ただ笑って欲しい
「あと、今日ここへ来て良かったよ。さっきの君の話が聞けて、嬉しくなった」
塚本がそう言うと、綾花は不思議そうに塚本を見た。
「夏輝も恭介も、いつもここに来てるみたいだし、あいつらは一生実来ちゃんのこと忘れないと思うよ?俺も、当時担当してた刑事も忘れない。けど、世間ってのは薄情なもんでさあ。関係ない奴らは言うだけ言ってすぐに次のニュースに飛びつく。当時のことを知ってる俺たちからしたら、忘れられていくことが悲しいんだよなあ。でも、君は実来ちゃんの『過去』と『今』と『未来』まで話してくれてた。忘れられるどころか、新たに友達まで作っちゃうんだ、すごいよ実来ちゃんは」
綾花が嬉しそうに微笑むと、塚本は「あと」と続けた。
「夏輝のこと、好きになってくれてありがとうな。何か、父親みたいな気持ちになっちゃって」
塚本は照れくさそうに笑った。
「はは、そんなそんな」と綾花は笑った。
「でも、もう分かると思うけどあいつ、今は恋愛とか、する気ないんだろうから、君は君のタイミングでちゃんと見極めるんだぞ?同情とか、そういうのは全部取っ払って、あいつに合わせる必要はないんだからね。それにあいつ、抱えてるもんが他の人の100倍くらいあるから、色々気難しいだろうし」
「分かってます。完膚なきまでに振られましたからっ」
綾花はそう言って笑った。
「え?」と塚本が言うと、綾花は苦笑して言った。
「この先も好きになることはないとか、俺が好きなのはずっと実来だけだとか。でも、ちゃんと誠実に振ってくれました。変な期待させたくないからって。抱えてるものがどれだけ多くても苦しくても、ちゃんと人に優しくできる人なんです。私、夏輝くんの全部を聞いたわけじゃないですし、断片的な言動の、私の勝手な推測ですけど、小さい頃に夏輝くん、当たり前の幸せを知らなかったから、私に当たり前が幸せだって気づかせてくれたんです。温かい食事や、柔らかい布団が幸せなんだって。大切な人がそばにいてくれることが、どれだけ幸せなことかも。私、同情とか、恋愛感情だけで夏輝くんを救いたいなんて思ってないんです。ただ、何も考えずに笑って欲しいなって思うんです」
綾花の話を聞いた塚本は嬉しそうに笑い、隣に置いてあるゼリー缶を手に取った。
「実来ちゃん、これもらうな。喉乾いちゃったよ」
塚本はそう言いながらプルタブを開け、「乾杯」と言いながら綾花の方を向いた。
綾花は「あ、はい!」と微笑み、塚本が持っている缶に、自分の缶を軽くぶつけた。
塚本はゼリーを1口飲み、景色を見た。
「あいつらも、俺もさ。諦めてないんだよ、実来ちゃんのこと。きっといつか笑えるさ」




