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第18話 『アレガルド・サンシャイン⑦』鋼質有機体

『二回戦。シード。人類の上位種。鋼質有機体』


 30年前まで、人類がこの星の生態系の頂点だった。


 人が他の生物を前にして命の危険に晒されることはある。しかし人類という組織に立ち向かえる獣など、この世に存在しなかった。


 鮫、鰐、虎、熊。一体での能力は間違いなく人間より高いそれらの生物は、生態系の頂点とは言い難かった。


 虎や熊は、人類には敵わない。人類が獣を克服してから数千年が経ったいま。獣は人類の脅威になり得なかった。


 人は火を使い、火薬を使い、言葉や文字を用いて徒党を組み、他の生物から身を守った。獣はそれが出来ない。


 人類が獣を殺し尽くすことは出来ても、その逆はあり得なかった。

 だから自身の采配で他の種を殺し尽くせる人類が生命体の頂点だった。


 それが30年前に覆る。鋼質有機体の出現、そして人類に対しての進攻が起こった。

 多くの人間が死に絶え。多くの町が焼かれ。人類という組織は大打撃を負うことになる。


 人類以上の生命力。人類以上の意思疎通能力を用いて、その軍団は攻めてきた。

 人類と獣がそうであったように、鋼質有機体は人類を滅ぼせる存在だった。

 人類の上位に立つ生命体。それが鋼質有機体である。

 しかし、人類は鋼質有機体に勝利した。


 場所は一回戦の闘技館から離れて外に出ていた。

 荒野と呼ぶようなさら地に、各種要人達は集まっていた。


「いやー。毎年の楽しみですよ。これは」


「間違いないですね。起用して国に奉仕するのも楽しいですが、これを見に来てると言っても過言ではありませんよ」


「鋼質有機体が倒されるところが見れるだけで枕を高くして寝られますよ」


「まったくです」


 人類を攻め滅ぼしかねない生命体、それさえも殺し切る人間が現れた。


 物理現象を覆す『妖刀』を用いて。人の生体に神秘を施す『神酒』や『魔導書』によって、人は鋼質有機体に打ち勝った。


 人は鋼質有機体という上位存在によって、さらに上の段階へ進むことになった。

 個人能力の爆発的成長。


 鋼質有機体の出現。それは「人類の上位種にさえ対抗しうる個人」、これの出現を爆発的に高めた。


 稀に現れる「さらに上の存在」。

 神前試合では、その者による鋼質有機体の討伐が毎回行われていた。

 人類の敵の処刑場。これだけを楽しみにする人間も今も多い。


「・・・しかし」


「ええ。・・・まさか、こんなことになるとは」


 トーナメント表を眺める要人たち、観客の予想を裏切り鋼質有機体と戦うことになったのは天使近衛ではなく天使自身だった。


 8人制のトーナメント。

 そこに割り込むような形で入ってきた天使の令息。

 そんな小さな天使に弾かれるようにして鋼質有機体はシードへ移った。


 元々戦うはずだった天使近衛は、天使自身に敗北している。

 半日前に行われた一回戦。あの激闘は記憶に新しい。マゴロク、天使近衛に正面から打ち勝ってみせた小さな天使。


 天使に疑念を持っていた者も、あの目が覚めるような攻防の前では何も言えなかった。


(天使というのはあながち嘘ではないのかもしれない)


 そういった意見に偏りつつある。

 たとえあれが前々から口裏を合わせて行われた八百長試合だったとしても、あの令息の動きが常人であるはずがなかった。


 権力を追い求める者達も、武芸を探求する者達も、一回戦とは違った想いを抱いていた。


 あの少年は、あの天使は、あの宰相の令息は、どうやって鋼質有機体を捌くのか?


 興味を隠しきれない目で白色の少年を見ていた。

 荒野のなか、観客から遠く離れたところに白色の少年が立っている。だいぶ遠くの場所にいる少年を観客は双眼鏡で覗いている。


 そして少年の前方には灰色の大きな半球が置かれていた。

 半径が少年の背丈の3倍近くある半球だった。

 灰色の球体を真っ二つにし、その切断面を地面に接着させたような形だった。


 球が地面から半分だけ顔を出しているようにも見える。

 その半球こそが鋼質有機体だった。


 妖刀によって眠らされている鋼質有機体の形だった。

 妖刀の持ち主の合図があればいつでも目が覚める状態にある。


 妖刀『揺籠』その効力は「切りつけた物体を休眠させる」だった。

 揺籠の術者は剣を鞘に収めたまま、審判の合図を待っていた。


 妖刀を持つ私設兵達が観客の周りを囲っている。

 防御体制をとる護衛だった。

 少年や鋼質有機体との距離が離れているとしても、それに巻き込まれる可能性は十分にあった。


 鋼質有機体との戦闘は町すら焼きつく規模だった。それに対する用心は怠っていない。


 審判が辺りを見渡す、私設兵や観客の位置、そして周囲の状況に異常がないことを再確認し、二回戦の開幕を宣言した。


「勝負、初めッ!」

 妖刀「揺籠」が所有者の意図に従い、鋼質有機体の休眠を解除させた。


 鉄が軋むような音と共に、少年の前方にあった半球が動き出した。


 キュイィィィィィンンン!と鉄が擦り合わせるような音が響く。


 半球は規則正しい割れ目に覆われ、その割れ目が広がっていく。突如として半球に隆起が起こり、花の蕾が開花するように半球が形を変えて、一つの生物を作り出していく。


 回転と隆起が起こり、各種の溝が深まっていく。

 そして変化は止まった。

 完成したその体は巨大な虫のようだった。


 六つの足に支えられて、甲虫のような羽をもつ体が身を起こす。赤色の複眼を持つ、巨大な昆虫が半球から出来上がった。


「PIIIIIIIIIII!」

 鋼質有機体が唸りをあげた。大地を振るわせるその唸り声が観客の耳に届いた。


 鋼質有機体の前方に立つ白色の少年。彼は一歩も引かずに鋼質有機体を眺めている。

 怯む様子は一切見せない。


 鋼質有機体は前方に立つ少年を見据えた。赤色の複眼を向けて立ちすくんでいた。攻撃する様子はない。


 「シンゴウをたんちしました。シキベツバンゴウをハツゲンしてください。シキベツバンゴウをハツゲンしてください」


 鋼質有機体の体内からに人語のような音が出た。

 いや「ようなもの」ではない。それは確実に人の言葉だった。鋼質有機体は人の言葉を理解している。


 「シキベツバンゴウがカクニンできないばあいテキセイセイリョクとみなします」


 カタコトな発音で人語を語る人類の敵。

 人の言葉を喋れるのは人類以外には出来ないはずの所業だった。

 そんな常識すら鋼質有機体には通用しない。


 人語を語る鋼質有機体を前にして、白色の少年は身じろぎ一つしない。

 その不動を答えと取ったのか、鋼質有機体に動きがあった。


 「POOOOOOOOO!PUUUUUUUU!」


 もう一度、鋼質有機体が唸った。足が動き、複眼が光り輝いた。

 熱波が炸裂した。

 

 一瞬の閃光。

 轟音。

 瞬きする時間もなく、全てが焼き尽くされていた。

 荒野が赤く燃えていた。


 複眼を熱源とする熱波の放射。

 赤い光が灯ったと同時に、熱波が辺りを覆った。

 熱波による熱は地面を焼き尽くし、熱波による空気の膨張は全てを吹き飛ばした。


 鋼質有機体の足元から周囲数町の荒野が焦土と化している。

 石すらも融解し、地面が赤く燃え上がりながらグツグツと煮えている。


 鋼質有機体の中心に煙が舞い、それがキノコ雲を作り天高く登っていた。

 熱波による衝撃波は遠く離れた観客席まで届いていた。砂埃を撒き散らしながら迫る空気の圧力。

 それは見えない壁に阻まれるようにして観客の手前で止まった。


 妖刀によって作られた透明な壁が、熱と衝撃波を断絶している。観客に怪我人はいない。

 ただその衝撃に身を震わす人はいた。


 「・・・ふぅ」


 「どうなってる?」


 全員が固唾を飲んで鋼質有機体の方向を見ていた。

 遠い向こう、煮えたぎる地面の上で立つ鋼質有機体。

 その灰色の体には熱波による傷など一つも付いていない。そして、その正面には誰もいなかった。


 白い少年は、ただ死んだ。

 観客はそう呆気に取られた。

 白色の少年の姿が見えない。それが何を意味しているのかは分かりきったことだ。


 あの熱波を正面から受けて死なない生物はいない。熱に骨ごと焼き尽くされるか、衝撃波に打たれ木っ端微塵の肉塊となるか。


 25年前、あの熱波の餌食となった人間は数万などという単位では数えきれない。

 鋼質有機体に対する人間の本来の姿。あたり前の光景であった。


 人類の上位種に対してなんの変哲もない刀剣だけで臨んだ少年。それが跡形もなく消え失せる。それがその光景が語る全てだった。


 ・・・そう皆が思い込んでいた。


 鋼質有機体の正面から爆風が吹き荒れた。風が荒野の表面を吹き飛ばし、風圧が地表にある炎を消し飛ばしていく。


 鋼質有機体の正面、爆風の中心地に白色の少年が立っていた。上着を脱いで素肌が露出している。ススで汚れていたが傷はない。


 その片手には上着が握られていた。

 観客達は自身の目を、そして自身の考えも疑った。


「まさか・・・」


 もし観客の考えが正しいとするならば、先ほどの現象は服だけで起こされたものになる。

 鋼質有機体による熱波を防いだのも、先ほどの爆風を生み出したのも。ただ服で防御し、服で風を煽いだだけのことだった。


「嘘だろ」


 観客は唸った。だが事実だった。ただ服で熱波をガードして、服を煽いで爆風を生み出した。


 通常の物理現象ではあり得なかった。熱波や衝撃波は服では防御仕切れない。服を煽いだだけで地表の火が消えるわけがない。


 だが事実として、その現象は目の前で起こっていた。


 もう自身の常識とあの少年を比べるのを止める時がきたのだ。常識では計ることが出来ないことを認める必要があった。


 あの少年が常識から逸脱している光景は何度だってあった。


 紙で真剣を叩き割った時。

 龍人を相手に大立ち回りした時。

 鋼鉄を軍刀で切り裂いた時。


 そして今この瞬間も、鋼質有機体の攻撃を防いでいる。


 皆が認め始めていた。


 あの少年が「さらに上の存在」であることを。


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