172 術師の正体
あれから二週間。僕は未だベレンに居て、レグのお世話をかって出ていた。
もちろん僕もレグも無事な事は伝令鳥を飛ばしてもらった。
日本の学生だった僕は身の回りのことなら自分でなんだって出来る。
何でも自分でする僕の姿に、ケフィウスさんはじめ、みんなが驚いていた。思ってもみなかったって。どう?すごいでしょ?
それから力の入らないレグの背中をお風呂で流してあげたり、固くなった身体をベッドでほぐしてあげたり…お兄様との閨の勉強…まさかほんとに役立つ日がくるなんて思わなかったよ。
レグは恥ずかしがってやめさせようとしてたけどね。
「君が身体を清めてくれた事も分かっていたよ。どこで覚えたの?」
「お兄様が…」
「神薬…、口移しで飲ませてくれたとケフィウスに聞いたよ。どこで覚えたの?」
「ジローが…」
「ふぅ…、全く君は悪い子だね」
こうして助けに来たのに悪い子だなんて、心外だ!
「殿下、今少々よろしいですか?あの術士の正体が分かりました。」
「ほう、聞かせてもらおう」
「僕も聞く!」
ケフィウスさんから聞かされた正体。それは…なんとドラブ侯爵の家令だった!
お取りつぶしとなったドラブ侯爵家。言われたまま動いただけの家令は情状酌量され、それでもどこかの鉄鉱山で強制労働させられていたとか。
「主人の命とは言え彼は闇ギルドに関り武器を流そうとしましたからね」
なら、相当主人を恨んでいるかと思いきや、代々ドラブ家に仕えた家柄の家令とはその忠誠心も相当らしく…、その恨みは王家に、とりわけセリッシュ嬢を袖にしたレグルス自身に向けられたんだとか。
「それ…逆恨みって言うんだよ…」
「悪人の思考回路などそんなものです」
なんでも、仮死状態を作り出せるドラブ家の秘薬を、連行される前、こっそり…お尻の穴…に入れて隠し持ってた家令は、鉄鉱山でその薬を飲み、死体となって川に流されたのだとか。…まじでか…
「そもそも鉱山は国境に近い辺境にありますからね。川に流したなど…言語道断ですが、罪人ごときに手間も暇もかけたくないと思う鉱山主は居てもおかしくありません。鉱山主は死体と確認し間違いないと判断したうえで川へ放ったのでしょう。そうして上流から下流へと、彼が流れ着いたのは無法地帯のエンバス国です」
「お、覚えてるよっ!それ、麻薬を流してた…法と秩序の整わない国って…」
「法と秩序が整っていないと言う事はね、手段を問わなければ何でも可能と言う事だよテオ。そうしてここまで来たのか?ここに居たのは偶然か?」
「いえ、こことエンバスの間にある国、ベイウィン皇国で素性を隠し暮らしていたようです。エンバスで作った資金で医術士の身分を買って」
「ずいぶん胡散臭い医術士だね。みんなあんなのに診てもらうの?」
「胡散臭かろうが何だろうが…、病の床にあって人は藁にもすがるのですよ」
藁にも…。病気で弱ってる人を食い物にするなんて許せない!って、もう捕まったけど。
「とにかく、そこで殿下が病に倒れベレンに居ると聞き及びやって来たようです。大人しく隠れ暮らせばよいものを、あの男はチャンスと思ったようですね。恨みを、主人の無念を晴らすチャンスと」
そうしてどんな伝手を使ったのか…、どのみち発展途上国のベレンでなら、多分賄賂とかそんなので簡単に…王族の親書を手に入れたのだろう。
そうしてやってきたのだ。レグルスを自分の手で消すために。
「…テオドール様が居たことに驚いたようですが、…渡りに船だと考えたようです。一挙に始末できれば、失礼、願ったり叶ったりだと」
「で、でも何でレグルスを?恨むんなら陛下だって!そうだよ!罰を決めたのは陛下じゃないか!」
「だが断罪を主導したのは私だからね」
「それにその、これは甚だ不敬ではありますが…、いまから力を失っていく陛下よりも今がピークの殿下のほうが…、その眼には華々しく映り、憎悪を募らすのには最適だったのではないでしょうか。次代の王となられる王太子殿下が倒れる方がきっと奴にとって溜飲が下がるのでしょう…」
「次代の王だから…?」
僕はそれを聞いて一気に不安が押し寄せたのだ。
だってお兄様は、ドラブの一連の騒動、禁固刑を受けたものは限られていると言った。他は領地や爵位や地位をはく奪されただけで…、ほとんどは平民となって普通に、普通かどうかは知らないけど…、でも貧しくても生活は出来てるって。
ならそれって…、他にも逆恨みする人居るかもしれないって事じゃないの?
スラムでいろんな人見て、今なら僕も少しは分かる。不遇な自分を嘆くとき、人は誰かのせいにしたがるんだ。
それなら家令のほかにも、王家を恨んだり憎んだりする人が居るかもしれない…!
その日の晩、相変わらず僕はレグのそばをひと時も離れない。だって今の僕は最強のボディガード。冗談じゃなく本当の盾になれる。
「テオ、眠いならここに来るかい?」
ぺろっと布団をまくり上げてここにおいでとレグが呼ぶ。…それも良いかもしれない。ソファで寝るのには疲れちゃったのだ。
ゴソゴソ…
「えへへ、あったかい。」
「本当に入ってくると思わなかったよ…。それにしても…、君がここに来るとは驚いた。私の為にそこまでするとはね」
「するに決まってるじゃん。」
「婚約は断っただろう?」
「あの時とは違う。それに…」
「それに?」
この七か月間…、いろんな状況が変わって、僕も変わって、レグルスも変わって…、だから気持ちだっていつまでも同じとは限らない。それに僕はいっぱい考えた。
「僕…、王太子のレグルスは好きじゃないけど…、ただのレグルスの事は好きだよ」
「テオドール…。君は本当に変わっているね。普通は逆ではないのかい…」
「だってほんとに!完璧王子じゃないレグが好きなの」
「完璧王子…?」
王子の仮面をかぶる時、レグルスは自分自身を押し殺す。けどそうじゃなければ…そこには僕の知らなかった思いがけないレグルスが居る。
「ねぇ!王太子なんか第二王子に譲っちゃって!いいじゃない!このままずっと外交しよう?ねぇ!ドラブの残党はまた狙ってくるかもしれないよ?だけど王太子じゃなくなれば少しはもういいかって思ってくれるかも…。王位につかないレグの事ざまーみろって、ほくそ笑んで、それでほっといてくれるかも…。僕のこと自分勝手だと思う?でも僕…、レグに今すぐ王太子辞めてもらいたい!」
「それは…テオ…、その事は勿論いずれはと考えている。だが今は…。国を護るだけの力があの子にはまだないんだ。陛下を筆頭にみな私の力を国力として見込んでいるんだよ。だから今はまだ…」
「国の守りなら僕が居る!バスティト様もシュー様も僕の味方だよ!リュミエール様は…僕は呼べないけど…アリエスがきっと呼べる!きっとみんな僕のお願い聞いて何かあったら護ってくれる」
「それはそうだが…」
「お願い!王太子なんか降りてよっ!今度のことばかりじゃない。魔力が強いばっかりにいつでもなんでも…レグ一人がいつも貧乏くじ引いて…、そんなの不公平だ!」
「テオ、無理を言わないで」
「ねぇ、僕のお願い聞いてよっ!」
「テオドール…」
だけどその日のうちに、僕が思うようなレグの返事を聞く事は出来なかった。
すっかり復活したレグルスと別れ、一足先に王国へと戻る日がやってきても、やっぱりレグルスからは僕が一番聞きたい言葉は聞けなかった。
分かってたよ。きっと無理だって。レグは誰よりも責任感が強いから。
「レグはこの後どうするの?まだ外交続けるの?」
「いや、ここで足止めを食ったせいで魔石の備蓄も伝令鳥も心もとない。特に魔石は他国で必ず手に入れられるとも限らないしね。だから一度戻るよ。皆にも心配をかけた。元気な姿を見せなくてはね」
「じゃぁ僕の卒業のお祝い来れる?」
「船旅だからね。絶対とは言えないが、間に合えば必ず行くよ。」
元気なレグルスとまた王国で会えるのなら…、今はそれだけで良い。




