20話 八方美人 下
「ルミナス様」
セレナに今度は腕に抱きつかれ、ルミナスが諦めのため息を溢すと、セオドアとノアが衛兵を連れてやって来た。両者から感謝の言葉を述べられる。
「間に合ってよかったわ」
「本当にすみません。……自身の態度がこのようなことを引き起こすなんて。軽率でした」
セオドアが言うには、男性の婚約者とは確かに何度か話したことがあったが、彼自身の中では単なる世間話をしただけに過ぎなかったらしい。誰にでも優しいのは美点と言えるが、ある程度相手を見なければいけない。
「自分の言動が相手にどのような影響を及ぼすのか、ちゃんと考えないといけませんね」
「そうね。……気付かないうちに傷付けていた、なんて嫌だもの」
「俺も……ちゃんと人と向き合わないといけないなと実感しました」
「そういえば、デイジー嬢が攫った理由を聞けなかったわね」
「ああ、それは彼女が俺に……話して、くれたんですが……」
ノアは気不味そうに目線を逸らした。
「神殿に通っていた方なんです。彼女も彼と同じように婚約者がいるのですが、どうやら冷たくあしらわれているようで、よく相談に乗っていたんです。俺はあくまで神殿の人間としてアドバイスを、いや、励ましていたんですけど、俺が未熟だったせいである誤解を生んでしまったようなんです……」
「あること?」
「彼女は『デイジーのこと好きですか?』と聞いて来たんです」
その場にいたほぼ全員(現場に居合わせたセオドアとまず聞いていないディラン以外)がその先の展開を読んであぁ、と呟いた。
「デイジーのことを、彼女ではなく植物だと思った俺は『はい好きですよ。小さくてかわいいと思います』と答えてしまったんです……彼女に今日言われるまで気付きませんでした。今年から学園に入学し、誰かからの視線を感じてはいたのですが、それが彼女だということも気付けませんでした」
「結婚式を挙げてから、って言っていたような気がするけど、プロポーズはしてないのよね?」
「勿論してません。どうやら、元々セオドアに目をつけていたあの男性が何やら仕組んだようで、形式的でもいいからこの教会で愛を誓い、そのまま俺を殺して自分も……と思っていたみたいです。ルミナス様が来て下さらなかったら、俺も、セオドアも、彼女も、あの男性も、全員助かることはなかったでしょう」
「助かる、ねぇ。 あの状態は、本当に助かったと言えるのかしら?」
虚な表情で連行されていく二人を見やる。
誘拐したことは許されないが、彼等はきっと苦しんでいる。ノアを殴ったことも許せないけれど、理由を聞いた時は少し同情した。
「そうなんです……よし、決めました」
衛兵に引かれて歩く、虚な表情のデイジーにノアは歩いて行った。止める衛兵に何か話し、彼女の前に立つ。彼女はパァッと顔を輝かせた。ノアは彼女に何を言うのだろう。
「俺が好きなのは花のデイジーであって、貴女のことではありません」
「えっ……?」
(ディラン以外)全員の顔が真っ青になった。デイジーも呆気に取られた表情をしている。
「質問の真意を読み違え、貴女を苦しませてしまいました。本当にごめんなさい」
「そ、そんな……だって」
「――あと」
悪い予感がした。何となくこの先の発言が読める気がする。
「勘違いしたとしても、あの時の答えはよくなかったと思います。まず、デイジーと言ってもチロリアンデイジー、ポンポネット、エトナ、マルチフラワー、シャスターデイジー、あっシャスターデイジーはよく見かける白いものなんですけど――」
あぁ、やはりそうなるのか。ノアはベラベラとデイジー(花)の説明をし出した。熱が入り過ぎてデイジー(人間)の顔がどんどん引き攣っていることに気付いていない。
「――と、様々なものがあるんです。何を指しているのか聞いていれば、こんなことにならなかったのに、本当にごめんなさい」
ノアは深々と頭を下げて謝った。
「えっと……はい……その……こちらこそごめんなさい……し、失礼します……」
デイジーは気不味そうに目を逸らし言った。知らなかったノアの側面を知り、燃え上がっていた恋の情念が鎮火されたようだ。衛兵の袖を引き、デイジーはそそくさと去って行く。
その姿をノアは慈悲溢れる表情で見送り、ルミナスたちの元に戻ってきた。
「すごくハッキリと言ったわね」
「恨んでもらって構わないから、真実を伝えることで彼女が立ち上がるきっかけになればと……きっとまだ苦しんでいるでしょうけれど」
「そ、そう。充分だったと思うわ」
「ならいいのですが……これからは植物のことばかり考えず、相談者の内一人でもなく、一人の人間として接することができるよう努力してみます」
「ばっちり植物の話をしていたわよ。でも応援しているわ」
ルミナスの言葉に続き、セオドア達はうんうんと頷いたのだった。
「それにしても、あの時のルミナス様の演技には驚かされましたよ」
「演技? 何をしたんだ、ルミナス」
「そういえば、衛兵が到着するまで時間がありましたよね」
セオドアの発言に興味を示すディラン達。
「仲間のふりをして時間を稼いでいたのよ。ごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「いえ、むしろ……」
「むしろ?」
瞼を伏せ、顔を赤く染めるセオドア。こちらに向けられた瞳は、淡い媚態を帯びていて。
「まるで、月の女神のようでした」
(めっ、女神?!)
思わぬ発言に固まってしまう。恥ずかしさと、混乱と、やはり恥ずかしさと。感情の渦が混ざり合り、心臓あたりが苦しくなる。
「もし、貴女が舞台女優だったなら、私は毎日通っていたと思います」
「手を握らないの!」
握られた手を振り払った。羞恥のあまり勢いが思っていたよりも強くなったが、本人は気にしていない様子。
命の危機に晒されても芸術センサーを張っているとは、どれだけ芸術が好きなんだ。
「そういう態度が、勘違いを生むのよ」
「うーん……今のはお世辞でも世間話でもなく、本当に思ったことなんですけどね」
そう困ったように笑うセオドアを見て、また言葉に詰まったのだった。
ノアもセオドアも、ディラン達以上に癖が強そうだ。(味覚の癖はセレナとダンが圧倒的だが)
「うーん……どこに行っちゃったのかしら?」
帰ろうとした時、手鏡がなくなっていることに気付いたルミナスは教会の中に再び戻っていた。教会の外と中に分かれて手鏡を探すも、なかなか見つからない。
「あ! あったわ!」
手鏡は椅子の下に落ちていた。その際衝撃で割れたらしく、辺りにガラス片が散らばっている。
ルミナスはそれを風魔法を使ってます集めた。
(そのまま燃やして……あら?)
空を舞うガラス片の中に一枚の紙切れが混ざっていた。それを弾き出し、指で止める。流石は特別生、傷は残っても動きに支障はない。
(書物の切れ端かしら? 煤だらけで、劣化してもひどいから今にも崩れ落ち……)
ルミナスは紙に書かれていた文字を見て息を呑んだ。
――奴らが来る。ここももうお終いだ
「あっ!」
ビュウッと音を立て、夜風が教会の中をすり抜けていった。風に揉まれてバラバラになった紙が光の粒のように舞い落ちていく。
「ルミナス様。見つかりましたか?」
「え、ええ。見つかったわ、ありがとう」
ダンに呼ばれ、手鏡を処理したルミナスは教会を出た。
「夜道は危ないですから、お手をどうぞ」
「助かるわ。ありがとう」
あの教会で何があったのか。胸に一抹の不安が残るがルミナスはダンの手を取った。
こんな時でも、ぶつかったあの日のように彼が輝いて見える。
今度は月に照らされているからかもしれないが、ルミナスにはダンが夜に迷い込んだ太陽のように思えた。




