『相原』という名前
「わざわざお時間頂いちゃってすみません」
『相原』という表札の家の中で、塚本はそう言って紅茶を飲んだ。
相原橙子は「いえ。それにしても、夏輝君が何かその...警察の方にお世話になるようなことでも..?」と心配そうに塚本を見た。
「ああいえ、まさか。彼、4年前に起きたある事件の被害者の友人でして。里親である相原さんに引き取られたと聞いたものですから、どうしてるかなと思っただけです。すみません誤解させてしまいまして」
塚本は苦笑した。
「ああ...夏輝君と同じ施設の子が亡くなられたって言う...」と橙子。
「ご存じでしたか。夏輝君から?」
「いえ。施設の方から聞いたんです。夏輝君は、あまり自分のことを話したがらないんです。なので私もあまり深くは聞いていなくて」
「と言いますと、あまり上手く関係は築けていない...ということでしょうか?」
「ああいえっ。とてもいい子で、思春期だというのに反抗の1つもせずにいつも笑顔でいてくれてます。学校での話は聞いたら話してくれますし、上手くいっていると思います。ただ...過去のことは話しませんし、何となくいつも無理して笑っているような気はしているんです」
橙子の言葉を聞き、塚本は「...そうでしたか」と少し俯いた。
「ただ、学校でも上手くやっているみたいですし、友達も多いみたいです。勉強もよく頑張っていて、中学時代はいつも1番か2番をとっていました。なので、前を向こうと頑張っているあの子に、無理に過去の話を聞く必要はないと思っています」
塚本が相原家を出ると、「塚本さんっ」と声をかけられた。
塚本が振り返ると、そこには今村がいた。
「今村、久しぶりだなあ」
塚本に言われ、今村は笑顔で言った。
「班が変わってから一緒に捜査はできなくなっちゃいましたけど、塚本さんのことならちゃんと見てましたよ。ここ、4年前に亡くなった百田実来の事件で会った、相原夏輝の里親の家ですよね。何してるんですか」
「まあ、ちょっと近くに来たもんでな」
塚本がそう言うと、今村はクスッと笑った。
「またまた。わざわざ里親先探したんでしょ?当時から夏輝君のこと、気にしてましたもんね」
「余計なことまで調べてるね〜お前は」
「あざっす」
「褒めてないよ。そりゃ気になるだろ。結局証拠が見つかんなくてすぐ自殺として処理されちゃったんだから。相当怒ってるだろうよ、夏輝は」
「もう高校生ですか、夏輝君。あんな泣いてた小ちゃい少年が高校生って、時間経つのは早いっすね」
「...夏輝の心はあの日で止まったままだよ。俺たちがそうさせちゃったんだ」
塚本はそう言いながら相原家を見上げた。
今村も相原家を見上げ、表札を見て言った。
「ていうか、里親の苗字も『相原』なんすね。あの子、元の名前も『相原』でしたよね?すごい偶然」
今村がそう言うと、塚本は今村の頭を軽く叩いた。
「偶然なわけないだろー」
「えっどういうことですか!?」
「...里親を決める時3候補あった家族の中から、夏輝がこの家を選んだらしい。それも即決。あいつ、きっと『相原』って名前変えたくなかったんだよ。まあ候補の中に『相原』がいたのは偶然だけどな」
「えっそれってもしかして...」
「まあこれは完全に俺の予想だけど....百田実来からの手紙に、『相原夏輝』って自分の名前が書いてあったんだ。変えたくないって思ってもおかしくないだろ」




