第21話 「アレガルド・サンシャイン⑩」魔術師
試合の開始した後すぐに老人の周りに変化があった。老人の足に接している地面が形を変え始めたのだ。
老人の素足は、地面をこねるように踏み。それに合わせて石造りの舞台が粘土のように変形していく。仙術による力がそこに秘められている。
魔導書『仙術西天経典』。仙術の使用法を記した幻の魔導書である。
忍の里の古参は、基本的に魔導書の適性を持っていた。だからこそ、覇国の手に負えないという事態が発生する。
適性を持っていれば超能力という神秘を授ける書物。それが魔導書である。
その中でも『仙術西天経典』によってもたらされる神秘「仙術」は強力無比なるものとして知られている。
この仙術の神秘は「周囲の環境を変化させる」だった。
老人は自身の足に触れている石畳みを粘土のような質感へと変化させていく。
材質がめっきり変わってしまたように見えるが、老人の手足から離れればそれは形を変えただけの石に早変わりする。
「周囲の環境を変化させる」という超能力。
その「変化」の定義は広い。「形」、「材質」、「熱」、術者の力量次第ではあるが、変化させようと思えばどのようにも変化出来る。
高度な術者の手にかかれば石畳みの変形、変質は自由自在だった。
白色の少年は何もせず軍刀を持ちながらただそれを眺めている。
先手を打つ気はないらしい。
そして老人は足の指で引っ張るようにして、石畳からできた大剣を取り出した。
まるで地中に埋まっていた剣を足で引き抜くようにして、身の丈ほどの大剣が出現する。
その大剣を軽々しく片手で持つと、それを振りかぶることなく少年目掛けて振った。
投擲。
「ッ‼︎」
観客全員が意表を突かれ叫んだ。大剣を作り出すという芸当、それに感心していたのも束の間。
その大剣を一切の溜めなく投げたのだ。まともな剣の使い方ではない。
鋭い回転を見せながら少年に向かう大剣。
まともに受ければ四肢が千切れ、防御しても骨折をしかねない質量の塊。
高速で向かうそれを少年は軍刀の側面で軽く弾いた。
いとも容易く軌道が逸れた大剣。硬いもの同士が弾かれる音が響き、大剣は少年の後方観客席へと向かい、見えない壁に弾かれ崩れていった。
少年は直立不動のまま体の軸を傾けさえしなかった。
「・・・ッ!」
観客が息を呑む。老人が大剣を投げたからではない。
少年が容易くこれを退けたからではない。
その理由は舞台の上を見れば一目瞭然だった。
舞台に立っているのは少年以外に誰もいなかった。老人の姿が見えない。
老人が姿を消した。そしてまだ、勝敗はついていない。
皆が分かっていた。老人の本領がここからである。
少年の手元から音が鳴った。先ほどのような硬い物同士がぶつかり合う音。
もう一度音が響いた。少年は軍刀を最小限の動きで振りながら、飛来する何かを弾いている。
立て続けになる音と、少年の動き。それに合わせて、少年の周囲の地面がひび割れる。
鋭い形状をした手裏剣だった。それが少年の剣に弾かれて地面に突き刺さっている。
手裏剣の投手。あの老人の姿は見えない。
一投、二投、三投・・・。続けざまに投げられる投手のいない手裏剣。
どこから来るのか、そもそもなぜ防げているのかすら観客は分からなかった。
その手裏剣は少年の剣に弾かれるまで全く視認できないのだ。
無色透明な水を投げられているように。
それが剣に弾かれれば何ごともなかったように石造りの手裏剣へと姿を変える。
「どうやって防いでるんだ?・・・あれ?」
観客席に驚嘆の声が上がる。
不可視の手裏剣。不可視の攻撃手。そして不可避の連続速攻。
攻撃手の姿が見えずに投げられる透明な手裏剣。
それは目隠しをしながら全ての攻撃を的確に捌くようなもので、少年が今まで防いでいることですら超常の領域だった。
だが・・・それでもジリ貧だと感じてしまう。敵の攻撃を防ぐことは出来ても、攻撃することは出来ない。
そして相手の武器は会場から作り出される手裏剣。在庫が尽きるとは思えない。
姿を見せない老人。その能力は広く世間に知れ渡っているが、それを攻略することは不可能に近かった。
銃という武器を知っていても、銃弾が避けられないのと同義である。
老人の所在。それは空気にあった。
『仙術東天経典』。『仙術西天経典』とは別種の魔導書。忍の里にはもう一つの魔導書が存在していた。
一冊の魔導書に適性があるのですら奇跡に近いが、その老人は二つ目の魔導書ですら適性を持ち、その神秘を会得していた。
『仙術西天経典』の神秘が「周囲の環境を変化させる」のに対して、『仙術東天経典』の神秘は「環境に応じて自身を変化させる」だった。
環境を変化させる「西天」に対して、自身の体を環境に寄せる「東天」。老人はその二つの仙術を使いこなすことが出来ていた。
普通「東天」の神秘は、自分の体の一部を石や鉄に変化させ攻守に用いるのが基本だった。
迷彩のために変化させることも可能だったが、全身の変化が急激に起こることで、そのまま死亡してしまう事例が多数存在した。
そんな事例をものともせず、この老人は自分の体を「空気」へと変化させていた。通常であれば全身が霧散し、誰にも知られず朽ちていく所業をその老人は克服していた。
周囲の空気に溶け込むことに成功したのだった。
自分の形を保ちながら、自身を空気という環境に変化させる。まさに神にも等しい技芸。
見ることも触ることも出来ない体を手に入れ、環境から武器を作りだすことに成功していた。老人はそれを暗殺への術として使用した。危険指定を受ける理由がそこにあった。
誰にも真似できない神業を持ちながら、大陸を統治する覇国に刃向かい続ける。あまりに危険な存在だった。
「・・・」
もう何十投もされている手裏剣。それを軍刀で弾き続ける白色の少年。
両者ともに決め手に欠けている。そう観客が思っていた時だった。
少年が目線を下に向けた。軍刀を片手で持ちながら手裏剣を落としている。まさに片手間で攻撃を防ぎ、そしてもう片方の手を地面につけた。
何も持っていない素手を地面に着ける。観客の視線がそこに注がれる。
そしてまたしても、その天使は想像を超えてきた。
「なにが起こってんだ?」
少年が触れる地面が変形したのだ。まるで先ほどの老人が見せたように石畳みが粘土のように変化していく。
そして少年が手を地面から離すと、石造りの軍刀がもう一本、少年の手に握られていた。
そこに落ちている物を拾ったわけではない。
もう何度も疑ってきた天使の存在。その疑念はこれを決定打にして幕を下した。
少年は「仙術」を使用した。
魔導書を見ることなく仙術を使用したのだった。




