第35話「釣り合ってない」
男達が顔を突き合わせて話し合っている頃――
肝心のラミウは屋上の小屋にて、アナスタシアとルウナのふたりに慰められていた。
「お姉ちゃん……泣いて少しは落ち着きましたか?」
「うん……ごめんねアナスタシアちゃん。ルウナも背中を擦ってくれてありがとう」
ルウナは大きな手のひらで、ラミウの背中を優しく擦った。
柔らかな肉球の感触が心地よく、少しずつ肩の力が抜けていく。
「いやぁー全然気にしないでー。ラミウは昨日の出来事に、アイくんとの別れを重ねたんでしょー?」
「ルウナすごい……よく分かったね。お別れを言う煙ちゃんの姿に、子供の頃のアイを重ねちゃったの」
心の傷から生じる涙は一筋縄ではいかないらしい。
ラミウはティッシュを数枚取ると、赤くなった目尻に押し当てた。
そうしてひとしきり涙を拭った後、詰まった鼻を思い切りかむ。
「アイと生き別れた時も……今日と同じような感じだった。昨日まで普通に暮らしてたのが、嘘みたいに壊れちゃうの」
幸せな日々が明日も変わらず来てくれると、信じて疑わなかったのに。
平穏な暮らしは恵まれていて、決して当たり前のことではないと嫌でも思い知らされる。
何かを失うことに対して、強い恐怖を感じてしまう。
とくにアイザークは機戦羊で、他人から狙われる存在だ。
奪われることを考えるだけで、とても穏やかではいられない。
「お姉ちゃんはアイくんと、地下路の隠れ家で暮らしていたって言ってましたね」
「うん……汚くて怖い場所だったけど……それでも幸せに暮らしてたんだ」
ラミウはアナスタシアに自らの出自を語る。
自分は元々、谷底のスラム街で暮らしていたことを。
両親を病で早くに失い、ひとりで灯り番をしながら生きていたこと。
アイザークと出会ってからは、子供同士支え合いながら暮らしていたこと。
すでに事情を聞いているルウナは、ラミウの話に相槌を打つ。
「アイくんがキショい叔父さんから、ラミウを守ってくれたんだよねー」
「そうなの。叔父に襲われてたところを、間一髪で駆けつけてくれた……」
アイザークが守ってくれなければ、恐ろしい叔父から暴力を受け、ついには犯されていただろう。
機戦羊となったアイザークは、怯えるラミウを連れて谷底から逃げることを提案してくれた。
「アイが助けてくれなかったら、私は今頃まだ谷底で……ううん、とっくの昔に死んでたかもしれない」
「はう……昔からめっちゃ男前ですね……! 彼の可愛いショタ姿……一目でいいから見たかったです……!」
「機戦羊の姿を見たのは、思えばあの日が初めてだった。外骨格に私の身体を取り込んで、一緒に谷底から逃げ出したんだ」
外骨格に私の身体を取り込んで――
その言葉を聞いて、アナスタシアの尾が逆立つ。
「アイくんと……機戦羊と合体したことがあるんですか? 制御装置もなにも無しに?」
「うん。逃げる時の一回だけね。大人になって再会してからは、一回も合体してないけど」
ラミウの身体を体内へ取り込み、強き者の能力を得た機戦羊〈迦亜羅〉は、獰植物を掻い潜りながら遥か遠くのベレナスを目指した。
しかし、セルエネルギーが底を突き、アイザークとラミウは獰植物の群れの中で倒れてしまう。
「アイが私を必死に庇って、朝まで守ろうとしてくれたんだけど……辛そうなアイを目の前にして、見ているだけじゃいられなかった……」
ラミウはアイザークに注げるだけのセルエネルギーを注いで、フルバーストを誘発させた。
精魂尽き果てたラミウは意識を失い、シャーンティ診療所で目覚めた時には、アイザークの姿はどこにもなかった。
「私に正体を知られたアイは、ディガンマ先生に私を預けて、そのままどこかへ消えちゃったの……」
「ラミウお姉ちゃんは怖くなかったんですか? 機戦羊……黒く恐ろしい怪物の姿が……」
「もちろん、すごく驚いたけど……怖いなんて思わなかった。私の味方はアイだけで、アイが私のすべてだった」
人権すらない歪んだ世界で、唯一対等に、大切に思い合える存在はアイザークしかいなかった。
彼の姿形が如何様に変わろうとも、ラミウにとっては掛け替えのないアイザークに他ならない。
アナスタシアは胸を押さえ、眉を顰めて瞳を閉じる。
ルウナはアナスタシアの目尻に、綺麗な涙が一粒輝いているのを見た。
(シュガーちゃん……ラミウの話を聞いて泣いてる……?)
リベリアスを追っているはずの彼女が、ラミウの話に感銘を受けている。
アナスタシアはアイザークにどういう感情を抱いているのか、考えるほど気が気じゃない。
ルウナがモヤモヤと心の中で不安をひたすら重ねていると、突如として小屋の扉を軽快に叩く音がした。
ドアから一番近かったルウナが、扉を開けるために立つ。
「はーい……誰ですかー?」
扉を開けると、外には噂のアイザークが立っていた。
背後からアナスタシアが盛大に息を呑む音が聞こえた。
「アイくん。そんなとこで立ってないで、遠慮なく中に入りなよ」
「ラミウと少し話がしたい。ふたりだけにして欲しいんだ」
ルウナが返事をする前に、アナスタシアがルウナの背に向けて突進した。
背中を押されたルウナは前につんのめり、小屋から外へと転がっていく。
「はわわっ、どうぞどうぞっ! 私とルウナちゃんは外で相撲でもとってますので……! アイくんとお姉ちゃんはふたりでゆっくり話してくださいっ!」
「ありがとう。ていうかルウナは大丈夫か? 思い切り吹っ飛んでったけど」
「ルウナちゃんは大丈夫です! ねぇっ、大丈夫だよねっ!? 私たちも外で取り組みますのでっ、それでは失礼いたしました!」
どすこいと小さく呟きながら、アナスタシアは一方的に小屋の扉を勢いよく閉めた。
小屋には困惑したアイザークと、涙目のラミウが残される。
「ごめん……女子同士の話を邪魔しちゃったかな」
「ううん、話も終わってたし大丈夫だよ。ふたりだけでする話って何?」
床に散らばるティッシュを集め、ラミウは傍らのゴミ箱に入れる。
スペースが空いた所を見計らい、アイザークもラミウの隣に腰を下ろした。
「近いよ。泣いて熱いからベタベタしないで」
「近くで目を見て伝えたくて。その……俺のせいで、危険に巻き込んで本当にごめん」
ラミウも顔を上げてアイザークの目を見る。
涙こそ流していなかったが、彼の蜂蜜色の瞳が不安で僅かに揺れていた。
「おそらくラミウやアナスタシアも、白耀商会に目を付けられてる。ルウナにいたっては手遅れなほどだ」
「何が言いたいの……? また一人でどこかへ消えるとか言わないでよ……!?」
「ああ……先生と話して今後のことを決めたんだけど、ラミウの意見を聞きたくて――」
アイザークの言葉を最後まで聞かずに、ラミウは持ち前の脚力を使ってアイザークの胸に飛び込んだ。
勢いよく飛び掛かるラミウに押し負け、アイザークは床に頭を打つ。
「うがあぁっ、痛えぇぇ……っ!」
「駄目だよアイっ、お願いだから私を置いて行かないで!」
おそらく彼のことだから、自己犠牲の精神でベレナスを去ると言いかねない。
ラミウはアイザークの身体に覆い被さり、四肢を絡めてホールドした。
いくら相手が女とはいえ、強き者が出す全力の力だ。
アイザークの腹にラミウの全体重が乗り、内臓が潰れて悲鳴を上げる。
「ぐああっ、違うんだラミウ! 俺はどこにも行かない……っ! 俺と一緒に戦ってくれるか、確認したいだけなんだ!」
「……どこにも行かない? 本当に!?」
ラミウはすぐさま頭を上げて、アイザークの顔を覗き込む。
「俺はもう、目の前の問題から逃げたくない。逃げて誰かを傷つけるなら、それは解決にならないからだ」
彼の言葉に安堵したのか、ラミウはほっと息を吐き、全身の力をゆっくり抜いた。
警戒を解いて大人しくなる様子は、まるで本物のウサギのよう。
「なんだ、どこにも行かないんだ……。それじゃあアイはこのままずっと……私の傍にいてくれるの?」
「うん。だけど一緒に戦うとなれば、危険な目にも遭うかもしれない。怖い思いや怪我だってするかも」
ラミウは呆然とした表情のまま、アイザークの胸に頬を寄せる。
本能のまま素直に甘えるラミウを見て、アイザークは愛しさに笑みを零した。
「アイと離れる以上に怖いことなんてないよ。大丈夫……戦う覚悟はちゃんと出来てる」
「ありがとう。言わせたみたいになってないかな」
「ううん、アイの気持ちが聞けて嬉しい。私に言いたいことってそれだけ?」
「いや……10年前に逃げたことを、今ここでちゃんと謝らせて」
低い声を震わせながら、アイザークはラミウの背中に手を回した。
離れていた時間を埋めるように、互いに強く抱き締めあう。
ふたりにのみ与えられた時間を、瞳に焼き付けようとするかの如く――
アナスタシアは窓に貼りつき、血眼になって中の様子を覗いていた。
「はふ……やっぱりめっちゃ尊い……あわよくばこのまま暗転して、最後まで盛り上がってくれないかな……!?」
「ねぇーやめなよシュガーちゃーん。覗き見なんて趣味悪いってー」
「ルウナちゃんこそ鼻血出てるし……人のこと全然言えないよ……!」
「あははー、今出てる鼻血はガチもんの労災。シュガーちゃんがあたしを突き飛ばしたせいだかんねー?」
興奮したアナスタシアに冷たい風を浴びせるべく、ルウナは彼女を引き摺りながら屋上の手すりへと誘導した。
コンクリートの低い壁に手をかけ、ふたりは少しだけ身を乗り出すようにベレナスの街を一望する。
「ここからの眺めは圧巻だよねー。大地を見下ろす神様にでもなった気分ー」
「そうだね……河岸が火葬場なとこを除けば、まるで優雅なリゾートみたい……」
診療所の屋上からは、煙と焔が指定した離れ小島が僅かに見える。
長閑な景観の中に混じる血生臭い戦いの気配に、ルウナは深い溜め息をついた。
「シュガーちゃん……アイくんって元は人間だよね? どうして軍は人間を使って、生体兵器なんて作っちゃったの?」
「わからない……私のお兄様がこう言ってた……〈人が人らしく生きる為に選択すべき手段〉なんだと……」
「人が人らしく生きる手段?」
「強くもなく、弱くもなれない……何も持たない人類たちが、目指すべき進化の道筋だって……」
そうは言うものの、自分自身もその意味までは分からないと――
アナスタシアは語り終えるなり、肩を軽く竦ませる。
そんな彼女の仕草を見て、ルウナは盛大に吹き出した。
「あははっ、お偉いさんたちの考えることって分からないなー。安全圏で暮らす内に脳が哲学しちゃったかー?」
「だよね……私もそう思う。お兄様からもよく言われるんだ……アウトネオのお前には、関係のない話だって……!」
ふたりは晴れ渡る空を見上げ、声を上げて笑い合う。
ひとしきり大声で笑った後、ルウナは呼吸を整えて、アナスタシアに向き合った。
「シュガーちゃん、ラミウはね……行方不明のアイくんを、ずっと一人で探してたんだ……」
「うん……お姉ちゃんから話を聞いて驚いちゃった。再会出来て良かったねって思う反面、お姉ちゃんの未来が心配かも……」
「あたしはふたりの友達として、ふたりが一緒にいられるように出来るだけ力になるつもり。シュガーちゃんはどう思う?」
ルウナの問いは、オブラートに包んだ遠まわしの牽制である。
軍人としてではなく、アイザークの友達として、リベリアスの処遇を考えてほしい――
そんな願いを言葉と表情に込めて、ルウナはアナスタシアの顔を真剣に見つめた。
眼差しの心意を察したのか、アナスタシアはルウナから咄嗟に顔を反らす。
「ごめんね、ルウナちゃん……! 私は心が汚れてるから、ルウナちゃんみたいに清くなれない……!」
「どういうこと? もしかしてアイくんをラミウから離して、軍に連れてっちゃうつもり!?」
「いや、そういうわけではなく……! はわわっ……絶対に怒らないでね……?」
アナスタシアは胸に手を当て、目を閉じて数回深呼吸をする。
そして勇気を振り絞り、強い眼差しをルウナに向けた。
「その……なんというか、ラミウお姉ちゃんの話を聞いて……正直、めっちゃ萌えちゃったのっ!!」
「……は?」
予想だにしない発言を聞いて、ルウナは口をあんぐりと開ける。
「もちろんっ、最低なのは分かってるよ……! だけど一旦、同情とかは置いといて……アイくんとお姉ちゃんの関係性と、置かれた状況がハチャメチャに癖っ……!」
「あ……清くなれないって、そういう意味? 身内で妄想するオタク的なアレ?」
「だってそうでしょう!? 私ったら……あのふたりを見て楽しんじゃってる……っ! この際だから……一度すべてを吐き出させて……!」
まるで嘆くかのように、アナスタシアは小さな両手で顔をスッポリと覆い隠した。
そして大きく息を吸うと――
「そもそも、幼いアイくんはラミウお姉ちゃんより、ずっと身体が小さくて、それでもお姉ちゃんを守るために常に傍で身体を張ってくれてたんでしょ? 互いに傷を舐めあうように大人という脅威に虐げられる悔しさを共有して、機戦羊になった時もお姉ちゃんを守るために必死になって深い谷底から這い上がったんだよね? 獰植物に追われながらもお姉ちゃんを庇って必死に逃げて、お姉ちゃんを傷つけないため自ら身を引く決断をするとか、一体どんな精神状態!? わざわざ辛い道を選択して進むあたりアイくんがお姉ちゃんに向ける感情って実際ハチャメチャに重いと思う。お姉ちゃん自身もアイくんの存在を引き摺っていて、大人になるまでずっと健気に探してたって両片思い以外の何物でもないのでは!? 私、子供の頃にディガンマ先生に耳の手術してもらったんだけど、その時に自分は世界で一番不幸な人間だと思ってたんです、本当に烏滸がましいことこの上ないけど、その時にラミウお姉ちゃんが添い寝して私を慰めてくれたの。もしもタイムスリップをしてあの日あの時に戻れるのなら、私がお姉ちゃんをヨシヨシして慰めてあげたい! そしてあわよくば耳元で未来から来たアナスタシアです……ぐふふっ、お姉ちゃんは必ずアイくんに会えるので何も心配いりませんよって伝えてあげたいなーっていらんお節介したい気持ちがある! ていうか、アイくんがリベリアスになったってことは彼は一度デルタ・コアに戻っているということだよねっ!? 時系列的に第二次性徴に揺れた時期もその辺だと思うし、この辺りの空白エピソードはオタク的に是非とも知りたいし話してほしいっ。それにデルタ・コアってガチガチの管理体制ですから、アイくん自身もかなり自分を律していたと思うんですよ。リベリアスになる原因も彼の性格から推測するに何かしらの事情があったのではと私は真剣にそう思う。そんでもって色々あって、サーカスでの再会に続くわけでしょ……!? 状況的には敵同士で、かつてのショタビジュはなりをひそめて筋肉バキバキのメロい容姿で再会を果たすとかエッチ過ぎる。力の差を見せつけた上、犯しちゃう一歩手前まで行ってアイくんがお姉ちゃんに気付くところもシチュエーション的にハチャメチャに萌えるし、そこから指輪を嵌める流れとか王道展開最高だなって思っちゃった。アイくん自体は軍にとって叛意的存在ではあるものの、その心はあまりにも純粋で甘く、鈍感で脳筋なラミウお姉ちゃんにクソデカ感情を寄せているトコとか、ビジュとのギャップも相まって不憫すぎてカワイイまである。年相応の欲や感情を理性でガチガチに抑制しているあたり、逆に不純に感じるというかエロさがドバドバ滲んでるというかっ……こんな状況楽しむなって方が正直無理な話であって今後の進展を特等席から是非ともかぶりつきで観賞したいっ!!」
言い切ったアナスタシアが拳を天に振り上げると同時に、黄金柱の寺院から正午を知らせる鐘が鳴った。
「はぁ……はぁ……っ! 大体こんな気持ちかな……?」
「えっと……、一応確認なんだけどさ。つまりシュガーちゃんは、アイくんとラミウに対してどういうスタンスでいるつもり……?」
「そこはルウナちゃんと同じだよ……! ふたりが一緒にいられるように、全力で力になるつもりです……!」
「全力か……出来るだけの私より熱量あるね。おっけー、ひとまず安心したー」
今の話を聞く限り、アナスタシアはアイザークのことを悪いようにはしないだろう。
ルウナは心から安堵して、ほっと胸を撫で下ろした。
話が一段落したところで、突如として階下から拍手が鳴り響く。
ルウナとアナスタシアは驚いて、身を乗り出して地上を見た。
「いやぁー頼もしいですねぇ、アナスタシア! あなたの心からの応援が聞けて、私はとっても安心しました!」
いつの間にそこにいたのだろうか――
中庭から屋上を見上げるディガンマが、大きな拍手を打ち鳴らしていた。
「はう……先生っ、もしかして今の聞いてましたか……!?」
「とても素晴らしい演説でしたよ。潔さすら感じるほどだ」
ディガンマは高らかに笑いながら、屋上への階段を登る。
そうして屋上へと辿り着くなり、ディガンマの足は真っすぐ小屋へ。
アナスタシアとルウナが見つめる中、閉まった扉を乱暴に開け、容赦なく中へと踏み入った。
小屋は一瞬の静寂に包まれ、そして再び扉が開く。
「やだぁっ、先生! 入るならせめてノックしてよぉっ!」
ラミウが顔を赤くして、小屋から外へ転がり出た。
衣服は乱れた様子もなく、表情には一切の艶がない。
アイザークも落ち着いた様子で出てきたところを見ると、ふたりの間に目立った進展はないようだ。
「アナスタシア。あなた今少しだけガッカリしたでしょう」
「先生……それはストレートにセクハラです……!」
「こういうところなんですよ。ラミウの精神は未熟過ぎる」
ディガンマは杖を打ち鳴らし、ラミウの顔に突き付ける。
「ラミウ、アイから話を聞きましたね? 戦う覚悟を決めたなら今すぐ荷物を纏めなさい」
「ええっ!? さっき帰ってきたばかりなのにっ!?」
「煙たちとの問題が解決するまで、診療所への出入りを禁じます。暫しアイと向き合って、しっかり修行をして来なさいな」
刺客に追われている人間を診療所に滞在させ続ければ、入院している患者たちまで危険に巻き込んでしまうかもしれない。
ラミウとアイザークを追い出すための言い分は、意外にも至極真っ当であった。
「そんなっ、いくらなんでも薄情だよっ! 一体どこへ行けって言うの!?」
不安がすっかり取り除かれたラミウは、いつもの調子でディガンマに強く言い返す。
威勢のいい怒鳴り声を聞いて、ディガンマは嬉しそうに歯を見せて笑った。
「あははっ、いつものラミウに戻ってくれた。喧しいほど元気な方が、あなたは可愛いらしいですからね」
飄々と軽口を叩きながら、ディガンマは傍で立ち尽くすアナスタシアへと顔を向ける。
「アナスタシア、あなたも協力してくれますよね? 暫くふたりをあなたの所で預かってもらえないでしょうか」
「は……はい! ミルザプルの銀星館で良ければ、いくらでも滞在してください……!」
「ありがとうございます。ラミウは少し保護者から離れて、思考する必要がありますから」
ディガンマはアナスタシアに歩みより、ホチキス止めの書類を渡した。
傍らで興味深げに話を聞いていたルウナが、書類の表紙に書かれたタイトルを読み上げる。
「合体しないと出られない館。ナニコレ同人誌?」
「ディガンマ先生、これはもしや……!」
「滞在中の具体的な指示です。アイは勝手にやるとして、ラミウのコーチはアナスタシアが適任でしょうから」
ラミウは書類の中を覗き見ようと、アナスタシアの元へ駆け寄る。
すかさずディガンマがラミウの手を取り、緩やかな動作で彼女の身体を放り投げた。
ラミウはそのままゴロゴロと転がり、アイザークの足元で止まる。
「なんでよぉっ、私にも見せてくれたって良いじゃんっ!」
「見てしまっては面白くない。考えることも修行の内です」
「面白いもくそもあるかーっ! 修行ったって何すればいいのよーっ!」
屋上の床に大の字になって、駄々をこねるように大声で喚く。
ディガンマは呆れたように微笑み、ラミウの傍へと歩み寄った。
そして傍らに跪き、ラミウの目を見て言い放つ。
「いいですかラミウ……今のままでは穆煙たちに勝てないでしょう」
「戦ってみないとわからないよ。機戦羊のアイはとっても強いし、力を合わせれば何とかなるかも」
「勝てません。アイがいくら強くとも、ラミウの感情が釣り合ってなければ機戦羊はガラクタ同然」
「私の感情……? 私とアイは釣り合ってないの……?」
表情に強い不安を浮かべ、ラミウはアイザークの顔を見上げる。
アイザークは眉をひそめて、一度だけ深く頷いた。
「ごめんな、ラミウ。煙と焔の絆の強さは、今の俺たちより遥かに上だ」
あからさまにショックを受けたラミウは、身体を起こして呆然とその場に座り込む。
ディガンマはそんなラミウの背を撫で、彼女の動揺を優しく宥めた。
「あくまでも今は、という話です。離れていた時間も長かったでしょう」
「煙ちゃんと焔くんに負けたくない……先生、私はどうすればいいの……?」
「まずはアイを知ることで、外骨格を我が物にしなさい。機戦羊で戦うために、必要なものを知ることだ」




