173 帰郷
シュー様に貰った羽。それを空に向かって掲げて見せれば、一陣の風がその羽を奪っていく。
「あ…」
「風神の使いシュー。素晴らしい…。テオ、本当にシュー様の背に乗って来たんだね…。そうか、参ったな…」
目の前に現れた大きな翼の大きな鳥。僕のプライベートジェット。
「シュー様の背中は羽の感触が気持ちいいんだよ。何て言う鳥だろう?魔鳥園では見なかったけど…」
「ふふ、ハヤブサと言うんだよこの鳥は。気を付けてテオ。そして1か月後、王国で会おう」
「うん。一緒にシュー様にお礼に行こうね。あ、えと、レグちょっと…、ちょっとしゃがんで?」
「どうかした?え?」
チュ
足先をつま先立ちにして…、初めての僕からの心のこもった本当のキス。離れがたくて…長くなっちゃったのはご愛敬だ。
それにしても変な顔。呆気にとられて…キツネにつままれたような顔で。えへへ、してやったり。
「じゃあねっ!」
あっという間にレグもケフィウスさんも、米粒くらいに小さくなって。上空からは見えなくなったけど、もう不安じゃない。
「テオドール様…、真っ赤でしたね。実にお可愛いらしいことで。…殿下?」
恥ずかしかったな…、自分でしておいてなんだけど。でも、どうしてもそうしたくって。
ほんの数か月前までジローのことが好きだったのに…、僕は気が多いのかな?
でもバスティト様のダンジョンでレグの魔法に包まれた時から、あの時からずっと、真剣にレグのことを考えていた。
すごく勝手なことばかり言ってきた。…他の誰より、僕はレグに特別冷たかった。
王宮の舞踏会でもひどい事を言って…
そんな僕にそれでもレグはあの時キャスをくれた。自分のことを見て欲しいって。
それなのに僕はどうやって婚約解消しようかって、そんな事ばかり考えて絶対見ないようにしてた。
だけど先入観を捨ててちゃんと見たら…あれ程何を考えてるのかわからなくて苦手だなって思ったレグの心は、この大空よりも、大海原よりも広かった。
ゲームのテオドールみたいに僕を断罪なんてしなかった。あれほど不敬をはたらいたのに…
「えへへ…」
選りにも選ってこんな自分勝手な悪役令息、なんで好きなのかサッパリ分からない。バカだなぁ…、ほんとにレグはバカなんだから。
自分の代わりにってレオを置いて行ったレグ。
代わりって…、レオは雌キャスパリーグで、キャスの、お婿さんじゃなくてお嫁さんなのに…。
僕の為にってエンジェルウィングを採りに行って、魔蟲に刺されて倒れるなんて。
完璧王子にこんな一面があるなんて知らなかった…。ゲームで見てただけじゃ絶対に分からなかった。レグルスの、こんなバカな…人間臭い一面…
レグには僕なんて必要ないって思ってたけど…、何でも自分で背負い込むレグが一番心配だよ。ジローよりも、お兄様よりも…ずっとずっと…
頭は良いのにバカなレグ…そういうの、ギャップ萌えって言うんだよ!!!
「シュー様、帰りは急がないから休憩しよう?疲れたでしょう?」
どこかの丘の、大きな岩の上で羽を休めるシュー様。
僕はその岩のくぼみに、何年もずっと特訓してきた僕の唯一得意な魔法をかけた。
「ウォーター」
あのくちばしでどうやって飲んでるんだろう?でも美味しそうに飲んでて良かった。ケフィウスさんが持たせてくれたジャーキーも細かく裂いておすそ分け。
くぅ~ん
はっ!犬の声!ワンコだ!ワンコが居る!どこっ!モフらなければ!モフモフは僕のライフワーク!
「あっ、行きに見かけた黒ラブ!」
キューン…
「おいでワンちゃん。お腹すいたの?これ食べる?ジャーキー美味しいよ?あ、お水も。「ウォーター」ほらこれ飲んで」
ネコちゃんと違ってワンコは過剰なスキンシップでも許してくれるのが良いところ。
「よーっしゃっしゃっしゃ」ワシワシワシワシ
気が付いたらジャーキーは全部食べられて…、いつの間にか僕の分は無かったけど、いいんだ。モフモフでお腹はいっぱいだ。
「この辺なわばりにしてる子?馬車には気をつけてね。もしアストランティア王国まで来たら遊びにおいでね。おいしいエサあげるからね。」
ベロン
大きなワンコの大きな舌は、ひと舐めで僕の顔をベショベショにした。
これが僕の初海外旅行の一番最後の思い出になった。
「おおっ!テオドール様!」
「愛し子殿!」
「テオドール!よくぞ、よくぞやってくれた!」
その後一昼夜飛び続けて、ようやく見えてきたアストラ王国の見慣れた景色。
降ろされたのは王城だった。
上空に僕とシュー様が見えたことで、次から次へと偉い人が王宮へと集まってくる。お兄様も、アリエスも、それから…お父様まで⁉
え?これ…、もしかして凄く叱られるやつ?当分外出禁止とか、言い渡されちゃうやつ?まさか…
だけどそんなのは取り越し苦労で、両陛下からは凄く感謝され、特に王妃さまは泣きっぱなしで…、ずっと心配してたんだろうな…
デルフィからも今日ばかりは手放しで褒めら…れないの?
「まったく!なんて無茶するんだ君は!テオの勇気には感謝している。だがいくら何でも無謀が過ぎる!テオはすぐに調子に乗るからね。僕はよくやったとは言わない。だが、…無事で良かった…本当に、君も、レグルスも。ありがとう、テオドール…」
その眼の端には涙が見えた。
その後駆け寄ってきたのはお兄様とアリエス。二人は何も言わない。
特にお兄様は…、とても真剣な表情で僕をじっと見つめて…
「結局のところ私は…テオドールの我儘には敵わないのだ。どんな我儘であれテオドールの嬉しそうな顔が見られると思えば許してしまうのだ…。例えそれがどれほど馬鹿な行いだったとしても…
「お兄様…」
「無事帰ってきたことを…神に感謝するよ。お帰りテオドール…」
「うっ、ご、ごめんなさい…し、心配かけてごめ……ひぐっ、う…うぇ、お、お兄様…、いつもワガママ言ってごめんなさい。許してくれてありがとう。こ、これからも、ずっと最強のお兄様で居てね…うぅ…大好きっ、ずーっと大好きだからっ」
「ああ…。もちろんだ」
ゲームの時から…、一度だってテオドールを裏切らなかったお兄様。僕になってからだって、いつもいつも、時々挙動不審な時もあったけど…だけど一番僕のこと考えて守ってくれた。
お兄様が居て良かった。お兄様が居たから…いつだって平気だったしいつだって耐えられた。お兄様は僕の最後の砦。でももう自立の時。
お兄様にはオリヴィアさんも、生まれてくるお子も居る。お兄様の一番は…、その子に明け渡さなければ。たとえどれほど心細くても。
「お兄様お帰りなさい。ご無事にお戻りになられて…良かった。グス…」
「アリエス…。泣かないでよアリエス。僕は元気だし。それより、光の護りありがとう。すごく、すっごく助かった。大好きアリエス。ず~っと前から大好きだった。僕はいつでもアリエスになりたかった。でももうそんな事思わない。テオドールで良かった。アリエスと兄弟でほんとに良かった。アリエスとは運命共同体だよ?だから…これからもお世話になります!」
アリエスとはチームバスティトだもんね。…下僕と神子で…雲泥の差だけど。
「クスッ、これからもお世話するんですね。良いですよ。本望です。さぁ屋敷に帰りましょう」




