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19話 八方美人 中

「私はむしろ貴方達の味方よ」

「み、味方?」


 惚気たような表情を見せる男性は、戸惑いながらルミナスに尋ねる。


「そうよ。私も恨みがあってね。従者達を使ってここを特定させたの」

「マジかよ……いや、公爵家だからあり得るか……」

「だから安心してちょうだい」


 勿論全部、嘘である。

 味方になることで相手の話を聞き出し、衛兵が到着するまでの時間を稼ぐのだ。

 この事件を起こそうとした理由を聞こうと口を開く。すると、デイジーがキッとこちらを睨め付けてきた。


「嘘よ! ノア様と仲がいいことは知っているんだから!」


 そう言ってノアに抱きつくデイジー。その衝撃でノアは目を覚まし、ビクリと肩を震わせた。


「勘違いと言ったでしょう? 私は彼等に弱みを握られて、本を運ばされたり、読書感想文を手伝わされたり、貴族なのに植物の世話をさせられたりしたのよ。同じ学園で暮らしているのだから、貴女もその姿を何度か見たことがあるんじゃなくって?」

「それは……」


 ノアとセオドアは唖然とした表情でルミナスを見詰めている。後で嘘だと分かるはずなので、今は騙されていてもらおう。敵を欺くには味方から、である。


「貴女達がお望みなら、死体を預かってあげるわよ。公爵家は闇オークションとも繋がりがあるから」

「マジかよ……」


 これも勿論嘘である。公爵家は(少なくとも今代は)清廉潔白である。

 相手の利になることだけを言えば怪しまれる可能性があるため、こちらにも利があると主張した方がいい。


「死体の処理が面倒だったが……よし」

「――その前に」


 ルミナスは男性の言葉を遮った。


「私が彼等を恨む理由を話したのだから、貴女達も話してくださる? でないと、私だけ自身の失態を話したようで気分が悪いわ」

「……分かった」


 暫く考え込んだ後、男性が自身のことを話し始めた。ルミナスを怪しむことと、死体処理の手間が省けることを天秤にかけた結果、後者の方が勝ったのだろう。


「俺には婚約者がいた。お前と同じイグドラム王立学園の生徒だ。可憐で、美しくて、大好きだった」


 誰のことだろう。まさか、彼女もデイジーと同じルミナスの元取り巻きなのだろうか。名前が気になるが、興味のなさそうな顔を取り繕って続きを聞く。


「こいつが彼女の心を奪ったんだ!」

「!」


 男性が指をさしたのはセオドアだった。しかし、本人にその自覚はないらしく、首を横に振っている。


「彼女から送られてくる手紙の内容は、俺を気にかけるものからこいつを褒め称えるものになっていったよ。本を貸してもらえた、微笑まれた、話を聞いてくれた、芸術に精通している、子供が好きで町で読み聞かせをする気さくな人……楽しみに待っていたはずの手紙は、俺を苦しめるものになっていった」

 男性は俯いた。

「最後の手紙には『婚約者がいたら彼に振り向いてもらえないから、婚約を破棄したいです。ごめんなさい。私はもう貴方を好きになれない』そう書かれていたよ。……俺は没落寸前の貴族で、彼女の家の脛を齧るような生活をしていたんだ。だから、断ることはできなかった」


 男性はブルブルと震え、キッと顔を上げた。その瞳は赤く充血し、ルミナスは話をさせ過ぎたのだと悟った。途中で止めるべきだった。


「お前のせいだ! お前の――」


――粉砕音が言葉の先を掻き消した


 ルミナスに木の屑が降りかかる。

 砂埃の霧から出て来たのは、衛兵だった。セレナ、ダン、ディランの三人も後ろに続く。


「な、何故ここに! まさか!」

「そうよ。ごめんなさいね」


 ルミナスが微笑んだと同時に、衛兵が中に雪崩れ込んだ。

(あ、危なかった……)

 ホッと胸を撫で下ろす。すると、誰かにガバリと抱きしめられた。


「突然抱きつくと驚くじゃない、セレナ」

「ルミナス様……よかった……よかったです」


 首元が涙でぐっしょりと濡れていく。セレナの手を持ち、彼女に向き直すと、彼女の顔はもっとぐしょぐしょだった。


「心配かけさせたわね」

「うぅ〜」

「まったくだ」

「よくこんな無茶をしようと思いましたね」


 抱きつくセレナの腕に頸動脈を絞められそうになっていると、二人が声をかけて来た。


「セレナさんは分かるとして、二人はどうしてここに?」

「ダンは先生からのウケがいい。だからガルムの散歩に付き添ってもらっていたんだ。囮、いや、カモフラージュとしてな」

「そうしたら、ガルムがどこかへ行ってしまって。戻って来たと思ったら、こっちへ来い、とでも言うように服を引っ張ってきたんです」

「そうだったのね。ガルムはどこにいるのかしら?」


 教会から出たがガルムの姿はなかった。セレナは泣きながら後ろをついてくる。


「部屋で待たせている。バレたらまずいからな」

「バレたらまずい?……貴方まさか――」


 振り返ったその時、衛兵を振り切り走ってくるデイジーの姿が見えた。

 その小さな手に、短剣を握らせて。


「アンタが奪ったのね⁈」

「えっ?」

「セレナさん!」


 掌の肉が裂ける音がした。


「ッ!」


 短剣を握り止めたルミナスの顔が歪む。


「取り押さえろ!」

「離して! きっと二人のうちどちらかがノア様を唆したのよ!」


 とんだ言いがかりをつけるデイジーは再び捕らえられた。


「失礼します」


 痛みに耐えていると、ダンがルミナスの手首を掴んだ。傷口を見るため上に向けられる。筋肉が動き、また痛みが走った。

 しかし、白い光が手を包んだかと思うと、痛みは消え去り、うっすらとした傷だけが残された。


「ありが……お、怒っているのかしら?」


 掌をジッと見詰めるダンの眉間には、珍しくシワが寄せられていた。


「貴族の御令嬢なのに、なぜそんな……傷も残ってしまいましたし」

「セレナさんが刺されてしまいそうだったから咄嗟に……でも、ごめんなさい」

「……はぁ。貴方の行動は見ていて面白いですが、今回はそう思えませんね。独りよがりで心配させて……」

「そうよね……しんぱ、面白い? 貴方今、面白いって言った?」


 申し訳ないと下を向いていた顔を上げる。


「気のせいですよ」

「絶対そう言ったと思うのだけれど?」

「おい。何時まで手を持っているつもりだ?」

「え? あっ」


 ディランの言葉を聞き、二人はバッと手を離した。顔が熱くなり、パタパタと手で仰ぐ。


「あとセレナの様子が変だ」

「セレナさんが?」


 手を止めて見てみると、セレナは瞳孔を開き、白く恐怖に満ちた顔で震えていた。

 大丈夫かと声をかければ、苦しげに涙を流し始める。


「ご、ごめ、なさい……私の……私のせいで……」


 何かに怯える子犬のように悲壮感が漂う姿に、ルミナスは胸を痛めた。抱きしめ、あやすように頭を撫でる。


「いいのよ。あのままだとどちらかが怪我をしていたわ」

「っ……なんで……怒ってくれないんですか……」

「怒るくらいなら最初から助けてないわよ(ほぼ反射だったけど)」


 ボロボロとまた泣きだすセレナ。また頸動脈を絞められるルミナス。

 助けることができたのは、日々の鍛錬のおかげだ。以前のルミナスなら瞬発力と握力が足りなくて間に合わない、間に合ってもよりひどい傷を負うことになっていただろう。その場合、このように首に抱きつかれることもな――


「流石に気絶するわよ!」


 そう柄にもなく叫び、急いで彼女を引っぺがした。

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