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また君にあえた日  作者: 日向


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7/10

雨の日の、あったかい手

夏が終わり、朝と夕方の風が、少しだけ冷たくなってきたころ。

 ひまりの家の庭では、はるとといっしょに育てたひまわりが、茶色い種をたくさんつけていた。

「はるとお兄ちゃん! みてみて!」

 ひまりは、小さな手いっぱいに、ひまわりの種をのせて走ってきた。

「おっ、いっぱい取れたな」

「うん! これ、ぜーんぶ植えたら、ひまわりさんいっぱいになる?」

「全部植えたら、すごいことになりそうだな」

「じゃあね、いっぱい植える!」

「庭がひまわりだらけになるぞ?」

「いいもん! ひまり、ひまわりだいすき!」

 ひまりは、えへへ、と笑った。

 はるともつられて笑いながら、ひまりの手からこぼれそうになった種を、そっと小さな袋に入れてあげた。

「これは来年まで取っておこうな」

「らいねん?」

「そう。来年の春になったら、また植えるんだ」

「はるとお兄ちゃんも、いっしょにやる?」

「もちろん」

「やったあ!」

 ひまりは両手を上げて喜んだ。

 その顔を見ていると、はるとは不思議と、学校や部活で疲れていたことを忘れられるのだった。

 *

 その日の午後。

 空が急に暗くなり、大粒の雨が降り始めた。

 ひまりは、お母さんのお手伝いで、家の玄関先に置いてあった小さな植木鉢を中に運ぼうとしていた。

 けれど、鉢は思ったより重かった。

「んーっ……よいしょっ!」

 持ち上げようとした拍子に、ひまりの足が滑った。

「あっ!」

 鉢は落とさなかったものの、ひまりはぺたんと地面に座り込んでしまった。

 手のひらが、じんじんする。

 ひまりは自分の手を見つめた。

 赤くなったところに、小さな砂がついている。

「……いたい」

 ぽつりとつぶやいたとき、雨の向こうから声がした。

「ひまり!?」

 傘を持ったはるとが、急いで駆け寄ってきた。

「どうしたんだ? 転んだのか?」

「……うん」

「手、見せてみろ」

 はるとはひまりの前にしゃがみ、手のひらについた砂を、濡らさないようにそっと払った。

「ちょっと赤くなってるな。歩けるか?」

「あるける……」

「よし。じゃあ、家までいっしょに行こう」

 はるとはひまりの手を握った。

 大きくて、あったかい手だった。

 ひまりは、その手をぎゅっと握り返した。

「はるとお兄ちゃん」

「ん?」

「おてて、あったかいね」

「そうか?」

「うん。ぽかぽかする」

「雨で冷えたんじゃないか? 帰ったら、ちゃんと手を洗おうな」

「うん!」

 はるとは傘をひまりのほうへ傾けながら、ゆっくり歩いた。

 自分の肩が雨で濡れていることには、気づいていないようだった。

 ひまりはそれを見上げて、小さな声で言った。

「はるとお兄ちゃん、ぬれちゃうよ?」

「ひまりが濡れないほうが大事だろ」

「……えへへ」

 ひまりは嬉しくなって、はるとの手をもう一度ぎゅっと握った。

 *

 家に着くと、はるとはひまりのお母さんに事情を説明した。

 手をきれいに洗ってもらい、傷を確認してもらうと、大きなけがではなさそうだった。

「よかったな、ひまり」

 はるとがほっとした顔をする。

「うん!」

「でも、重いものを一人で持とうとするなよ。危ないからな」

「はーい!」

 元気よく返事をしたひまりは、少し考えてから、はるとの袖をちょんちょんと引っ張った。

「はるとお兄ちゃん」

「どうした?」

「ひまりね、ころんだとき、ちょっとだけ、こわかったの」

 はるとは、ひまりの目線に合わせてしゃがんだ。

「そっか。痛かったし、びっくりしたよな」

「うん……」

「でも、もう大丈夫。何かあったら、近くの大人にちゃんと言うんだぞ。俺がいないときもな」

「……うん!」

 ひまりはにっこり笑った。

 はるとが頭をなでてくれたので、もっと嬉しくなった。

 その手の感触が、なんだかとても懐かしい気がした。

 でも、ひまりには、それをうまく言葉にできなかった。

 ただ、はるとお兄ちゃんのそばにいると、安心する。

 それだけは、ちゃんとわかっていた。

 *

 夕方、雨がやんだ。

 帰ろうとしたはるとを、ひまりは玄関まで追いかけた。

「はるとお兄ちゃん!」

「ん? どうした?」

「これ、あげる!」

 ひまりが差し出したのは、昼間に集めたひまわりの種が入った、小さな袋だった。

「えっ、いいのか?」

「うん! はるとお兄ちゃんのぶん!」

「来年植えるための種だろ?」

「だからね、はるとお兄ちゃんのもいるの!」

 ひまりは得意げに胸を張った。

「ひまりのおうちにも植えるでしょ? はるとお兄ちゃんのおうちにも植えたら、ひまわりさん、いっぱいになるよ!」

「……そうだな」

 はるとは袋を受け取った。

「ありがとう。大事にするよ」

「ぜったいだよ!」

「ああ、約束」

 はるとは小指を差し出した。

 ひまりは自分の小指を絡めると、楽しそうに歌い始めた。

「ゆーびきーりげんまん、うそついたら……」

 最後まで歌い終えると、ひまりは満足そうにうなずいた。

「これで、おやくそく!」

「おう。じゃあ、また明日な」

「うん! また明日!」

 はるとが隣の家へ帰っていく。

 ひまりは玄関先で、見えなくなるまで手を振っていた。

 その夜。

 はるとは机の上に、ひまりからもらった種の袋を置いた。

 袋には、ひまりの丸い字で、こう書いてあった。

『はるとお兄ちゃんへ』

 それだけの、小さな手紙。

 けれど、はるとは何度もそれを見て、ふっと笑った。

 ミケがいなくなってから、雨の日は少し苦手だった。

 あの日のことを思い出すから。

 けれど最近は、雨が降ると、ひまりが転んでいないか、ちゃんと傘をさしているか、そんなことを考えるようになっていた。

「……俺、心配性になったかな」

 はるとは苦笑した。

 そして、種の袋を引き出しの中に大切にしまった。

 来年の春。

 ひまりといっしょに、また種を植えるために。

 そのころ、ひまりは自分のベッドの中で、猫の形をしたキーホルダーをぎゅっと抱きしめていた。

「はるとお兄ちゃん……」

 小さく名前を呼んで、にこにこする。

 明日も、いっしょに遊べるかな。

 明日も、笑ってくれるかな。

 ひまりはそんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。

 窓の外では、雨のしずくが、ぽたり、ぽたりと落ちていた。

 そして庭のひまわりは、静かに来年の春を待っていた。

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