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配達された完全犯罪の台本  作者: なは


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12/15

罠の夜

 二月二十六日。日曜日。


 金曜、土曜と警戒を続けたが、犯人は現れなかった。

 そして日曜の朝。

 床に敷いた布団で佐藤がまだ眠っているのを確認し、俺は静かにベッドを抜け出した。三時間しか眠れなかったが、頭は妙にさえていた。


 コーヒーを淹れながら、今日の計画を頭の中で組み立てた。


 佐藤にはできるだけ遅くまで外にいてもらう。その間に俺は佐藤のアパート付近で待機する。犯人が現れたら、即座に警察に通報し、同時に佐藤の部屋に駆けつける。


 問題はいくつかある。


 1つ目。犯人がいつ現れるかわからない。夜だろうとは思うが、確証はない。昼間に行動する可能性もゼロではない。


 2つ目。犯人が俺の存在に気づいている可能性。俺が佐藤のアパートを訪れたことは、犯人が近くで監視していれば把握しているだろう。


 3つ目。一人で対処する限界。俺は素人だ。格闘の経験もないし、武器も持っていない。犯人が凶器を持っていた場合、対抗する手段がない。


 午前中、俺は準備をした。


 まず、ボイスレコーダーを用意した。古いICレコーダーが引き出しの奥にあった。電池を入れ替えて動作を確認する。犯人と遭遇した場合、会話を録音できるように。


 昼前、佐藤が目を覚ました。


「今日の夜、お前の部屋の鍵を貸してくれ」


 佐藤は顔を洗ってから、不思議そうにこちらを見た。


「鍵? なんで」


「お前が外にいる間、俺は部屋の中で待機する。犯人が外からサムターンを回そうとしたら、内側から阻止する」


 少し考えてから、佐藤が自分の鞄から鍵を取り出した。銀色の鍵が一本。キーホルダーには何もついていない。


「はい」


「ありがとう」


「河瀬」


「何だ」


「本当に一人で大丈夫なのか。俺も一緒にいたほうがいいんじゃないか」


「お前はターゲットだ。部屋にいたら危険が増す。外にいてくれ。繁華街で時間をつぶすでもいい。とにかく明日の朝まで、部屋にもここにも帰るな」


「明日の朝まで?」


「犯行時刻がわからない以上、夜通し警戒する必要がある。お前がどこかで朝を迎えてくれれば、犯人には機会がなくなる」


「カプセルホテルにでも泊まるか」


「それがいい。場所は教えるな。俺にも。万が一俺の携帯が奪われた場合に居場所がバレる」


 佐藤は眉を上げた。


「お前、そこまで考えてるのか」


「最悪のケースを想定するのが癖だ」


 午後一時。佐藤より先にアパートを出て、中央線に乗った。三鷹で降り、佐藤のアパートに向かう。


 午後二時過ぎに到着した。アパートの周囲を確認する。不審な人影はない。二階への階段を上り、佐藤の部屋のドアの前に立つ。


 鍵を挿し込み、回す。ドアが開いた。


 部屋に入ると、昨日と同じ室内が広がっていた。カーテンが閉まっていて薄暗い。エアコンは切られている。寒い。


 ドアを閉め、内側からサムターンを回して施錠する。


 エアコンをつけようとして、やめた。部屋に人がいることを外から察知されるのを避けたかった。エアコンの室外機の音は案外響く。


 コートを着たまま、窓際の壁に背中をつけて座った。


 窓の外は住宅街の屋根が並んでいる。向かいの家のベランダに猫がいた。三毛猫だ。黒猫ではない。


 時間を潰す必要がある。犯人が来るとすれば夜だろう。昼間は人目が多すぎる。


 スマートフォンで時間を確認する。午後二時十五分。夜まではまだ長い。


 待ちながら、遺書の内容をもう一度頭の中で整理した。


 犯人の手順を俺が理解している以上、俺が部屋の中にいれば犯行は阻止できる。サムターンを外から回そうとしても、俺が内側から押さえれば回らない。


 だが、犯人が部屋の中の異常に気づいたら?


 例えば、ドアの前に立って気配を感じ取ったら。あるいは、窓から覗いて俺の存在に気づいたら。


 犯行を中止して逃走する可能性がある。そうなれば、犯人を現行犯で押さえる機会を逃す。


 犯人が逃走した場合、また別の日に犯行を試みるかもしれない。台本のXデーは今日だが、計画が失敗すれば新しい台本を書く可能性がある。


 つまり、今日の夜で決着をつけなければならない。


 午後三時。


 外が少しずつ暗くなり始めていた。二月の日没は早い。五時には暗くなる。


 午後四時。


 スマートフォンの電池残量を確認。八十四パーセント。充電器は持ってきていない。節電モードに切り替えた。


 午後五時。


 窓の外が暗くなった。街灯がぽつぽつと点き始める。向かいのマンションの窓に明かりが灯る。


 俺は暗闇の中で座っていた。部屋の電気はつけない。


 午後六時。


 佐藤からLINEが来た。


 これから同僚と飲みに行く。織田は誘ってない。そのあとカプセルホテルに泊まる。


 了解。気をつけろ。


 午後七時。


 腹が減った。何も食べていないことに気づいた。昼にコンビニのおにぎりを食べたきりだ。水もない。


 仕方がない。今さら買い出しに行くわけにはいかない。


 午後八時。


 静かだった。部屋の中は完全な暗闇で、外の街灯の光だけがカーテンの隙間から細く差し込んでいる。


 午後九時。


 そろそろだろうか。佐藤が帰宅する時間帯だ。犯人は佐藤が帰宅してから行動するつもりだろうが、 Xデーは過ぎたが、織田が計画を修正してきた可能性がある。安心はできない。


 佐藤にはカプセルホテルに泊ってもらっている。俺が代わりに佐藤の部屋で待っている。


 午後十一時。


 ドアの向こう側から、微かな音がした。


 金属の擦れる音。ピッキングだ。犯人はドアの鍵をこじ開けようとしている。


 俺はドアの前に立ち、息を殺した。


 ピッキングの音が止んだ。代わりに、ドアの下の隙間から何かが差し込まれた。


 液体だ。刺激臭がした。


 エーテル系の揮発性の液体が、ドア下の隙間から流れ込んでくる。薬品を染み込ませた布を押し込んでいる。揮発した薬品の臭気が狭い部屋に充満した。


 意識が薄れ始めた。これが犯人の新しい手口だ。薬品で意識を奪い、その間に練炭をセットする。


 慌ててタオルを口と鼻に押し当て、急いで窓を開けた。冷たい二月の空気が流れ込んだ。


 スマートフォンを探した。だが、頭がふらついていたために、ポケットから落としてしまった。画面にひびが入った。


 朦朧とする意識のまま一一〇番に通報した。


「佐藤大輝さんのアパートです。何者かが薬品を使って侵入を試みています」


 警察が来たのは十五分後だった。その頃には犯人の姿はなかった。


 現場に来たのは、先日警察署で会った杉本刑事だった。改めて詳細な事情聴取を受けた。


「何かあったらすぐに連絡してくださいと申し上げたはずです。無事でよかった」


 俺はその夜、佐藤の部屋で窓を開けたまま眠った。頭の鈍さが残っていた。


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