挿話 黒豹の本探し
ノアとセオドア誘拐事件が起こった後、二人は度々ルミナス達四人(セレナ、ディラン、ダン)と共に昼食を取るようになった。季節を越えるにつれて、人間関係が着々と広がっていっている。
敵とまではいかなくとも、決して仲のよくなかった彼等と過ごすこの状況に、ルミナスは戸惑いつつも照れくさい幸福感を感じていた。
騒がしい日々は今日も同じで、中庭でおすすめの本を六人で紹介し合っている最中である。
「俺はこれを持ってきました」
ノアが紹介したのは『アイビーの呪い』という少しダークなホラー小説だった。一応恋愛要素もあるらしい。てっきり植物図鑑を紹介するのではないかと思っていたので少し驚いた。
どうやら、それは彼自身も分かっていたらしく「俺は植物の本ばかり読んでいますが、まだ皆さんが興味を持てそうなものを用意しました」と付け足していた。
(私達のことを考えて選んだのね。ちゃんと有言実行しようとしているみたい)
ざっくりとしたあらすじを話すノア。彼を見ながら一人で満足げに頷く。
「実はこの小説、アイビーの花言葉を知っているともっと面白いんですよ」
少し嫌な予感がする。
そしてそれは的中したようで、ノアは花言葉を教えた後、その由来を話し始めた。そこからどんどん話が広がっていく。あらすじの五倍は話している。
「私は最近見つけた本を持ってきました!」
程なくして紹介を始めたのはセレナ。本の題名は『百合と薔薇、時々プリンス』で、たまたまなのかノアと植物繋がりである。内容は学園に転向してきた弱気な主人公(少女)と、誰もが振り返る美女だけど強気で怖い先輩が、ぶつかり合いながらも友情を築き上げていく、青春ハートフルストーリーであった。学園の王子(あだ名)との恋愛もあり、王道中の王道と言えるだろう。題名に「王子ではなくプリンスなんだな」という突っ込みは入れたくなったが。
「僕はこれです。なかなか面白いんですよ」
ダンは『応用魔法分析論』を選んでいた。学問の分野を紹介されてのは初めてだが、普通に勉強になりそうだったので後で読もうと思う。しかし、彼が普段読んでいる小説が何かも気になる。まず読まない可能性もあるが、いつか聞いてみたいものだ。ちなみに、バッグから『大切な人に贈りたい、スウィートなスウィーツ百選』というレシピ本が顔を出していたが、敢えて触れないことにした。
それぞれ個性を感じられる面白そうな本を紹介してくれた。
しかし、ディランは本の表紙を見すらせず、つまらなさそうにチョコレートを摘んでいる。これで何個目だろうか。
「ディランは本を読まないのかしら?」
そう話しかけると、チョコレートを食べてディランは「ああ」と答えた。
彼も本を紹介していたが、内容はダンとほぼ似たようなものだった。ダンは兎も角、彼は本当に本を読まないタイプらしい。
「面白くない?」
「そうだな……あまり読んだこともないが」
「へぇ。そうなんですね」
会話に加わって来たのはセオドアで、口元に手をやり、小首を傾げている。少し楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「私が紹介した本もお気に召しませんでしたか?」
「ああ」
セオドアが紹介したのは『涙の跡が消えるまで』という悲恋小説。これもセレナとは違う王道ストーリーだった。
ディランは机に置かれた本を見た。次いでセオドアに視線を移す。
「本を管理しているんだろう? こんなことを言われてガッカリしたか?」
「いえ? むしろその逆かもしれません」
「逆?」
ディランと二人して不思議そうに聞くと、セオドアは爽やかにニコッと微笑んだ。
「どうか僕に、貴方が楽しいと思えるような本を探させてくれませんか?」
「はぁ?」
なんだそれ、と言いたげにディランは低い声で応えた。
「人の好みはそれぞれで、本自体を好まない方もいらっしゃるかもしれません。でも、本は星の数ほどあるんです。なら、貴方が好きだと思えるような本があるかもしれません。僕はそれを見つけたい。いいですか?」
「……勝手にしろ」
「あら、了承するのね」
「断っても諦めない奴の目をしているからな」
そう言われてセオドアはまたニコリと微笑んだ。ノアが強烈すぎて忘れていたが、彼も好きなものに没頭する傾向がある。読書家魂がくすぐられたのだろう。
「ではまずジャンルから搾りましょうかね……いや、終わり方が先か……?」
ブツブツと計画を練り出したセオドアと、面倒くさそうにチョコレートを食べているディラン。なんだか面白いことなりそうだ。そう思うと、隣で本を読んでいたダンがクスリと笑った。
「どうなるか楽しみですね」
「そうね」
「ルミナス様はどうなると思いますか?」
「うーん……(ダンの知識とやる気は凄そうだから)何か一冊は見つかるんじゃないかしら」
「見つけるまで全ての本を紹介しそうですよね」
ダンも同じ考えらしい。
もしそうなるとしたら、ジャンルは何だろうか。ディランのことだから戦争やアクションものだろうか。
「絵本とかどうでしょう?」
「何故絵本なんだ!」
「これが意外と面白いんです。ほら、読まず嫌いはせずに行きましょう」
ディランを図書室に連れて行こうとするセオドアを見ながら、残されたメンバーであれこれ予想したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。ルミナスは自身の目に写った光景を見て衝撃を受けていた。一緒に講義へ向かっていたセレナとダンも同じようで、三人してディランを凝視する。
――そう、絵本を真剣な眼差しで読んでいるディランを見て
「お気に入りの一冊を見つけることができて嬉しいです」
話しかけて来たのはセオドアだった。その手には本が何冊か抱えられている。
「どうして絵本を選んだのか教えてくれるかしら?」
「勘です」
「勘? 意外だわ。この前の様子だと、ちょっとずつ好みの条件を絞っていきそうだったのに」
「それも考えたんですが、試してみたかったんです。弟があれを好きで、ディラン様も気にいるんじゃないかと思って。彼、なんだか反抗期の弟に似ているんです。年はほとんど変わりませんが」
確か、ディランは前に「兄が菓子を買ってくる」という感じの事を言っていた気がする。ルミナスには分からない、弟独特のオーラのようなものがあるのだろうか。そしてそれをセオドアはしっかり読み取ったらしい。
「兄弟……」
そんなことを思っていたのね、と言おうとすると、ダンがぽそりと呟いた。
「おや、ダンにも兄弟がいらっしゃるんですか?」
「いえ……いや、そうかもしれませんね。兄弟のような人がいます。少し懐かしい気持ちになってしまいました」
懐かしい。ダンはそう言ったが、ルミナスの目には寂しがっているように見えた。昔の記憶はちょっぴり切なかったりするが、それとはやはり違う気がする。
「そういえば、セオドア様が持っている本は、ディラン様に渡す物ですか?」
ダンはパッと顔を上げた。それにセオドアは頷き、本の表紙を見せてくる。赤い屋根のお家が描かれた絵本だ。
「他にも見つけてみたいなと思いまして」
「絵本以外を紹介する気はないのかしら?」
「まずは絵本で様子見しようかと思いまして。それに――」
セオドアはディランに視線を向けた。ルミナスもその後を追う。
「……グスッ」
そこには静かに目元を抑え、口をへの字に曲げるディランの姿があった。
「絵本で耐性をつけないと、耐えきれなくなって途中でやめてしまいそうですから」
微笑ましい目を向けるセオドアは、弟を優しく見守る兄のようにも、反応を楽しむ意地悪な兄のようにも見えた。
ちなみに、ディランに与えた本は騎士とガルムの絆を描いたものらしい。勘で選んだにしてはピッタリなセレクトである。
「噂は当てにできませんね」
そう言うセレナにルミナスは頷き返し、再びディランに目をやったのだった。
今度、ガルムに拾われた少年の絵本を渡してみよう。ラストで号泣するかもしれないので、ご機嫌取りにチョコケーキも用意して。




