第17話 『アレガルド・サンシャイン⑥』 妖刀「靭柔」
舞台に立つ二人の武人。
両者動かない。距離は十歩ほども離れている。
速攻を得意とするマゴロクも小さな天使を観察していた。
(まず、動きを封じ込める感じで行こう)
本気でやれ、とは言われた。しかし「本気で殺しに行け」とは言われていない。
自分の心情と、上からの命令。この二つに折り合いをつけた攻撃をマゴロクは放った。
正拳中段突き、一閃。
拳が空気を叩き、拳圧が爆ぜた。
前に踏み込まない、その場での拳の突き。予備動作が全くない速攻。
足の踏み込みで地面が割れたところで、観客はその動きを認知した。
直立した状態から、足を曲げ重心を下に落とし、拳を少年の方向に向かって突き出した。
少年との距離はかなり離れている。拳が届く間合いではない。
しかしマゴロクが突き出した拳の方向に、伸びる一筋の剣があった。
名を妖刀『靭柔』と呼ぶ。
その妖刀は、もともと一畳ほどある鉄の延板に柄を取り付けた様な無骨な大剣だった。
その妖刀は「刀の硬度と粘度を操作できる」効力を持つ。
この世に存在しない硬度を持つ剣も、柔軟なしなりを持つ剣も使用者の采配次第で容易く作れてしまう。
マゴロクはその妖刀を身体に着ていた。
大剣の硬度を低下させ柔らかくすると、その剣を服にして羽織っていた。
それは鎧として、武器として、マゴロクの支配下にある。
マゴロクの伸ばされた腕、服の袖から拳の隙間を通り、妖刀は少年へと伸びていた。
マゴロクの筋力に乗せられ、拳の速度で向かう剣先。
そのまま向かえば、少年の胸を串刺しにする一撃。その一筋の剣は少年の手前で枝分かれを見せた。
蜘蛛の巣のように少年を取り囲むようにして、放射線状に広がっていく。
(これでいい)
このまま網状になった妖刀で少年を捕らえ、身動きできない状態にする。
・・・はずだったが。
(すごい)
少年は飛んでいた。一足で胸の高さまで跳躍し、網状に分かれた鉄網の間を潜り抜けた。
網を飛び越え、そしてそのまま伸びる妖刀の上を走った。
マゴロクの腕から伸ばされ細く鋭い剣の上。
まるで綱の様な足場を前に、少年は全力疾走を見せた。
(すごい・・・すごい、すごい、すごい!)
伸ばされた剣の上を3足も踏み。一瞬にしてマゴロクとの距離を縮める。
ワッ!という歓声が舞台を包む。ほんの数瞬の間に起こった攻防。
闘技館に熱気が篭もるなか。
(本気出さなくちゃ)
マゴロクが覚悟を決めた。
伸ばしていた拳を引き、その反動で足を少年に向かって伸ばした。
地面がひび割れ、マゴロクの体が宙に浮く。
跳び回し蹴りである。
足を曲げて重心を低くしていた分の溜め。そのエネルギーを足に乗せ、こちらに跳躍する少年へと向ける。
足場が消えた少年は、手に持っていた刀剣でそれを迎え撃つ。
マゴロクの蹴り足は妖刀による変化を見せていた。
着ていた妖刀を変化させ、脚の上に刃を作り出す。
凶悪な形をした妖刀の脛当て。それが空気を切り裂きながら少年へと向かった。
(・・・まじ!?)
鋼鉄の脛当てを身につけたマゴロクの空中回し蹴り。
空中で剣を構える白色の少年。
空中での攻防。激突する鋼鉄と鋼鉄。
少年は向かう刃に剣を当て、身をひるがえすと、もう片方の手でマゴロクの身体に触れた。
(あ・・・これ)
マゴロクの身体が金縛りにあったかの様に動きを止めた。
少年は伸ばした手でマゴロクの身体から何かを抜き去ると、そのまま地面に着地した。
少年の手に握られていたのは剣の柄だった。妖刀『靭柔』の柄が握られていた。
妖刀の主従関係が入れ替わる。先ほどマゴロクが操作していた妖刀は、今この場から少年が操作することになる。
今までマゴロクが着ていた鎧は、マゴロクを捕縛する網へと移り変わっていた。
(まける)
先ほど少年に行おうとしていた捕縛をそっくりそのまま、武器さえ同じくして行なわれていた。
マゴロクは鋼鉄の網に包まれた。
マゴロクほどの膂力があれば、鋼鉄を引きちぎりこの場から離脱することも出来たが。
それを許す少年ではない。
少年はマゴロクの肩に飛び乗ると、首筋にめがけて軍刀を振り上げた。
余興での出来事を皆が思い出す。紙で真剣を叩き切った、あの光景を。マゴロクの絶命を誰もが予感する。
軍刀が振り下ろされた。
衝撃はなかった。
血も出ない。マゴロクの頑硬なうなじが軍刀を弾いたわけではない。
少年の刀はマゴロクの薄皮を切るだけで寸止めされていた。
少年はそれを確認すると、すぐにマゴロクの肩から地面におりた。
「あ・・・あれ」
試合の勝敗は死亡だけでは決まらない。意識の消失、降参の宣言でも試合は終わる。
「コレが『靱柔』ね」
少年は地面に落ちていたマゴロクの鋼鉄の脛当てを手に取った。
妖刀による物理現象の覆し。それによって作られた、この世にあり得ざる硬度を見せる鋼鉄だった。
それを少年は上に投げ、そして軍刀を振った。
空中で脛当てが両断された。
絶対の硬度をもつ鋼鉄が何の抵抗もなく破壊された。
「やっぱりあの時切らなくて正解だったな」
あの時とは、回し蹴りを受けた時だ。
空中での攻防。少年がその気ならマゴロクの足は切断されてた。
「マゴロク」
白色の少年は言った。銀髪の天使が赤い瞳を輝かせ対面する大男を見つめる。
「次も俺が勝つ。何度だって俺が勝つ」
その瞳には、楽しいという感情が爛々と輝いていた。
「だから今度は本気でやろう」
天使はそういうと、マゴロクに背を向けて去っていった。
自分が全力じゃないことを含めて、全部お見通しだったのだ。
試合はまだ終わっていない。だがマゴロクができることは一つだけだった。
「負けました」
勝敗が決する。
深々と頭を下げて、天使へと敬意を示した。
(手加減されてたのはボクの方だったか)
うっすら笑みを浮かべるマゴロクに観客から盛大な拍手が送られた。
(たとえ魔術を使ったとしても勝てるとは思わない)
他人が自分を見るように、天使の背中を見た。自分と彼との差を感じとり、その気持ちを反芻した。
(・・・負けたのに・・・嬉しいな)
戦えたことの誇らしさを思い、マゴロクはもう一度天使に向かってお辞儀した。
一回戦。アレガルド・サンシャイン勝利。




