第37話「英雄の子」
穆姉弟が生まれた桃花郷は、険しい山々に囲まれた谷間の集落――
郷は一年を通して深い霧に覆われており、晴天の日でさえ遠くの山肌を望むことは叶わない。
郷を出るには崖沿いに刻まれた細道を辿るしかなく、霧の深い日は数歩先すら見えなくなる。
そのため、余程の事情がない限り郷の外へ出る者はいなかった。
もし好奇心に駆られて霧の向こうへ足を踏み入れれば、獰植物たちの餌食となる。
だが、力のない者たちは何も案ずることはない。
郷の外へ出なければ、獰植物に襲われることもないのだから。
女子供や老人は郷の中で安心と共に暮らしていればいい。
孤立した桃花郷のさらに奥――
霧の彼方には、赤羊峰と呼ばれる霊山が聳えている。
赤羊峰の頂には、代々郷を守護する戦士〈战斗羊〉が住むとされ、獰植物から郷を守ってくれているのだという。
战斗羊は赤黒い羊の皮を身に纏う戦士と伝わっているが、郷に暮らす者たちの中で本物を見た者は誰もいない。
「遅いぞ焔っ、もっと早く走れんのか! 選定の儀が始まってしまうぞっ!」
「はぁ……はぁ……だって、姉さんが寝坊なんてするから……!」
桃花郷にて随一の寺へ続く坂道を、ふたりの幼子が息を切らして駆け上る。
ふたりは世にも珍しい、男女の一卵性双生児――
名は穆煙と穆焔で、字こそ違えど同じ響きをもっている。
いつも何かと怒っているのが姉の煙で、泣いているのが弟の焔だ。
郷の者たちはふたりの名を〈ムー・イェン〉と一纏めに呼んでいた。
揃いの衣服を身に纏い、黒い髪をひとつに束ねた姿。
背丈も容姿も瓜二つで、傍から見れば見分けが付かない。
「あらイェン、お姉さんと一緒に物見見物?」
「イェンは英雄さんの子供だもんな! 転んでも大声で泣くんじゃねぇぞ!」
郷の人々は、ふたりに向かって声を掛けた。
それはふたりが〈郷を護った英雄〉の子供だったからだ。
「おい焔っ、ちゃんと自分の足で走れっ! 我に頼りきりでは転んでしまうぞ!」
「うん……っ、ごめんね姉さん……! ちゃんと走るよ……!」
臆病で引っ込み思案な焔の名を、姉の煙だけが焔と呼ぶ。
強く勇ましい姉の影に隠れて、ムー・イェンと纏めて呼ばれる中、焔は姉だけに呼ばれる焔という名を心から気に入って大切にしていた。
ふたりは先日の正月で十一歳になったばかり。
春から郷の戦士候補として、寺で修行を始める頃合いである。
ふたりが駆ける姿を見て、大人たちは笑いながら道を開けてくれた。
――ムー・イェンだ! 勝気な姉に連れられて来たっ!
――みんな道を譲ってやれ。英雄候補のイェンが通るぞ。
郷の人々はふたりへ向けて、激励の言葉を口々に投げ掛ける。
英雄の子という期待混じりの呼びかけは、気弱な焔に重荷となって圧し掛かった。
「うう……英雄の子だなんて言わないで欲しい……! 姉さんはともかく、僕には荷が重過ぎるよ……!」
「……焔、喋ってると舌を噛むぞ。しっかりと前を見据えるのだ」
言われるままに焔は歯を食いしばり、前を走る煙に羨望の眼差しを向ける。
煙は齢十一歳にして、大人同然に成熟していた。
年齢に似合わぬ聡明さに、大人顔負けの語彙力と度胸。
頼りになる腕っぷしの強さに、男勝りの勇ましさ。
同い年であるはずなのに、前を見据える煙の横顔は焔よりずっと大人びて見えた。
焔はその凛々しい横顔に、会ったことのない父親の姿を重ねていた。
煙は焔を引っ張って、目的地である霧恩寺へと駆け込んだ。
正門を抜けて境内を素通りし、裏手へ回って霊山へ続く山門へ向かう。
「ああっ、門が完全に開いてる! やはり出遅れてしまったか!」
「ふへぇぇっ、姉さんっ、苦しくてもう走れない……っ!」
ふたりが門前の広場に辿り着く頃には、山門前は大勢の人々で埋め尽くされていた。
つま先立ちになって背伸びしようが、見えるのは他人の背中ばかり。
「はふ……駄目だぁ……っ、これじゃあ神輿も战斗羊も見えないよ……!」
「諦めるな焔! 脇に植わってる木に登ろう! 引き上げてやるから手を寄越せ!」
煙は焔の手を引いて、境内に植えられた木によじ登る。
幼いふたりでも木の幹に立てば、山門前が一望できた。
開け放たれた門の前には、絢爛な金で装飾された漆黒の神輿が鎮座している。
やがて厳かな鐘の音と共に、寺の老師が若者たちを引き連れて来た。
若者たちは皆、正月に成人を迎えたばかりの若き戦士たちだった。
「見ろ焔、霧恩寺の玄慈老師だ。兄弟子たちも揃っているぞ」
「あ…許兄さんが先頭だね……。すごい……着物がとても豪華だ」
列をなす数十名の若者たちは、今しがた霧恩寺での修行を終えたばかりだった。
彼らは六年前、齢十一で親元を離れ、寺で寝食を共にしてきた同士である。
すべては郷を護る偉大な戦士〈战斗羊〉を目指すため――
〈四面舞闘戯〉と呼ばれる絶技を、幼い内から叩き込むのだ。
玄慈老師は神輿の前に立ち止まるなり、深々と礼を繰り返す。
何やら呟く様子を見ると、祈りを捧げているようだ。
「さて……皆もこうして集まったようだし、今年も此処で宣言しよう」
玄慈老師は黒塗りの細い刀を抜いて、切っ先を天の青薔薇へ向ける。
揺蕩う薔薇に牽制の動作を見せるのは、げん担ぎでもあるのだろう。
「今年の战斗羊は許に決まった。四面舞闘戯の内のひとつ……楽面の戯を極めし男を戦士の廟に捧げよう」
列の先頭に立っていた青年が、神輿の前へと歩み寄る。
彼こそが战斗羊に選ばれた、名誉ある〈強き者〉だ。
战斗羊に選ばれた者は、神輿に乗って赤羊峰頂上の廟へ向かう決まりである。
赤羊峰の廟は現世と天上を繋ぐ神聖な場とされ、郷の人々から崇められる特別な聖域だ。
選ばれた者は赤羊峰の頂上で歴代の戦士たちに迎えられ、廟で一生を過ごすことになる。
そして夜な夜な霊山を駆けて、獰植物たちを討伐し、郷を脅威から護る戦士として在り続けるのだ。
誰もが目指し憧れる、郷で最も名誉ある役目だ。
選ばれし青年の姿を見て、煙は興奮しながら言った。
「さすが許の兄者っ! 我は以前から選ばれると確信していたぞ!」
「いいなぁ、許兄さん……。僕も廟に行って父さんに会いたい……」
战斗羊は最強を認められた者のみに与えられる役目だ。
幼い煙と焔にとって、战斗羊は憧れの対象であった。
「次に、战斗羊の道筋を支える青衛護路衆の名前を呼ぶ。呼ばれた八名は神輿を廟まで担ぐように」
続いて老師に名を呼ばれた八名は、青衛護路衆と呼ばれる存在。
战斗羊に付き従い、その道行きを支える役目である。
彼らもまた選び抜かれた若者たちであり、战斗羊と共に赤羊峰へ向かう戦士であった。
郷の者たちは青衛護路衆の役目でさえ、大いなる名誉として讃えている。
「ねぇ姉さん……赤羊峰にある廟ってさ、一体どれだけ広いのかな?」
「デカくて、高くて、だだっ広いに決まってるだろう。毎年これだけの人数が赤羊峰に行くのだから」
桃花郷より遙かに高い標高に在る赤羊峰の廟には、歴代戦士と護路衆たちが誰一人欠けることなく鎮座していると伝わっている。
煙と焔の父親も、ふたりが生まれる少し前に战斗羊として山門から赤羊峰へと旅立って行った。
父親である穆燎は才気溢れる天才だったと――
郷の大人たちは、今なお誇らしげに語ってくれる。
寺に入門して三年が経つ頃には、最終目標の奥義である〈四面舞闘戯〉を既に会得していたらしい。
郷に押し入った獰植物の群れをたった一人で討ち果たし、战斗羊に選ばれる前から英雄と呼ばれていたという。
「許兄さんから、廟にいる父さんに伝えてくれないかなぁ。僕らの母さんが死んじゃったこと……」
「随分も前のことだろう。戦う父上の気を病ませて、一体何になると言うんだ」
煙は焔の頬を掴み、額を押し付けるように合わせて唸る。
姉の怒りに怯えた焔は、唇を小刻みに震わせた。
「ううっ……姉さん、どうして怒ってるの……? 怖い声を出さないで……」
「いいか、焔。郷を護る父上のように我らも偉大な英雄の子として、強く生きて行かねばならぬ!」
穆燎が戦士としてあまりにも強かったが故に、郷は彼の世継ぎを望んだ。
玄慈老師は郷中の女をかき集め、燎の元には沢山の嫁が宛がわれた。
しかし、どれだけ大勢の女と褥を重ねても、子供はなかなか授からない。
老師さえも世継ぎを諦めようとしていた最中、ひとりの女が燎の子供を身ごもった。
相手はよりによって、かつて燎と共に霧恩寺で修行していた妹弟子だった。
幼い頃から燎の良きライバルであり、親友でもあった存在である。
妹弟子は穆燎の旅立ちを見送り、たったひとりで彼の子供を出産した。
しかし、生まれた子供はあろうことか燎ではなく、妹弟子によく似た双子であった。
相貌は互いに瓜二つであるにも関わらず、生まれた子供は稀有な男女の組み合わせ。
「……我らが父上を越えなければ、母上があの世で浮かばれぬ」
「母さんが……? 母さんが僕らに最強であることを望んでいるの?」
煙は焔の目を見て頷く。
「母上は死ぬまで父上の名を呼んでいた。きっと寂しかったのであろう」
病床でせん妄に魘されながら、母は頻りに叫んでいた。
――お願い、どうかひとりにしないで。誰か私を山頂の廟へ連れて行って。
煙と焔の母親は、父の名を叫びながら発狂して死んだ。
身体の穴と言う穴から大輪の花を咲かせ、全身を仄青く輝かせて。
「我らが今一度、穆の名を天まで轟かせるぞ。空に揺蕩う薔薇を越え、母上が暮らすあの世までな」
「空の薔薇を越えた先……桃源郷は星空にあるってこと?」
「少しは自分で考えろ。いいか焔、誰にも馬鹿にさせてはならぬぞ。英雄の子として生まれた以上、我らは最強で在らねばならぬ」
決心を込めて呟いて、煙は山門へ視線を向ける。
「さあ焔、許の兄者をしっかりと目に焼き付けよう。我らが目指す戦士の姿を」
战斗羊に選ばれた青年は、絢爛な神輿にひとり乗り込む。
神輿は八人の護路衆に担がれて、赤羊峰へと旅立って行った。
神輿を見送った同年代の仲間たちは、山門が閉まるのをただただ無言で見つめ続ける。
そして、玄慈老師が寺へ戻った頃を見計らって、一様に嬉しそうな歓声を上げた。
腰に巻いた帯を勢いよく引き抜いて、観衆の中へと飛びこんで行く。
瞳にいっぱいの涙を溜めて、時に母さんと叫びながら――
大勢の人の中から自分の家族を探し当てると、力強く抱擁を交わした。
四面舞闘戯の才能が花開かず、战斗羊にも護路衆にもなれなかった青年たちは、破門という形で郷の集落に戻ることが許されている。
集落に戻った青年たちは、親の仕事を喜んで継ぎ、郷の女と子作りに励むことになる。
寺で厳しい生活を送っていた彼らにとって、破門は春の訪れそのものであった。
「情けない。破門されて喜びよって、战斗羊が見て呆れるぞ」
「うん……でも姉さん……あそこに立ってる人たちを見て……?」
笑顔で帰っていく人々の中で、声を殺して啜り泣いている者たちがいた。
嗚咽混じりに誰かの名前を呼びながら、閉じた山門に全身で縋る。
「あの人たち……青衛護路衆に選ばれた人たちの家族かな……」
「許の兄者の両親もいる。最後の見送りに来ていたのだな」
破門された青年たちが笑顔で帰還を果たす中、名誉の役目に旅立った戦士を涙で見送る者もいる。
誇れる名誉の旅立ちも、家族にとっては今生の別れに変わりない。
目の前で起こる出来事は、あまりにも対極的で、幼い煙と焔の目には複雑に映る光景であった。
「不思議だね。こうして上から覗いてると……どっちが幸せか分からない……」
「その点、我らは安心なのだ。悲しむ親などいないからな」
煙と焔は木から降り、集落に帰るべく並んで歩いて正門へ向かう。
砂利の敷き詰められた境内に差し掛かったところで、背後から声を掛けられた。
「これ……そこにいるのは燎の子ではないか? 見送りの場に来ていたのか」
物影に立つ玄慈老師が、ふたりをそっと手招きしている。
煙と焔は顔を見合わせ、老師の元へ小走りで駆けた。
煙は老師の前へ着くなり、拳を胸の前で強く握る。
「玄慈老師、こんにちは!」
「こんにちは。元気なお主はどちらのイェンかな?」
「姉の穆煙です。新たな戦士選定の儀、とても素晴らしかったです!」
「はっはっは! そうかそうか……」
老師は煙の返事を聞き流すように頷くと、目線を焔の方へ向けた。
「焔……ちょうど今、旅立った者たちの部屋を片付けさせている所だ。此処で暮らすための部屋を、きちんと用意させているよ」
「僕と姉さんは同じ部屋がいいな……今までずっとそうだったから……」
「もちろんだとも。ふたりは陰陽の尊い関係。引き離すなど悪手でしかない」
玄慈老師は大声で笑いながら、靴を脱いで本堂に上がり、長い廊下を歩いていく。
境内に残された煙と焔は、互いに顔を見合わせて笑った。
「玄慈老師と言葉を交わせた。我を見て大声で笑ってくれたぞ!」
「うん……それに、姉さんと同じ部屋にしてくれるってさ。今までと同じように暮らせるかなあ?」
「いつまでも同じとは限らないぞ。強い我を見習って、焔も心を強くせねば!」
煙は焔の手を取って、ご機嫌な足取りで正門を抜ける。
集落へと続く坂を駆け降り、途中の角で山道へ逸れて、ふたりだけ秘密基地へ。
「焔、祝いに桃を齧って食べよう! 正々堂々の食い合い勝負だ!」
「えぇ……桃の中には虫がいるよ……? 齧って食べるの怖いなぁ……」
「女々しい奴めっ、虫なんてそのまま喰らってしまえ! 立派な男になるのだろう!?」
ふたりが足を踏み入れたのは、清い泉が滾々と湧く、まるで小さな桃源郷。
この場所は母から教わった場所で、滅多なことがない限り人は寄り付かない。
――子供の頃の父さんがね、ここで敵を食い止めたのよ。珍しく焦った顔をして、弟子の私を助けに来てくれた。
なんでも崩れた土砂と共に、大小様々な獰植物が郷に侵入したらしい。
獰植物たちは修行中の穆燎によって討伐され、崩れた土砂も綺麗に取り除かれたが、それ以降この桃園に近寄る者はいなくなったようだ。
郷が持て囃す英雄譚も、母から当時のことを聞けば、温かみのある思い出話そのものだった。
母の口から聞く話は、どれも父を英雄ではなく一人の人間として見ており、穆燎をより身近な存在に感じられた。
「母上はよく話してくれたな。父上と向かい合って立ち、木に生った桃を喰らい合ったと」
「誰も来ないのをいいことに、この桃園をふたりの秘密基地にしちゃったんでしょう?」
身を寄せ合いながら、ひとつの桃をふたりで齧り、最後まで慎重に食べ進める。
食べる間は手を使わずに、口元だけを使うことが許されており、桃の実は絶対に落としてはならない。
子供でも分かる簡単なお遊びだと、生前の母は楽しそうに語っていた。
煙と焔は桃の木の下に向かい合って立つと、低い位置に生った桃に狙いを定めて歯を立てる。
薄皮がプツリと弾けるなり、溢れた果汁が口の端から滴り落ちた。
「汁が服に垂れないように、齧ると同時に啜るのだ」
「食べながら吸うのは難しいよ……! どうしても顎が汚れちゃう」
「顔の角度を斜めにして、汁を頬で受けるのだ。虎になった気分で豪快にいけ」
途中で桃の実を落としてしまえば、また最初からやり直し。
残った種を口に含んで木から外せば上がりなのだが、何度も失敗を重ねる内に、だんだんと本気になるのだと。
可食部が少なくなってくると、実が揺れ動いて噛みつくのが難しくなる。
どちらか片方が実を咥えて、落ちないように支えてやらなければならない。
勝負事でありながら、この遊びは最初から互いの協力が必要不可欠――
食べきることで得る達成感と、ふたりで成し遂げる喜びこそが、この遊びの妙であった。
「焔、我が支えるから種をしゃぶれ。ここが一番美味いところだ」
「姉さんったら、こんな酸っぱい所が好きなの? 皮に近い実の方が甘く潤って美味しいのに」
「……そう言ってたのは母上だ。父上がここを好んでいて、最後の一手を譲っていたと」
煙は小さくなった実を、前歯で噛んで焔に差し出す。
焔は緊張した面持ちで、種回りの繊維に食らいついた。
強く吸い付き過ぎたのか、桃の実はあと少しのところで木から外れ、地面へ転がり落ちてしまった。
「わわ……ごめん姉さん……! もう一回最初からやり直しだ……」
「んや、最後は技量が試されるのだ。我も成功したことはない」
煙は泉へ歩み寄るなり、顔についた果汁を綺麗さっぱり洗い流した。
焔にいたっては胸の周りまで汚れていたため、二回戦に備えて服を脱ぐ。
「母上が父上に譲っていたのも、最後の一手が極端に難しいからだろうな」
「それに……顔が近くて恥ずかしいよ。口同士が触れそうで集中できない」
白い頬を真っ赤に染めて涙目で照れる焔を見て、煙はしまったと声を漏らした。
「……それは多分、昼間にやってる我らが悪い。本来ならば桃は夜に食うものなのだ」
燃え盛る松明を泉に沈め、服が汚れないように上半身はすべて裸になる。
目の前にいるであろう相手の顔も、桃の中を這う虫すらも視認できない。
暗闇の中で感じるのは、背に回された手のひらの温度。
瑞々しく甘い桃の味と、互いの熱い息遣いだけ。
身の回りの無駄を削ぎ落とし、研ぎ澄まされた感覚の中で食べる桃は、たったそれだけで極上に甘く感じるのだと。
「父さんってヤンチャだね。そこまでして桃を美味しく食べたいのかな……?」
「あははっ、何に対しても突き詰めすぎると妙ちくりんになるのだろうな」
十一歳のふたりにとって、大人の遊びは理解できない行動ばかり。
それでも、両親の思い出をなぞる時間は、姉弟の寂しさを埋めてくれた。
「よし、休憩したし次の実を食うぞ。虫を食ったら褒めてやる!」
「ええー……なんかヤダよぉ。姉さん、僕に虫を食べさせたいだけでしょ……」
遊びの中に隠れた意図も、行為の意味も分からないまま――
ふたりは両親の真似をして、無邪気に桃の実を挟み合った。




