「ありがとうございます」
細められた瞳は、優しくも、怪しげにルミナスを見詰めた。そのまま手を引かれ、ダンスが始まる。
「お嬢様のお話はよく耳にしております。お会いすることが出来てよかったです」
「そ、そうでしたのね」
(ディランもそうだけれど、王太子とも踊ったことがないのよね……)
ふわりふわりと舞うようなエスコート。けれど、ここぞという場面を確実にきめてくれる。自由だけれど基礎を踏まえたダンスだ。
チラッと王太子の顔を見る。白兎の仮面はやはり精巧な作りになっていて、白い薔薇飾りの縁をなぞる金の刺繍は、タキシードとお揃いになっていた。
エスコート先を見やる瞳は、見覚えがあるような気がした。国王陛下に似ているのだろうか。陛下とは公爵家の令嬢として何度か顔を合わせたことがある。
しかし、この王太子、どこか違和感があるのだ。印象がハッキリしないというか、目を逸らすと直ぐに顔を忘れてしまうような、そんな不思議な感覚がする。
「私の顔に何かついていますか?」
「あっ、申し訳ございません。緊張してしまっているようですわ」
「ふふ。それは私も同じです。このような美しい方と踊ることができるとは、思いもしませんでしたから」
(う、美しい?!)
動揺のあまり言葉を返せないでいると、王太子はクスリと笑った。そして、腰に移動した両手がルミナスを軽々と持ち上げた。
(私が飛んでないのにそんな易々と……!)
スラッとした体躯を持つ王太子の細腕に、このような力が隠されていたとは驚きである。
スカートがひらりと弧を描き「おぉ」と辺りから感嘆の声があがった。やめてほしい。在校生が目立ってどうする。しかも相手は王太子。でしゃばり過ぎだろう。
(ああ……四人の顔が一緒だわ。これでもかというほど目を見開いてる……そうよね、私も驚きだわ)
ちなみに、セオドアとノアとも踊った。セオドアは優しく会話するように、ノアは穏やかで、空を舞う木の葉のようにエスコートしてくれた。「ダンスは性格が出る」という話は講師から聞いたことがあるが、本当らしい。だとしたら、ルミナスはどのような人物として彼等に感じられたのだろうか。
彼等とのダンスを思い出して緊張を解してみる。すると、握られた自身の手に、僅かながら力が込められた。
「少しは緊張が解れましたか?」
「え、えぇ……ありがとうございますわ」
逆だ。むしろ緊張が高まり、疲労感が半端ない。
「楽しかったです。ではまた会える日を」
「こちらこそありがとうございましたわ。ええ、また――」
(また⁈)
再び会う未来が確約されているかのように言った王太子。礼をしていたルミナスは驚いて顔を上げた。
しかし、王太子は微笑みを返し、直ぐに生徒達の中へと紛れ、どこかへ行ってしまった。
「で、殿下はあんな方だったのね……」
国王陛下と女王陛下が共に独特な方だということは知っていたが、それは王太子も同じだったようだ。
ポカンとした表現を浮かべているとオーケストラの演奏が終わった。どうやら、今のダンスが最後だったらしい。
「ルミナス様ー!」
「走らないの!」
「あうっ」
突進してくるセレナをサッとかわす。そのまま真っ直ぐ進んで、彼女は柱にぶつかってしまった。柱とハグをした後、セレナは走らずズカズカとこちらに歩んできた。走るなとは言ったが、それもアウトである。
「あの方、どなたですか?」
「えっ? あぁ、セレナさんも知らなかったのね。この国の王太子……名前は私も知らないわ」
「そうなんですか?」
「そ、そうなのよ……」
これはまずい。この国を支える公爵家の御令嬢がら王族の名前を知らないとは。存在していることすら知らなかったなんて。
(帰ったらお父様に聞いてみましょう……やることだらけね)
明日から学園は長期休暇に入る。次にここを訪れるのは春だ。
「そういえば、セレナさんは休暇中どうするつもりなの?」
「私は実家に帰って両親のお手伝いをします。ルミナス様と会えないなんて……はぁ」
「また学園が始まったら会えるから。そんな顔をしないでちょうだい」
「そしてまたスイーツ巡りをしよう」
マフィンを片手にディランが現れた。
「貴方はまたスイーツのこ、待って。どうして胸ポケットが膨らんでいるの?」
「……」
チラリと見えたのは、ふわふわした何か。
「まさかまも――むぐっ」
「ルミナス様!」
「何も言うな。会場に迷い込んでしまったらしい」
真剣な表情で頬を掴むディランに、その腕を離そうと力むセレナ。胸ポケットから飛び出した、リスのような魔物の尻尾。
わかったと頷くと、ディランの手から解放された。
「楽しそうですね」
「本気で言っているのか?」
「ええ。焦っているようにも見えましたけど」
声をかけてきたのはセオドアだった。その横にはノアもおり、視線を花瓶に注いでいる。
「これから暫く寂しくなりますね」
「そうね。今ちょうどこの休暇について話していたところなのよ」
「あっ」
突然ノアが声を上げた。意識がこちらに戻ってきたようだ。
「そういえば、皆さんにプレゼントを用意したんです」
「まさか花じゃないだろうな?」
「ディラン様、正解です」
怪訝そうなディランを他所に、ノアは懐から包装紙に包まれたプレゼントを取り出した。
「花といってもドライフラワーですけど。栞に使えるかと思って、作ってみたんです。最近皆さんで本を読みますから」
「……それなら貰っておこう」
「わぁ〜! かわいいです!」
「セレナさん。貰ってすぐに開けないの」
「わかりました!」
(……本当に分かっているのかしら?)
訝しみながらも、ルミナスは会場から出た。ダンにもこのドライフラワー栞を渡しに行くらしい。暫しの別れの挨拶をしておきたかったので、丁度いいだろう。
泣いた絵本の話や、植物の豆知識、おすすめの鍛錬法。楽しげな声が廊下にこだまする。
(静かな春から始まって、賑やかな冬で終わるのね。来年はどうなるのかしら)
「ルミナス様、どうかしましたか?」
「どうかしたって、何が?」
「なんだか具合が悪そうです。顔色がよくないというか、どよんとしてるというか」
「久しぶりに踊って疲れたのかもしれないわね」
「今日はゆっくり休んでくださいね」
「ええ。そうするつもりよ」
へへ、と笑い、セレナは再び前を向いて歩き出した。楽しげに話す彼等の後ろ姿を見て、ルミナスの胸が締め付けられる。
ループを終わらせなければ、彼等の記憶は全て消えてしまう。同じ人物として接することはできない。きっと、今回のように割り切ることもできないだろう。
何がなんでも方法を見つける。その願いを届けるように、流星が夜空に流れたのだった。




