第4話「眠りの森とコンセミア」
ラミウは子供たちを引き連れ、眠りの山へと向かった。
診療所を出て、敷地の外縁を回り込むように進むと、密林へと続く地下階段がある。
この地下階段は、ディガンマが薬草を採りに行くための〈抜け道〉として使っているものだ。
子供たちが勝手に入らないよう、一定量以上のセルを流さなければ、出入り口の扉が開かない仕組みになっている。
「焦らないで、ゆっくり降りよう。濡れているところは滑りやすいから気を付けてね」
密林への抜け道は、他の地下路よりも狭い。
一定の間隔で点在する換気窓から日光が差し込むものの、内部は薄暗く不気味だ。
ラミウは子供たちに声をかけて励ましながら、慎重に階段を降りていく。
全員とは手を繋げないため、ブラックアックスを横向きに下げて持ち、その長い柄を子供たちに掴ませた。
「ラミウお姉ちゃん、ムカデごっこみたいでおもしろいねー!」
「こらこら、後ろから揺らさないの。バランスを崩して転んだら大変でしょ?」
そうして一時間ほどで階段を降りきり、眠りの山の麓へと辿り着いた。
「みんな、外に出る前にお約束するよ。ハッチを開けても飛び出さない。私の傍から離れない」
「はーいっ、飛び出さなーい! ラミウお姉ちゃんから離れなーい!」
子供たちは声を揃えてラミウの言葉を繰り返す。
ラミウは頷くとハッチを開け、出入り口付近に獰植物がいないかを確認した。
遠くの木陰に、小型の獰植物が横たわっている。
四肢を日向に投げ出し、眠りながら光合成しているようだ。
日が昇っている間は、獰植物の気性は穏やかである。
こちらから刺激しなければ、滅多なことでは襲ってこない。
ラミウは振り返り、子供たちに釘を刺す。
「獰植物が近くでお昼寝してるから、大声を出したり、刺激したら駄目だからね」
「はーいっ、わかったー!」
「だから大声は駄目だってば!」
「はぁい……わかったー……」
ラミウは子供たちを地下路から出し、しっかりとハッチを閉める。
そして再び子供たちを誘導しながら、小道に沿って目的地へと向かった。
地下路を出てから数分歩くと、巨大なバオバブの木々が視界に広がりはじめる。
子供たちは数あるバオバブの中からシャーンティ診療所の看板を見つけ、皆一様に飛び上がった。
「見てっ、ラミウお姉ちゃん! 診療所の木はあれだよ!」
「診療所の印だ! 導の星が書いてあるよ!」
看板には、凹三角形が交差した六角形の幾何学シンボルが刻まれていた。
文字の読めない子供たちのために、ディガンマが用意した目印なのだろう。
独特な形をしたこの星を、ディガンマは〈導の星〉と呼んでいる。
詳しい意味や由来は、ラミウ自身も知らない。
「お父さん、お母さん!」
ラミウの手を振り解き、リヴが勢いよく駆けだした。
それに釣られて、他の子供たちも後を追う。
「もー、離れないって約束したのに。……でも、仕方ないかぁ」
バオバブの洞の中には、子供たちの家族が安置されている。
恋しさのあまり、我を忘れて駆け込むのも無理はない。
ラミウは小さく身をかがめ、バオバブの洞へと入る。
洞の中は一定の湿度が保たれており、昼間にもかかわらず、蒼い光で満たされていた。
光の源は、洞に安置されたコンセミア――
開花して眠りについた者たちの身体が、絶えず発光しているためだ。
バオバブが吸い上げる大地のセルを享受しているからだろうか。
安置されたコンセミアは、まるで呼吸するかのように、一定の間隔で明滅を繰り返している。
「お父さん、お母さん……アナーヤ姉ちゃんの元気がないんだ」
リヴは母の胸に縋り、祈るように何度も呟く。
「アナーヤ姉ちゃんを見守って、どうか力を分けてくれよ。姉ちゃんがいないと僕……寂しいよ……!」
他の子供たちも同様に、各々の家族に縋りつき、瞳に涙を溜めて甘えていた。
あまりジロジロ見ては悪いと、ラミウは子供たちに背を向けて、洞の入口に腰掛ける。
(こんなこと……とても口には出せないけれど、縋れる身体が残っているのは羨ましいな)
墓参りとも、面会とも違う、不思議で穏やかな時間だ。
コンセミアは弱き者なりに進化し、この世界に適応するため、自らの在り方を変えているに過ぎない。
コンセミアたちを胎内に抱くバオバブの木は、黄金柱ほどではないにしろ、獰植物の嫌がる波動を放ってくれる。
ここに眠るコンセミアたちは、自らの形と生き方を変え、ベレナスで暮らす子供たちを守っているのだ。
ラミウはしばらく膝を抱えて呆然としていた。
ふと、遠くから轟音が近づいてくるのを感じて、咄嗟に空を見上げる。
「CR機……? 一体どうしてこんな所に」
中型の回転翼機が唸りを上げながら、滑るように降下してくる。
「まさかここに降りるつもり!? みんな、集まって奥に隠れて!」
ラミウは子供たちを呼び集めると、一か所にまとめ、洞の奥へと誘導する。
そうして、ブラックアックスを後ろ手に握り、慎重に外を注視した。
(STXの文字に羊のマーク……軍用機で間違いない……!)
不審な回転翼機は、バオバブの木から少し離れた場所へと降りた。
セルローターが停止すると、翼はゆっくりと回転を止める。
操縦席のハッチが開き、異質な容姿の男女が二名降りてきた。
頭から天へ高く伸びた大きな耳。
顔面から突き出た長いマズル。
全身を毛で覆われた姿は、どこからどう見てもキツネそのものだ。
「お姉ちゃん、ネオフェネックだ! 僕、本物を初めて見た!」
「リヴ、静かに……! ちゃんと奥に隠れててよ!」
ネオフェネックとは――
〈人類の友なり得る新たなる存在〉として、サンテックス軍がこの世に生み出した砂キツネの亜人である。
キツネに見えるからといって、彼らを動物扱いしてはいけない。
ネオフェネックは〈人種〉のひとつであるため、迂闊な言動は差別となる。
「ふえー、尻尾の付け根がめっちゃ痛ぁーい。これだからCR機は最悪だわー」
「ワガママ言うんじゃねぇよ、ルウナ。この機体はビンテージ物の愛機なんだぜ?」
ネオフェネックの男女は、地面に降りるなり周囲を見回す。
「ねー、こんな辺鄙な所に燃料なんて本当にあるのー? そのレーダー壊れてんじゃない?」
片方のネオは、ふわふわの髪をひとつに括った華奢な少女――
年頃はラミウと同じくらいだろうか。
「うるせぇっ、間違いねぇんだって! この近くから強いセルエネルギー反応が出てる」
もう片方のネオは、毛を短く刈り上げた厳つい男――
身体が大きく、年齢は少女よりもずっと上に見える。
「あー、やだやだ。バイトだからってこんなオジと組まされてさ。早く退勤押したいよー」
「それならさっさとエネルギーの出どころを探せ。バオバブの洞が怪しいな……ちょっと見てくる」
ネオフェネックの男が、洞へ向かって歩き出す。
「ラミウ姉ちゃん……あのおじさん、こっちに来るみたいだよ?」
「大丈夫。すぐにディガンマ先生を呼ぶからね」
ラミウはアクセデバイスに触れ、側面の緊急連絡スイッチを長押しする。
「これでよし……! 私が時間を稼ぐから、リヴはこのまま他のみんなと隠れてて」
ラミウは自らの武器であるブラックアックスを構え、ネオフェネックたちの前へ飛び出した。
「あんた達、そこで止まりなさい! こんな所へ何しに来たの!?」
ネオの男は足を止め、低く唸りながら目の前のラミウを睨みつけた。
一方でネオの少女は、手のひらサイズのスマートデバイスを弄ったまま、ラミウに視線すら向けない。
「なんだぁ、このガキ。軍人に武器なんか向けやがってよぉ」
「やばー、このオジめっちゃ調子乗ってる。軍人っつってもアンタ末端もイイトコでしょー」
「黙れルウナ! 非協力的だとオーナーに文句を言いつけるぞ!」
ラミウは男越しに、ルウナと呼ばれた少女を見る。
彼女の話しぶりを聞く限り、敵なのか味方なのか分からない。
少女はバオバブを背に、何かを撮影しているのだろうか。
スマートデバイスを頭上に掲げ、音楽に合わせて踊っている。
「ルウナって子に聞くわ! あなたはこの男の味方なの!?」
ラミウは遠くの少女に向かって、腹から声を張り上げた。
少女はデバイスの電源を切り、面倒くさそうに振り返る。
「あたしー? 味方っつうかー、バイミーで組んだバイト仲間でー、正直知り合い未満かなー?」
「バイミーで組んだ……バイト、仲間……?」
「バイミー知らない? アプリ登録するだけでー、即日参加の短期バイトが探せるの」
常識のように語られる未知の情報に、ラミウの脳は反応しきれず混乱する。
「つまり……あなた達はバイトでここに来たってこと? 軍の回転翼機に乗って?」
「CR機はオジの私物。あたしらさー、オーナーに頼まれてセルの燃料を探してるんよー」
ルウナがそこまで話したところで、ネオの男が低く吠えた。
「ルウナ! ペラペラと身の上を話すんじゃねぇっ!」
「よく分からないけど……あなた達はルウナとオジって名前なのね」
「俺の名前はオジじゃねぇっ!」
ふたりの会話を聞いていたルウナは、遠くで手を叩いて大笑いしていた。
「くっくっく、やぁーはははっ! あの子っ、オジのことを名前だと勘違いしてる~っ!」
何が面白いと言うのだろうか、ラミウにはちっとも分からない。
「……たく、どうでもいいさ。俺は仕事を続けさせていただくぜ」
オジと呼ばれた男はラミウを押し退け、再び洞へと向かっていく。
「お前がここから飛び出して来たってことはよぉ、燃料はこの中にあるんだろう?」
「あっ! 勝手に中に入らないで!」
ラミウの制止を無視して、オジはついに洞の中へと一歩足を踏み入れた。
「おおっ、やっぱり大量にあるじゃねぇか! セルエネルギーの源がよう!」
「変なこと言わないで! ここに安置されているのは、みんな元は人間なんだよ!?」
オジはコンセミアを両手で抱え、次々と外へ運び出す。
「おいルウナ、CR機のトランクを開けろ! 燃料をオーナーに届けるぞ!」
「うげ、何ソレ。よく見ると人の形してんじゃん。それって本当に燃料なの?」
その様子を隠れて見ていたリヴが、洞から飛び出し、オジの足に縋りついた。
「やめろぉっ! 僕の父ちゃんと母ちゃんを連れていくなぁっ!」
「なんだぁ? 汚い手で触んじゃねぇぞ、このクソガキがぁっ!」
オジは脚を思い切り振り、リヴを地面へ叩きつける。
そしてあろうことか、地面に転がったリヴに向かって、両手に持ったコンセミアを投げつけた。
「うっ、うわああっ!」
硬質化したコンセミアは、まるで重たい柱そのもの。
無言の父母に押し潰される形で、リヴはそのまま気を失ってしまう。
「子供相手になんて酷いことを!」
ラミウはすぐさま駆け寄り、父母の身体をリヴの上から退けた。
そしてブラックアックスを握り、怒りのままに声を張る。
「ブラックアックス――エンゲージ!」
黒い持ち手から切っ先へと、ラミウの闘志が光となって迸る。
ラミウから放たれたセルエネルギーは蒼い刃の斧となり、真っすぐ男へと向けられた。
「怖いもの知らずの小娘が、痛い目見ても知らねぇぜ!?」
オジも唸って牙を剥き、全身の毛を逆立たせる。
瞬間、ラミウは殺気を感じ、上空へ高く跳躍した。
「ガウウッ!」
そして低い唸りと共に、オジが捨て身で突進する。
幸い、真上に飛び上がっていたため、正面からの衝突は免れた。
「なんだぁ、その跳躍力はぁ! テメェまさか強き者かぁ?」
落下の勢いを利用して、ラミウはブラックアックスを振り下ろす。
オジはすぐさま後ろに飛んで、アックスの衝撃範囲から逃れた。
「んなもん当たらなきゃぁ、どうってことねぇんだよっ!」
オジは両手を地に付けて、四つ足で駆ける獣のように、ラミウの周囲を駆け回る。
(どうしよう……つい、うっかりで飛び跳ねちゃった)
開幕早々、ラミウは手の内を明かしてしまい、どう戦うか迷いあぐねる。
(子供たちの前で人を殺したくない。出来れば穏便に済ませたい!)
無暗に飛び上がれば、着地を待ち構えられてしまう。
ラミウはアックスを構えたまま、オジの動きを必死に目で追った。
「来ないなら俺から仕掛けるぜ! たっぷり咀嚼してやるよっ!」
オジは四肢で大地を蹴り、一瞬でラミウと間合いを詰める。
咄嗟にラミウは両腕を前に伸ばし、アックスの柄をオジの口に押し込んだ。
「ッ、ハガぁっ!?」
暗黒星石の硬い柄が、オジの犬歯を粉々に砕く。
堪らずオジはラミウの腹を蹴り飛ばし、アックスの柄を口から外した。
「げほっ、けほ……っ……はぁ、はぁ……!」
蹴られたラミウは咳き込みながらも、斧を構えて攻撃に備える。
オジも口から血を垂らし、砕けた歯を地面に吐き出した。
「クソ……っ、大切な歯がこの有り様だ。こいつは慰謝料が高くつくぜ」
歯が欠けたことで怒りの頂点に達したのか、オジは地面の岩を両手で掴み、頭上に高々と持ち上げる。
「どいつもこいつも舐めやがって……これだからメスガキは嫌いなんだよぉっ!」
「はぁ、はぁ……そんな物を投げたって無駄だよ。私には絶対に当たらない!」
「確かにテメェにゃ当たらねぇさ。だが、こっちならどうだっ!」
オジはあろうことか岩を洞に向けて投げつけた。
ラミウの視線は岩を追い、洞へと釘付けになる。
あのサイズの岩がコンセミアに当たれば、硬質化した身体は粉々に砕けてしまうかもしれない。
逸れて運悪く子供たちに当たれば、とてもじゃないが大怪我では済まないだろう。
(ここから洞へ跳躍しても、岩の落下には間に合わない……!)
ラミウが絶望すると同時に、視界の隅で影が動く。
「――クソオジが。これは流石にライン越えでしょ」
やる気のない呟きと共に、ルウナが電光石火の如く洞の前へと滑り込んだ。
「セルデバイス、じーじの孫の手―― エンゲージ!」
いつの間に装備したのだろうか、ルウナの両手には黒い鉤爪。
蒼い十条の光の筋が、岩を粉々に掻き砕く。
「ラミウだっけ? 後ろ、来てるよ」
「――はっ!」
ルウナの言葉を受けて、ラミウは咄嗟に身を翻す。
その瞬間、先ほどまで立っていた地面に、オジの拳が深々と突き刺さった。
(岩に気を取られて気づかなかった……!)
ルウナの一言が無ければ今頃――
想像して恐怖を感じながらも、ラミウはオジに生じた隙を見逃さなかった。
「うああああーーーーっ、食らえぇーーっ!!」
ラミウはすぐさま大地を踏みしめ、オジの両脚をブラックアックスで切りつける。
一瞬の沈黙の後、切られたオジの太腿から、大量の血液が音を立てて噴き出した。
「ギャアアァーーッ、イぃぃデェェェェーーッ! コイツっ、マジで切りやがったぁっ!」
オジは膝から崩れ落ち、両手で太腿の傷を抑える。
しかし、傷が深いのか血は一向に止まらない。
「はぁ、はぁっ、クソっ……眩暈がしてきた……っ、とてもじゃねぇが、割りに合わねぇ仕事だぁっ!」
オジはそのまま四つん這いになって、血の帯を引きながらセルローター機に乗り込む。
回転翼は再び低い唸りを上げて、CR機は上空へと舞い上がった。
「チクショウっ、覚えてろよ! いつか報復してやるからなぁっ!」
恨み言を吐きながら、オジを乗せたCR機は眠りの森を去っていく。
「はぁーっ!? あのオジ、あたしを置いて帰ったんだけどー!?」
残されたルウナは両手の中指をピンと立て、空に向かって強く掲げた。




