ひまりと、ないしょのお約束
ひまりが小学生になって、三か月がたった。
お隣のはるとは中学二年生になり、部活や勉強で忙しそうだった。
それでも、学校から帰ってくると、時々ひまりの顔を見に来てくれる。
「ひまり、ただいま」
「はるとお兄ちゃん! おかえりなさい!」
庭で遊んでいたひまりは、ぱたぱたと駆け寄った。
「今日ね、テストで百点とったの!」
「おお、すごいじゃん!」
「先生がね、花丸も描いてくれたんだよ!」
「ほんとか? 見せてみろよ」
ひまりはランドセルから、くしゃくしゃになりかけたテストを取り出した。
はるとはそれを受け取ると、丁寧に広げて眺めた。
「おお、ほんとに百点だ。ひまり、頑張ったな」
「えへへ!」
頭をなでてもらって、ひまりは満面の笑みを浮かべた。
そのあと、二人はいつものように庭の植木鉢を見に行った。
以前、一緒に植えたひまわりは、今ではひまりの背丈を追い越しそうなほど大きくなっている。
「ねえねえ、はるとお兄ちゃん。お花、いつ咲くの?」
「もう少しじゃないかな」
「明日?」
「ひまり、毎日それ聞いてるぞ」
「だって、早く見たいんだもん!」
はるとは楽しそうに笑った。
「じゃあ、咲いたら一番に教えてやるよ」
「ほんと!? 約束だよ!」
「はいはい、約束」
二人は小指を絡めた。
*
その日の夕方、ひまりはお母さんと一緒に買い物へ出かけた。
帰り道、公園の前を通りかかると、小さな子猫が植え込みの陰に隠れていた。
「お母さん、猫さん!」
「あら、本当ね」
ひまりはしゃがみ込んで、少し離れたところから子猫を眺めた。
茶色と白の毛並み。
小さな耳。
きょろきょろと動く丸い目。
昔の自分を思い出すような姿だった。
「お腹、すいてるのかなあ」
「そうかもしれないわね。でも、むやみに触ると猫ちゃんがびっくりするから、そっとしておこうね」
「うん!」
ひまりは素直にうなずいた。
それから、子猫に向かって小さく手を振った。
「ばいばい。またね!」
家に帰ってからも、ひまりは子猫のことが気になっていた。
ご飯は食べられただろうか。
寒くないだろうか。
誰かに見つけてもらえただろうか。
そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
「ひまりー!」
「はるとお兄ちゃん!」
玄関を開けると、はるとが立っていた。
「どうしたんだ?」
「今日ね、公園で猫さんに会ったの」
「猫?」
「うん。ちっちゃくて、茶色と白でね、ひとりでいたの」
ひまりが一生懸命に説明すると、はるとは少し考えた。
「もしかしたら、迷子かもしれないな。明日、学校の帰りに見てみるよ」
「ほんと?」
「おう。でも、勝手に連れて帰ったりはできないからな。大人にも相談しよう」
「うん! ありがとう!」
ひまりは嬉しそうに笑った。
はるとは、昔から変わらない。
小さな命を見つけたら、放っておけないのだ。
*
翌日の放課後。
はるとは公園へ寄ってみたが、子猫の姿はなかった。
近くにいた公園の管理人に聞いてみても、見かけていないという。
「どこ行ったんだろうな……」
少し心配になりながら家に帰ると、庭先でひまりが待っていた。
「はるとお兄ちゃん!」
「おう、ひまり」
「猫さん、いた?」
「それが、いなかったんだよな」
ひまりは、しゅんと肩を落とした。
「そっかあ……」
「でも、誰かが保護してくれたのかもしれないぞ」
「そうだね!」
ひまりはすぐに顔を上げた。
「優しい人のおうちにいたらいいな!」
「うん。そうだな」
はるとは、ひまりの頭をぽんぽんとなでた。
そのとき、庭の奥から、お母さんの声がした。
「ひまりー! はるとくん! ちょっと来てみて!」
二人が駆け寄ると、そこには大きなひまわりが咲いていた。
鮮やかな黄色の花びらが、夕日に照らされてきらきら輝いている。
「わあああっ!」
ひまりは目を輝かせた。
「咲いた! 咲いたよ、はるとお兄ちゃん!」
「ほんとだ! やっと咲いたな!」
二人は花を見上げた。
ひまりは嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねた。
「すっごく大きいね!」
「ひまりより大きいな」
「もう! はるとお兄ちゃん!」
頬をふくらませるひまりを見て、はるとは笑った。
それから、花の根元を確かめるようにしゃがみ込んだ。
「ちゃんと咲いてくれてよかったな」
「うん! はるとお兄ちゃんと一緒にお世話したからだね!」
「そうだな」
はるとは、ひまわりを見ながら優しく笑った。
「これからも、いろんな花を育ててみるか?」
「うん! いちごも育てたい!」
「花じゃなくて、いきなり食べ物かよ!」
「だって、いちご大好きなんだもん!」
二人の笑い声が、夕暮れの庭に響いた。
*
その夜。
ひまりは、机の上に置いてある猫のキーホルダーを手に取った。
はるとがくれた、大切な宝物。
小さな猫の顔を指でなぞりながら、ひまりはにっこりと笑った。
「はるとお兄ちゃん、今日も楽しかったね」
もちろん、返事はない。
ひまりはキーホルダーを枕元に置いて、布団に潜り込んだ。
明日も学校がある。
帰ったら、ひまわりを見に行こう。
はるとお兄ちゃんが帰ってきたら、今日咲いたお花のことを、もう一度お話ししよう。
そんなことを考えているうちに、ひまりは眠ってしまった。
窓の外では、夜風に揺れたひまわりが、静かに空を見上げていた。
そして翌朝。
ひまりの家の玄関先には、小さな茶色と白の猫が座っていた。
その猫は、まるで誰かを待っているかのように、じっと隣の家を見つめていた。
まだ誰も知らない。
この小さな出会いが、ひまりとはるとの過去を、少しずつ結びつけていくことを。
そして、ひまりがずっと胸の中にしまっている秘密が、いつか二人の間で明らかになることを。
物語は、ゆっくりと次の季節へ進んでいく。




