444:人魔大戦:フェーズⅠ その12
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侯爵級悪魔は、これまで接敵したことのない存在だ。
それよりも先に公爵級と戦ったこと自体がおかしいのだが、何にせよ強敵であることに変わりはないだろう。
どの程度のレベルの存在であるか、今ここで見極める必要がある。
そういう意味では、デルシェーラの撤退はこちらにとっても都合のいい物ではあった。
公爵級――最上位クラスの悪魔の一角を、龍王の手を借りながら落とせなかったことは痛恨ではあるが、あの調子では奴も限界まで戦い続けることは無かっただろう。
逃げに徹せられれば、圧倒的な格上である公爵級悪魔を捕らえる術などない。デルシェーラについては、今回はこれで手打ちとしておくべきだろう。
「さてと……」
最大の敵が消えたとはいえ、それ以外の状況が変化したわけではない。
未だに数多くの悪魔や魔物が押し寄せてきているし、上空には二体の侯爵級悪魔が存在している。
しかし、あの侯爵級悪魔は一つの順位しか名乗らなかったが……二体で一つの悪魔ということなのだろうか。
その正体が良く分からない悪魔は、ゆっくりと地面に降下してくる。どうやら、空中で戦うつもりはないらしい。
「……今更侯爵級とは、舐められたものだ」
一方でデルシェーラに逃げられた黒龍王はかなり苛立っている様子である。
会心の一撃を叩き込み、そこから更に追い込みをかけようという場面だったのだから、肩透かしに感じてしまっても仕方がないだろう。
その黒龍王のいらだちは、新たに現れた侯爵級悪魔たちへと向かうことになる筈だ。
――通常であれば、だが。
「増えよ、増えよ」
「群れを成せ、星となりて連なり給え」
地に降りた二体の悪魔、ゼリオとポラリス。
その悪魔が何やら口にすると同時、周囲に異変が生じたのだ。
周囲に存在していた悪魔の群れ――それらが、一気に圧力を増したのである。
原因は明らかだ。奴らが何かしらの能力を発動した瞬間、周囲の悪魔たちが倍に増えたのである。
名前のない悪魔たちではあるが、ただでさえ数の多い悪魔が倍に増えれば、とんでもないことになってしまう。
「っ……これがこの悪魔の能力か」
成程、この状況においては最適な能力であるだろう。ただそこにいるだけで、戦力が倍増するのだから。
幸い、魔物については増えていないため完全に数が倍になったというわけではないのだが、それでもかなりの数の増加となってしまうだろう。
デルシェーラめ、本当に厄介な置き土産を残してくれたものだ。
しかし――これは、同時にチャンスでもある。
「黒龍王! あの侯爵級悪魔は異邦人が討つ! あんたは敵の頭数を減らしてくれ!」
「……正気か、人の子よ。公爵には及ばぬとて、君たちには手に余る相手だ」
「だとしても、この程度を乗り越えられんようじゃ、到底その先なぞ討てる筈もない!」
侯爵級悪魔は試金石だ。公爵級悪魔は未だ遠く、伯爵級悪魔は十分に討てる相手となった。
公爵級に刃を届かせるためには、まず侯爵級を討てるだけの力をつける必要があるのだ。
こうして目の前に現れた侯爵級は、俺たちにとってもちょうどいい相手なのであろう。
俺の言葉をどう感じたか、黒龍王はしばし逡巡する。しかし、そうしている間にも倍増した悪魔たちは要塞へと向かって行っているのだ。
放出されたプレイヤーがいるとはいえ、この数は流石に厳しいものがある。
「……いいだろう。だが、敗れるようであれば僕が対処する」
「当然だ。だが、その必要はないだろうよ」
餓狼丸は既に黒く染まり切っている。故に、俺の攻撃力は最大まで上がっている状態だ。
たとえ侯爵級が相手であったとしても、不足することはないだろう。
「さてと……行くぞ、緋真」
「無茶を言いますね……この群れの中を突っ切って行けと?」
例の侯爵級であるが、奴らが降り立った先はこの悪魔の群れの向こう側だ。
悪魔を増やした以上、合理的なやり方ではあるのだが、何とも面倒臭い状況ではある。
しかし、だからといって引き下がるわけにもいかない。
あの悪魔を俺たちの手で討ち、公爵級を討つための足掛かりとしなくては。
「こじ開けるぞ――《練命剣》、【命輝一陣】」
「了解です、行きますか……! 術式解放、次いで【火日葵】!」
溢れるように押し寄せてくる悪魔の群れ。
倍増したせいか、最早地面が見えなくなってしまうほどの数となっている。
数えることすら馬鹿馬鹿しくなるほどの物量であるが、ここを潜り抜けなければ何も始まらない。
故に、俺と緋真は遠慮なく全力で正面へと攻撃を叩き込んだ。
眩く煌めく生命力の刃と、赤く燃え盛る灼熱の炎。それらが正面の悪魔を纏めて蹂躙し、壁のようにすら思える悪魔の群れを強引にこじ開ける。
そして――
「シリウス!」
「――ガアアアアアアアアアッ!!」
勢いを削がれた悪魔の群れ――というか壁に、一切の躊躇なくシリウスのブレスが突き刺さった。
衝撃波が斬撃となって襲い掛かるシリウスのブレスは、まるでミキサーのように飲み込んだ悪魔を細切れにしていく。
流石にアークデーモンクラスの場合はあっさりとバラバラになることは無いようだが、十分にダメージを与えながら吹き飛ばすことは可能であった。
「行くぞ」
「ああもう、分かりましたよ! 《術理掌握》、《スペルエンハンス》【インフェルノ】!」
悪魔の群れに風穴があいたことを確認し、俺は一気に前へと飛び出す。
緋真は先ほど解放した魔法を再び充填しながら続き、悪魔の群れの中へと飛び込んだ。
先ほどの攻撃でこじ開けられてはいるものの、悪魔たちはすぐにでもその穴を埋めてこちらへ殺到しようとして来ている。
飛来する魔法もあるため、一度でも足を止めてしまえばそこで押し潰されてしまうだろう。
歩法――陽炎。
まずは、こちらを狙ってくる魔法攻撃を回避する。
多少であれば【断魔鎧】で防げるが、高威力の魔法の直撃を受けてしまっては堪らない。
横を通り抜けていく魔法が地を穿つ中、俺は正面を塞ごうと迫る悪魔たちへと刃を振り下ろした。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
刃から溢れる黒い闇が、前方へと大きく広がっていく。
多数の悪魔のHPを削り取るこの攻撃は、今の攻撃力で放てばデーモンはほぼ瀕死にできてしまう。
そして、十分に削り取れている状況であれば――
「【ファイアエクスプロージョン】!」
緋真の魔法で、十分に一掃できてしまうだろう。
轟音と共に赤い炎が地を舐め、包み込まれた悪魔たちを纏めて焼却していく。
既に大きく削られていた悪魔たちには、その威力でも十分すぎるものだっただろう。
だが、正面を吹き飛ばすことができたとしても、側面の敵は未だにこちらを狙っている。
陽炎で駆けているため捉え切れてはいないが、それも時間の問題だろう。
とはいえ、何も考えていないわけではないのだが。
「やれッ!」
「はい、お父様!」
俺の発した号令と共に、左側の群れにルミナとセイランが、右側の群れにシリウスが飛び込んでいく。
共に新たなスキルを存分に使い、多数の敵へと攻撃を加えられる構えである。
その火力は悪魔たちも無視しきれず、俺たちへと向けられていた魔法はテイムモンスターたちへと標的を替えた。
しかし、こいつらも十分すぎるほどに力を蓄えている存在だ。
例え悪魔の群れから狙われたとしても、その対処に困るようなことも無い。
「《練命剣》、【煌命閃】」
餓狼丸の刃に生命力を込め、更に加速して前へと踏み出す。
先の一撃で大きく吹き飛ばしたとはいえ、より強力な力を持つアークデーモンは容易く吹き飛ばせるわけではない。
故に、こいつらはこの一撃で纏めて斬り飛ばす。
斬法――剛の型、輪旋・刃重。
刃を頭上で一度旋回させ、そのまま更に大きく刃を振るう。
刀の重さを利用して遠心力を高め、それを更に刃に伝えるこの一閃。
前段階が長過ぎるため、到底実戦では使い得ないような業ではあったが、このテクニックを使う上では好都合だ。
より強い勢いを得た【煌命閃】はその軌跡を広げ、前方を遮ろうとしたアークデーモンたちを纏めて斬り払う。
真っ二つになって崩れ落ちるアークデーモンたちの死骸を踏み越え、けれど俺は内心で舌打ちを零した。
(減らした傍から増えてるな。後続の悪魔たちまで倍増しているのか。手が足りない、あともう少しあれば――)
「――相変わらず、無茶な作戦を押し切りますねぇ!」
――刹那、減らした傍からこちらへ殺到しようとして来ていた悪魔に、巨大なハルバードが突き刺さった。
そのすぐ傍に着地して柄を握り、強引に振り回して周囲を薙ぎ払ったその女は、ハルバードを肩に担いで不敵に笑う。
「ですけど、それでこそ私たちって感じですね。手は足りてますか、シェラート?」
「……ランドも一緒なら歓迎するぞ、アンヘル」
「それならパーティですね、派手に行くとしましょうか!」
どうやら外に出るなり突っ込んできたらしい戦友の姿に、思わず苦笑を浮かべる。
後方からはランドが近付いてきている気配がするし、どうやら助太刀に来たつもりのようだ。
まあ、こいつらならば実力に不足はない。これならば、悪魔の陣容を突破することが可能だろう。
俺は笑みと共に足を進め、再び悪魔の群れの中へと飛び込んだのだった。