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13話 才能

 約三ヶ月後、ルミナスは願い通りムキムキに――


「ついに筋トレ禁止令を出されたわ……」


――なっていなかった。


「無理のしすぎで一週間も寝込んだと聞きましたよ。そのせいじゃないですか?」

「私、本当に心配したんですからね!」

「それは……そうかもしれないけれど」

「筋肉も小さな積み重ねが大切です。物語の主人公もそうでしょう?」

「……そうね」


 ルミナスは本に視線を移した。少し不満が残っていることを察したのかセオドアがクスリと苦笑する。

 ルミナス、セオドア、セレナの三人がいる場所は図書室。水属性と木属性の合わせ技によって冷風が送られてくるこの場所は、夏が訪れた学園内では絶好の避暑地である。

 体を鍛えることにしたルミナスだったが、それでも本に対する興味は消えず、なんだかんだ毎日のように通っている。セオドアも元々図書室の常連らしく、気付けば一緒の机で本を読む仲にまで発展していた。彼とは不思議と本の好みが合うのだ。だからといって、筋トレしたい欲がなくなる訳ではない。鍛錬だってしたい。


「充分強くなったじゃないですか!」

「セレナさん、図書室では大きな声で話さないの」

「はーい」


 ひょこっとルミナスの隣から顔を出すセレナ。彼女もたまに着いてくるのだ。


「いざという時は私が守りますから!もう少しで今ある全ての光魔法を使えるようになるんです。ルミナス様やディラン様のおかげで、他の魔法も使えるようになってきましたし」

「守られるだけなんて嫌よ」

「ルミナス様……!」


 何故かキラキラした瞳で見てくるセレナ。

 彼女の言う通り、魔法に関してはルミナスは強くなった。毎日コツコツと研鑽を重ねた結果、ほぼ自由自在に魔法を操ることができるようになっていた。光魔法以外。

 最近はディランと共に闇属性が他属性に与える影響について研究を始めたことも、能力アップに繋がっているだろう。

 しかし、魔法だけでは不安だ。今のところ聞いたことはないが、何らかの方法で魔法を使えなくされたら、話す術もなく殺されてしまうだろう。

 課題試験の時だってそうだ。ディランがいなかったらルミナスもセレナも死んでいたかもしれない。


「ルミナス様?」


 上機嫌で本を読むセレナの顔をちらと見ると、すぐにバレてしまった。


「なんでもないわよ」


 そう言って再び自身が持つ本に目をやる。


「え〜気になります」

「こっちをジッと見ないでちょうだい。私は本を読みたいの」

「じゃあ終わったら感想を話し合いませんか?」

「それは別に構わないけれど……」


 隣からクスリと笑う声がした。


「何かしら?」

「いえ。お二人はとても仲がいいんですね。まるで姉妹のようで微笑ましいです」


(姉妹?! 微笑ましい?!)


「全く似ていないと思うのだけれど」


 ルミナスの髪色は黒、瞳の色は黄色。対するセレナの髪色は薄紫、瞳の色は髪より濃い目の薄紫だ。


「中身の話です。お二人は得意とする魔法も逆ですし、対になっているようで面白いです。ルミナス様は闇魔法、セレナさんは光魔法……物語に出てきそうな関係ですね」


 最後の言葉は、ほぼ独り言のように小さな声で話された。似たような物語を思い出しているのだろうか。


「たまたまよ。貴方は得意なことはないのかしら?」

「うーん……私は特にありませんね。どれも普通ですよ」


 お恥ずかしながら、とセオドアは照れ笑いを浮かべた。


「でも、この前の試験では二十位以内に入っていましたよね」

「よく覚えていますね。でも特出したものがないんですよ」

「満遍なくできる、ってことね」

「満遍なく……よく言えばそうかもしれません。ありがとうございます」

「いえ、思ったことを言っただけだから。あっ、本をよく知っているところはどうかしら?」

「ほんとですね! それに、読み聞かせもお上手でしたよね」

「読み聞かせ?」


 セレナの言葉に二人で頭を捻る。ルミナスの記憶にはないが、セオドアはそんなこともしていたのか。


「どこでそのことを知ったんですか?」

「えっと、この前町に出たんですが、その時に子供達へ読み聞かせをしていた姿を見たんです」

「ああ、なるほど」

「大衆演劇の時もそうだけど、よく町に出るの?」

「はい。本や演劇、絵画など、文化的なものに触れるのが好きなんです。あと、子供も。昔から兄弟達の相手をしていたので、その影響かもしれません」

「だから読み聞かせをしていたのね」

「はい。貴族がそんなことをするなんて、と思われるかもしれませんが、好きなんです。喜んでくれる姿は可愛らしいんですよ」


 子供達の様子を思い出したのか、セオドアは本当に嬉しそうに笑った。


(そういえば、よくお母様も私に本を読んでくれていたな)


 乳母に任せても構わないのに「自分も可愛がりたいから」と言って。セオドアはその時のお母様と同じ眼をしていた。温かく、柔らかな、陽だまりのような眼差しを。


「私はいいと思うわよ」

「私もいいと思います! かわいいですよね、子供達って」

「セレナさんも読み聞かせをしたことがあるんですか?」

「はい。近所の子供達とよく遊んでいたんです。その時に」


 そこから二人は子供達あるあるを話し始めた。

 最初は面白いと聞いていたルミナスだが、少し暇になってきた。何かしながら聞きたいものだ。


(はっ! 腹筋に力を入れながら爪先を浮かせたら、いい筋トレになるんじゃないかしら?)


 ルミナスはそっと爪先を浮かせた。机の下は二人には見えないだろうし、ちょっと浮かすだけなら周りの人も気付かないだろう。


「ルミナス様」


(!)


 話を中断し、静かに名前を呼んだのはセレナ。


「もしかして、筋トレをしているんですか?」


 何故だろう。笑顔なのに「そんなわけないですよね」という圧を感じる。


「も、もちろんよ……」


 ルミナスからの返答を聞き、セレナはニコーッと笑顔になった。そして話を再開する。


(ディランに禁止令を解くよう交渉しなくちゃ……)




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「いや〜いっぱい本を借りちゃいましたね」

「そうね。これから読むのが楽しみだわ」


 セレナと二人で夕暮れの空を眺めながら、廊下を歩く。

 手に感じるズッシリとした重みは、ルミナスをワクワクさせた。寮についても夜ご飯まで時間があるだろうから、一冊読んでしまおう。

 来週はセオドアと互いが借りた本の内、一つを紹介し合う予定だ。そして、感想を伝え合うのだ。


(もう少し借りてもよかったかも)


「あっ!」


 突然セレナが声を出したかと思うと、中庭の方から大きな物音が聞こえてきた。

 見てみると、一本の木が倒れプランターを押し潰していた。その木の近くで人がしゃがみ込んでいる。


「貴方、大丈――」


 駆け寄り、手を差し出してから気付いた。


「は、はい……俺は大丈夫です」


 コスモスのような薄ピンクの髪が、風に揺れてふわりと膨らんだ。

 髪と同じ色をした瞳に映るルミナスは、戸惑いの表情を浮かべている。


「何があったんだ?」

「木が倒れたらしい」

「あー。この前の落雷でか」

「あそこにいるのはルミナス様かしら?」


 ざわざわと生徒達の声が聞こえて、ルミナスはすぐさま我に帰った。差し出しかけた手を伸ばし、青年を引き起こす。


「災難だったわね。怪我はない?」

「はい……あ」

「? あっ」


 青年はルミナスの足元を見て小さく声を出した。花壇から飛び出した花を踏んでしまっていたらしい。足先から葉が飛び出ている。


「ご、ごめんなさい」


 ルミナスは慌てて足を退けた。じわりと濁ってしまった花を見て心が痛む。


「気にしないでください。それに、どちみちもう……」


 青年の視線の先には、地面に土まみれで横たわる花々が。根は土の中に置き去りにされたままだ。


「……失礼します。片付けがあるので」

「待ってちょうだい。私も手伝うわ」

「えっルミナス様?」

「貴女も行くわよ」


 ルミナスはセレナに声をかけ、既に歩き出していた青年の後を追いかけた。



「驚きました……」

「……ごめんなさい」


 程なくして、片付けが始まった。

 しかし、ルミナスは何もできずにいた。ある失敗を犯したからだ。

 ルミナスは自身の掌上に置かれたプランターを見た。


 その中に埋められた花は、


「キュイッヒィィア!」


 狂ったように踊っていた。

 なんなんだ。ヒィィアって。


(う、うるさい……)


 数分前、ルミナスは二人にある提案をした。

 その内容は、一度花をプランターに戻し、回復効果のある光魔法をかければ元に戻るのではないか。というもの。

 その提案は成功した。


 そう。ルミナス以外は。


 哀れな目でこちらを見上げる青年とセレナ。二人の前には、水をもらい、夕陽色の宝石を花弁上にのせて煌めく花々が。

 対するこちらは、奇声をあげ、ウネウネ動き、パッチリ一つ目がキュートな謎の花。

 何故だ。同じ光魔法を使ったはずなのに何故なんだ。


「そ、そう落ち込まないでくださいルミナス様! むしろすごいですよ!」

「そ、そうかしら?」

「キュイイイ〜ハァ!」

「うぅっ」


 泣きそうになる。ここまで分かりやすく違いを見せ付けられたのは初めてだ。


「それにほら! 木を片付けてくださったじゃないですか! こんなことなかなかできませんよ!」


 見てください!とセレナが指した先には、綺麗に整えられた薪の山が。これは全てルミナスが闇魔法を使って割ったものだ。どちらかと言うと切ったという感じだが。


「皆さん驚かれていますよ!」

「そりゃあこんな花を見たらね」

「じゃなくて!」

「冗談よ。もう大丈夫」


 いや、まだちょっと引きずっている。見たこともない珍妙な植物(もはや生物)を作り出してしまったショックは大きい。

 しかし、しょぼくれていては逆に可哀想な目で見られてしまう。ここは「わざとよ。かわいいでしょ?」という雰囲気を出していこう。

 ルミナスは背筋を伸ばし直した。


「その.....黄薔薇様?」


 懐かしい。それはルミナスが社交界で呼ばれていた名前だ。由来は……なんだったか。思い出せない。学園でも度々そう呼ばれていたが、今いる周りの人達が名前で呼んでくるためすっかり忘れていた。


「ルミナスでいいわよ」


 慣れなくてゾワゾワしたから。

 それに、黄薔薇という表現は人間らしくなくてあまり好きではなかった。鑑賞物として見られている気持ちがするのだ。


「すみません……人の名前を覚えるのが苦手で」


 変わった人物であることは知っていたけれど、その答えは予想していなかった。

 だって、セレナの三番目の恋人なのだから。


(三番目の恋人って言うと、まるでセレナさんが複数人侍らせているようじゃない。だとしたら、ってだめだわ。ちゃんと人に集中し――)


「それ、俺が貰ってもいいですか?」

「え?! あ、おほんっ」


 やはり考え事をする時は注意が必要だ。恥ずかしさを誤魔化すためにルミナスは咳払いをし、踊り狂う花の植えられたプランターを差し出した。

 花がこちらを見ているような気がするが、視線を真前に向けて気付かないふりをする。その代わりやけに青年を見つめることになるけれど、今花を見れば何かが起きそうな気がするのだ。


「ありがとうございます。では」


 プランターを受け取り、青年はほくほくしながら男子寮へ向かって行った。

 後ろの方からキュ.....キュ……と悲しげな(予想)声が聞こえてくるが、ルミナスも踵を返し、寮へと戻る。


「いいんですか? かわいかったのに」

「だとしたら貴女のセンスを疑うわ」

「そんな〜」


(味覚といい、植物に対する感想といい……でも、セレナの言う通りちょっとかわいそうになってきたわね……)




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 結局、本を読む気にはなれなかった。

 かといって眠ることもできなかった。ルミナスはベッドに入り、瞬きを繰り返す。


 ノア•ラント。それが、青年の名前だ。


(また夢を見るのかしら……?)


 ルミナスはそっと瞼を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶのは、教会に飾られる絵画のように儚く、神々しく、こちらを見やるノアの姿。


 そして出てくる踊り狂う謎の花。


(そっちの夢も嫌よ!)


 ルミナスは勢いよく起き上がり、本を手に取った。読んでいるうちに、読む気が湧くかもしれない。


(せめてあの花のことだけは忘れましょう)


 でないと、気になって眠れそうにないから。

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