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第四話 残夢

あの時、母さんのところまで行けるんじゃないかと桜子は思った。

家の近くまで帰ってきていた渚馬が庭から聞こえる桜子の悲鳴と立ち上る真っ黒な煙を見て

新品の自転車を玄関で投げ捨て、庭まで走ってきて助けてくれたのだと後から知った。

「死ぬわけにはいかない。」

アルバムの中で笑う自分に小さく宣言すると、桜子はまた元の日常に戻った。

高校には金銭的な理由から進学せず、後に資格を取るため何時間もの勉強を重ねて、試験を受けた。

弟たちは桜子が貯金していたお金や自分たちで稼いだバイト代を使ってやっと高校へ進学し、無事に就職した。


コンコン、とノックの音が聞こえた。

「あの……」

雅樹がドアの前に立っていた。

母さんが生きていた頃から聞きわけが良くて、弟たちをしっかりと見ていてくれた雅樹。

「なんですか?」

過去のことを反芻していた桜子は無意識に姉の表情をして答えた。

「食事は、どうなさいますか……」

俯き加減でそう訊ねる雅樹は桜子よりも少し背が高い。

何となく、自分の姉としての役目は必要なくなったような気がした。

空腹ではないことを伝えた。

戻ろうとする雅樹をついでに少し聞きたいことがあると言って呼び止めた。

「桜子……お姉さんのことを恨んだりしたことはありますか?」

雅樹は少し黙り、そわそわと指先で服の裾を触る。

考えているときにする癖だが、大人になっても直っていないことに桜子は安心し、微笑んだ。

しばらくして雅樹が顔を上げてはっきり言い切った。

「いえ、恨んだり、憎んだりはしません。僕だけじゃなく、弟たちも。」

雅樹に礼を言った。

部屋のドアをなるべく音を立てずに閉める。

桜子は首を何度も横に振って呟いた。

「あんなこと聞くなんてどうかしてる……。」

ドアにすがるように座り込み、自嘲気味に笑った。

「さぁ?どうかな?」

小さな少年の声が部屋に響いた。

顔を上げるとベッドの上に夢奏が座っている。

「久しぶりね。頼穂はどうしたの?」

「寝惚けてたから置いてきた。調子はどうだ?不具合はないか?」

冷たい言い方ではあるが、夢奏なりに桜子を心配してくれているらしい。

「快適です。空腹にならないのがちょっと気になるけど。」

「人間に似てるってだけで中身がゴム人形だからな。そんなもんだろう。」

「でもあんまり食べないとおかしいと思われるでしょう?」

ゴム人形と聞いた桜子は腕をひっぱってみたり、手首の辺りを軽く抓ってみた。

「部屋に持ってきてくれたら俺が食べるけど?」

抓った場所が痛かったらしく、手をさすりながら頷いた。

「そうしましょう。連絡はどうしたらいいの?」

「名前を呼べば聞こえる。それから、あんまり自分の体をいじめるな。」

「わかってる。痛いのは死んだときに十分味わったし。」

あっちへ行け、とひらひら手を振って見せると夢奏は舌打ちを残して消えた。

「……かっわいくねー奴……」

桜子はニヤリと笑った。

何も嘘をつかなくていい相手は、今となってはあの二人だけだ。

あとはみんな騙さなければいけない。

「どうせ、本当のことを言っても信られないだろうけどね。」

ベッドにドサッと腰を下ろして桜子は言った。

「本当のことが言えたらいいのに……。」

ごろんと横になって呟いた。

そんなことは出来やしないとこの体を貰うときに諦めたはずだった。

でも諦めきれていなかった自分が下らなくてため息がこぼれた。

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