171 騒動の中で
「ケフィウス様。我らが付いておりますのでテオドール様とどうぞお休みください」
「いや、テオドール様は殿下がお目覚めになるまでここを決して離れないと言い張られている。今は…好きなようにさせてやりたい…」
「ですがあれからすでに丸一日、テオドール様は飲まず食わずでつきっきりなのですぞ」
「だが…」
扉の向こう廊下から騎士団の人たちの声がする。ケフィウスさんの言う通り放っておいて。
それよりなんだか少しだけ顔色が良くなった気がする…。手先も温かい。
気のせいかな?気のせいなんかじゃないよね。
だってリュミエール様の薬草だもん。幻のシルフィウムだもん。
きっともうすぐその青い瞳で僕を見つけてびっくりするに違いない。そして言うんだ。「一人で来たの?悪い子だね」って。
胸元を開いて濡らしたタオルで身体を拭いてあげる。レグはキレイ好きだから、お風呂に入れないの…きっと嫌だよね?
そうだ!目が覚めたら背中を流してあげよう。お兄様と特訓もしたしきっと上手に出来る。だから早く目を覚まして。
コンコン
「テオドール様、様子を見にこの国の医術士が参りました。他国の治癒士よりもこの病状に慣れているからと…」
「レグにはもう僕が薬湯飲ませたもの。顔色も良くなったし。まじないなら間に合ってます!そうじゃないなら今まで何をしてたのさ?」
「そう申したのですが…、それも含めて経過を、様子が見たいとそう言っておりまして…この国の王族の親書を携えております…我らではどうしてよいやら」
「王族…」
断ったら厄介だろうか…
「う…じゃぁ少しだけ…、見せるだけだからね!」
入ってきた髭面の医術士は人払いを命じてくる。その言葉に身構える僕とケフィウスさん。それでもこの国の王族から派遣された医術士では無下には出来ない。
ケフィウスさんはさっさと部屋を出て行く。けど…
諜報員だもんね、きっとどこかに隠れるんだ。
「僕は何処にも行かない。絶対ここに居る。僕は神獣の愛し子だよ。言っとくけど僕の機嫌を損ねたら国際問題だからね!それがどういう意味か分かってるよね」
王族の権威になんか負けないんだから!
「仕方ありませんな。では貴方様だけお残り下さい。ほかの方は外へ」
こういう時悪役って都合が良い。なんだって言いたい放題。
だけどその医術士がカバンからちいさなメスを取り出した時、僕は気付いてしまった。そのメスの刃先が黒く変色していることを!
毒が塗ってあるんだ!
「レグに近寄らないでっ!!」
考えるより先に身体が動く。術士よりも早くレグルスの身体に覆いかぶさり、僕はその身体で刃先を受けた!
飛び込んでくる騎士とケフィウスさん。術士の刃先は何度も何度も僕を切りつけて…こない⁉
カキィン!カキィン!
「何故だ!何故切れぬ!」
そうか!アリエスの魔法!あの時アリエスがかけてくれた護りの魔法!アリエスが護ってくれてるんだ!アリエスありがとう!!!
「テオドール様!!」
何かの魔法なのか、通せんぼされて動けない騎士団。そしてケフィウスさんの悲鳴!
だけど大丈夫!今僕は最強の盾。アリエスの魔法に護られた、何も通さない頑強な盾になってるんだから!
僕にはアリエスが付いてる!絶対レグを傷つけさせるものかっ!
「くそっ!くそう!」ガキィン!
しつこいな!
そのとき身体の下から力のない、それでも確かに聞き覚えのある声が…
「…炎よ爆ぜ、紅蓮に染め上げよ『爆発』…」
ボボンッ!!!爆ぜたのは小さな炎。
「ぎゃぁぁぁ」
叫びながら倒れる術士。魔法が解け怒鳴りながら動きを封じ込める騎士団。レグの名を呼びながら駆け寄るケフィウスさん。何が起きたか分からず呆然とする僕。
これが修羅場か…
そ、そんな事より今の声は!
「…ごめんね…、今はこのくらいしか…。ありがとうテオ。私を護ってくれたんだね」
久しぶりに聞くレグルスの声。今まで聞いたことないよ、こんな元気のないレグルスの声。
騎士によって術師が引っ立てられケフィウスさんが気を利かせくれても、僕の涙はいつまでたっても引く気配を見せないでいる。
「レグ…、レグっ!う…うぇ…レグ…」
「泣かないでテオ…。そんなに泣いたらまた過呼吸になる。ああ困ったな…。テオ、ほら手を出して」
サイドテーブルに置かれたレグのマジックウォレット。その中から取りだした何かをそっと僕の手の平に乗せると、その指先で眼の端を流れる涙を拭ってくれる。
レグルスから渡されたもの、それは白くて可愛いエンジェルウィングの花…。
エンジェルウィングは南国でしか咲かないハーブ。甘い香りとその白くて華奢な花びらは天使の翼と呼ばれている。
これを採りに川の上流へ分け入ったんだ…
こんな…、こんな花の為に…。レグにとっては意味のない、ただの白い花の為に…
「天使の羽だなんてね…君にぴったりだろう?どうしてもこれを持って帰りたかった…。あの時君がキャスの番を喜んでくれたから…自分で手に入れたこれを手渡して君にもう一度愛を囁こうと…、そうしたら君の気持が手に入るかと、…邪なことを考えた罰だね。呆れたかい?さぁ、もう泣き止んで。お願いだテオ。君の笑った顔が見たいんだ」
「あ、呆れたに決まってる…。バカ…、レグのバカ…。うぅ…」
レグの言う笑顔になんて、…なれるわけないじゃないっ!ばかばかばかっ!




