17話 束の間の休息
翌日、ルミナスはセレナ、ディラン、ダンの四人で昼食をとっていた。
ディランと初めて昼食をとった時、何故いるのか聞いたら「気分だ」と答えていた。ダンは偶々通りかかり、興味のある話題をしていたから加わった。なのに用事がない日以外は毎回、同じテーブルにいる気がする。嫌な思いはしていないので、わざわざ突っ込んだりはしないが、セレナの時といい、一度食事を共にしたらお昼仲間に加わる決まりでもあるのだろうか。そんな筈はないのだが、不思議である。
しかし、意外と話す内容はあった。おいしいスイーツや新しくできたカフェ、おすすめレストランにワクワクスイーツ巡りの予定決め等……どれも食べ物関連である。
とはいえ、同じような話題をお互い持ちかけていても、好みはそれぞれ異なっていた。
ルミナスはおいしいもの全般、特に甘いもの、コッテリしたものが好きで、辛いものが苦手。
セレナはブラックペッパー味のマカロンが好きで、辛いものも苦いものも、得体が知れないものも喜んで食べる。苦手なものがないのだろう。屋台でイモリの串焼きを買おうとした時は流石に止めた。
ディランは甘いものが好きで、辛いものが苦手。あと、多分猫舌。本人は全て否定しているが、こっそり焼き菓子を胸ポケットに忍ばせていたり、唐辛子入りスープが出された時は気付かれないように少ないものを手に取ったり、それをいつまで経っても放置して冷やしていることは全員知っている。お菓子のなかったオブシディアン帝国と違い、様々なお菓子が溢れているこの国に来て、甘いもの好きの才能が開花したのだろう。
そして最後にダン。彼もセレナと似たようなもので、二人して辛そうな謎の物体を買ってきたり、謎の尻尾のようなステーキを笑顔で頬張ったりしている。苦手なものがなさそうな人物である。
ちなみに、ダンは一度、ルミナスにクッキーを作ってくれたのだが、何故かその色は緑と紫が混ざった毒々しいもので、スライムが苦しみもがいているような形をしていた。それを見た時はあまりの仰ぎょ、人から貰ったものをこんな風に言うのは悪いので表現を変えるが、狂気的な、いや、溢れ出んばかりの個性を感じることのできるデザインに、鳥肌がたったことを覚えている。
友達の印としてくれたことは分かっているので、もちろん全て食べた。手の震えを誤魔化せていなかったと思うが。
味が普通に美味しかったのは今でも信じられない。あまりの衝撃に気絶でもして、寝ている間に記憶が書き換えられたのではないかと割りかし本気で思った。
紅茶を飲むためカップを取り、ルミナスはダンをチラリと見た。
爽やかで甘い目元に、すっと通る鼻筋、キュッと上がった広角。泡雪のような髪には虹彩が宿り、それはさながら天使の輪のよう。とてもあの珍みょ、独創的なクッキーを作った人物とは思えない。顔を上げ、浮かべた笑顔も――
「そういえば、お菓子を作ってみたんです」
ルミナスの手が止まった。その後ゆっくり紅茶を流し込む。うむ、おいしい。心がホッとする。
「何を作ってきたのかしら?」
「ショートケーキです」
「ほう」
ディランが僅かに反応した。クッキーに比べてケーキの方が難易度が高いが、大丈夫だろうか。意外と材料はシンプルで、クッキーほどアレンジを効かせることはできないと思われるので、意外と見た目も普通かもしれない。
ダンは嬉々とした表情で箱を置いた。無表情だが目だけは輝いているディラン、微笑んでいるが、期待より不安が勝るルミナス。
「この前作ったクッキー、あんなに美味しいと言っていただけるとは思っていなくて……嬉しかったんです。だから頑張ってみました」
言った。確かにかなり、かなり、ハイテンションに美味しいと言った。だがそれは、見た目を受けて期待値が薄くなったため、意外と美味しくて驚いたからだ。
「前回よりは上手くできたと思うんですが……」
箱が取り除かれ、遂にショートケーキが露わになった。赤い赤い、血に染まったような毛皮の塊にしか見えないショートケーキが。
本来、ショートケーキというものは、黄色いふわふわスポンジケーキの間に苺とクリームが挟まれ、それを隠すようにクリームで覆う、見た目は白が九割、赤が一割の可愛らしいケーキのはず。少なくとも、こんな猟奇的殺人事件の現場に残された遺体の一部のようなものではない。
ディランを見てみると、言葉もなく固まっていた。分かりやすくしょぼくれている。
「わ〜! すっごく美味しそうですね!」
もう驚くまい、突っ込むまい。
セレナとダンの好みが似ていることは分かっている。何故このようなセンスを持っているのか……生まれつきなのだろうか。別に誰かの気分を害しているわけではないので、好きにすればいいと思う。しかし、慣れていなかったら心臓に悪い。
「これ、ドライストロベリーですよね? すっごく綺麗!」
(よく分かったわね?!)
「そうなんです。ショートケーキってイチゴが少ないでしょう? こういうものもあっていいかなと思って、アレンジしてみました」
(だからって、なんでドライストロベリーの粉末をかけたのよ! かけすぎてモサモサしてるじゃないの!)
「ルミナス様はどう思いますか?」
「……個性が光っているわね」
だめだ。心の中ではツッコミをいれたが、期待するような目で見てくるダンにそのまま伝えることはできない。しょんぼりされたら罪悪感が湧くに決まってる。
「じゃあさっそく食べる準備をしますね」
「え、えぇ」
ダンはルンルンでケーキを切りだした。どうやら、中身はほとんど普通のショートケーキと変わらなかった。一番上の層にもイチゴがギッチギチに敷き詰められているからか、妙な毒々しさは相変わらず感じられる。イチゴの蠱毒か。
しかし味はおいしい。何を入れたのかは知らないが、どこかシャッキリとした柑橘類のような味も感じられる。非常に食べやすい。
「どうですか?」
「うん……美味しいわ」
「よかったです」
ダンはふふ、と笑った。隣ではディランが口いっぱいにケーキを頬張っている。周りにお花が見えるのは気のせいだろう。
「アクセントにブラックペッパーはいかがですか?」
「美味しいですよ!」
セレナのお皿に乗せられたケーキには、胡椒がかかって大きなイチゴのようになっていた。……意外と美味しいかもしれない。ブラックペッパーとスイーツの組み合わせは見慣れているので、ちょっと気になる。
ほんの少し端にかけ、一口。そのままの方が好きだが悪くはない。
「唐辛子パウダーもいかがですか?」
「それは流石に結構よ!」
ルミナスは思わず突っ込んだ。そんな姿が面白いのか、ダンは笑顔で瓶をケーキに近付け……ダン自身のケーキにかけた。
からかったのね、と非難の目を向けるも、何の罪も犯してなさそうなニッコニコの笑顔を向けられた。
「どうしたんですか?」
「どうしたって今……はぁ」
ルミナスは諦めてケーキを食べることにした。残したままにしておくと、セレナとディランに奪われそうな気がしたから。
何時もよりやけに騒々しい食堂に、教師達がルミナスを呼びに来たのはこの数分後のことだった。




