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また君にあえた日  作者: 日向


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6/10

ミケが残してくれたもの

夏休みも終わりに近づいた、ある日のこと。

 ひまりは、庭のひまわりを眺めていた。

 大きく咲いていた花は、少しずつ元気をなくし、黄色い花びらも落ち始めている。

「お花さん、もうおしまいなの?」

 ひまりが尋ねると、隣で水やりをしていたはるとが笑った。

「夏が終わるからな。でも、種ができたら来年も植えられるぞ」

「ほんと!?」

「おう。今度はもっといっぱい咲かせようぜ」

「やったあ!」

 ひまりは、両手をぱっと広げた。

 来年も、その次の年も、はるとと一緒にお花を育てられる。

 そう考えるだけで、嬉しくなった。

「じゃあ、ひまり、種をいっぱい集める!」

「まだ種ができるまで時間がかかるけどな」

「じゃあ、待つ!」

 はるとは、楽しそうに笑った。

「ひまりは、待つの得意だもんな」

「うん! おやつも待てるよ!」

「それは、すぐ食べたがるだろ」

「えへへ!」

 二人の笑い声が、庭に響いた。

     *

 その日の午後、はるとは自分の部屋を片づけていた。

 来週から学校が始まるので、夏休みの宿題や教科書を整理しているのだ。

 机の引き出しを開けると、奥から一冊の小さなノートが出てきた。

「あれ、なんだこれ」

 表紙には、幼い字で『ミケのこと』と書いてある。

 はるとは、しばらくその文字を眺めたあと、ゆっくりページを開いた。

 そこには、昔の出来事が書かれていた。

『きょう、ミケにあえた』

『ミケがごはんをたべてくれた』

『あめがふったから、ダンボールをおいてあげた』

 ページをめくるたびに、当時のことが思い出される。

 そして、一番最後のページ。

 そこには、震えるような文字で、こう書かれていた。

『ミケが、しんじゃった』

 はるとは、そっとノートを閉じた。

 あの日から、もう何年もたっている。

 それなのに、最後に見たミケの姿は、今でも忘れられなかった。

 もっと何かできたんじゃないか。

 もっと早く気づいていたら、助けられたんじゃないか。

 そんなことを、何度も考えた。

「……はあ」

 小さく息を吐いたとき、窓の外から声がした。

「はるとお兄ちゃーん!」

 顔を上げると、ひまりが庭から手を振っていた。

「どうしたー?」

「おやつ食べよう!」

「お前、またおやつかよ!」

「だって、お母さんがクッキー焼いてくれたんだもん!」

 ひまりは、両手で小さなお皿を持っていた。

 はるとは思わず笑ってしまった。

「わかった。今行く!」

 ノートを引き出しにしまい、部屋を出た。

     *

 庭に出ると、ひまりがクッキーを一枚差し出してきた。

「はい! はるとお兄ちゃんの分!」

「ありがとな」

 はるとは受け取って、ひと口かじった。

「うまい!」

「でしょ!」

 ひまりは得意げに胸を張った。

 二人でクッキーを食べていると、ひまりがふと思い出したように尋ねた。

「ねえ、はるとお兄ちゃん」

「ん?」

「ミケちゃんって、どんな猫だったの?」

 はるとの手が、ぴたりと止まった。

「……ミケ?」

「うん! 前に写真を見せてくれたでしょ?」

「ああ、そっか」

 はるとは、少し考えてから話し始めた。

「三毛猫で、ちょっと怖がりだったんだ。でも、慣れると近くに来てくれてさ。ご飯を食べてるときの顔が、すごくかわいかった」

「へえー!」

「雨の日に段ボールを置いてやったら、ちゃんと中に入ってくれたんだ。次の日、見に行ったら、まだそこにいてさ」

 はるとは懐かしそうに笑った。

「俺、あのとき、すごく嬉しかったんだよな」

 ひまりは、クッキーを両手で持ちながら聞いていた。

「ミケちゃん、はるとお兄ちゃんのこと、大好きだったんだね!」

「そうだったら、嬉しいな」

 はるとは空を見上げた。

「俺、あいつに何かしてあげられたのかなって、ずっと考えてたんだ」

「してあげたよ!」

 ひまりが、すぐに答えた。

 はるとは驚いて、ひまりを見た。

「だって、ご飯をあげたんでしょ? 寒くないようにしてあげたんでしょ?」

「……うん」

「それって、すっごく嬉しいことだよ!」

 ひまりは、にっこり笑った。

「ひまりだったら、すっごく嬉しいもん!」

 はるとは、しばらく黙っていた。

 それから、優しくひまりの頭をなでた。

「……そっか。ありがとな、ひまり」

「えへへ!」

 ひまりは、嬉しそうに笑った。

     *

 数日後。

 ひまりは、はるとの家に遊びに来ていた。

 はるとのお母さんが、昔の写真をアルバムにまとめているところだった。

「あら、ひまりちゃん。ちょうどいいところに来たわね」

「なあに?」

「はるとの小さい頃の写真、見ていく?」

「見る!」

 ひまりは、目を輝かせた。

 アルバムには、幼いはるとの写真がたくさん並んでいた。

 公園で遊んでいる写真。

 入学式の写真。

 ケーキを食べている写真。

「わあ! はるとお兄ちゃん、ちっちゃい!」

「でしょう? 昔はもっと甘えん坊だったのよ」

「えーっ!」

 ひまりは、楽しそうに笑った。

 ページをめくると、あの三毛猫を抱いている写真があった。

「ミケちゃん!」

 ひまりが声を上げると、はるとのお母さんは優しく微笑んだ。

「はるとね、この猫ちゃんのこと、本当にかわいがっていたのよ」

「うん!」

「いなくなってしまったときは、ずいぶん悲しんでね。でも、あの子が優しい子に育ったのは、この猫ちゃんとの出会いもあったのかもしれないわね」

 ひまりは、写真をじっと見つめた。

 はるとは、今でもあの頃と同じだ。

 困っている猫を見つけたら、助けようとする。

 悲しそうな人がいたら、そっと声をかける。

 そして、自分がしてあげたことを、決して自慢しない。

 ひまりは、にっこりと笑った。

「はるとお兄ちゃん、優しいもん!」

「ふふっ、そうね」

     *

 その夜。

 ひまりは、自分の部屋で猫のキーホルダーを手に取った。

 はるとがくれた、大切な宝物。

 昔のミケと、今のひまり。

 二つの人生は、別々のもののようで、ちゃんとつながっている。

 けれど、ひまりはまだ、自分がミケだったことを誰にも話していなかった。

 話したら、はるとはびっくりするだろうか。

 信じてくれるだろうか。

 それとも、困った顔をするだろうか。

 ひまりには、まだわからなかった。

 だから今は、いつも通りでいい。

「はるとお兄ちゃん、明日も遊ぼうね」

 キーホルダーにそう話しかけて、ひまりは布団に入った。

 窓の外では、夏の終わりの風が吹いていた。

 来年も、ひまわりを植えよう。

 もっとたくさん、咲かせよう。

 そして、いつか。

 はるとに、ちゃんと伝えられたらいいな。

 あの日、助けてくれてありがとう。

 ずっと覚えていてくれて、ありがとう。

 ひまりは、そんなことを考えながら、静かに眠りについた。

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