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第12話 協奏曲 〜チェスを添えて〜

 ソファに腰掛けていたアレンのスマホに一通のメッセージが届く。メッセージは文字が並んでいるが、ドイツ語だった。『Ich habe dafür gesorgt, dass die Mitglieder von Black Wolf nicht zur Unterstützung kommen können.』

 黒狼(ブラックウルフ)のメンバーが来れないように手配した。


 それは、アレンの父ルドルフからのメッセージだ。このメッセージも送られた瞬間、履歴は全て削除されている。どんなに追っても、たどり着くことは出来ない。故に、このメッセージも一分も経たずに履歴ごと削除された。


「ヴィル、日本側の組織に圧をかけろ。手を出せば直ぐにでも潰す、とな」


 アレンは、側で地図とにらめっこしているヴィルに話しかける。ヴィルは直ぐに地図をボッと燃やして塵にし、アレンの方へと向き直した。


「かしこまりました。私自身が行って参っても良いでしょうか。少し、個人的にも用がありまして」

「良いだろう。僕自身、まだここから動くつもりはないからね」

「ありがとうございます。では、失礼致します」

「よろしくね」


 アレンは冷徹なのにどこか穏やかな笑顔で、ヴィルが退出し他に誰も居なくなった室内の何もない空間に向かって言う。誰かに語りかけた訳でもない。それは、ただの独り言だった。


「Bin ich der Einzige, der das Gefühl hat, dass ich mich in diesem Moment am lebendigsten fühle?」

 今この瞬間、自分が最も生き生きとしていると感じるのは、私だけだろうか?

 

 アレンは分からない。いや、気付けない。自分が何よりも壊れてしまった存在であることを。生き生きなどしていない。仮面を被り、自分の心を殺してしまった彼は、いつしか心というものを忘れた。


 配信をしている時、「楽しい」という心に触れた。だが、その心も直ぐに何処かへ去り、人を殺したり、脅したりすることに何の恐怖も感じない怪物へと戻る。


「Ich verstehe es nicht. Mich selbst. Und die Menschen.」

 分からない。自分自身も。そして、人々も。


 

 ◇◆◇



 チェス、それは組織を動かす上で覚えていたほうが良いもの。裏社会はまさにチェスと同じだ。キングやクイーンに立つ組織は、守りが堅く強い。なら、ポーンはどうろうか。キングやクイーンに簡単に潰されてしまう、弱き組織。


 だが、人間というものは追い詰められた時、今までの比にならないほどの力を発揮する。その代わり、理論的に動くことはなくなり、感情任せに本能で動くようになっていく。


 悪事を働く者。他者と協力する者。色々な人がいる。だが、最終的には誰もが自分自身を優先している。人間というものは、とても醜く、救いようのない生き物なのだ。


 誰かに言えば、何言ってるの?と言われるかもしれない。だが、これはとある学者が出した結論であり、表社会の者も、裏社会の者も、結局は最後皆同じ道を辿る。例外のような者もいるかもしれない。でもそれは、ほんの人握りの者だけであって全ての者ではない。


 ある学者が言った。「人間とは、醜く、救いようのない生き物だ。その一方で、誰かを愛し、好きになることができる生き物でもある。人間とはなにか。それは誰にも分からない。」と。


 変なことを言うが、今、私が書き記す言葉も、結論と言うと、程遠い言葉だ。理解しているようで、理解していない。そんな私は今も生きていく。誰かが抱いた疑問は、世界を塗り替えていく。世の中、そんなに上手く回ることはない。私自身、それをこれまでの生で感じ、これからも感じていくものだ。


 今、この文を読んでいる君はどう思うだろうか。呆れる?それとも飽きる?少し変な雰囲気を感じ、読むのをやめる?人それぞれだと思う。だが、この場を借りて私は言おう。どんな立場の人間も、結局は皆同じ人間なのだと。


 

 ◇◆◇



 ヴィルは、黒スーツに黒手袋という服装のまま、東京都、渋谷区に来ていた。首から下げていたヒヒイロカネのプレートはシャツの下に隠し、顔には仮面をつけている。


 先程、日本の警察に「君、何してるの?」と職質された。だが、「コスプレですが何か?」と言えば直ぐに引き下がる。しかし、先程からヴィルをターゲットにし、尾行してくる特殊警察の者が居た。ヴィルは、とあるビルに入っていく。尾行していた特殊警察は仲間に連絡を入れて、ビルから離れた所に身を隠した。


 ヴィルはビル内を平然と歩く。周囲の人はヴィルを見て驚きながらも、直ぐに道を空けていく。ヴィルの手には、一丁の拳銃が握られていた。いつもの毒が塗られた針ではない。白鳥が描かれた拳銃だった。


 一直線に歩いて行くと、扉の前に数人立っている部屋があった。ヴィルは静かにその扉を開けて入っていく。扉の前に立っていた数人の者たちは、皆ヴィルを止めようとしたが、無言で銃を向けられると黙った。


 バンっっっっっっっっっっっ!!!!!


 とても大きな音を立てながら、扉が開く。室内に居たのは、関東の組織全体を統括している極道、月虎の若頭だけだった。


「何の用だ」

「特殊警察を相手にして戦え」

「それだけか?そして、君はどうしてこの場所を知っている?」

「ああ、これから起こることに手出しは何一つするな。関東の全組織に通達しろ。潰されたくなければ、素直に従え、と。」

「答えてはくれないんだな。だが、その銃の模様で分かるぞ」

「だからどうした。貴様に言う義理はない。我々は従わないのなら、潰すだけの話だからな」

「分かった。手出しはしない。そして、特殊警察を相手に暫く戦おう。関東の全組織にも通達しておくことを約束する。」

「なら良い。それでは、私はこの場から失礼する」


 ヴィルは、直ぐに月虎の前から姿を消す。室内で一人残された月虎の若頭に残されたのは、これから起こることについて一切手出しをしないということと、特殊警察を相手に暫く戦うこと。最後に、関東の全組織に通達すること。そんな強制の約束だけだった。


 月虎のメンバーたちが、次々に若頭の部屋の前に立ち、言葉を待っている。若頭は重い腰をあげて言った。「お前ら、今やっていること全てを止めろ。戦いの時間だ。相手は、特殊警察。くれぐれも白鳥の紋章を持つ裏社会の組織には手を出すなよ。消されたくなければな」


 この物語は、フィクションです。実際の政治や、建物、組織、宗教、土地などは全く関係ありません。そして、この作品に出てくる言葉も、フィクションとなります。

 

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