18話 八方美人 上
ノアがいなくなった。
昼、教師達がルミナスに聞いてきたのはノアのことだった。何か予定があるのか、体調が悪いと聞いてはいないか、などなど。不審に思い、セオドアや他の生徒達に聞き込みを行なったところ、昨夜から姿を見せていないらしかった。修繕中の部屋にも、代理で与えられていた部屋にもいないという。
また、興味深い話を聞いた。ノアの後をつけるように見ている令嬢がいたようなのだ。その令嬢の名前はデイジー。最初その名を聞いた時は気付かなかったが、よくよく思い出してみると、彼女はルミナスの元取り巻きだった。そして、三回目のループ、セレナとノアが結ばれる回に起こったセレナ誘拐事件の犯人。彼女もセレナに嫌がらせをしていた。しかし、今回のループで二人は関わっていないようで、セレナはこの名前を聞いても知らないといった様子だった。
とはいえ、ノアのストーカーであったことに変わりはない。そこで教師達は話をしに行ったのだが、デイジーは知らないの一点張り。アリバイもあったため、注意を受けただけですぐに解放されたそうだ。
そんなことを思い出しながら暗い夜道を歩く。セレナが教室に忘れ物をし、着いて来てほしいと頼まれたのだ。ノアの話を聞き少し不安な気持ちになっていたため、セレナとの夜の散歩は気を紛れさせることができた。こんなことがあったのだから、手紙のことを教師達に相談した方がいいんじゃないかとセオドアに言ったが、大丈夫だとはぐらかされた。そのことも心がかりである。
こんなこと、今までのループでは起こらなかったのに。
自身が行動を変えたことでセレナにも変化が起こったせいだろう。ループを終わらせる方法が分からないからと、原因を探りつつ気の赴くままに行動し続けていいのだろうか。そんな正解の分からないことを考えてしまう。
ルミナスがため息をつこうとすると、先にセレナがはぁと呟いた。その声は不安気で。
「心配ですね」
「そうね……」
まだ一日しか経っていないということで、今日は教師達だけで探すことにしたようだ。「名のある学園から生徒が誘拐されたかもしれない」「犯人は同じく生徒らしい」なんて噂されたくないからだ。それでも見つからない場合は明日のうちに警備組織へ連絡をするらしい。
(今からでも説得しようかしら。何かあってからじゃ遅いし……あら?)
林の奥で何かが揺れたような気がした。
闇魔法を使い、視力を補強する。すると、フードを被った人物がコソコソと出て行くのが見えた。
「何を見ているんですか?」
「少し待って。……!」
フードからチラリと顔が見えた。デイジーだ。
「あっルミナス様?!」
ルミナスは林に向かって駆け出した。大分遠くにいたから、すぐに追わないと見失ってしまう。
「怪しい人物を見つけたから後を追うわ。先生達に伝えてちょうだい。どこを行ったか分かるように印はつけておくから!」
「えっ? でも――」
「任せたわよ!」
「は、はい!」
セレナが教員室のある方角へ向かっていったことを確認し、ルミナスは足を速めた。
(どこまで先を行くのよ……! 馬車?)
林をしばらく進むと、道のようなものができていた。そこにはボロボロの馬車が一台止まっている。ルミナスは足を止め、木の影に隠れた。息を切らしたデイジーは辺りを確認している。そしてすぐさま乗り込んだ。
走ったら置いて行かれる。こんな場所にわざわざ依頼もなしに来る馬車はない。仮にあったとしても音で追跡がバレてしまうだろう。
息を切らしながらも走るデイジーの姿は必死だった。
彼女が犯人でなければいいのに。そう思う一方で、ノアを見つけたい思いが募る。
(どうしたら……ん?)
横からガサリと音がした。
隣を見てみると、背の低い木々の間から赤い四つ目の狼が顔を出していた。
「キャーー!」
「キュウンッ!」
いけない。バレてはいけないのに叫んでしまった。
しかしこのガルム、様子がおかしい。ルミナスの叫び声にビクついておきながら逃げないし、噛み付いてもこない。
(試しに闇魔法を使ってみようかしら……ディランは感覚でやってるって言っていたけれど――)
「ええと、貴女、もしかしてディランが引き取った子かしら?」
伝われ〜と念じながら話しかけてみる。
「ワンッ」
「そうなのね?」
「ワンッ」
どうやら本当に伝わったらしい。
(あの時ガルムは馬に負けないくらい速かった。よし)
「あのね。私、ある人を追っているの。貴方の背中に乗って、そこまで連れて行ってもらってもいいかしら?」
そう言うと、ガルムは木々の間から出てきて体を低くした。
「ありがとう」
闇魔法を使って剣を作り、木に道標を残す。
そしてガルムに跨り、冷えた空気を切り進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
うねりにうねる草深い道を走り続け、ようやく道が開けた。そこに建っていたのは古びた教会。ツタにびっしりと覆われた外壁は色褪せ、窓ガラスは割れており意味をなしていない。天井にも穴が空いており、損壊した垂木の一部があたりに寝転がっている。
高い木々に覆われたこの場所に来る人はそうそういないだろうが、ご丁寧に、馬車は教会の裏手に停められていた。しかし爪が甘い。轅が数センチほど飛び出ている。
ルミナスはガルムから降り、学園に戻るよう伝えた。もし自身を探す者がいたら案内するようにとも。頷き走り去るガルムから目線を教会へ戻し、ルミナスは暫し考える。
馬車は追いかけていたもので間違いないが、デイジーが降りたところは見ていない。教会に入ったとして中にノアがいるとは限らないし、誰が何人いるかも分からない。そのため無策で突撃することは避けたい。しかし何かが起こってからでは遅い。
(どうするべきか……そうだわ)
ルミナスは物音を立てないようゆっくりと窓際に近付き、乙女の必需品――手鏡を使って中の様子を見た。
(ノア!……と、セオドア⁈)
なんと二人は布を噛まされ、支柱に括り付けられていた。暗がりの奥にはデイジーと一人の男性が立っており、何かを話し合っている。
耳を澄ますと衝撃的な言葉が聞こえて来た。
「すぐには殺さないって約束したじゃない!」
「もう誘拐したことがバレたんだ! 仕方がないだろう!」
「ちゃんと結婚式を挙げてからにしてって言ったじゃない!」
(殺す? 結婚式?)
男性は埒が明かないと舌打ちをし、デイジーを押し退けて支柱へと近付いた。暗闇によって隠されていたナイフがギラリと光る。
まずい。来た道からは衛兵が助けに来る気配はない。あと数分で着くだろうが、その間に二人が殺されてしまう。二人の会話と男性の表情から、ナイフが縄を切るためのものでないことは明らかだ。なら――
「面白そうなことをしているじゃない」
「お前は!」
「ルミナス様⁈」
「ちっ近寄るんじゃねえぞ!」
「ちょっとやめて!」
思わぬ人物の登場に動揺し、男性は二人の首元にナイフをぴとりと押し付けた。縋り付くような形でデイジーは男性にしがみつく。そのせいでナイフが揺れ、切先がノアの頬を掠めた。つぅと垂れた血液が、切り落とされた布に落ちて広がっていく。
「どうしてここにいるんですか! はやく逃げてください!」
「うるせぇ!」
「うっ」
男性に頭を殴られ、ノアは項垂れた。その流れで威嚇するようにルミナスへとナイフを向ける。
「助けを呼ぼうったってそうはいかねぇぞ!」
「……助ける?」
ルミナスの棘を含む声にデイジーと男性はたじろいだ。セオドアが目を大きく見開きこちらを見ている。
「何を勘違いしているのかしら?」
ルミナスはそう言って、血より鮮明な赤で彩られた唇を怪し気に釣り上げた。
闇に紛れる黄薔薇の瞳は、人間を見下ろす月のようだった。




