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後悔視の公爵令息  作者: ねこまる


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第二話 約束

 朝日が差し込む頃、ルシアンは目を覚ました。


 昨夜見た光景は夢ではなかった。


 血に染まった兄。


 涙を流しながら、自分を抱き締めるアレクシス。


 そして――毒。


「……あれが未来なら」


 助けなければならない。


 だが、どう説明すればいい。


 「未来を見た」などと言えば、頭を打った後遺症だと思われるだけだ。


 そんなことを考えていると、侍女のミリアが朝食を運んできた。


 その後ろにはアレクシスの姿もある。


「体調はどうだ?」


「昨日よりは」


「それなら安心した」


 兄は微笑み、小さな木箱を机へ置く。


「南方から珍しい茶葉が届いた。快復祝いに香りだけでも楽しもうと思ってな」


 その言葉を聞いた瞬間、ルシアンの背中を冷たい汗が流れた。


「開けないでください!」


 部屋の空気が止まる。


 アレクシスもミリアも驚いた表情でルシアンを見る。


「どうした?」


「……嫌な予感がします。」


「予感?」


「お願いです。」


 理由は言えない。


 兄は少し困ったように笑った。


「昨日もそんなことを言っていたな。」


「今日もです。」


「そんなに嫌か?」


「はい。」


 真剣な眼差しを見たアレクシスは、やがて箱から手を離した。


「分かった。」


「え?」


「弟がここまで言うんだ。今日はやめよう。」


 そう言った瞬間だった。


 執事バルトが部屋へ飛び込んでくる。


「アレクシス様!」


「どうした。」


「その茶葉ですが……」


 執事は息を整え、震える声で言った。


「毒が混入しておりました。」


 部屋が静まり返る。


 ミリアは口元を押さえ、アレクシスも表情を失う。


「本当に毒なのか。」


「宮廷薬師にも確認させました。間違いありません。」


 アレクシスはゆっくりルシアンを見る。


「お前は……どうして分かった。」


「……分かりません。」


 それしか答えられなかった。


 未来を見た。


 そんな話はできない。


 兄はしばらくルシアンを見つめたあと、小さく息を吐く。


「ありがとう。」


 その一言だけだった。


 ルシアンは胸が締め付けられる。


(兄上を救えた。)


(でも、未来は変わったのか?)


 その答えは誰にも分からない。


 屋敷中が慌ただしくなり、兵士たちが走り回る。


 犯人探しが始まった。


 ルシアンは一人になる。


「未来を変えたのか……。」


「それとも、これも未来の一部なのか。」


 考えても答えは出ない。


 その時だった。


 廊下から小さな足音が響く。


 ぱたぱたぱた。


 誰かが必死に走っている。


 侍女たちの慌てた声も聞こえた。


「リリアーナ様、お待ちください!」


「待たないもん!」


 元気いっぱいの少女の声。


 次の瞬間。


 勢いよく扉が開く。


「お兄ちゃまぁぁぁぁ!」


 白銀の髪を揺らした、小さな少女がルシアンへ飛び込んできた。


 思わず抱き留める。


「……え?」


 少女は泣きながら笑っていた。


「よかったぁ……!」


「お兄ちゃま、生きてる!」


 その無邪気な笑顔を見た瞬間、ルシアンの胸の奥で能力が反応する。


(今だ。)


 妹へ意識を向ける。


 昨日の兄のように。


 父のように。


 “人生で最も深い後悔”が見えるはずだった。


 しかし――


 何も見えない。


 文字も。


 映像も。


 気配すらない。


(……なんでだ?)


 少女は不思議そうに首をかしげる。


「どうしたの、お兄ちゃま?」


 ルシアンは言葉を失う。


 初めてだった。


 能力が、誰か一人だけに通じなかったのは。


 そして彼はまだ知らない。


 その小さな妹こそが、自分の運命を大きく変える存在になることを。

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