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第6話「アイ」

 

 ルウナはラミウと共に、アストラヴァナへ向かうべく、ベレナスの地下路へと潜った。


「CR機があれば空を飛んでいけるんだけど、ないから徒歩で行くしかないねー」


 今から地上を歩けば、目的地に辿り着く前に日が暮れてしまう。

 獰植物が徘徊する中を生身で歩くのは危険過ぎるため、安全な地下路を通って行くことにしたのだ。


「でも、それって時間が掛かるんじゃない? ディガンマ先生にバレちゃうから、明日の朝までに終わらせて帰りたいんだけど……」


 不安そうなラミウを後目に、ルウナは慣れた様子でスマートデバイスを操作する。


自掃機(じそうき)を呼ぶからソレに乗ってこー。帰還モードで突っ走れば、相当早い速度が出るからー」


「それって……地下路を消毒する機械だよね? 足代わりに使っちゃっていいのかなぁ」


 自掃機とは、地下路の不浄物を清掃する自律型のロボットで、正式名称は〈自動徘徊掃除機〉という。

 軍に所属する強き者たちは、連絡ひとつで自掃機を要請できるため、清掃や消毒に時間を取られることはない。

 基本的に獰植物を刈るだけ刈って、報酬を受け取り即撤退が基本であった。


「対して私の方はというと……獰植物と戦った後は、通路を地道に火で炙ったり……」


「ラミウも苦労してるんだねー。寝不足にもなるわけだー」


 そんなことを話している内に、自掃機が風を切るようにして、ふたりの元へとやって来た。


 地下路を駆ける自掃機の外見はいたってシンプル――

 見かけは黒い立方体で、飾りっけのないビジュアルだ。


 自律知能のレベルは、訓練された犬と同程度らしい。

 内部でセルエネルギーによる焼却処理が行われているのか、立方体の中心は、僅かに光り輝いている。


「ほらラミウ、上に乗って腹ばいになりなー。シングルベッドにふたりで仲良く寝る感じねー」


「左右の幅に余裕がないね。座って乗ったら駄目なのかなぁ?」


「絶対に駄目ー。場所によっては天井が低い所もあるんだからー。脳みそで天井画を描きたくないでしょー?」


 ラミウは言われた通り、自掃機の上に腹ばいになる。

 傍らのルウナの姿勢を真似て、前方の角に両手を掛けた。


「そうそう、角をしっかり持ってー、振り落とされちゃダメだからねー」


 そう言うと、ルウナは自掃機の側面を手のひらで叩く。

 自掃機は再び動き出し、地下路を猛スピードで駆け抜けはじめた。

 壁に点在する水晶灯(すいしょうとう)の光が線のように伸びて、勢いよく背後へと流れていく。


「うわぁっ、思ったより速いっ! 手を離しちゃいそうで怖いよぉっ!」


「それも絶対に駄目ー。落ちたら怪我じゃ済まないしー、ほらほら右に曲がるっぽいよー?」


 向かい風を受けながら、ラミウは細目で前方を睨む。

 風圧が眼球を刺激して、両の目から涙が止まらない。


 ふたりを乗せた自掃機は、中継地点のポータルに差しかかり、複数あるゲートの中から自動で道を選んでいく。

 自掃機が勢いよく曲がるたび、ラミウの身体は重力に引かれて右へ左へと流された。


 ラミウのふたつに束ねた髪が、風に暴れて鞭のように背を叩く。

 それが妙にくすぐったくて、ラミウの集中を著しく削いだ。


「ラミウっ、ちゃんと自分で踏ん張ってー! こっちに体重かけないでよー!」


「ごめん……っ、指の力だけじゃどうしようもなくて……!」


「あー、やっぱ肉球とか爪がないと、へばりつくのはキツいかぁー」


 ルウナは片脚をラミウの腰に乗せ、飛ばされないように押さえ付ける。


「どう? これで少しはマシでしょー」


「ありがとう……っ、あははっ! 内股に尻尾が当たってくすぐったい!」


「敏感ちゃんめー、そのくらい我慢しろってのー」


 下半身が安定したおかげで、ラミウは幾分か落ち着きを取り戻した。

 それでも、カーブのたびに襲い来る恐怖は変わらない。


 ふたりを乗せた自掃機は、三十分ほどで目的地のポータルへと辿り着いた。

 ラミウは半ば転がり落ちるように自掃機から降り、その場にヘタリと座り込む。


「はーい、おつかれー。アストラヴァナ領へ到着だよー」


「はぁ……はぁ……やっと着いた……! びっくりするくらい長く感じた……!」


 ふと、地面に落ちる自分の影の大きさを見て、ラミウは頭上から差し込む光に気づいた。

 ラミウは恐る恐る顔を上げ、ゆっくりと頭上を見上げる。


「わぁ……っ、デルタ状の空中都市……っ! すごい、本当に浮いてるんだ……!」


 見上げた円形の天窓から、アストラヴァナの全貌が垣間見える。

 密林の上空を漂う巨大な逆三角形は、黄昏の日差しを一身に受け、宝石のように輝いていた。


「ルウナ、あれは何? 太いチューブがいっぱい垂れてる」


「あー、あれで大河を汲み上げて、大地のセルを回収してんの。汲み上げた水は生活用水にもなってるっぽい」


 水を吸い上げる際に舞った飛沫(しぶき)が、ポータル内の湿度を上げているのだろうか。

 ラミウは額に張り付いた前髪を指で剥がし、傍らのルウナへと顔を向ける。


「そうなんだ……どうやって中へ行くのかなぁ。梯子(はしご)やエレベーターはどこにあるの?」


 真剣に呟くラミウに、ルウナは驚いた様子で目を丸くした。


「ラミウ、あんた何言ってんのー? 上になんか登らないよー?」


「どうして? 私たち今からアストラヴァナへ行くんでしょ!?」


「権力者や富裕層しか、空中都市には入れないってー! あたしらが行くのはコッチの下街(したまち)ー!」


 ルウナはラミウの手を引いて、下街と呼ばれた居住区域へのゲートをくぐる。

 一歩足を踏み入れるなり、ラミウの鼻を油の匂いがくすぐった。


 下街は市場や工場のようで、大勢のネオフェネックたちが汗水を垂らして働いていた。

 陽気な喧騒とともに、金具や鉄がぶつかる音が、ラミウの耳の奥へと響く。


「こんなに沢山のネオフェネックを見たのは生まれて初めて。みんなとっても忙しそう」


「この街のネオたちは主に、アストラヴァナへの物資搬入や搬出作業を担ってるのー」


 力の強いネオフェネックたちにとって、運搬業務は最も適した仕事なのだという。

 加えて、サンテックス軍に所属することにより、様々な福利厚生を享受できるようになるのだと。


「一応ここもアストラヴァナだよー。都市の影が落ちる範囲は、立派なアストラヴァナ領だからねー」


「ごめんねルウナ……それでも私、なんだか騙された気分だよ……」


「にゅふふっ、キツネに摘まれたような顔してるー。あたしらみたいなヒエラルキーの最下層が、空中都市に入れるワケないっしょー」


 ポータルゲートから離れて工業地帯を抜けたのか、ふたりの眼前に繁華街が見えてくる。

 ルウナはラミウの肩を抱き、毅然(きぜん)とした態度で堂々と歩いた。


「ラミウ、尻尾をピンと立てな。この辺、如何(いかが)わしいお店が多いでしょー」


「うん。あそこの中古デバイスショップ……軍用型落ちって書いてある。見るからに違法でヤバそうだね」


「物が行き来する場所だからかな。自然とこんな治安になってるんだよねー。軍人も分かってて見逃してるんだろうけどさー」


 人がごった返す繁華街を抜けると、周辺は再び静かになる。

 どの建物もシャッターが閉まり、門がしっかりと施錠されていた。


 薄暗い道の先に小さなゲートがあり、設置された看板には〈特別許可地帯〉と書いてある。

 ラミウは思わず目を凝らし、看板をまじまじと見つめて言った。


「特別許可地帯だって。あの門の向こうにサーカスがあるの?」


「そうっぽいね。バイミーの住所にそう書いてあるもん」


 ラミウはどこかから視線を感じ、すぐ傍に建つアパートを見上げる。

 カーテンの隙間から、耳を垂らしたネオフェネックの老婦人が、ラミウの顔を憐れむように見つめていた。


 老婦人はラミウと目が合うなり、カーテンを引いて姿を隠してしまう。

 得も言われぬ不気味さを感じ、ラミウは唇を軽く噛んだ。


「……なんというか、怪しさの権化(ごんげ)って感じだね」


「あたしもここから先は初めて。飽和(ほうわ)しきって刺激に飢えた富裕層向けって噂だけど」


 ルウナが言うには、富裕層がわざわざ足を運ぶ〈競り会場〉なんてものもあるらしい。

 今から向かうサーカス会場も、碌でもない施設なのだろう。


 ルウナは耳と尾を限界まで下げ、ラミウにそっと手を差し出す。

 ラミウもその手を取り、共にゲートへと歩いて向かった。


「あ、通行証が必要なんだー。ラミウのアクセデバイスに、切符アプリって入ってるー?」


「多分入ってないかも。通行証ってどうやって発行するの?」


 ルウナはゲート横に設置された券売機へと歩み寄る。

 ラミウもその後を追い、券売機を覗き込んだ。


「んーとねー、三時間ごとに百レピー。電子決済のみ対応って書いてあるけどー」


「……アクセデバイスに百五十レピー入ってる。ディガンマ先生から報酬を電子で貰ってたんだ」


 ラミウの脳裏には、胡散臭い笑顔を浮かべたディガンマの顔。


 ――よかったですね。半額を電子で受け取っておいて。


 今のラミウの状況を見て、きっと彼ならそう言うだろう。


 ラミウはアクセデバイスを券売機にかざし、パスワードを打ち込んで通行証を発行した。

 表示されたコードをゲートに読み込ませ、ふたりは特別許可地帯へと入場する。


「これで残りは五十レピー? 帰り道はどうするのさー。あたしはお金出さないよー?」


「自分で出すに決まってんじゃん。今から稼ぎに行くんだもの。持ち合わせなんていくらでも増えるよ」


 特別許可地帯の中は暗闇と言っても過言ではなく、照明は足元を照らす水晶灯(すいしょうとう)のみだった。

 足元は緩やかな階段となっており、視線は自然と下へ落ちる。


 ふたりはまるで、奈落へと飲み込まれていくような錯覚を覚えた。

 歩みを進めれば進めるほど、ルウナの耳と尾は垂れていく。


「ねぇルウナ、この道ってさ……本当に今も使われてるの……?」


「多分ー。強き者が身なりの良い人と歩いて行くのをよく見るからねー」


「そうなんだ……。強き者たちを集めて、サーカスは富裕層たちに何を見せてるんだろう」


「サーカスって言うくらいだしねー。強き者たちの特殊能力でも見せてるんじゃない?」


 強き者たちは皆、膨大なセルエネルギーに加え、それぞれ固有の特殊能力を持っている。

 そのどれもが、厳しい自然界で強く生き抜くための、野生じみた能力だ。


 ラミウの能力は兎のような跳躍力だが、他と比べると比較的地味な能力である。

 鳥のように空を飛んだり、舌を長く伸ばせるわけでも、身体の色を変えられるわけでもない。


「どうしようルウナ……私の能力、サーカス的にすっごく見栄えが悪いかも……!」


「大丈夫だってー。年頃の女子がピョンピョン上下に跳ねるだけで、大抵の野郎は喜ぶんだからー」


 心配するラミウに対し、ルウナはそこまで深く考えてはいないようだ。

 この目で見るまでは何も分からないといった様子で、不安を感じていないように見える。


 それよりも、目の前の暗闇の方がよほど恐ろしいようで、ルウナは時折か細く鳴いては、鼻先を舌で舐めていた。

 ラミウは子犬のように震えるルウナが少しだけ可哀想になり、彼女の背中を手のひらで何度も優しく撫でた。


「きゅううん、ラミウは怖くないのー……? やけに暗闇に慣れてるじゃん……?」


「私は暗いの慣れてるから。ところでさ……ルウナはどうしてお金が必要なの?」


「あたしの祖父……おじいちゃんが残した骨董屋さんを続けるためだよ」


 ルウナは自身の手にはめた、鉤爪状のセルデバイスを自慢げにかざす。


「この〈孫の手(バックスクラッチャー)〉もカワイイでしょ。おじいちゃんから貰ったビンテージ物でー、昔よくコレで背中をカキカキしてあげてたのー」


「それって本当に孫の手なの? もっと凶悪な何かに見えるけど……」


 少なくとも、背中をかくための道具には見えない。

 孫の手という名称すら、本当かどうか怪しく聞こえる。


 おそらくラミウのブラックアックスと同じで、硬いものを掻き切るために作られた、れっきとした武器なのだろう。


「ラミウこそ、どうしてお金が必要なのー? サーカスの実態も知らずにさー、よく自分から行く気になったよねー」


「うん……実はね、ずっと人探しをしているんだ。血は繋がってないけれど、家族同然に大切な人なの」


 ラミウは小さく息を吐き、自らの子供時代に思いを馳せた。

 こんな薄暗い道を歩いていると、当時のことを思い出す。


「あの日、あの時……アイと過ごした日々のこと―― ルウナさえ良ければ、昔の話を聞いてくれる?」


 ラミウの瞳が水晶灯(すいしょうとう)の反射を受けて、血のように赤く揺らめき輝く。

 ルウナは静かに頷き、ラミウの話に耳を傾けた。



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 X(旧Twitter)にて更新した、アストロジカ通信Vol.001をこちらにも掲載いたします。

 第一回の登場キャラクターはラミウ、ディガンマ、ルウナの三名!




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