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第三話 衝突

ある夜、桜子がバイトから帰ってくると見知らぬ自転車が一台、玄関にポツリと置いてあった。

一見した感じではあまり使われていない様子で、新品らしかった。

誰かが友達でも呼んだのだろうか。

商店街でお菓子が安売りされていた。買ってきてあげればよかったな。

そんなことを考えながらドアを開けた。

「ただいま。」

家の中に入ると、雅樹と渚馬がまた何やら騒いでいる声が聞こえる。

何かを盗んだ、何かもらってきたとか、切れ切れに聞き取れた。

いつもは出迎えてくれる直輝も来ない。

疎外感に似た寂しさをちょっとだけ感じながら、桜子は玄関に散らばった靴を

既に靴のなだれが起きそうな下駄箱の口に押し込んだ。

「何やってんの?」

声のもとへ行ってみると、渚馬が慌てて何かをズボンのポケットに押し込んだ。

直輝は部屋の隅で泣いている。多分、二人の喧嘩に巻き込まれたのだろう。

大声で泣く直輝を抱えてあやしながら桜子は二人を正座させた。

「本来はここで原因を聞くべきなのだけれど。」

桜子を睨みつけていた渚馬の目に動揺が伺える。

何か隠しておきたいことがあるのかもしれない、と桜子は直感した。

その隣で平然とした顔をしている雅樹には心当たりがないらしい。

「その前に聞いていいかしら。」

「いいよ。でも俺は関係ないだろ。飯食ってくる。」

雅樹が不機嫌そうに立ち上がった。その腕を捕まえて座るように促す。

「喧嘩した罰がまだです。雅樹もここにいなさい。……表の自転車は、何?」

二人の様子から見て、来客でないことは大体、想像がついていた。

正座して座らされている二人のうち、どちらかが舌打ちをした。

舌打ちの音を聞いた直輝が腕の中でビクッと震えた。

直輝の額に頭を寄せて腕ですっぽり包むように抱き寄せた。

小さな頃は泣いてばかりだった桜子。泣くたび、母にそうやってもらっていた。

「渚馬、ポケットに入れているものを出しなさい。」

膝の上に握られていた掌にギュッと力が入った。

「雅樹が出してくれてもいいんだけど。」

チャリ……と音がして出てきたのはキーホルダーと、自転車の鍵だった。

「この前もらったバイト代で、買ったのよね?」

しばらくの沈黙の後、渚馬が小さな声で肯定するような言葉を一言、二言。

雅樹も謝罪のようなことを言ったが、あとは二人とも黙っていた。

「……言ってくれたら……自転車くらい……。」

小さなため息をつき、奥歯を噛み締めてかろうじて涙を飲み込んだ。

「そうだよ。何で姉ちゃんに言わなかった?」

雅樹が怒りに声を震わせて言った。

「バイト代を貯めて自分で買うからいいんだ。」

「じゃあ俺にも最初からそういえばよかっただろ。盗んだかと……」

「言ったらお前、俺が言うより先に姉ちゃんに言うだろ。」

「それはもうわかったから。二人ともしばらく夕食を自分たちで作って食べなさい。

 直輝の分も、父さんの分もちゃんと作るのよ。いいね?」

「わかった。」

雅樹が渋々そう答えると、直輝が腕の中から不満な目で桜子を見た。

その目線に首を傾げて、頭を撫で、直輝をそこに置いて立ち上がる。

「渚馬、よくがんばったね。」

そう言ってついでに渚馬の頭を撫でようと手を伸ばしたが嫌がられた。

苦笑いしながら桜子は部屋に戻った。

電気もつけずにベッドに腰掛けると、いつもやっているように窓にもたれた。

正義感の強い雅樹。不器用だけど優しい渚馬。

でも、こういう優しさはやっぱりつらい。

母さんの役は桜子には不相応だという現実を目の前に突きつけられてるみたいで。

自分の息がかかって白くなったガラスの向こうで道の街灯がゆらりとぼやける。

パタパタと落ちた涙が紺色の制服に静かに染み込んでいった。


ドアをノックする音で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったようだ。

「おねーちゃん……」

「直輝?どしたの?」

ゆっくりとドアが開いて直輝が顔を見せる。

ベッドの上から手招きして隣に座らせると、直輝は桜子の顔をじっと見つめたまま動かなくなった。

「どうかした?」

長いこと切っていない伸び放題の髪を指で梳くように撫でる。

「兄ちゃんたちの飯、やだよ。マズイんだ。」

遠慮がちにそう呟いた。

「じゃあ直輝が作る?」

「えー……。」

少し悩んでいるらしい。呻き声を喉の奥から出している。

その様子を見た桜子はクスクスと笑った。

「大丈夫。途中まではあたしが用意しておいてあげるし

 直輝も手伝わせてもらえるように二人に頼んであげるから、我慢して?」

小さな声で「でも」とか「あの…」と呟いている直輝に顔が緩む。

しばらくして意を決したように大きく頷いた直輝はそのまま部屋から逃げるように出て行ってしまった。

兄たちの料理は下手だと桜子に告げ口したことを二人には知られたくないのだろう。

少し皺が寄ってしまった制服をハンガーにかけて、部屋を出る。

居間に雅樹がいたので直輝の話を持ちかけてみたが、反応はあまり良くなかった。

「あいつ、台所に立つと怪我しそうで危ないんだけど……」

「だからこそ、二人で直輝が怪我しないように気をつけてほしいの。」

「やだよ。」

雅樹はそれだけ言うとテレビを消して部屋を出て行ってしまった。

まだ何か言いたいことがあるのかな。桜子は真っ暗になったテレビの画面を見つめた。

二階に上がる。渚馬の部屋のドアをノックすると、中で慌てたような物音が聞こえてきた。

「どうかした?」

「……なんでもない……」

部屋から出てきた渚馬は雅樹と違い、何だか静かだった。

「姉ちゃんこそどうしたんだよ。明日も早いんだろ。」

「うん。あの、明日の朝ご飯、雅樹と直輝と三人で用意してほしいんだけど……」

「わかった。早く寝ろ。」

無愛想にそう言って部屋に戻ろうとしている渚馬の背中に桜子は呟いた。

「ごめんね。自転車、買ってあげられなくて……。」

聞こえないように言ったつもりだった。

でも家の中は思うより静かで、桜子の声はやたらと辺りに響いた。

「姉ちゃんが……」

渚馬は振り向きざまに桜子に掴みかかった。

「姉ちゃんがそうやって甘やかそうとするから俺はガキのままなんだ!

 もういいから、俺の邪魔しないでくれよ!」

痛いほどに力を入れていた手を離して渚馬は逃げるように部屋に入っていった。

突然向けられた怒りに驚いた。

強く掴まれて麻痺した腕は固まったまま、その場所から一歩も動くことは出来なかった。

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