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また君にあえた日  作者: 日向


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5/10

はるとの、小さい涙

夏休みが始まった。

 ひまりは毎朝、ラジオ体操に行き、朝ご飯を食べ、宿題を少しだけ進める。

 そして、宿題が終わると決まってお隣の家へ向かった。

「はるとお兄ちゃーん!」

「はいはい、聞こえてるよ」

 玄関から顔を出したはるとは、いつものように笑っていた。

「今日は何して遊ぶ?」

「んーとね、虫取り!」

「虫取りか。いいぞ。でも、暑いから水筒持ってこいよ」

「はーい!」

 ひまりは元気よく返事をすると、家へ駆け戻った。

 はるとは、そんな後ろ姿を見ながら小さく笑った。

「ほんと、元気だなあ」

     *

 二人が向かったのは、家から少し歩いたところにある小さな公園だった。

 木々がたくさんあって、夏になるとセミの声が響き渡る。

「はるとお兄ちゃん、あそこ!」

 ひまりが指さした先には、木の幹にとまったセミがいた。

「お、いるな」

「捕まえていい?」

「いいけど、そっとな。セミもびっくりするから」

 ひまりは虫かごを持って、そろそろと近づいた。

 けれど、あと少しというところで、セミが飛び立ってしまった。

「あーっ! 飛んでっちゃった!」

「惜しかったなあ」

「もう一回!」

 ひまりは走り出した。

 はるとは笑いながら、その後を追いかけた。

 結局、二人はセミを三匹捕まえた。

 帰り道、ひまりは虫かごを大切そうに抱えていた。

「おうちに帰ったら、お母さんに見せるの!」

「おう。見せたら、ちゃんと逃がしてやろうな」

「うん!」

 ひまりは、にこにこと笑った。

     *

 家に帰ると、はるとのお母さんが玄関先に立っていた。

「はると、おかえり。ちょっとお話があるんだけど」

「ん? なに?」

「部活のことでね……」

 お母さんは、少し困ったような顔をしていた。

 どうやら、はるとは来月、部活の大会に出るため、しばらく練習が忙しくなるらしい。

「夏休みの間、練習が増えるから、朝も早くなるわよ」

「うん、わかった」

 はるとは、いつも通りに返事をした。

 でも、ひまりは少しだけ寂しくなった。

 夏休みなのに、はるとお兄ちゃんと遊べなくなっちゃうのかな。

 そう思ったけれど、ひまりはすぐに笑顔になった。

「はるとお兄ちゃん、部活頑張ってね!」

 はるとは、少し驚いたようにひまりを見た。

「おう。ありがとな」

「ひまり、応援する!」

「じゃあ、頑張らないとな」

 はるとは、ひまりの頭を優しくなでた。

     *

 それから数日がたった。

 はるとは朝早くから部活へ行き、夕方遅くに帰ってくるようになった。

 ひまりは毎日、庭で顔を合わせるのを楽しみにしていた。

 けれど、はるとは疲れていることが多く、以前のように長く遊ぶことはできなかった。

「はるとお兄ちゃん、今日ね、アサガオが咲いたの!」

「おお、よかったな」

「あとね、宿題も半分終わったよ!」

「えらいじゃん。残りも頑張れよ」

「うん!」

 はるとは笑ってくれる。

 でも、その笑顔が少し疲れていることに、ひまりは気づいていた。

 ある日の夕方。

 ひまりが庭で遊んでいると、隣の家から物音が聞こえた。

 そっとのぞいてみると、はるとが玄関先に座っていた。

 膝を抱えて、うつむいている。

「……はるとお兄ちゃん?」

 ひまりが声をかけると、はるとは慌てて顔を上げた。

「あ、ひまり。どうした?」

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

 はるとは笑った。

 でも、いつもの笑顔とは少し違った。

 ひまりは、はるとの隣にちょこんと座った。

「……疲れちゃった?」

「まあ、ちょっとな」

「そっかあ」

 ひまりは、しばらく考えた。

 そして、自分の水筒を差し出した。

「お茶、飲む?」

「ははっ、ありがとな。でも、ひまりのだろ?」

「まだいっぱい入ってるよ!」

 はるとは小さく笑って、水筒を受け取った。

「じゃあ、一口だけな」

 お茶を飲み終えると、はるとは水筒を返してくれた。

「ありがと。ちょっと元気出た」

「ほんと?」

「ほんと」

 ひまりは、嬉しそうに笑った。

     *

 しばらくすると、はるとがぽつりと言った。

「俺さ、最近、部活で失敗ばっかりなんだよな」

「しっぱい?」

「うん。練習しても、うまくできないことがあってさ。みんなはできてるのに、俺だけできないときがあるんだ」

 はるとは、膝の上で手を握った。

「もっと頑張らなきゃって思うんだけど、頑張ってもうまくいかないと、ちょっと嫌になる」

 ひまりは、じっと聞いていた。

 難しいことはよくわからなかった。

 でも、はるとが悲しそうなのはわかった。

「……はるとお兄ちゃん」

「ん?」

「ひまり、はるとお兄ちゃんが頑張ってるの、知ってるよ」

 はるとは顔を上げた。

「毎日、朝早く起きてるもん。帰ってきたら、すっごく疲れてるもん」

 ひまりは、指を一本ずつ折りながら話した。

「それでも、ひまりにお話ししてくれるでしょ? だからね、すごいなあって思ってるの!」

 はるとは、何も言わなかった。

 ひまりは、にこっと笑った。

「失敗しても、また頑張ればいいんだよね?」

「……そうだな」

「じゃあ、ひまりも応援する!」

 ひまりは、両手をぎゅっと握った。

「はるとお兄ちゃん、がんばれー!」

 夕暮れの庭に、元気な声が響いた。

 はるとは一瞬きょとんとしたあと、吹き出すように笑った。

「ははっ! ありがとな、ひまり」

 そして、目元を手でこすった。

「……なんか、泣きそうになったわ」

「えっ! どこか痛いの!?」

「違う違う!」

 はるとは慌てて首を振った。

「嬉しかったんだよ」

「そっかあ!」

 ひまりは安心して、にっこり笑った。

     *

 その日の夜。

 ひまりは、枕元に置いた猫のキーホルダーを手に取った。

「ねえ、ミケちゃん」

 小さな声で話しかける。

「はるとお兄ちゃん、今日はちょっと元気なかったんだよ」

 キーホルダーは、もちろん何も答えない。

「でもね、最後は笑ってくれたの!」

 ひまりは、嬉しそうに笑った。

「明日も、はるとお兄ちゃんが笑ってくれるといいなあ」

 そう言って、キーホルダーをそっと枕元に戻した。

 窓の外では、夏の虫たちが鳴いていた。

 ひまりは目を閉じた。

 明日もきっと、いい日になる。

 そう思いながら、ゆっくり眠りについた。

 そして翌朝。

 はるとの部屋の窓辺には、小さな紙が貼られていた。

 そこには、少し不格好な文字で、こう書かれていた。

『はるとお兄ちゃん、がんばれ! ひまりより』

 それを見つけたはるとは、しばらく紙を眺めていた。

 やがて、ふっと笑った。

「……よし。今日も頑張るか」

 窓の向こうでは、ひまりが庭から手を振っていた。

 はるとも手を振り返した。

 二人の間には、まだ誰にも話していない秘密がある。

 けれど今は、それを知らなくてもいい。

 ただ隣にいて、笑い合える。

 それが二人にとって、何より大切なことだった。

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