16話 関わり気付くことがある
ある日、ルミナスは中庭に来ていた。何故かセオドア伝いでノアに呼び出されたのだ。
ふと小説を読んでいた手を止め、時計台を見た。
(集合時間から五分ほど経ったけど来ないわね……)
先日のセオドアのことがあるので、ノアにも何かあったのではないかと考えてしまう。
再び小説に目を移すと、パタパタと足音が聞こえてきた。
「ルミナス様! 遅れてしまい申し訳ございません」
「(ただの誤差のようね)よかっ」
顔を上げたルミナスは固まった。息を切らすノアの首にツタが絡まっていたからだ。かなり前衛的である。
「人の好みにどうこう言いたくはないのだけれど……それは新たなファッションかしら?」
首元を指差すと、ノアは手を持っていった。気付いたらしく、おやおやとのんびりとした手付きでツタを解いている。
「すみません。先程まで格闘していたもので」
「か、格闘?」
そんなことするような性格ではなかっただろう。人と会う数分前に誰かと格闘する聖職者なんて聞いたことがない。まさか、ノアにも変化が起――
「ギィェエエエエ」
突然の爆破音、いや、破壊音と共にやけに耳に残る奇声が聞こえてきた。
ゆっくりと息を吸い、吐き出す。あれだ。あれの声だ。
「あの子と格闘していたんです。今日はあの子を譲ってくれたお礼と、ある相談をしたくて来たのですが……」
ノアは遠くを見て言葉を止めた。奇声が聞こえてきた方向だ。恐る恐る振り返ると――
「申し訳ございませんが、部屋に戻ってもいいですか?」
男子寮の壁が一部屋分、破壊されて粉々になっていた。中から巨大なツタがウニョウニョ飛び出している。まるで船人を捕まえようとするクラーケンのように。
破壊された部屋の様子を見に、ノアは行ってしまった。去り際、すぐ戻るから絶対に部屋へ近寄らないように言われたのだが、ノアの目には、ルミナスが男子寮に入るような女性に見えているのだろうか。だとしたらショックだ。ループ時の印象が悪くなかったため余計に。
「ルミナス様」
「あら、もう戻ってきたの?」
「はい。呼び出しておいて何もせずに帰すのは失礼ですから」
「でもお礼はなくて結構よ。むしろ大変じゃなくって?」
「確かに大変ですが、研究のしがいがあるのでまったく気になりません。あんな植物は初めて見ましたよ。ああ、もっと調べ尽くしたい……!」
うっとりとした表情を浮かべるノア。大丈夫だろうか。ループで築かれた、穏やかで平和なイメージからは想像できない狂気をどこか感じる。目だろうか。トロントした目がいけないのだろうか。今になるまで気にならなかったが、一人称が俺なのも意外だ。セオドアのように私と言いそうなのに。
何か突っ込んだ方がいいのか、正気に戻るまで待った方がいいのか決めかねていると、ノアはそうだと話を続けた。何時もの菩薩顔に戻っている。
「研究結果をご覧になられますか?」
「い、いいえ。結構よ」
余計見たくない部分が見えそうだから。
「そうですか……もし気になれば声をおかけくださいね。何時でも持ち歩いていますから」
(研究資料を?! 何時も?!)
ルミナスが言葉を失っていることに気付いていないのか、ノアはうーんと頭を捻った。
「ルミナス様のご希望はありますか?」
どうしてもお礼をしたいみたいだ。そうだ。ノアは植物の世話をしていた。
「お花を一つくださる? 花瓶に挿したくて」
その言葉を聞き、またノアの瞳がギラリと輝いた。ヒッと声を出さなかったのは、先程のフリーズが後を引いているからだろう。
「何がお好きですか? 色、大きさ、日持ち、育成のし易さ、棘の有無、何科――」
「ちょ、ちょっとストップよ!」
ルミナスは喋るマシンガンと化したノアの前に両手を出し、動きを止めさせた。さては植物好きだな。いい悪いは置いておいて重度の。
「やっぱり変えるわ。ええと……あっあれ! あの花のお世話を私に手伝わせてくれないかしら?」
咄嗟に指を差したのは、先日ルミナス達がプランターに入れ直した花達。
「本当にいいんですか?」
「ええ。気になってはいたしね」
「ではあの子もどうでしょう?」
「あの子……?」
「あの子です。相談したかったのは、このことなんです。実はあれから、ルミナス様を探すように鳴いていて……枯れるからと俺がお世話しようとしても逃げるんです」
研究していたから嫌がってるんじゃないだろうか。その言葉は飲み込んだ。
「萎れかけていたため、試しに光魔法をかけてみでもダメで。それで、同意を得た上でルミナス様に会っていただこうかと。……何かの力と反発しあっているのか苦しみ出したんですよね」
ぼそりと呟かれた最後の言葉はスルーしておこう。一つ突っ込むと他のことも突っ込みたくなりそうだ。
(何かの力は闇魔法かもしれないわね。漏れ出ているのかも)
「というわけで、会っていただけませんか?」
「まぁ……会うだけならいいわよ」
「こちらです」
それは見なくても分かる。男子寮の廊下を通るのは気が憚れるので、ルミナスはノアと共に外側から部屋を覗くことにした。
「あれ?」
吹き抜けの部屋に近付くと、ノアは急に走り出した。
「いなくなってる……」
部屋の中には砂塵が舞っているだけで、花は舞って(踊り狂って)いなかった。
「!」
「わっ! ど、どうしたの?」
突然、ノアが後ろを振り返った。ルミナスも後ろを見てみるも、特別変わったものはない。野次馬として集まった生徒達がいるくらいだ。
「背中に不快なものを感じて……気のせいでした。驚かせてしまい、すみません」
「そう……あら? これは何かしら?」
ルミナスは地面に落ちていた黒いピラピラしたものを拾った。紙でも焦げたのかと思ったのだが、葉脈があることから葉の切れ端だと分かった。かなり大きそうだ。
「少し見せてください」
「どうぞ」
「あの子の葉ですね……逃げたか、捕獲されたか、消されたか……すみません。せっかく了承して頂いたのに、いなくなってしまうなんて」
「いいのよ」
嘘だ。本当は少し寂しさを感じている。たまたまとはいえ、自身が作ったことで僅かながら愛着が湧いてしまったのだ。
しかし、寂しがったところであの花は帰ってこない。消されたのではなく、どこかへ行ってしまっただけならば、せめて誰も傷付けず、花自身傷付けられていないよう祈るだけだ。
「ルミナス様……やはり悲し――」
「かなり派手に崩れたようですね。二人とも怪我はありませんか?」
現れたのはセオドアだった。やれやれといった表情で部屋の中を見ている。
「お二人は知り合いなの?」
そう聞くと、二人は顔を見合わせてそうだと言った。
「ニフリート王国とベリル共和国はよく共同研究をするんです。その関係で私とノアの家は昔から交流があるんです。兄弟みたいなものですね」
「そうだったのね」
ループを含めて約五年間も同じ学園にいたのに知らなかった。
そういえば、協力して古代書や神話などを分析したり、解読したりしていると聞いたことがあった気がする。王室図書館を管理するアルティスタ家と、神殿に仕えるラント家、両者の関わりがあるのは当然か。
一人納得していると、セオドアが部屋に足を踏み入れた。どうしたのか聞いてみると、どうやら修繕が終わるまでノアは別の部屋で過ごすことになり、そのために必要な荷物の移動を手伝いに来たらしい。先生にわざわざ教えられるとは、普段から本当に仲がいいのだろう。流石、兄弟のようなものと言っただけある。
「では、私達はこれから荷物の移動をします。次に会うのは第二十五回感想会の日ですね。楽しみにしています」
「俺も、ルミナス様が声をおかけになるのを待っています。また」
瓦礫の下から分厚い謎のファイルを拾い、へにゃっとした笑顔で言うセオドア。次いでノアが口を開いた。こちらも似たような優しい微笑みを湛えている。
「ええ。またね」
ルミナスは微笑み、二人に手を振った。
驚きはしたものの、今まで知らなかったノアの側面や関係を知ることができてよかった。この調子で平和な関係を彼等と続けていきたいものだ。
(まだあと一人、残っているけれど……)
思い出すのは、夏の日に輝く海の瞳。ルミナスはその奥に潜んだ深淵を見抜くことが出来なかった。
不安な気持ちを振り切るように、ルミナスは首を左右に軽く動かした。まだ出会っていないのだから、今考えても仕方がない。まずは会わないようにすること。仮に会ったとしても、ただすれ違っただけの生徒レベルの関わりに留めておこう。それにあと約半年の猶予がある。
少し冷えた夏風が、ルミナスの髪を掬い上げた。




