鏡の奥
目が覚めた時、白い天井が目に入った。
視界は狭かった。
やっぱり片目が見えていないのかも知れない。
瞬きするのにも痛みが伴った。
「...菜々美?菜々美!」
声が聞こえた。
聞き覚えのある優しい母の声。
それなのに随分懐かしく感じた。
瑠璃子は立ち上がり、涙を流しながら「菜々美!」と言って菜々美の顔を覗き込むように見た。
菜々美は視線だけ母に移し、「ママ...?」と呟いた。
「菜々美....!良かった...!待ってね、すぐにお医者さん呼ぶから!」
それから医者や看護師が来て、あたしに説明を始めた。
あたしが知らない町の道路で1人倒れていたこと。
下着を身につけていなかったこと。
出血が多く、意識を失っていたこと。
肋の骨が折れていたこと。
右目の損傷が激しく、視えるようになる可能性が低いということ。
そんな説明を受けながら、あたしは涙を流した。
身体が痛いからじゃない。
骨が折れていたからじゃない。
片目が開かないからじゃない。
あたしは今更、あの日のことを思い出していた。
いや、恭介君のことを。
恭介君との出会いは、運命なんかじゃなかった。
彼はあたしに近づく為にわざと興味のない『赤毛のアン』を読んでいるフリをしていた。
彼は最初からあたしのことなんか見ていなかった。
彼が言っていたことは、殆ど理解できなかった。
最後に言っていた『君も、君の母親も』という言葉はどういう意味だったのか。
恭介君はあたしのママのことを知っていた。
彼は一体、何が目的であたしに近づいたのか、今となっては何も分からない。
そんなことを考えていたら、涙が止まらなくなった。
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開かなくなってしまった右目から、涙が溢れているかどうかも分からない。
そういえば、私の顔は今どうなっているんだろう?
ふとそんなことを思って、夜中にベッドから立ち上がった。
歩けはするけど、身体中がズキズキと痛い。
基本的には車椅子を使うようにと言われていたのに、なんとなく歩いて行きたいと思った。
じゃなきゃ、一生1人で歩くことができないんじゃないかなんて怖くなった。
病室を出て、すぐトイレの看板が見えたのにひどく遠く感じた。
スリッパくらい履いてくれば良かった。
夏だからか、汗ばんだ皮膚に床の埃がこびりつく感覚が気持ち悪い。
トイレに辿り着き、裸足のまま中に入った。
一刻も早く鏡が見たかった。
そういえばママは、どうして包帯を取ってから鏡を見せてくれなかったんだろう。
怪我をしているとは言え、今の自分がどういう状態なのかくらいは知っておきたかった。
ヒリヒリするけど、いつ治るのか聞きたかった。
回復したら恭介君に会いに行こう。
会ってちゃんと話そう。
きっと何かの間違いだ。
あんな状況だったんだもん、恭介君に会いたい気持ちが強すぎて夢でも見ていたのかも知れない。
そんなことを考えながら、菜々美は洗面台の前に立ち、鏡に視線を向けた。




