第四話 焼失
翌朝、仕事を終えた桜子は三人の弟たちが朝食をきちんと作ったことを確認して
食器などの後片付けを済ませた。
渚馬が昨日、桜子に向けた言葉が頭の中で繰り返し響いている。
「日曜日、か。」
思わず制服を手に取った桜子は呟いた。
学校がない日でもバイトはいつもと同じ。
違うのは、家で過ごせる空いた時間だけだ。
渚馬は新品の自転車で出かけてしまっている。
直輝は雅樹の友達の家で一緒にゲームをして遊ぶと言っていた。
家にいるのは父だけだが、今朝も部屋から出た気配はない。
まずは洗濯物を済ませよう。
家のいたるところから掻き集めた弟たちの下着やシャツ、ハンカチが入った籠を持って洗濯機の前に立った。
風呂場にかかっていたタオルと、籠の中身を2回分に分けたうちの1回分を洗濯機に入れる。
全自動なので、スイッチを入れればあとは待つだけだ。
「おい。」
台所に行くために廊下を歩いていると、父さんが声をかけてきた。
顔を合わせないわけではない。
しかし、桜子から何か言うことはあっても、父さんの方から声をかけてくるのは珍しいことだった。
「どうかした?」
「母さんのものは、これで全部か?」
大きなダンボール箱いっぱいに入れられた帽子や服。
家族で旅行に行った時に撮った写真のアルバムも入っている。
「多分……そうだと思うけど。」
「そうか。」
重そうにそれを抱えた父さんは庭にのろのろと出て行った。
そして庭の真ん中あたりで箱を落とした。
「父さん?」
雑草が生えた庭に箱の中身を好き勝手にひっくり返す父さん。
近寄って覗き込んだ父さんの目には何も映っていないように見えた。
そうでなければ、どこか遠い……ここではない彼方を見ているんだろう。
「父さん!?」
大声で呼んだ瞬間、桜子はあることに気付いた。
鼻にツンとくる臭い。地面が濡れている。
「灯油?」
珍しく桜子に声をかけた意図が読めた。
慌てて庭に散水するために繋がっていたホースを引っ張ったがなかなか伸びてこない。
絡んだ部分に苦戦していると
父さんがポケットから小さなマッチ箱を取り出した。
「待って!やめて!」
桜子が止めに入るより早く、火は灯油に着火した。
「いやぁぁぁ!!父さん!何してるのよ!」
かろうじて届いた水は火の勢いを殺さぬまま地面に染み込んでいく。
母さんが、燃えてしまう。
「やめて!やめてよ!」
一体、誰に叫んでいるのか。
こんなことをした父親に?今、再び母さんを焼こうとしている炎に?
桜子には何もわからなかった。
ただひとつ、このままでは思い出が消えてしまうことだけが脳裏をよぎった。
「こうした方が、いいんだよ。桜子……」
意識を取り戻した父さんがそう呟いたとき、桜子は口をつぐんだ。
そして、吸い込まれるように大きく燃え上がった炎の中に向かっていった。
熱さなど感じない。やわらかい羽毛のような風が頬を掠めた。
伸ばした手にチリッと一瞬の痛みが走った。
炎が、桜子の着ている服を焼いていく。
目の前には開かれたアルバムがあった。
「母さん……。」
アルバムを掴んで胸の中に抱きしめた瞬間、桜子は気を失った。
煤で汚れた顔が、満足そうに笑った。




