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怪物  作者: 水野 すい
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79/100

不倫

2年前・2024年


あたしには父親がいなかった。

物心がついた時からいなかったから特に何も気にしたことはなかった。


小学生の時、運動会の親子徒競走で他の子はお父さんが走るのに、うちはおじいちゃんだったり、お母さんだった時はさすがにちょっと気にしたけど。

だけど別に大きな支障があったかと言われるとそんなことはなかったし、お母さんも愛情を注いで育ててくれたと思う。

3歳下の妹がいるけど、妹も同様にあまり気にしていない様子だった。


だけどお父さんみたいな人はいた。

お母さんはその人のことを友達だと言っていたけれど、小学校4年生になったあたりであの人がお母さんの友達ではないことくらい何となく分かっていた。


異性の友達は家に泊まって一緒に寝たりしないし、キスしているとこも見たことがある。

当時のあたしにはよく分からなかったけど、それが男女関係にあることくらいは容易に分かった。


あたしと妹の愛実は、そのおじさんのことを『アキ君』と呼んで慕っていた。

アキ君は決まって平日の夜か、たまの土日に家に来る。

優しくてかっこいいアキ君が、本当のお父さんだったらいいのにと何度も思った。


だけどあたしは中学に入ったあと、アキ君には別の家庭があるんじゃないかってことに気がついた。

『不倫』ってことだ。


ドラマや漫画を見た知識とは言え、クリスマスや誕生日はいつもいないし、イベント事がある時は当日じゃなくて翌日だったり、明らかに『不倫』の情報と一致する。

もしそうだとしたら、母はなんていけないことをしているのだろうと思った。


けど同時に、あんなに優しいアキ君がそんなことをすると言うことは、アキ君の家庭側に問題があるに決まっていると思った。

この生活が終わることも怖かったし、アキ君に会えなくなるのも寂しかった。

特に愛実はアキ君に懐いているし、あたしも、お母さんもアキ君のことが大好きだった。

4年以上も続いているならこの先もきっと大丈夫。


そう思っていた矢先だった。

アキ君が火事で亡くなったと知らされたのは。


その時、アキ君の葬儀に出られないことを母から説明され、曖昧な理由で誤魔化されたが、あたしには分かった。

『不倫』だったからだ。


葬儀はもちろんアキ君の家庭で行う。

後から聞いた話、アキ君には奥さんと愛実と同い年の子供が1人いたらしい。


アキ君が亡くなってからの母は、生気がなくなったように毎日やつれていった。

あたしも愛実ももちろん悲しんだけど、母の悲しみは比じゃないものだったんだと思う。


毎日あたしたちの前で無理に笑う母を見ているのが苦しかった。

毎晩1人で泣いていることを知っていたからだ。


どんな経緯で知り合って、どういう関係を築いていたかなんて関係ない。

母はアキ君を、アキ君は母を愛していたのだ。


愛に不倫かどうかなんて関係ないと思った。

きっと何か事情があるに違いない。


アキ君の奥さんはきっとアキ君を愛していなかったんだ。

アキ君の子供にはちょっと申し訳ないけど、アキ君はきっとあたしや愛実の方が愛してくれていた。

『世界一愛してる』ってよく言ってくれてたんだから。


だからそれから毎年命日は、アキ君の墓前にアキ君が好きだった抹茶味のクッキーを供えている。

あたしと愛実、お母さんとアキ君の分の4枚。


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