↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/56

第41話「ふたりの護路衆」

挿絵(By みてみん)



 焔(ホムラ)と岳(ユエ)は岩窟を離れ、熊がいるであろう崖へ降りる。

 松明を片手に岩陰を覗いてみるものの、熊の姿は何処にもいない。


「あれ……もぬけの殻だ。さっきまでここから僕たちのことを見てたのに」


「風下に隠れて様子を窺っているんだろう。そろそろ火を消して目を慣らすぞ」


 岳は松明を逆さに持ち、燃え上がる先端を雪に深く突き立てた。

 雪が融ける音と共に、松明の炎は消え失せ、ふたりの周囲に暗闇が満ちる。


「焔、鉄扇にセルを込めておけ。いつ襲われても動けるようにな」


「分かった。この鉄扇にセルを込めるのは初めてだな……」


 鉄扇の骨は暗黒星石(モノリス)で出来ており、セルエネルギーを込めれば仄かな青い輝きを帯びる。

 月明かりの届かない闇の中では、鉄扇が放つ青い光が唯一の頼りであった。


 ふたりは一定の速度を保ったまま、木立の合間を縫うように歩く。


「……実にもどかしいね。姉さんのいる拠点から出来るだけ距離を取りたいのに」


「開けた場所を駆け抜けてみるか? たちまち熊の餌になるぞ」


 木立の中を歩くのは、もしもの時に木々を障壁として利用するためだ。


 自然の盾と舞動作で、動きの素早い熊を少しでも翻弄する――

 おそらく岳は、そう考えているのだろう。


「しかし焔……煙(イェン)のために青衛護路衆(せいえいごろしゅう)を目指していると言ったよな。お前自身は战斗羊(ジャンドゥーヤン)を目指す気はないということか?」


「僕は姉さんほど完璧じゃない。姉さんにとって穆焔(ムー・イェン)は、謂わば影のような存在なんだ」


「テメェが影ねぇ。それがお前の自己評価か?」


「うん……それに比べて、姉さんは何もかもが完璧だよ。僕の理想と憧れであり、導いてくれる光なんだ」


 焔は胸に手を当て、切なげな声と共に熱い吐息を小さく漏らす。


「――そう……まさに伝説の生き写し。僕はそんな姉さんを、心の底から愛してる」


「穆燎(ムー・リャオ)の英雄伝説か。煙が目指すなら応援するがよ……俺がお前の立場なら、きっと逆のことを思うだろうな」


「逆? どういう意味?」


「好きな人には安全な郷で、幸せに暮らしてほしいもんさ。出来ることなら俺だって……赤羊峰(せきようほう)から幸せな郷をいつまでも眺め続けたかった」


 岳の言葉を聞いて、焔はその意味を考える。


 煙が战斗羊(ジャンドゥーヤン)にならない未来――

 桃の花が咲く長閑(のどか)な郷にて、慎ましく平穏に暮らす日々。


 好奇心旺盛な煙ならきっと、仲間と共に商いを始めるかもしれない。

 郷の誰かと恋に落ちて、子供を何人も産むかもしれない。


(その時……僕はどの位置から、姉さんを見つめているのだろうか……)


 おそらく自分は、煙が築く家族の中にはいられない。

 想像しただけで焔の胸を締め付けるような痛みが走った。


 焔の表情は苦悶と怒りに歪み、口から低い唸りが漏れる。


「焔? どうした、まるで鬼みたいな顔してんぞ」


「いや……急に凄く恐ろしくなった。そんな未来は今まで一度も、考えたことがなかったから……」


「……お前、それ本気で言ってんのか? 煙のこと何だと思ってんだよ」


 岳がそう呟いた瞬間、後方で枝が音を立てて折れる。

 ふたりは思わず振り返るが、背後の暗闇には何もいない。


「なんだ……今後ろから音がしたけど」


「足を止めるな! とにかく歩き続けるぞ!」


 再び前を向き、一歩踏み出したその瞬間――

 突然現れた黒い壁に、ふたりは進路を阻まれる。


 いつの間に回り込まれていたのだろうか。

 殺気を放つ巨大な熊が、牙を剥いてふたりを見下ろしていた。


「――哀面慕影(あいめんぼえい)ッ!」


 岳と焔は咄嗟に身を翻し、振り下ろされた前足を躱す。

 そしてふたりは鉄扇を素早く開き、両側から挟み込むように熊の身体を切りつけた。


 毛皮が裂けると共に飛沫が上がり、霧雨のように周囲へ降り注ぐ。

 その瞬間、焔は妙な違和感を覚えた。


(……なんだこの香りは!? 熟れた桃のような甘い香り……!)


 焔は黒い鉄扇の切っ先を指でそっとなぞってみる。

 指に付いたのは血液ではなく、甘く香る透明な液体。


「岳ッ、無闇に切りつけても無駄だ! 敵は熊でなく獰植物(どうしょくぶつ)だ!」


「なに……っ、獰植物だと!?」


 木立に差し込む月明かりが、熊の全貌を浮き彫りにさせた。

 穴という穴から植物が芽吹く異様な姿は、まるで怪物そのもの。


 鋭く尖った黒いツタが、熊の全身に深く食い込んでいる。


「おそらく身体に食い込むツタが、熊の筋肉を操ってる!」


「操り人形というわけか。俺が一気に刈ってやるよっ!」


 岳が死角へ潜り込み、熊の肩を一閃する。

 鉄扇は肉を裂くのみで、鎖のように頑丈なツタはビクともしない。


「駄目だ岳、楽面遊牙(らくめんゆうが)ではツタが裂けない!」


「想定済みさ! 喜面紅宴(きめんこうえん)ッ!」


 開いていた鉄扇を素早く閉じ、岳は幾度も激しい刺突を繰り返す。

 肩に食い込んでいたツタが切れ、腐った右腕が支えを失い、音を立てて地面へ落ちた。


「喜面紅宴……その技はまだ型を浚っただけのはず!」


 四面舞闘戯のひとつ、喜面紅宴――

 舞いながら急所へ刺突を繰り返し、激痛によって相手の動きを封じる戯だ。


 相手を素早く切り裂く楽面遊牙とは異なり、優雅さよりも殺傷力を重視したトドメの一手。

 舞動作に合わせて大量の血飛沫が吹き出ることから、紅宴という名が付けられている。


「臆するなよ、焔! 本気を出す絶好の機会だ! 同志相手にゃ舞えない戯を、ここで試してみたくはないか!?」


「同志相手には舞えない戯を……!?」


「こちとら、お前の本性は分かってんだぜ! お前が手合わせを嫌うのも、煙以外との仕合いを避けてんのもっ!」


 岳は鉄扇の切っ先を、焔の顔へと突き付ける。


「煙以外の人間に、興味や関心なんて無い! 誰かを殺めてしまうかもしれない、そのウッカリが怖いんだろうっ!」


 胸の内を言い当てられ、焔の心臓が大きく跳ねる。

 自分が抱えていた悩みと恐怖が余すことなく言語化され、焔の心には得も言われぬ喜びのような感情が満ちた。


「岳……キミは凄いよ。そこまで言ってくれるなんて、まるで僕の友達みたいだ」


「ははっ、殺しても誰も咎めねぇぜ! 熊はもうとっくに死んでんだからよぉっ!」


 焔は開いていた鉄扇を閉じ、腰を落として構えを取る。

 攻撃を喰らって怯んだ熊は、傍らに立つ焔に意識を向けた。


 熊は唸りを上げながら、焔に向かって突進する。


「……哀面慕影!」


 焔は迫り来る前足を寸前で躱し、木々の合間を縫って熊の死角へと舞い込む。

 そのまま懐へ潜り込み――


「――からの……喜面紅宴ッ!」


 天を穿つような勢いで、焔は熊の無防備な腹に鉄扇を幾度も突き立てる。

 熊の腹はあっという間に蜂の巣となり、開いた穴から植物の根が蜜液と共に零れ落ちた。


 熊の身体から帯状のツタが触手のように伸びて蠢く。

 もはや目の前の存在を、熊と呼んでいいのかさえ定かではない。


「岳……僕は分かってしまったかもしれない。この山籠もりの目的が!」


「ああ、霧恩寺にとって今の事態は想定内だ! じゃなきゃあらかじめ型を浚う意味なんて無ぇっ!」


 ふたりは再び身を翻し、熊の死角を縫うように周囲を駆けて舞った。

 熊から飛び出たツタを刈り、内に潜む獰植物の本体を狙い、切っ先を幾度も突き立てる。


 しかし、刈った傍からツタは際限なく伸び続けた。

 ひしめくツタは装甲のように熊の全身を覆っていく。


「駄目だっ、全然効いてないみたいだよ! 花托を断ち切らなければ埒があかない!」


「そうは言ってもよぉ、毛皮が厚過ぎて攻撃が本体まで届かねぇよっ!」


「どうにかして、熊の皮を剥げないものかな。獰植物に刃を届かせる策は――」


 思案しながら舞っていたせいか、焔はふいに地面を這うツタに足を取られる。


「うわああっ!」


「焔っ!?」


 焔はバランスを失い、ひしめくツタの中へ倒れ込んだ。

 転ぶのを待っていたと言わんばかりに、焔の全身を黒いツタが瞬く間に絡め取る。


 慌てて立ち上がろうと身を捩るが、焔が必死に藻掻くほど、ツタはきつく締まっていく。


(不味い……っ、起き上がるどころか抜け出せない!)


 このままではいけないと分かっていても、鋭い棘が食い込む痛みに身体がどうしても強張ってしまう。

 締め上げられるたびに全身の傷口から血が吹き出す様は、まるで雑巾搾りである。


「ふぐっ……うっ、ぐあぁぁーーっ!!」


「――ったく、仕方ねぇなあっ!」


 岳は閉じた鉄扇をナイフのように使い、焔に絡みついた細いツタを次々と断ち切っていく。

 そして焔の腕を掴み、ツタの中から抱き上げるように引き摺り出した。


「ボサボサしてっから絡まれるんだっ! 次は助けねぇからなっ!」


「げほっ、けほっ! ありがとう……口から内臓が出るかと思った……!」


 激しく咳き込みながら、焔は何とか立ち上がる。

 込み上げる吐き気を堪えるうちに、焔の脳裏にひとつの案が舞い降りた。


「そうか……剥がれないなら出せばいいのか。熊の中から獰植物を」


「出すだと? 口に腕でも突っ込むってかっ!?」


「いや、哀面派生の怒面を使う。実戦で使うのは初めてだ」


「怒面……!? ボサッとしてるお前なんぞに、怒りの感情が乗せられるのかっ!?」


 天を揺蕩う蒼い薔薇に向かって、焔は鉄扇の切っ先を向ける。


「……怒面へ転ずる舞動作は、哀面慕影の境地と同じ」


 哀面慕影は焔が最も得意とする馴染みの戯である。

 焔は切なげに眉を顰め、膝を崩して身を翻した。


 そして髪を風に靡かせ、木立の合間を右へ左へと舞い惑う。

 その仕草は、まさに恋慕を抱く乙女の姿そのものであった。


 焔のあまりの妖艶さに、その姿を見た岳まで思わず生唾を飲む。


(思えば僕は……ずっとずっと哀しかった。ひとつの魂をふたつに分かち、不完全に生まれたことが……)


 穆煙と穆焔のような、男女の一卵性双生児は極めて稀な存在である。

 通常、一卵性双生児はひとつの受精卵から分かれるため、染色体上の性は同じ。


 しかし、ごく稀に片方のみの性染色体に変化が起きることで、表現型の性が異なる双子が誕生することがある。


(おそらく僕が胎内で、姉さんから大切なものを悉く奪ってしまったんだ。僕さえ存在しなければ、姉さんは完璧であったはずなのに)


 母親の腹の中で分かれずに、ひとつの存在として生まれることが出来たなら、それはどれほど幸せなことであっただろうか。


(出来ることならひとつになりたい。身も心もドロドロに溶けて、姉さんとひとつに混ざりあいたい)


 桃花郷に生まれた伝説の子。

 才能溢れる勇敢な穆煙(ムー・イェン)――


 穆燎の一人息子であり、伝説を継承する尊い存在。

 それは焔が考える、最も完璧な英雄の姿。


(だから僕には責任がある。欠けてしまった姉さんを……完璧にする責任が)


 常に姉のために生きて、傍に寄り添い、力となり、同じ世界を眺め続ける。

 それが焔の存在理由で、生きる目的そのものであった。


「姉さんの未来を阻む者は、僕が絶対に許さない」


 蜃気楼のように揺れる舞動作は、見る者の恐怖を募らせる。

 着実に距離を詰める動作は一見〈哀面慕影〉のようだが、込められた念に違いがあった。


(無論それは、姉さん自身にも言えることだ。長閑な郷で幸せに暮らす……? そんな未来は相応しくない。英雄じゃない姉さんなんて!)


 相手を慕い縋るようでいて、心の奥に怨嗟を募らせ、やがて決して逃がさぬ執念へと変わる。

 死角を辿る虚ろな舞いは、獲物を死地まで追い詰める様――


「逃がさない……! 姉さんは……完璧になる責任がある……!」


 静かにそう告げるなり、焔は両脚で大地を蹴った。

 瞬く間に熊との距離を詰め、熊の背中に鉄扇を深々と突き立てる。


『ウゴァアアアーーーーッ!』


 突然の衝撃を受け、熊の身体が大きく仰け反る。

 その隙を逃さず、焔は両腕を熊の首へ回し、両脚を胴体へ絡ませた。


「四面舞闘戯――! 怒面地獄門(どめんじごくもん)ッ!」


 そして全身に力を込めて、体内に潜む獰植物ごと熊の身体を締め上げる。


『グアアッ!? ガフ……ッ、ウッ……ガアアアッ!』


 加えられる圧力に、本能で危機を察したのだろうか。

 熊は焔を振りほどこうと、その場で激しく暴れ回った。


 突進を繰り返して木々を倒したかと思えば、縋りつく焔を圧し潰すように背中から勢いよく倒れ込む。


 しかし焔は全身の力を一切合切緩めない。

 まるで縄のように両腕を食い込ませ、熊が暴れる動作に合わせて首を強く締め上げていく。


「無駄だ……っ、何があっても離さないぞ! ここがお前の地獄の門だっ!」


 燃え上がる怒りの感情と共に全身へ血が駆け巡る。

 筋肉は硬く膨れ上がり、力が際限なく高められていく。


 これが四面舞闘戯の奥義のひとつ、怒面地獄門――

 数ある戯の中でも異彩を放つ締め技である。


 舞動作としては、哀面慕影の発展形。

 敵の死角へ入り込み、羽交い締めにして拘束する技だ。


 他の戯と決定的に異なるのは、怒面に限って舞って見えるのが敵の方であること。

 苦しみ藻掻く敵の姿が、まるで地獄へ引き摺られていくように見えることから、この戯は地獄門と名付けられた。


「正気かよ焔……っ! 人間相手ならまだしも、相手は熊で獰植物だぞ!?」


「分かってる! だけど僕には、こうする以外に他はないっ!」


 少し締めれば簡単に落とせる人間と違い、敵の身体は何倍も強く頑丈である。

 舞によって鬼に成りきり、筋力を向上させているとは言え、熊を締め落とすのは不可能に近い。


「ふぅっ、ぐううっっ! 隠れてないで表へ出ろおぉぉーーっ!」


 焔が力を込めるほど、全身の傷口から熱い血潮が滝のように溢れ出す。

 紺碧の道着は黒く染まり、全身の筋肉が軋みを上げる。


「焔……っ、なんて野郎だ……! このままじゃお前が死んじまうぞ……っ!」


 初めて目の当たりにする壮絶な戯を前に、岳は恐怖に慄いた。

 全身を赤黒く染め、髪を振り乱して叫ぶ姿は、まるで狂暴な化け物のよう。


「はぁっ、はあっ、ぐっ……うああああああーーーーっ!」


 断末魔のような雄叫びと共に、焔は上体を仰け反らせる。

 その瞬間、焔の全身から血飛沫が上がり、熊の口から醜い花托が勢いよく飛び出した。


「く……っ、出たぁっ! 今だ岳ッ、獰植物の首を落としてくれぇぇーーッ!」


「――お、応っ!」


 岳は鉄扇を振りかざし、獰植物へと跳び掛かる。

 狙いは首と胴とを繋ぐ、剥き出しになった花托。


「喰らえ化け物め! 楽面遊牙ッ!!」


 すれ違いざまに薙ぎ払うように、岳は大きく一閃した。

 蒼く輝く光の筋が空間を駆け抜けると共に、花托は見事に一刀両断された。


 獰植物の首は勢いよく舞い上がり、音を立てて地面へと落ちた。

 それを見た焔は力尽き、仁王立つ熊の背中から雪の上へと落下する。


「おい、焔っ! 大丈夫か!?」


「はぁ……はぁ……熊は……っ!?」


 首を落とされた獰植物は、みるみる内に黒い粒子へと姿を変えた。

 天上に揺蕩う薔薇の元へ自ら帰っていくかのように、黒い粒子は風と共に、白む空へと舞い上がる。


 熊はというと、本体を失ったことで物言わぬ静かな亡き骸となった。

 分厚い毛皮だけを残し、内臓も肉もドロドロに溶けて、雪の中へと染みていく。


「どうやら無事に倒せたようだな……」


 岳はふらつく頭を押さえ、熊の元へと歩み寄る。

 残された僅かなツタの中に、人間の白骨が砕けた状態で散らばっていた。


 この骨はおそらく、同志である林のものだろう。

 彼の肉体も熊と共に雪へと溶けてしまったようだ。


「よう、林……随分さっぱりしたもんだな」


 岳はツタの中から骨を拾うと、懐から手拭いを取り出して丁寧に包む。

 そして、傍らに横たわる焔の元へ静かに歩み寄った。


 焔は起き上がる様子もなく、四肢を大地に投げ出したまま荒い呼吸を繰り返している。


「おい焔、生きてるか? そんなに血だらけで大丈夫かよ」


「大丈夫じゃない……全身痛くて動けないや……。この調子だと、僕もこのまま下山(リタイア)かな……」


「ははっ、あんだけ筋肉を酷使したらな。だが……獰植物を倒したんだ。最悪、破門にはならないだろうよ」


 霧恩寺の同志を食った熊を――

 否、熊の皮を被った獰植物を、ふたりの力で倒したのだ。


 新たな獰植物が郷へと降りてこない限り、これ以上の成果は望めないだろう。


 ふたりは暫しその場で横たわり、疲労困憊の体を休めた。

 天上の青い薔薇を見つめていると、崖の上から大勢の人の声が聞こえてくる。


「焔ーーっ! 岳ーーっ! 生きてるかぁーーっ!?」


 溌剌としてよく響く声。

 顔を見なくても誰の声だかよく分かる。


 煙が仲間を引き連れて、ふたりの元へ駆けて来たのだ。

 助けが来た安心感で、岳と焔の表情に笑顔が戻る。


「見ろよ……未来の战斗羊(ジャンドゥーヤン)がお出ましだぜ。相変わらず煩ぇ声だ」


「うん。姉さんの声を聞いて安心した。戦いを終えた実感が湧くよ……」


 焔は岳と共に途中棄権という形で、煙よりも二ヶ月ほど早く下山した。


 ふたりが战斗羊(ジャンドゥーヤン)となる道は、完全に閉ざされてしまったが――

 煙を守るという目的を遂げた男たちの心は、春の空のように晴れやかだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。