第16話 『アレガルド・サンシャイン⑤』特異個体
『一回戦。天使私設兵「右足」天使近衛。マゴロク。妖刀「靭柔」使い。魔導書「???」適応者』
天使私設兵という役職がある。
通常の役職では力を発揮できないとし、天使が独自に指揮する特務部隊。
天使私設兵を目指す人間は少ない。
通常の軍務の特殊部隊のように、入るのに試験や資格がないからだ。
衛兵の中で救助に特化した部隊があるように、医師に専行があるように。
それぞれの職種のなかで特化するために、試験や資格が必要になってくるのが普通だった。
天使私設兵にはそれがない。
天使に直接起用される。それが天使私設兵になる条件だった。
努力でどうにかなるものではない。目指すような役職ではないのだ。
だが目指すことは出来ないが、その役職は羨望の的だった。
天使様の近くで仕事をする。それはこの大陸に暮らす民衆にとって大きな意味を持つ。
広い大陸の中、ほんの一握りの存在。
天使の直属を名乗ることが出来る、本当の怪物。
それが舞台の上に立っていた。
闘技館の開かれた天井。そこから降り注ぐ日光。
それに照らされて一人の大男と白色の少年が向かい合って立っている。
舞台に上がる一人の大男。名は「マゴロク」と言う。
天使私設兵『右足』。天使近衛である。
覇国で武芸を志す者にとって、それは一つの到達地点。そこに彼は立っている。
生半可ではない体躯だった。身の丈が人の2倍ある。
首も、腕も、足も、胴も、太く硬い。おおよそ人という括りに入っていいのか疑問に感じられる程に、逸脱した体を持つ。
龍人、という人種である。
龍の国が存在する大陸「ポートランド」を原産とする人種だった。
伝説上の龍のように鱗の様なものはない。
毛皮もなくつるりとした肌に、7頭身の姿はただの人間のようだった。
身長が普通の人間の2倍あり、体の容積が普通の人間よりも大きいこと、頭皮から生えている2本の羽の様な触角を除けば、人間だった。
ただ強靭に生まれ、強靭に育ち、強靭な運動能力を見せる龍人。
マゴロクはそんな龍人の『特異個体』。
『禍子』と呼ばれる存在である。
他の龍人と比べて、より大きく、より頑硬で、より俊敏で、より強かった。
鋼具による銃撃すら素肌を貫通せず、その拳は堅牢な城門を道具なしで破壊する。
そんな怪物が妖刀を装備して舞台に立っていた。
この世界の最強種が、常識の物理現象を覆えす『妖刀』を持っている。
誰もその男が負ける要素など見つけられないでいた。
白色の少年の前に向かい合う。身長差は2倍以上もあった。
(本当に・・・大丈夫かな?)
マゴロクは心配していた。
それは当然だった。
彼からして見れば、他人というのは余りに脆弱だった。
ヒグマが人間と生活しているようなものである。
ましてや天使近衛として直属の上司の息子さんと戦わされるのだ、気が気ではない。
(ボクと戦わせるなんて・・・どうかしてるよ)
ただでさえ龍人と人間は生き物としての質が違う。
越えられない戦闘能力の差を持っているのに。
そんな状況のなかで自分はさらに特殊な生まれで、さらに相手は子供だった。
それをこんな殺し合いの場に上げる、正気じゃないと思った。
(傷つけないようにしなくちゃ)
走る自分とぶつかっただけで人間の骨は折れるし、下手すれば四肢が千切れ飛ぶ。そういう経験をしてきた。
手加減というのが非常に難しい人生だった。
自分を拾ってくれたり、色んなことを教えてくれたり、生きがいを見つけてくれた。
そんな人の子供だ。とてもじゃないが、本気でやろうなんて思っていない。
だから『妖刀』しか使わない。妖刀以上は使おうとは思わない。
公表はされていないが「魔導書」による力をボクは持っていた。だけど魔術は使わないでいようと思った。
天使さん、ウィスパーさんから戦うことになると前々から言われている。
しかし・・・。
「私の息子を神前試合に出場させる。初戦の相手はマゴロク、君だ」
それは唐突に言われた。
天使さんの身辺警護をしている時だった。
「えーっと、ボクはわざと負ければいいんですよね?」と返事した。
八百長を提案されたと思った。
自分がバケモノじみた力を持っいるのを天使さんは知っている。
だから天使さんが戦えと言われれば、わざと負けるように指示してくるものだと考えたからだ。
しかし、その言葉を聞いて天使さんは笑ってた「そんな事態になればね」とも言った。
「大丈夫。私の息子は強いよ。マゴロクよりベンジャミンより、アンリよりもね。だから本気でやるんだ、マゴロク。そうじゃないと意味がない」
変な強がりではない。自信を持って天使さんはそう言った。
天使さんの横顔を見ながら、この話を理解できていない自分がいた。
この人は嘘を吐かない。人の性質を語る上では尚のことだった。
天使さんが自分に指示した命令は「いい感じに負けること」ではなく「全力で戦うこと」だった。
天使さんの言うことを信用してないわけじゃない。だけど、とてもじゃないけど怖くてできない。この人の子供に本気を出すことなど絶対にできなかった。
上司の言った言葉を理解できないまま、ボクは会場に立っていた。
観客が沸き立つ。
舞台に上がる両雄。白い少年を見つめる観客。この試合の行く末を形作る天使さん。
「試合、はじめッ!」
それぞれの想いが交錯するなか、第一試合がはじまった。




