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14話 記憶の爪痕

「貴女ならきっと、乗り越えることができるでしょう」


 金縁に飾られた乳白色の祭服を着たノアが、聖母の如き微笑みを浮かべて言った。

 その言葉を聞き、恭しくお辞儀をするのは他でもないルミナス。


――やっぱり夢を見ることになるのね


 とはいえ、三回目――ノアとセレナが結ばれた回は一番平和な終わり方をしたので、まだ大人しく見ていられる。

 ディランの時も静かに見ていたが、胸が痛んだことに変わりはない。


――まぁ、別の意味で胸は痛くなるだろうけど



 時は過ぎ、夢の中のルミナスは教会の床に膝を折り、懺悔していた。月光だけがルミナスを照らしている。


 ノアの生まれたベリル共和国は、宗教国が強く、信仰心の厚い者が多い。ラント家はベリル共和国の神殿に勤める伯爵家の内一つ。その家に生まれたノアは、聖職者に相応しい人物だった。

 長い時間をかけ、ノアはルミナスを諭し、改心させた。

 前回のループ時の精神的ダメージにより、ルミナスが憔悴しきっていたから出来たのかもしれない。早くここから逃げ出したいと思っていたのだから。

 しかし、慈愛に満ちた彼の言葉や態度に心を動かされたのは本当だ。

 ……本当のはずだ。


 結果、ルミナスは卒業パーティーには参加せず、修道女になるためにベリル共和国の神殿へ行くことになった。


(そこで私は数日間、欠かさず懺悔をしていたけれど――)



 突如、月明かりが消えた。

 

 なかなか光が戻らないのは、夢が続いているからか、新しい夢が始まったからか。


「うっ?!」


 首を掻き切られたような熱さが走り、ルミナスは飛び起きた。


「はぁ……はぁっ…………」

 

 首元に手をやり、ルミナスは鏡に映る自分を見た。

 そこには、白く青ざめたルミナスの姿が映っているだけで、体には傷一つついていない。


(セオドアの時は記憶が新しかったから、夢を見なかったのかしら……ということは、あともう一回……)


 ルミナスはため息をつき、ベッドの上に大きな音を立てて倒れた。 

 目を瞑るも心臓の音は鳴り止まない。


 それでも夜は更けていく。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日、ただでさえ寝不足で疲れているルミナスは更に疲労を感じていた。


 時は、遡ることたった五分前。ルミナスが新しく取った実戦演習の授業にて。

 これは選択科目で、参加人数が少なかったためか途中参加の許可が降りた。勿論、止められはした。令嬢には無理だと試験を与えられたが、鍛錬を積んでいたルミナスは難なくクリアしたのだ。

 初授業の内容は、自由に二組を作り、簡単な連戦を行う、というものだった。相手は他の二組。二対二で勝負するというわけだ。


 本題の疲労理由だが、一つは、相手がほとんど男子生徒だということ。肉体的な力の差は歴然。男子生徒達も女性相手、しかも公爵家の令嬢では、本気を出せないだろう。そのことに気付いたルミナスは申し訳なさを感じていた。だからといってやめる気はないので、ここは力を示すしかない。

 二つ目は、ペア決めで問題が起こったこと。


「ルミナス。俺とペアを組め。力量を確認したい」

「ルミナス様! 私と組みませんか? 光魔法でサポートしますよ」

「俺なら闇魔法をさらに高めさせることが出来る」

「私だってルミナス様の苦手な光魔法をお教えすることができます」

「長所は伸ばした方がいい」

「短所をなくすのも大切だと思います」


 そう。ディランとセレナ、この二人が言い争いを続けているのだ。ルミナスを挟んで。

 闇属性を扱える生徒は数少ない。それも、ルミナス程の高出力となればほんの二、三人に限られる。二人は本当に熱心だ。そのため適当に選ぶことが出来ずにいた。

 また、疲労によって判断能力が落ちているルミナスはただ聞くことしか出来ずにいた。これも選べていない理由である。両者とも一理あるので、余計判断しづらい。

 セレナがいるとは思っていなかった。今まで参加している素振りはなかったのだが、ルミナスと同じ理由で参加を決めたのかもしれない。


「ルミナス様聞いてます?」

「あっごめんなさい。何かしら?」


 そうルミナスが言うと、突然セレナが肩を掴んできた。ディランも反対側を掴んでくる。


「私にしますよね?!」

「俺にするだろ?」


(なんで息ぴったりに言ってくるのよ......)


 仲がいいというか、なんというか。

 ぱっと見真逆に見えるが、どこか似ている。最初のループ時の記憶でいくと、姫を守る強面騎士と、守られる聖なる姫、という感じなのに。今はどちらかというと……兄と妹だろうか。


「ディラン様は前組んだじゃないですか!」

 バッと両手を広げて主張するセレナ。

「あれは別の授業だろ」

 シラっと顔を横に向けるディラン。


 再び自身のアピールポイント(と揚げ足取り)を始めた二人を眺め、ルミナスは眠りそうになっていた。


(人間、やっぱり寝ないとだ、ん?)

 誰かがルミナスの服の袖を引っ張った。


「ルミナス様」


 こっそりと名前を呼んできたのはダンだった。

 そのままルミナスをすーっと引き寄せ、自身の前に。


「先生。ペアができました」

「お! やっと決まったな。えーっと? ダンとルミナス嬢、セレナとディラン殿だな」

「えっ?!」

「なにッ?!」

「……ハッ!」


 二人の大きな声によって、ルミナスの意識が覚醒した。

 目を擦っていると、ダンがこちらに手を差し出してきた。その手を取り、生徒の攻撃が学園を壊さないよう張られた結界に入る。


「よろしくお願いしますね、ルミナス様」

「ええ、よろしくね」


 静かになった例の二人を見てみると、表情が読みにくいディランは勘だが、しょんぼりとした表情で結界の中に入っていた。

 次までにどちらと先に組むかを決めておこう。流石にちょっと悪い気がする。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一位はディランとセレナのペアだった。

 二人の鬼気迫る勢いで他のペア達を狩、戦う姿を見て、震え上がるペアは少なくなかった。直接圧力をかけていたのはディランだが、攻撃を跳ね返し、当たってもすぐ回復し、武器と魔法を操り歩けるようにサポートしたのは、他でもない彼女だ。

 光魔法しか使えず、戦いを避けていた初期とはあまりにも違い過ぎる。それとも、ルミナスが知らないだけで、ひっそりとディランをサポートしていたのだろうか。


(そんなこと、今更分からないけれど)


 ルミナスとダンの結果は四十二組中、十九位だった。特別高くなければ低くもない。平均よりちょっと上、といったところか。片側が令嬢だったにしては上々と言える。

 しかし、ルミナスはもっと上を狙えたのではないかと思っていた。

 ダンがわざと負けたように感じたのだ。それも、ルミナスを庇って。

 気付いていないだけで、かなりダメージを受けていたのかもしれない。今回、ルミナスはあまり役に立たなかったのだから。ダンによる回復魔法がなければすぐに倒れていただろう。


(回復魔法が睡眠不足にも効いたみたいね)


 ルミナスは両手を上げて伸びをした。すると、結果報告を終えたダンが戻って来た。


「大丈夫でしたか?」

「ええ。おかげさまで。貴方は?」

「僕は大丈夫です。回復なさったようで何よりです。あの時様子が変でしたから」

「気付いていたのね」

「たまたまですよ」

「次は役に立ってみせるわ」

「無理はなさらないでくださいね。心配なんです」

「えっ」


 ダンは悩まし気に瞼を伏せ、次いでリリウムをジッと見つめた。夜の気配がする夕暮れを背に、儚気な雰囲気を纏うダン。その姿に、ルミナスの心臓はドキリと跳ねた。


(こ、これはあれよ。美しい絵画を目にした時のトキメキよ。ほら、彼の瞳って幻想的で、ディランが映ってて……?)

 

「ルミナス」


 瞳の中のディランが喋った。声の出所はルミナスの背後。

 後ろを振り返ると、ぶすりとした表情でディランが立っていた。


「今のは本当か?」

「えぇと……ちょっと寝不足だっただけよ。もう大丈夫」

「ならいいが」


 そう言うと、ディランはルミナスの手首を掴んだ。


「……念のため筋トレと鍛錬は明日からにするか」

「えっ?!」


 今まで、ルミナスはディランに『筋トレさせてくれアピール』をほぼ毎日のようにしてきた。筋肉痛はない、元気だ、動きたい、強くなりたい、公爵家令嬢として文武両道でいきたい……などなど。様々な言葉を使って。

 しかし、ディランの言葉はいつもノー。


(何故今なのかしら?)


 ジーッとルミナスの腕を見詰めるディランを、ルミナスもジーッと見詰めた。

 ディランはそのことに気付いたらしく、手を離し、理由をルミナスに言った。


「軽い腱鞘炎を起こしかけていたんだ」

「腱鞘炎……全く気付かなかったわ」


 試しに自身の手首をポキポキと動かすルミナス。すると、ダンがルミナスの隣から一歩前に出た。


「ディラン様が厳しいからですよ。最初から斧を振らせたり、腕に重しをつけて動かしたりさせていたじゃないですか」

「……ここまで弱いとは思っていたなかった」

「気にしないでちょうだい。ムキムキになりたいと言ったのは私だから」

「ぶふっ」


 ルミナスの言葉を聞き、噴き出すダン。すぐに切り替えて済ました顔をしているが、スルーするはずがないじゃないか。


「……ダン?」

「……すみません。まさかそんなことを言っていたとは知りませんでした」


 申し訳なさそうに眉尻を下げて言っているが、肩の震えを抑えられていない。


「お詫びに、僕にルミナス様を教える権利を与えて下さいませんか?」

 態とらしく跪くダン。

「その言い方でいくとお詫びになってないわよ。お願いよ」

「ふふ、それもそうですね」

 ダンはルミナスの手を持ったままサッと立ち上がった。


「では、僕がルミナス様に教えて差し上げます。光魔法とか、お望みなら剣とか」

「それはいいわね。光魔法は本当に弱くて……」

「待て。何故そうなる?」


 眉間に皺を寄せるディランに、ダンは微笑んだ。


「これで、長所は伸ばせ、短所は埋めれますよ」

「……チッ」


(し、舌打ちをした?!)


「じゃあ今度は四人でバチバチ特訓ですね!」

「セレナさん?! 急に後ろから大声を出さないでくださる?!」

「あっすみません!」

「もう……」


 そうため息をつきつつも、ルミナスはクスリと微笑した。


(三人と話せて、ちょっと気が紛れたかも)


 今夜はよく眠れそうだ。

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