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第47話「幼稚な夢」

 英雄の子らが引き離されて二週間――

 一時は魘されて昏睡状態に陥っていた煙だが、日に日に快方に向かい、身体は元の調子を取り戻していた。


 煙(イェン)は希華(シーホア)が見守る中、寝台から立ち上がって歩いてみる。

 身体に残った違和感がないことを確かめるためだ。


 腹の不快感も、目眩もない。

 量は多く食べられないが、食欲も十分にある。


「ありがとう、希華の姉者。おかげさまですっかり元気になったのだ」


「なんのなんの。キミらの体調を管理するのも立派な私の仕事だからね」


 希華は笑みを零しながら、診察道具を鞄へ仕舞う。

 郷で暮らす煙にとって、鞄の中身は物珍しいものばかり。


 セルエネルギーで動くデバイスや、動画を映し出すタブレット。

 精巧な印刷で仕上げられた人形付きの根付まで――


 どれも桃花郷では手に入らない特別なものだ。

 説明を受けても、それが何なのかほとんど意味が分からない。


 視線に気が付いた希華は、思い出したかのように煙に尋ねた。


「そういえば、煙ちゃん……出発は明後日の明朝だっけ。郷へのお別れは済ませたの?」


「いや……我には親がいないから、別れを告げる相手もいない。家族は弟の焔(ホムラ)だけだ」


 郷へ戻っても待つ人はおらず、当時暮らしていた家も、今となっては他人が住んでいるだろう。

 焔とふたりで気兼ねなく立ち寄れる場所は、父と母との思い出が重なる桃園だけ。


「なぁ、希華……あれから二週間が経つが、焔はいつ戻ってくる?」


「さあね。焔のことは玄慈(げんじ)老師がすべて決めるんじゃないかなぁ」


「焔は今も……何処かで罰を受けているのだろうか……」


「……多分ね。人をひとり殺したんだ。それなりの罰を受けていると思うよ」


 煙は俯き、自身の手のひらをじっと見つめた。

 毎日のように握っていた手の感触が、何故だかあまり思い出せない。


「そうか……最後にもう一度だけ会って、謝りたいと思ったのだがな……」


「……謝る? 煙ちゃんが焔くんに?」


 希華に問われ、煙は僅かに唇を噛む。


「……もともと焔は臆病で、虫一匹も殺せないほど、優しい子供だったのだ。姉者もよく知っているだろう?」


「あの頃の焔くんは可愛かったね。煙ちゃんの後ろにくっついて、おしとやかな甘えんぼうでさ」


 幼い頃の姉弟の姿を思い出したのだろうか。

 希華は懐かしそうに目を細めた。


 対して煙は、寝台に座って俯いたまま。

 表情を深い哀しみに歪め、そのまま顔を上げようとしない。


「焔が人を殺めたのは……きっと、傍にいた我のせいだ……」


「煙ちゃんのせいじゃないよ。焔くんが舞台に上がったのも、善宝を殺したのも、すべて彼自身が選んでしたことだ」


 煙は希華の言葉を遮るように、首を何度も左右に振った。


「いいや。我が焔を自分の夢に巻き込んでしまった。女の我が身の程も知らず……战斗羊(ジャンドゥーヤン)なんて目指したから……!」


「……性別は夢に関係ないよ。誰かに何か言われたの?」


「思えば我は……寂しかっただけなのだ。母上に喜んでほしかった。郷で一番の英雄になれば、天国の母上が笑ってくれると……!」


 幼い頃に抱いた夢は、弟の前で泣けなかった姉の幼稚な強がりであった。


 父という英雄の影を追い、話し方から仕草まで――

 弟の手を引いて進むために、虚栄を纏って過ごしてきた。


「だけど違った……我の手を引いてくれたのは、いつも焔だったのだ……」


 夢を後押しすると言って、文句ひとつ言わず傍にいてくれた。

 いつしか、焔が隣にいることが当たり前となっていた。


 自分から焔の傍を離れたことはあっても、離されたことは生まれて初めて。

 战斗羊(ジャンドゥーヤン)となった今、傍に焔がいないことに煙は強烈な不安を覚えていた。


「虚しいのだ……英雄なんかになったところで母上に会えるわけじゃない……! 隣に大切な人もいない……っ!」


 自分は何のためにここまで歩いてきたのだろうか――

 煙は幼い少女のように、嗚咽を漏らして泣き崩れた。


「煙ちゃん、何も力になれなくてごめんね……」


「ううっ……ふっ……こちらこそ、ごめんなさいなのだ……。みっともない姿を見せてしまって……!」


「焔くんのことで何か分かったら、必ず煙ちゃんに伝えるから。だから最後まで気を強く持って」


 自分には、煙の痛みに心から寄り添うことはできない――

 そう感じた希華は、どこかぎこちない挨拶を交わし、鞄を抱えて部屋から出る。


 そして薄暗い黄昏の中、寒い廊下に座り込む一人の男の姿を見つけた。


「……岳(ユエ)、そんなとこに座って盗み聞き?」


「作った菓子を届けに来ただけだ。ったく……タイミングを逃しちまったぜ」


 呟く岳の傍らには、揚げた芋が乗った皿がひとつ。

 飴を纏った黄色い芋は、サイズがそれぞれバラバラで、手作りなことが窺える。


「鈍感。部屋に入れって言ってんの。煙とふたりで甘いもの食べて、話でも聞いてあげなさいよ」


 同志たちとは別室にされた战斗羊(ジャンドゥーヤン)の傍にいられるのは、他ならぬ青衛護路衆だけだ。


「そう思ってたが……なんだか少し怖いんだよ。弱ってる彼女に少しでも触れたら、俺の病気を移しそうでさ」


「キミが心からそう思う限り、コンセミアは感染しないよ。守りたいという純粋な気持ちを行動原理は裏切らない」


 岳は小さく息を吐き、ぶっきらぼうに頭を掻いた。


「煙に作ったこの芋だって、結局は俺のためなんだ。好きになってもらいたいって……少女みたいな下心だな」


「自分の容姿を顧みな。少女とか言ってて恥ずかしくない?」


「うるせぇ、ただの喩え話だ。今ここに焔がいてくれたら、こんなもの作らずに済んだんだからよ」


 自嘲混じりの言葉を吐いて、岳は暮れていく空を見上げる。

 前へと踏み出せない男にとって、冬の夜はあまりにも長い。


 煙と岳がそれぞれ異なる思いを抱き、焔の身を案じている頃――

 当の本人は本堂の戒壇に監禁されたまま、英雄の務めを強いられていた。


 どれほどの日が経ったのかも、今が朝なのか、夜なのかさえも分からない。

 分かっているのは、毎日決まった時間に三人の女が現れること。


 女の年齢は十代から四十代まで。

 郷で暮らす女たちが総出で通っているのだろうか。


 今のところ、同じ女が二度現れたことはない。


 女たちは鐘の音と共に現れ、水や食事を与えてくれる。

 その後は延々と焔の身体を弄び、再び鐘の音が鳴ると、こぞって郷へ帰っていく。


 そんな日々の繰り返しに、焔はすっかり憔悴しきっていた。

 暴力じみた快楽に、悦びなどは一切ない。


「英雄さん……口を開けて。何か少しでも食べないと、あっという間に枯れちまうよ」


「烏骨鶏(うこっけい)のスープだから、ひとくち飲めば元気が出るよ」


 慢性的な酸欠と疲労で、焔の意識は常に朦朧と霞んでいた。


 鉄の鎖で拘束され、排泄物も垂れ流しのまま。

 抉れて血の流れる首筋には、蛆が数匹湧いている。


 対して、与えられるものは烏骨鶏や人参、冬虫夏草の煎じ茶など、この惨状には不釣り合いなほど高級で精のつくものばかり。

 罰を与えて殺したいのか、生かしたいのか分からない。


「……ごめんね、英雄さん。無理矢理だけど起きてもらうわ」


 呆然としたままの焔を見かねて、郷の女が鎖を引く。

 鎖が喉に食い込んだ瞬間、焔は酷く怯えた様子で瞼を開いた。


「うっ……んううっ、ああっ……はぁ……――」


 まるで躾けられた犬のように、喘ぎながら口を開く。

 女は器を傾けて、焔の口に冷えたスープを流し込んだ。


 喉を鳴らして飲み下すたび、緊張で首筋に汗が伝う。


「ああ、美味しそうだね……烏骨鶏なんて、生まれてから一度も食べたことないよ」


「うちは子供を産んだ時に飲んだなー。丸々一羽を旦那が捌いて、私に飲ませてくれたんだよね」


「羨ましい。うちのは血を見て卒倒してたよ。ほんっと情けないんだからさー!」


 女たちが語る世間話は、この場にそぐわないほど和やかであった。

 旦那や子供の話が多いところを見ると、既婚者も少なくないようだ。


「……どうして……旦那さんやお子さんがいるはずなのに……みんな、なんで僕のとこに来るの……」


 掠れた喉から絞り出すように、焔は疑問を投げかける。

 初めて聞く英雄の声に驚いたのか、女たちは一斉に焔へと視線を向けた。


「あらやだ、可愛い声だこと。英雄さん、私たちのことを気にしてくれるの?」


「大丈夫よ。郷の大人は理解してるわ。ご心配どうもありがとう」


「英雄の子を産むことは、何より誉れある役目だからね。旦那も応援してくれてるし」


 女たちの返答を聞いて、焔は言葉を返せない。

 あまりにも異様な空気に耐えきれず、焔の瞳から涙が零れる。


(心の底から気持ち悪い……そう思う僕は狂っているのだろうか……)


 焔は自身の下肢を見て、屹立したままの己を心の底から軽蔑した。

 気持ち悪いのは自分も同じと、諦めるように目を閉じる。


 食事が終われば、地獄のような英雄の役目が待っている。

 首の鎖を引かれぬように、女にすべて身を委ね、目を閉じてただ耐える時間が。


 すぐさま女が腹の上に跨るが、一体どういうことだろう。

 待てども待てども、一向に女が腰を降ろす気配がない。


「ああ……先が擦れ過ぎて血が出てる。こんな調子じゃ上手くことが運ばないよ」


「それに何だか臭いませんか? 不衛生なのも良くないですし、鎖を解いて洗いましょうよ」


「馬鹿なことを言わないで! 鎖を解いたら私たちが殺されちゃうわ!」


 女たちは暫く言い合い、諦めた様子で梯子を登って戒壇から去っていった。


 水晶灯の明かりが消され、戒壇に漆黒の闇が満ちる。

 焔は安堵の息を吐き、背後の柱に頭を預けた。


(嬉しい……きっと今日はもう終わりなんだ……次の鐘まで安心して休める……)


 仰け反るように顔を上げれば、鎖は喉に食い込まない。

 鎖が引かれる心配のない、誰もいない時だけできる休息の体勢だ。


 水晶灯の消された暗闇の戒壇は、恐ろしいほど静まり返っている。

 聞こえるのは、浅い呼吸と激しい鼓動、蛆が首筋を蠢く音だけ――


 しかし、今日は様子が違う。

 遠くから微かに爆竹の音と太鼓の音が聞こえてくる。


(賑やかな音……もしかして今日は春節かな……)


 今日が祝日ならば、何かしらの理由をつけて女たちが帰るのも頷ける。

 きっと今頃、女たちは自身の家族と共に新年を祝っているのだろう。


 自分の家族と笑顔を交わし、まるで何もなかったように――


(こうして音だけ聞いてると、子供の頃を思い出す)


 霧恩寺に入門する直前、十一歳の春節――

 両親のいない焔と煙のために、郷の大人たちはご馳走を沢山振る舞ってくれた。


 特にふたりの世話を焼いてくれたのは、战斗羊(ジャンドゥーヤン)に選ばれた周(シュー)とその家族。

 周とその妹は揃って焚き火の前に立ち、煙と焔に美味しいスープを作ってくれた。


 羊肉と玉ねぎの浮いたスープは、子供の舌でも受け入れやすく、寒い季節のご馳走だった。


(そういえば、周兄さんにとって……家族との最後の春節だっただろうに。家族の団欒を邪魔しちゃったな……)


 騒がしい楽器の音が、焔の心から恐怖を取り除いていく。

 苦しさに打ち震えることも、身体の痛みに苛まれることもない。


 その日、焔は楽しい思い出に抱かれて、久しぶりに泥のように眠った。

 だらしなく口をぽっかりと開け、小さくいびきをかきながら。


 そうして、どれほどの時間を眠っていたのだろうか――


 ふと口の中に青臭い妙な刺激を感じ、焔は再び目を覚ました。

 驚いて目を開けるなり、口の中のものを床に吐き出す。


「うあ……なにこれ、泡……?」


 清涼感のある初めての味わいに、寝起きも相まって混乱する。

 傍らには、歯ブラシを片手に慌てる女の姿があった。


「ごめんなさい……よく寝てて、起こすのもなんか悪かったから……」


 焔は周囲を見回して、他の女の姿を探す。


「きみ……今日はどうして一人なの? いつも三人のはずだよね?」


「玄慈老師の指示なんです。あなたを商会に渡す前に、身体を清拭(せいしき)してやれって」


 女は水の入ったコップと、小さな桶をそっと差し出す。

 コップの中身は薄緑色で見るからにただの水ではない。


「これは毒?」


「洗口液を知りませんか? 口の中が切れているので、沁みても我慢して濯いでください」


 焔は促されるままに、コップの水で口を濯いだ。

 何日もそのままだった口腔内が浄化されて、久しぶりに人心地がつく。


「……こんな洗剤、初めて使った。口の中がスッキリする」


「桃花郷の外では当たり前のアイテムです。それより、じっとしててくださいね」


 視界の端に大きく揺らめく影を捉え、焔は目の前の女を見上げた。

 そして、予想外の光景に目を見開く。


 女は斧を振りかぶり、今まさに焔に向かって振り下ろさんとしていた。


「――なんだ!?」


「動かないでっ!」


 女が強く叫ぶと同時に、斧は鉄の鎖を断ち切り、柱へと深く突き刺さる。

 その瞬間、焔の身体に食い込んでいた鎖が緩み、音を立てて床へと落ちた。


「はぁ、はぁっ、やった……! よかった、ちゃんと切れた……!」


「…………っ」


 柱に刺さった斧は、焔の肩から僅か数センチの位置で止まっている。

 感激する女を横に、自由になった筈の焔は無言で固まったままだ。


「ううっ……こんなことして何のつもりだ。そもそも、きみは一体誰なの?」


「そうですね。鎖も切れたことですし、そろそろ仮面を取りましょうか」


 女は羊の仮面を取り、焔の前に顔を晒す。


 亜麻色の波打つ長髪に、そばかすの浮いた肌と太い眉。

 決して器量がいいとは言えない、素朴で穏やかな顔立ちだ。


「てへへ……鎖を切るのに失敗したら、仮面を付けたまま逃げてました」


「きみは……選抜試合にいた炊き出しの子……!?」


「正解です。そして、あなたに舌を噛まれた〈最初に乗った女〉です……」


 素朴な笑顔で微笑みながら、女は舌を突き出した。

 縫合痕の残る舌先は、蛇のようにパックリと割れている。


「ああ……舌が……っ、ごめん……僕が噛んじゃったせいで……」


「気にしてません。あなたの居場所を確認して、体よくトンズラ出来ましたから」


「なんだそれ……まるで偵察しに来たみたいだ……」


「その通り。穆焔さん、逃げるので準備してください。今すぐ私と此処を出て、赤羊峰へ向かいましょう」


 郷の大人しい娘かと思えば、随分と肝の据わったことを言う。

 堂々とした頼もしさに、焔の中で徐々に怯えが薄らいでいく。


「逃げるだなんて……そんなこと出来るの……?」


「夜通しの祭りで皆寝てますし、郷の警戒も薄れています。チャンスは今しかありません」


 女は持参した鞄の中から、大きな薄手の外套(ウィンドブレーカー)を取り出した。

 そして焔に羽織らせようと身を屈め、両目を閉じて顔をしかめる。


「何……どうしたの?」


「すみません……っ、穆焔さん。あなたの身体……正直、すごく臭いです……!」


「あっ!? ごめんっ……! ずっと拘束されてたから、お風呂とか全然入ってなくて……!」


 自身の体臭を確認しようと焔が腕を上げたところで、女は後ろへ飛び退いた。

 どうやら自分が思っている以上に、身体から強烈な臭いを放っているらしい。


「このままじゃ逃走に影響が出るかも。一応、予定通りに清拭はしましょう」


「うぐっ……最近したことや、されたことの中で……今が一番恥ずかしいかも……」


 これでも思春期の十六歳――

 年の近い女子から臭いと言われれば、それ相応にショックを受けるのは当たり前だ。


 焔は傍らの手拭いを掴み、桶の水で濡らして絞る。

 そうして、顔から胸、腹や脇を擦るように強く拭った。


 手拭いは血液と皮脂汚れで、あっという間に茶色く変色してしまう。

 慌てて桶で洗ってみるが、水が濁るだけで大して綺麗になる様子はない。


「どうしよう……まだ全身を拭ききれてないのに……」


 これ以上は肌に汚水を塗りたくるだけ。

 女は小さく溜め息を吐いて、鞄から二つの道具を取り出した。


「こんな時こそ文明の利器です。私の私物を使ってください」


 手渡されたのは花柄の絵が描かれた袋と、手のひらサイズの白い筒。


「これが無香料の汗拭きシートで、こっちがドライシャンプーです。私が背中を拭きますから、脇と股間は自分で拭いて」


「わかった。どう手を付けていいか分からないけど……」


「使い方は裏の説明を読んでください」


 女の言葉に従って、焔はおぼつかない手つきで道具を使う。

 液体がたっぷり沁み込んだ紙は、面白いくらい皮脂や汚れを落としてくれた。


 汚れていた身体が綺麗になるほど、心にも少しずつ余裕が戻ってくる。

 その一方で、身体中に残る些細な傷の痛みを自覚するようになっていく。


「いたたたっ、すごく背中が沁みるんだけどっ!」


「ごめんなさい……シートにアルコールが入ってるから……! 褥瘡(じょくそう)にバームを塗っときますね」


 身体を動かして特に感じたのは、筋肉の張りと床ずれの痛み。

 柱や床に当たっていた場所が些細な刺激で酷く痛む。


「待って、床ずれに何を塗ってるの!? きみの言うバームって一体何!?」


「ワセリン、いや……リップって言ってもわかんないか。要は重めの油です!」


 言葉の意味こそ分からないが、悪いようにはしていないようだ。


 ふたり掛かりで身体の汚れを丹念に拭い、下着を付けて、下衣を履く――

 たったそれだけの行動で、焔の全身を激しい疲労と虚脱感が襲った。


 着替えの途中で足が縺れ、何度か膝をついて倒れてしまう。


「大丈夫ですか?」


「うん……ずっと柱に繋がれてたから、身体が動き方を忘れちゃったみたいだ」


 清拭を終えて服を着た焔は、改めて女に向き直った。


「わぁ、なかなか似合ってますよ。前が開いたままじゃ寒くないですか?」


「頑張ったけど閉まらなくて。無理して破くよりはマシかなって」


「オーバーサイズでも駄目でしたか……。でも大丈夫です。見た目は何とかなってますから!」


 励ましの中にやや適当さを感じ、焔は不安そうに眉を下げた。

 女はそんな焔に構わず、柱から斧を引き抜いて戒壇の出口へと歩いていく。


 久しぶりの歩行で転ばないよう、焔も足元を確かめながら、ふらつく足で後を追った。

 そして、女が扉に手を掛ける寸前、焔は女の腕を引く。


「あの……きみの名前を教えてくれない? 知らないと何かと不便だから」


「ええ、もちろん。私は春梅(チュンメイ)――五年前の战斗羊(ジャンドゥーヤン)……周兄さまの妹です」



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