第52話「壊れて堕ちる」
前話、51話の挿絵を載せるの忘れてたので載せました~!
怒面極めた焔氏デケェーッ!
夜も深まる赤羊峰に響くは少女の呻き声。
煙は四肢を拘束され、战斗羊の眼前に一糸纏わぬ無防備な姿を晒していた。
「さぁ、もっと声を響かせてくれ。私の鼓膜を震わせるような、蕩けるような甘い声を」
「は……っ、なにが甘い声だ。この我が……女々しい声など上げるものか……っ!」
強気な返事を聞いて、战斗羊の目がゆっくりと細められた。
背中から何本もの黒い手が伸び、煙の全身を弄ぶように蹂躙する。
「んうう……っ、……!」
情けない声を上げまいと、煙は全身に力を込める。
足元で動けない岳の耳に、声が聞こえてしまわないようにと。
『私を受け入れさせるには、何度か壊してやらなければ。力を抜いて身を委ねろ』
「貴様の言うことなど聞かぬ! 傷つけられても治るのならば、どんな痛みでも耐えてやるのだっ!」
勇ましい煙の返事を聞いて、战斗羊は肩を震わせて目を細める。
『極めて愚かだが、その意気や良し。狂わぬようについてこい』
战斗羊の口から、唾液に濡れた長い舌が零れ落ちる。
植物のツタを綱のように寄り合わせた舌は、硬い凶器そのものであった。
無数の手が煙を高く持ち上げ、その身体を勢いよく振り下ろす。
有無を言わさず股から身体の中心を貫かれ、煙は仰け反り絶叫した。
『どれ、まずはこのくらいか。少しずつ慣らしてやらねばならん』
体内に深く潜り込んだ舌が、容赦なく煙の中心を抉りはじめる。
宣言通り、一息に命を奪わぬよう、加減をしながら押し広げていく。
足元で倒れている岳の元にも、煙の血潮が雨のように降り注いだ。
「あああっ、煙っ!! うがああっ、やめろ! やめてくれ战斗羊ッ!」
目の前で痛めつけられる煙を見ていられず、岳は再び战斗羊の脚の下から抜け出そうと藻掻く。
しかし、その抵抗を封じるように、战斗羊は岳の背を踏みつける脚へさらに体重をかけた。
『死にたくなければ刮目しろ。いいか、決して目を反らすな』
そう言いながらも、煙の身体を雪の上へ降ろし、岳の目の前に横たえる。
岳は煙の手を強く握り、絞り出すように低く呻いた。
「あ……はふ……んっ、う……岳……っ……」
「煙……俺を許してくれ……! 何も出来なくて本当にごめん……っ!」
岳は激しく慟哭しながら、煙に向かって何度も謝罪を繰り返した。
必死に励んだ修行の日々も、会得した四面舞闘戯も、目の前の現実には何ひとつ通用しない。
これまで積み重ねてきた何もかもが無駄であったと、現実に容赦なく叩きつけられる。
煙を守ろうと勇ましく飛び出したその結果が、かえってこの状況を招いてしまったという事実に、岳の精神は崩壊寸前だった。
「がはっ、ふぅっ……大丈夫、なのだ……。案ずるなよ岳っ……これしきの傷……英雄ならばどうってことない……!」
煙は気丈に答えながら、縋るように岳の手を握り返す。
そんなふたりの様子を見て、战斗羊は顔を歪めた。
『フン、この女め……ここまでしても未だ堕ちぬか。人の愚かな尊厳が邪魔だぞ……!』
战斗羊は両目を閉じて考える。
痛めつけても、辱めても、屈しないと言うのなら――
『心の内から犯してやる他ないようだな。意識が混ざるゆえ、あまりしたくはないのだが……』
战斗羊は背中から夥しい量のツタを伸ばし、その先端を自らの肉体へ次々と突き刺していく。
一本、そしてまた一本、羊毛に針を突き立てるように――
盛り上がった肉が内側へと押し込まれ、赤黒い体毛が战斗羊の肉体と絡み合っていく。
山のように巨大だった羊の輪郭は、見る見るうちに潰れて縮まり、やがてひとつの肉塊となって圧縮された。
『誰か……この女の知り合いはいないか……この女をよく知る者は……!』
地の底を這うような声と共に、肉塊が激しく震え始める。
战斗羊は自らの内に、煙を知る骸を見つけたのか――
肉塊は次第に輪郭を整え、頭を、肩を、腕を、脚を、ひとつずつ丁寧に人の形へと作り変えていった。
やがて赤黒い体毛が内側へと巻き込まれ、裏返るように肌色の皮膚が露わになる。
そこに立っていたのは、ひとりの人間。
かつて煙と同じ郷で生きていた、見覚えのある男の姿。
『煙……久しぶりだ……見違えるほどに大きくなったな……』
父と同様、幼い煙の憧れであった五年前の英雄――
楽面遊牙を極めた戦士、周という男そのものであった。
「はぁ……はぁ……っ、周の兄者……!?」
煙は大きく目を見開き、目の前の男を凝視する。
最後に彼の姿を見たのは、煙が十一歳の春。
懐かしい顔を見て、霞んでいた記憶が鮮明に蘇る。
『すごいね、煙は強いよ。本当に夢を叶えたのか。なんだか俺まで誇らしいよ』
「本物なのか? 本当に……本当に周の兄者なのか……!?」
『俺もみんなと同じでさ、英雄様に食べられちゃった。こんなことになるなんて、微塵にも思ってなかったんだ』
战斗羊は煙の胸に顔を寄せ、冷たく濡れた舌を這わせる。
脇腹を撫でる手のひらも、触れる身体の大きさも、何から何まで本人そのもの。
『煙が来てくれて嬉しいなぁ。俺の、俺たちのお嫁さん。言葉を口に出すだけで、心の寂しさが埋まっていく』
「ふぅ、ううっ、やめて……そんな言葉を、兄者の声で……! わたしの耳元で囁かないでぇっ!」
おそらく、無自覚な初恋の人。
その姿で弱点を突かれ、煙の虚勢が剥がれ落ちる。
『わたし……だってさ。可愛い。やっぱり煙は女の子だ』
「かわいくない、かわいくないのだっ! 我は選ばれた英雄なのだ……!」
『出た……我だ、うぬだとか馬鹿みたいな台詞、正直似合ってなかったよ。きみの傍にいた弟の方が身の程をずっと弁えてた』
战斗羊は左右の指で、煙の白い胸に爪を立てた。
なだらかな輪郭をなぞるように、指の腹がわざと胸の先端を掠めていく。
「あふっ……んぅ……っ……!」
途端に、口から甘い吐息が漏れて、煙は咄嗟に唇を噛んだ。
煙の様子がそれまでと違うことは、岳の目から見ても明らかだった。
「煙、そいつは知り合いか……?」
「岳……うぅっ、頼む、見ないでくれ……はぁっ……頼むから、わたしの顔を見ないで……」
大きく見開かれた両の目から、煙は大粒の涙を流した。
気丈に振る舞っていた煙の心が、内側から壊されていく。
战斗羊の律動が再び激しくなると同時に、岳は目を閉じて顔を背けた。
上擦る煙の声をかき消すように、獣のように唸りながら。
そんな岳の姿を見て、战斗羊が怒りで顔を醜く歪める。
『オイッ、誰が余所見しろと言ったァッ!』
战斗羊は鉈のような鉤爪を振り翳すと、煙と手を繋ぐ岳の腕めがけて勢いよく振り下ろした。
薪が割れるような音と共に、鉤爪は岳の左腕――
肘から下を躊躇なく切断する。
「ぐあああああーーーーっ!!!!」
「きゃああああああーーーーっ!!」
自らの手と繋がれたまま、無残に断ち切られた腕を見て、煙は腹の底から悲鳴を上げる。
慌てて両手で雪を掻き集めると、切断された腕をその中へ埋め、岳の切断面にも冷たい雪を押し当てた。
「もうやめてくれっ、岳は関係ないだろうっ!」
『ソイツの存在はこの場を盛り上げるに重要な余興だ。目の前で女を奪われる。英雄であるこの俺に』
「奪うも何も、我は誰の物でもないっ! 我は我のものなのだっ!」
『異性として少なからず好感を抱いてるはず。痴態を曝すのが恥ずかしいから、見ないでなんて言ったんだろう?』
战斗羊から突きつけられる言葉は、どれも煙にとって紛れもない真実であった。
異性、好感、奪う、痴態――
投げかけられた言葉のひとつひとつが、押し殺していた感情を次々と暴き立てていく。
女という立場に揺さぶられる度、煙は己の弱さを嫌というほど自覚した。
初恋の面影に抗えずに、蕩けてしまう自分の顔を、友には決して見られたくない。
英雄を名乗りながらも弱さを捨てきれない自分に、煙はたまらなく嫌気が差した。
「関係ない……岳が見てようが見てなかろうが、我の心は揺らがないのだ!」
これ以上、自分のせいで岳が傷つけられることだけは耐えられない。
友である岳の身を心から案じ、煙は腹の底から叫んだ。
「だから……この男に構うのはもうやめろ! 我にとっても目障りなのだ……っ!」
煙の口から放たれたその言葉に、岳を傷つける意図など微塵もない。
しかし、その言葉が岳の心にもたらしたものは、あまりにも、あまりにも残酷であった。
「――はあぁ……っ……」
岳は深い息を吐き、震える瞼を静かに閉じる。
顔色は酷く青白く、張り詰めていた身体から力が抜けて――
岳は五体を投げ出すように倒れ、雪へと身を伏してしまった。
『あはっ、ははははっ、ああーーははははっ! ぐひゃひゃひゃひゃっああああーーっ!!』
鍛え抜かれた肉体も、他人を愛し思いやる心も――
今の岳には、その何もかもが意味を成さないものに思えた。
茫然自失となった岳の姿を見て、战斗羊が狂笑した。
『あああああ楽じいいいいぃぃーーっ、壊れたっ、雄がっ、雌の言葉でっ! 壊れたっ、壊れた、壊れた壊れたぁぁーーああーはははははぁーーっ!』
全身を激しく悦ばせながら、战斗羊は眼下の煙に襲い掛かる。
煙が悲鳴を上げる間もなく、小さな身体を乱暴に掻き抱くと、容赦なく激しい律動を始めた。
「ぐっ、おおっ……!? ふぅ、う、んあっ、ああぁあーーっ!」
『嬉しいっ、嬉しいっ、私の女っ、俺の女っ……! 俺のために来てくれた……っ、寂しかったぁぁー、ずぅぅっと、ずっとぉぉー……っ!』
战斗羊の背から伸びた大量のツタが、煙を抱くその身体を幾重にも覆っていく。
絡み合うツタは瞬く間にふたりを包み込み、巨大な繭を形作ろうとしていた。
(もう駄目だ……死ぬ……人として完全に終わってしまう……)
激痛に朦朧とする煙の視界は、僅かな光さえ奪われて、たちまち深い闇に包まれていく。
しかし、その時――
「……っ……さんっ、姉さぁぁーーん!」
意識を失う寸前、煙の耳に馴染みのある声が届いた。
「この……声は……」
彼の声を聞き間違えるはずがない――
幼い頃から何度となく、自分を追いかけてきた声だった。
暗闇の向こうから自分を呼ぶ、誰よりも待ち望んだ弟の声。
「……焔……助けに来てくれたのか……?」
战斗羊が上体を起こし、声のする方へ顔を向ける。
煙を覆っていたツタが僅かに緩み、その隙間から一筋の光が差し込んだ。
『なんだぁ、お前は!?』
威嚇する战斗羊を他所に、光を失いかけた煙の瞳に待ち望んだ光景が映る。
天に咲く蒼い薔薇を背負うように、獰植物に跨り、白銀の大地を勇ましく駆ける男の姿が。
――正義の心を持つ战斗羊は、助けを呼べば駆けつけるのだ。
助けを求める声を聞くや否や、黒い髪を風に靡かせ、蹄を鳴らして駆けつける。
それは宛ら、煙が子供の頃に夢見た战斗羊の姿そのものであった。
焔は獰植物の背を蹴って、勢いよく宙へと飛び出す。
「うがあああっ!!!! 战斗羊めッ、姉さんを返せぇぇぇーーーーっ!!」
そのまま固く握り締めた大きな拳を、渾身の力で战斗羊の頬へと叩き込んだ。




