第52話「四面無境」
突如として顔面に拳を叩き込まれた战斗羊は、自らを殴りつけた男の顔を見て目を細めた。
『誰だ、お前は。花嫁を奪いに来たつもりか』
次の瞬間、異常な体幹で身を起こしざま、片腕の鉤爪を一閃する。
焔は素早く軸足を切り替え、背を大きく仰け反らせて鉤爪を躱した。
『おお、これを避けるとは』
战斗羊が感心したように目を見開く。
焔はそのまま倒れ込むように両手を背後の地につき、身体を跳ね上げた。
振り上げた片脚が、真下から战斗羊の顎を強かに蹴り抜く。
『見事だ。お前、只者ではないな』
ほんの一瞬、战斗羊の顔面を仮面のように覆っていた黒い粒子が、衝撃と共に雲散した。
战斗羊はふらつきながら後ずさり、焔との間合いを取る。
『同胞の甘い香りがしない。さては軍人か余所者か?』
「はぁ、はぁ……僕は穆焔……そこにいる煙姉さんの弟だ……!」
『焔……? まさか、お前……あの泣き虫だった弟か!』
まるで、幼い頃の自分を知っているかのような話しぶりだった。
焔は会話に違和感を覚え、战斗羊の姿を注視する。
他人に興味関心のない焔でさえも、彼の顔は覚えていた。
彼こそが、姉の煙が憧れていた五年前の英雄――
霧恩寺の山門から赤羊峰へと旅立った、周という男そのものであった。
髪も肌も白く褪せ、瞳孔は赤く透き通っているが、間違えようはずがない。
恐ろしいまでの純白と相反するように、赤黒い粒子が霞となって周の肉体に纏わりついている。
頭から伸びる太い角と、両足の先に備わる蹄――
その姿は一見、世を牛耳るサンテックス軍が正義の象徴として掲げる羊を彷彿とさせる。
しかし、両腕から伸びる鋭い鉤爪だけは、彼が紛れもなく獰植物の類であることを物語っていた。
美しくも禍々しいその姿は、生前の面影を色濃く残しながらも、人としての生気だけが綺麗に抜け落ちている。
「周兄さん」
焔が周の名を呟くと同時に、今しがた追いついた春梅が、战斗羊の顔を見つめて絶句する。
「周お兄様!? まさか、そんな……五年前と何も変わってない……っ!」
战斗羊は顔面蒼白の春梅を見て、眉間に深い皺を刻む。
口元が霞状の黒い粒子に覆われているため、その表情の真意までは読み取れない。
『同胞の香りがしない。その上、貴様に至っては戦士ですらない。何故そのような者が此処にいる』
「……っ!」
春梅が息を詰まらせた、その瞬間――
战斗羊が凄まじい速度で襲い掛かる。
立ち尽くす春梅めがけ、鋭い鉤爪が振り下ろされる。
その切っ先が彼女を引き裂く寸前、焔が背後から飛びつくように战斗羊を羽交い締めにした。
「春梅さん、足手纏いだ! 一旦この場から離れてくれ!」
春梅は小さく頷くと、ふたりの傍から距離を取った。
視界から春梅が消えたことを確認し、焔は全身に力を込める。
「ふんっ、ぬあああああーーっ!」
たちまち全身の筋肉が隆起し、羽交い締めにした战斗羊の上半身を力任せに締め上げる。
『ぐっ……なんだぁっ、その人間離れした怪力はぁぁっ!』
战斗羊は本能で危機を察し、身体を千切るように激しく身を捩った。
忽ち、战斗羊の上体――
周の骨格から、肉がずるりと滑って外れていく。
そして、ぶちぶちと鈍い音を立てながら、肩口の皮膚が裂けはじめた。
剥がれた肉の隙間から血が溢れると共に、果実が腐ったような甘い臭気が漏れ出した。
骨と肉がずれたことで上半身が不自然に細まり、羽交い締めにする焔の腕に、ほんの僅かな隙間が生まれる。
战斗羊はその隙間から身体を強引に引き抜き、拘束を抜け出した。
「なっ……!」
己の肉体を躊躇なく壊す、人間ならば到底不可能な行動。
焔は思わず動揺の声を漏らした。
『食らえっ、楽面遊牙っ!』
战斗羊は拘束を抜け出した勢いのまま、身体を鋭く旋回させる。
遠心力を乗せた踵が、焔の脇腹を強かに打ち抜いた。
「ぐああっ!」
鈍い衝撃が肋骨を砕き、焔の巨体が鉄砲玉のように弾き飛ばされる。
そのまま煙を包む巨大な繭玉に、背中から勢いよく激突した。
巨体を受け止めた繭が大きく撓み、無数の蔦が騒めくような音を立てる。
棘だらけの繭に押し返されるように、焔は雪の上に片膝をついた。
「――げふっ……げほっ、はあっ……はぁっ!」
内臓まで傷ついたのか、焔の口から真っ赤な鮮血が大量に溢れる。
蹴りを食らった脇腹は、衝撃で紫色に変色していた。
(周兄さんが得意とした楽面遊牙……姉さんの型とはまるで違う……)
楽面遊牙は煙が得意とする戯でもあるため、焔にとっても馴染みのある技であった。
その型は鉄扇を開いて構え、鋭い刃を回転と共に振るうというもの。
故に、両腕から繰り出される鉤爪さえ躱せば良いものだと思い込んでいたのだ。
まさか回転を殺すことなく、脚の攻撃へ転じてくるとは想像すらしていなかった。
(そうか……実戦は何をしてもいいのか。そうだよな。殺し合いにルールなんてない)
半ば感心した様子で、焔は战斗羊を見る。
『全身を覆う筋肉の鎧。上腕と胸板の厚み、そして硬さ。貴様……怒面の使い手だな?』
「すごい、見ただけで分かるのか。慎重に考えて戦わないと、すぐに殺されてしまいそうだ」
焔は口元の血を乱暴に拭い、立ち上がって鉄扇を構える。
战斗羊は目を細め、嬉しそうにニタリと笑った。
『面白い……まだ立ち向かうか。泣き虫が偉く育ったものだ』
「この場で泣く理由がない。僕の涙は姉さんのものだ」
閃く鉄扇と鉤爪がぶつかり合い、激しい火花を散らす。
焔が战斗羊を引きつけている最中、春梅は少し離れた場所からふたりの戦いを見つめていた。
「いけない、こんな所でボーッとしてても始まらない! 赤羊峰の塔を起動しなくちゃ!」
春梅は我に返り、吹雪に霞む周囲を見回した。
目指すは、赤羊峰の霊廟にそびえる黒い塔。
しかし白く煙る視界の中では、その姿を捉えることができない。
「はぁ、はぁ、一体どこにあるの……!? 赤羊峰の霊廟は……!」
その時、吹雪の向こうにぼんやりと蒼い光が瞬いていることに気付いた。
「……なんか蒼く光ってる。もしかして、あれが暗黒星石の塔なのかな?」
春梅は額に手を当て、蒼い光に目を凝らす。
吹雪の奥で揺らめく蒼光は、確かにセルエネルギーの輝きそのもの。
「誰が起動させたんだろう……行ってみよう!」
春梅は霊廟に向かって脱兎の如く駆けだした。
しかし、ほんの数歩も進まないうちに何かに足を取られ、勢いよく雪の中へ転倒する。
「わぶぶっ! んもーっ、鼻痛いぃっ! 一体何なのっ!?」
春梅は雪まみれの顔を上げ、自分の足元を振り返った。
雪の中から伸びた太い腕が、細い足首を掴んでいる。
「……人の腕っ!?」
春梅は慌てて足元の雪を両手で掻き退ける。
下から現れたのは、半身を雪に埋もれさせた大男だった。
「ちょっと、大丈夫ですか!? 生きてたら返事してください!」
「ああ……辛うじて生きてる……! 肩を貸してくれ……ひとりじゃ立ち上がれないんだ……!」
大男は春梅を見上げ、雪の中から這い出ようと身を捩る。
背中から腰にかけて酷く損傷しているのか、下半身を思うように動かすことができないらしい。
上半身も傷だらけで、中でも目を引くのは、左腕が途中から失われていることだった。
切断面は凍てつく寒さに晒され、血ごと白い霜に覆われている。
あまりに痛々しい姿ではあるが、この極寒が幸いして出血を抑え、どうにか命を繋ぎ止めているようだ。
「あなたの顔……っ、覚えています! 確か岳さん……穆焔さんのお友達ですよね!? 青衛護路衆に選ばれていたんですね!」
「お前、まさか炊き出しの娘か。どうしてこんな所にいるのか気になるがよぉ、今はそれどころじゃねぇよなぁ……!」
岳は残った右腕で、赤羊峰の頂上を指す。
「あそこに馬鹿デカい塔がある。さっき目の前まで行ったんだがよ……奴に引きずり戻されちまった」
「頂上にも塔が? もしかして、霊廟の塔を灯したのは岳さんなんですか!?」
「そうだ……俺は末期のコンセミアだからな。塩辛いもんは喉を通らねぇし、酒も菓子もろくに口にしてねぇ」
そのおかげで、青衛護路衆の中では唯一、今もセルを練ることができる。
岳はそう、かいつまんで説明した。
「最近、何かと寝てたせいかな……セルエネルギーが有り余って仕方ねぇんだ」
「末期のコンセミア患者が、ひとりで塔を灯すなんて。まさか岳さん……頂上の塔も灯す気ですか?」
「ああ……あの塔に俺の手が届けば、战斗羊を倒せる気がする」
春梅は岳の指す先――
吹雪の向こうに禍々しくそびえる、巨大な暗黒の塔を見上げた。
「……わかりました。私が塔まで連れていきます」
自分の倍はあろうかという大男を背負い、春梅は赤羊峰の頂上を目指す。
战斗羊に見つからぬよう、吹き荒れる雪を煙幕にしながら。
一方、焔は依然として战斗羊と熾烈な戦闘を続けていた。
痛む脇腹を押さえながら、次々と繰り出される猛攻を躱す。
隙を突いて喜面の刺突を打ち込むも、赤黒い粒子が傷口を覆い、瞬く間に修復してしまう。
(どうしたものか……これでは埒が明かない。このまま戦い続ければ、先に僕の体力が尽きる)
敵の攻撃を躱すたび、焔の脇腹に激痛が走った。
先ほど受けた鋭い蹴りが、確実に身体を蝕んでいる。
『どうした、足元がもうフラフラじゃないか。もう一度この俺を抱いてくれよ』
「周兄さんの声で気持ち悪いことをほざくな。考えてる……お前を殺す算段を!」
咳と共に溢れた口元の血を拭いながら、焔は战斗羊を睨み据える。
(闇雲に攻撃しても意味がない。どこなら攻撃が通るだろうか)
激しい楽面の猛攻を得意の哀面で受け流しながら――
焔は鉤爪をいなしつつ、战斗羊の全身を注意深く観察した。
そうして攻防を重ねる内に、あることに気付く。
奴に鉄扇を突き刺した際、蔦に覆われた腰から下は、攻撃が効いている様子がなかった。
腕や頭部の角に関しては、硬すぎて刃が通らない。
その上、時折その輪郭が霞のように揺らぐのを見ると、たとえ破壊できたところで意味はなさそうだ。
――ならば、残るはひとつ。
焔の視線が、白い肌を晒す周の肉体へ向けられた。
(周兄さんの肌に傷を付けてみよう……!)
鉄扇の柄を握り込み、焔は战斗羊の――
周の胸を斜めに大きく一閃する。
派手な出血こそないものの、白い胸板にぱっくりと深い裂け目が走った。
土留色に変色した肉の断面が露わになり、遅れてむせ返るような腐臭が漏れ出す。
すぐさま赤黒い粒子が、周の胸へと集い始めた。
しかし、粒子が傷口を覆っても、裂けた肉はなかなか塞がらない。
(やはり、周兄さんは傀儡同然。回復に時間が掛かるのならば、切断するか……腰から上を!)
焔は再び身を翻し、哀面の舞いで死角を駆け抜ける。
そのまま战斗羊の背後を取ると、まず片腕を断ち切った。
『おおっ!?』
突如として反撃に出た焔に対し、战斗羊は驚きの声を上げた。
「――此方もッ!」
振り上げた鉄扇を打ち下ろす要領で、もう片方の腕も切断する。
(よし、最後に腰めがけて両断すれば――)
焔はすかさず鉄扇を順手に持ち替えて、握った鉄扇を自らの肩口まで大きく引く。
狙うは、周の肉体と蔦で覆われた下半身を繋ぐ腰部分。
腰を両断すべく、引きつけた鉄扇を一気に振り抜こうとした、その瞬間――
『させるかぁっ!』
魂胆を察した战斗羊が、勢いよく宙へ跳び上がった。
両脚を揃えて前方へ突き出し、焔が肩口に構えた鉄扇の柄頭を、両足で思い切り蹴りつける。
「うぐっ!?」
凄まじい蹴りの勢いに押され、振り抜くはずだった鉄扇が焔自身の身体へと押し戻された。
閉じた状態の鉄扇は、まるで太い杭のように――
その切っ先で焔の鎖骨を粉々に砕き、肩口から体内に深々と突き刺さる。
「ぐあああああーーっ!!」
焔は激痛に呻きながら、倒れまいと両脚に力を込める。
両腕で鉄扇の柄を掴んで引き抜こうと試みたが、力を入れた瞬間に意識が遠のくのを感じた。
(駄目だ、これを抜いたら死ぬ……!)
深呼吸を繰り返しながら、焔は鉄扇から手を離す。
肩口に深く突き刺さった鉄扇は、最早武器として使うことができない。
『着眼点は褒めてやる。今のは少しだけ焦ったぞ』
战斗羊は切断された両腕の断面を天に掲げ、狂笑混じりの咆哮を上げた。
ドクン――と、大きな鼓動が響く。
それに呼応するように、战斗羊の背後に鎮座する巨大な繭が脈打った。
『嫁から生気を奪うのは些か心苦しいが、今はそうこう言ってられん』
よく見ると、战斗羊の背には無数の細い蔦が伸びている。
蔦は背後の巨大な繭に繋がっており、脈動と共に繭から蔦へと何かが流れ込んでいく。
それに呼応するように、黒い粒子が切断された両腕の断面を覆い、ゆっくりと再生を始めた。
(あの塊……まるで人間の心臓みたいだ。おそらく、あれが本体だろうな)
焔は目を細め、巨大な繭を注視する。
繭は心臓のように脈打ち、その内側から赤い光がぼうっと灯っていた。
脈動に合わせて明滅する赤い光が、厚く絡み合った蔦の隙間から内部を仄かに照らしている。
そして、どくんと脈打つ一瞬――
巨大な黒い羊の異形が煙を胸に抱く様が、影絵のように浮かび上がった。
「ふぅ……っ、ふうっ、煙姉さん……! はぁっ……くそ……っ、今助ける……っ!」
焔は朦朧としながらも、目の前の战斗羊を睨みつける。
両腕の再生は二の腕まで。
完全に再生するまでには、僅かな猶予がある。
(時間がない。状況も不利だ。せめて回復さえ封じられたら)
肘から先が再生し、再び鉤爪が腕の先を覆ったら最後である。
満身創痍の焔を見て、战斗羊は肩を震わせ、くつくつと笑った。
『さて、次は私の番だろうな。五年前……俺を英雄たらしめた、本気の楽面を見せてやろう』
一人称が私から俺へ――
変わると同時に声色までもが、周本来の透き通るものへと戻っていく。
『奥義・四面無境……楽面紅宴!』
战斗羊は両手を地につき、側転を繰り返すように全身を高速で旋回させる。
大きく開いた両脚が、回転する刃のように次々と焔へ襲い掛かった。
刺突の雨を降らせる喜面紅宴とは違い、此方はまるで刃を孕んだ旋風だ。
『どうだ、成すすべもなく刻まれる気分は!』
「ぐっ……ううっ……!」
鉄扇を失った焔には、攻撃を防ぐ術も、反撃に転じる隙も作れない。
急所への直撃だけは避けながら、嵐のような猛攻に耐え続ける。
(四面無境だと!? そんな技は今まで聞いたことがない!)
その名の通り、喜怒哀楽の境が無い。
複数の戯が入り乱れる人間離れした舞は、次の一手すら予想させない。
『狂乱の地獄はこれからだぞ! 喜面遊牙!』
更に追い打ちをかけるように、战斗羊は再び宙へ飛び上がる。
回転の勢いを殺すことなく、上空からの落下すらも一撃の刺突へと収束させた。
战斗羊が狙うのは、焔の肩口に突き刺さった鉄扇――
鐘を打つような重い金属音と共に、鋭い蹴りが再び柄頭に直撃する。
鉄扇はついに根元まで焔の体内へと埋まり、その衝撃で焔の巨体が後方へと吹き飛ばされた。
「……あっ、があっ……!」
あまりにも強い衝撃は、叫びすら打ち消してしまう。
倒れた焔は呻き声を上げ、その場で弱々しく痙攣する。
战斗羊はその場に静止し、雪上に倒れ伏す焔を見下ろした。
肩口から流れ出す鮮血は、心臓の鼓動に合わせるように脈打って溢れ、白い雪をじわじわと赤く染め上げていく。
焔が虫の息であることを確信し、战斗羊は言葉を投げる。
『鉄扇が心臓を貫いたかな。これは流石に死んだだろう』
「……はぁ……あ……あぁ……っ……」
战斗羊の言葉に対し、瀕死の焔は何も答えない。
勝利を確信した战斗羊は、今にも事切れそうな焔を見て、嬉しそうにニタニタと笑った。
『ふふっ、うははっ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!』
透き通っていた周の声に、異形の声が再び重なる。
曇天の空に響くは、天を裂くような悍ましい狂笑。
しかしふと、战斗羊は笑うのをやめる。
自らの腹に違和感を覚え、ゆっくり視線を落とした。
『……んん?』
小雨のように液体がぼたぼたと降り注ぐ音と、自らの胸を濡らす感覚。
いつの間にか口から大量の血を吐き、白い素肌をどす黒く汚していた。
『なんだこれは……この私が吐血するだと?』
战斗羊は訝しげに、自らの腹を覗き込む。
いつの間にかどてっ腹に、大きな風穴が空いていた。
『この穴……奴の拳か? いつの間にこんな攻撃を食らった?』
ぽっかりと開いた傷口に、黒い粒子が群がり始める。
しかし、いつまで経っても風穴は一向に塞がらない。
『何故だ、治りが遅い。こんな調子では夜が明けるぞ』
战斗羊は再び、目の前に倒れた焔へと視線を向ける。
しかし、そこに焔の姿はない。
白い雪の上に、大きな血溜まりだけが残されていた。
『――何ぃっ!?』
驚愕の声を上げた、その瞬間――
背後から肌を刺すような異様な殺気を感じる。
战斗羊が咄嗟に振り返った。
そこには鬼の形相を浮かべた焔が、ぴたりと背後に張り付いていた。
「……哀面慕影!」
いつの間に毟り取ったのであろうか――
焔の両手には棘だらけの蔦が固く握り締められていた。
『お前……それをいつの間に!?』
道理で傷の回復が遅いはずだ。
それは战斗羊の背から伸び、巨大な繭へと繋がる蔦。
傀儡と本体を繋ぐ、命綱そのものであった。
「そして、これが僕なりの無境……〈哀面遊牙〉!」
そして焔は右へ、左へ、すかさず背後へ――
目で追うことすら叶わぬ速さで、战斗羊の死角から死角へ。
ゼロ距離で死角を往来し、両手の蔦を周の肉体へ巻き付けていく。
棘だらけの蔦は周の全身へ幾重にも絡みつき、傀儡の肉体を完全に縛り上げた。
「これでお前は抜け出せない……っ、覚悟しろ、战斗羊……!」
焔は蔦ごと周の身体を抱え込み、全身に残された力を振り絞る。
「――怒面、地獄門ッ!!」
背後から両腕を周の腹へ回し、渾身の力で締め上げる。
そのまま両手の五指を腹の風穴へ深々と食い込ませた。
「ぐあああああーーーーっ! 開けぇぇぇぇーーーーっ!!」
そして、閉ざされた門をこじ開けるように――
風穴へ食い込ませた五指を左右へ引き剥がし、渾身の力で周の肉体を真っ二つに引き裂いた。
『ひぎゃああああああああああーーーーっ!! やめろぉぉぉおおお!! このクソガキがぁぁぁあああーーーーっ!!!!』
千切れた周の上半身が、勢いよく宙を舞う。
战斗羊の絶叫は吹雪を突き抜け、赤羊峰の頂上を目指す春梅と




