表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【一話完結】1200字の闇鍋短編集   作者: こいやはいや


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

【声】 音のない空に描く言葉

 一目惚れなんて漫画や小説の世界だと思っていた――市の図書館で彼女に会うまでは。

 彼女を初めて目にしたとき、本が手から滑り落ちた。周りから音が消え、この世界に僕と彼女だけがいるようだった。

 彼女の名前を知りたい。せめて声だけでも聴かせてほしい。

「その本、面白いの?」

 言って後悔した。これじゃただのナンパだ。

 案の定、返事はない。彼女はページをめくる指すら止めず、ただ微かに、鼻先で小さく息を吐いた。

「えっと……」

 言葉が続かない僕に、彼女は一瞥もくれず、すぐに席を立ってしまった。

 周りから笑い声が聞こえ、頭が沸騰した。勝手に声が出るのは、僕の悪い癖だ。

 彼女とは住む世界が違う。そう分かっているのに、図書館に通う日々が始まった。


 何度か図書館に足を運ぶと、また彼女に出会えた。本を束にして抱えている。僕の目の前で、一冊の本が滑り落ちた。

「大丈夫?」

 そう声を掛け、両手が塞がっている彼女の一番上に戻してあげた。

 ふわりと彼女の髪から香った匂いに、胸が高鳴った。

 彼女は本を持ったまま、その場で固まってしまった。一言くらい、ありがとうと言えばいいのに。彼女は何かを言いかけるように口を僅かに動かしたが、すぐにぎゅっと結び、視線を泳がせた。

 結局、彼女は逃げるように立ち去った。

 どうやら嫌われてしまったらしい。


 それでも、僕は図書館に通い続けた。話しかけるタイミングを見計らい、一言声を掛けた。彼女は本に視線を落したまま、決まって机の上を指差した。

『図書館ではお静かに』

 諦めずに何度も会ううちに、僕の一方通行の会話が長くなっていった。

 目も合わせてくれないし、声も掛けてくれない。それでも僕は満足だった。

 

 その日、図書館は慌ただしかった。

 彼女の前で、高齢の女性が声を荒げていた。どうやら、彼女のいつもの席を、どちらが先に確保していたかで揉めているようだ。

 高齢女性が一方的に彼女に向ってまくし立てて、彼女はただずっと黙って下を向いていた。

「謝罪の言葉もないなんて、これだから最近の若い子は!」

 彼女が譲らず謝らないことで、火に油を注いでしまっているらしい。その身体が、小刻みに震えている。

 見かねて、僕は二人の間に割って入った。

「すみません、この子、あがり症で。内心は、めちゃくちゃ謝ってますから!な?」

 僕が彼女を覗き込むと、彼女は目を見開き、何度も首を縦に振った。その瞳には涙が溜まっているようだった。


 彼女と共に図書館から出ると、もう夕暮れ時だった。カラスの鳴き声、人の笑い声、電車の踏切の音――図書館の静寂が嘘のような、音の世界に包まれた。

 ふと彼女が立ち止まった。

 赤い唇が、ゆっくりと形を変えた。だが、すぐに彼女はうつむいて、首を横に振った。

 彼女が顔を上げたとき、世界から音が消えた。吸い込まれそうなほど美しい瞳に、僕が映っていた。

 彼女の両手が、胸の前で軽やかに舞った。


 僕は――初めて彼女の声を聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ