↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/56

第33話「穆焔」

 

 倉庫の扉を指差し、アナスタシアはアイザークに命令した。

 アイザークも素直に頷き、倉庫の中にいるルウナへ向けて声を張る。


「聞こえただろうルウナ! 扉の前から距離を取れ!」


「……わっ、わかった!」


 ルウナの返事を合図に、アイザークは助走をつけて倉庫へ向かって猛然と走った。


「双蹄(デュアルホーフ)――衝ッ(インパクト)!」


 そして駆け抜ける勢いのまま、アイザークは両の拳を前方へ放った。

 雷鳴のような音と共に、鉄の扉が紙のように拉げ、中心に巨大な穴が開く。


「あわわわわ……衝撃波で前髪が焦げた……っ!」


 ルウナが酷く怯えた様子で、穴からひょっこりと顔を出す。

 彼女の顔を見たラミウは、すぐさま倉庫へと駆け込んだ。


「ルウナっ、大丈夫!? 怪我はない!?」


「わああんっ、ラミウーっ! どうしてここに来ちゃったのさぁ! 遠くへ逃げてって言ってんじゃんかよぉーっ!」


 思いのほか元気そうなルウナを見て、ラミウは胸を撫で下ろした。


 そして、ほっとしたのも束の間――

 倉庫の奥から殺気を感じ、ラミウは暗闇へ目を向ける。


「何……すごく怖くて嫌な感じ。ルウナ……倉庫の奥に誰かいるの?」


 ルウナはハッとした様子で振り返り、暗闇に向けて唸り声を上げる。


「駄目だよ焔(ホムラ)くん……! ラミウは私の友達なんだ!」


「えっ……焔(ホムラ)……!?」


 焔という名には、ラミウにも心当たりがある。

 ラミウはルウナの視線を追い、その先にいる異様な気配の主へ目を向けた。


「ねぇっ、あたしとの約束覚えてるよね!? 友達には手を出さないって!」


 ルウナの強い牽制が、無音の倉庫で反響する。

 やがて、重く引き摺る足音と共に、暗闇からひとりの男が現れた。


 おぼつかない足取りは、おそらく怪我のせいだろうか。

 男は右腕に幼女を抱き、血が滲む腹を左手で強く押さえている。


「ねぇルウナ……あなた、この人のことを焔って言った……?」


 現れた男の容姿を見て、ラミウは困惑を隠せない。

 黒々とした長い髪に、特徴的な濃い化粧。


 端麗な顔立ちは女性と見紛うほどに整っているが、首から下はまるで別物。

 攻撃的にすら感じるほど鍛え抜かれた身体は、彼を紛れもない雄として物語っている。


「気を付けてラミウ。あいつの狙いはアイくんだよっ! 機戦羊(バトルシープ)を探してるんだっ!」


 ルウナはラミウを守るように、焔の前に立ちはだかった。

 焔は無言でルウナを見下ろし、傍らのラミウへ目を向ける。


「彼女がルウナの友達なのは理解した。だが……扉の前に立っている奴は?」


 焔は倉庫の入り口に立つ、アイザークを一瞥した。

 ルウナは両目を固く閉じて、言い訳を必死に絞り出す。


「し……知り合い……、に……限りなく近い……友達、みたいな……?」


「なるほど。この期に及んで奴の存在を隠していたとは」


 向けられる敵意を察したのか――

 アイザークは化け物同然の姿のままで、焔に向かって話しかける。


「あんたの名前、焔ってんだな。俺のことを探してたのか」


「正しくは貴様の外骨格(エグゾスケルトン)。おれはそいつを奪いに来た」


「渡せるようなものじゃないよ。外骨格は装備じゃなくて、俺の身体そのものだから」


「承知している。生きたまま商会に連行して、骨ごと髄を奪ってやる」


 アイザークは首筋に手をやり、それとなく数歩後退る。


「……まあ、理由はともかく奇遇だな。俺たちもお前を探してたんだ」


「貴様らがおれのことを? そんなわけあるか。適当なことを言うな」


「適当なんかじゃない。そうだよな、煙(イェン)!」


 アイザークは振り返り、後方に向けて言い放つ。

 ロドルフの背後に隠れていた煙が、おずおずと姿を現した。


「焔……」


「姉さん!」


 煙は両腕を広げ、焔が立ち尽くす倉庫の前へと一目散に駆け寄っていく。

 そして小さな子供のように、焔の腹目掛けて飛びつくように抱きついた。


「|焰!吾可担心坏了!你怎么会走丢呢!?《焔っ、我は心配したんだぞ! どうして迷子になったのだ!?》」


「|阿姐、倒是你、怎么会来到这种地方?这些人是你的朋友吗?《姉さんの方こそ、一体どうしてこんな所に? こいつらは姉さんの友達なのかい?》」


 焔の身体に抱きついたまま、煙はアイザークとラミウを見つめる。

 ふたりは僅かに緊張した面持ちで、煙の様子を窺っていた。


「さっきまでは友達だった。だけど今は友達じゃないのだ」


「そうか。それを聞いて安心した」


 落ち着いた声で問いかけながら、焔は煙の涙を拭う。

 血に塗れた焔の手を見て、煙は小さく嗚咽を漏らした。


「|可怜啊……你受伤了。让吾替你舔净伤口、把伤给吾看看《可哀想に……怪我をしてる。舐めてやるから傷を見せろ》」


「|是被暗黑星石的武器所伤。若去舔的话、姐姐的舌头会被灼伤的《暗黒星石の武器でやられた。舐めたら舌を火傷するよ》」


 煙は袖で涙を拭い、肩掛け鞄の紐を解く。

 中を探り、小さな銀缶を取り出すと、慣れた様子で蓋を開けた。


「|给你止痛糖。这个会让人上瘾、所以只能分一半《痛み止めの飴ちゃんをやる。癖になるから半分こだ》」


「|谢谢你、阿姐……说实话、我难受得都快哭出来了《ありがとう姉さん……。正直、しんどくて泣きそうだった》」


 艶のある黒い丸薬を指で舌下に押し込むなり、煙は焔へ口付けをした。

 種を啄む小鳥のように、血塗れの唇を舌先でつつく。


 それを合図と言わんばかりに、焔は煙の後頭部を強く掴んで引き寄せた。

 飢えた獣が小鳥に食らいつくように、口を開けて舌を乱暴に捻じ込む。


 何度も角度を変えながら交わされる深い口付けは、まるで褥の男女そのもの。

 突如として見せつけられる艶めいた行為に、その場にいる全員が圧倒される。


 見てはいけないものを見ているような、そんな気まずさすら感じる頃――


「エッッッッチ過ぎますって流石に……っ!」


 痺れを切らしたアナスタシアが素っ頓狂な声を上げた。

 彼女の言葉を皮切りに、傍観していた全員の金縛りが解ける。


「はぁ、はぁっ……このまま暗転しちゃうかと思った……! 何で誰も何も言わないのか……っ!」


 アナスタシアは焔と煙を指差したまま、倉庫に立ち尽くすラミウに向けて声を張る。


「ラミウお姉ちゃんっ、あの男の人は何なんですか!? 話しぶりから煙ちゃんのご家族か何かですよね……!?」


「うん……多分、煙ちゃんの弟さんだと思う」


「あれが弟ッ……!? 身内同士であんな濃ゆいキスします!? すんごい音鳴ってましたけどっ!」


 興奮した様子のアナスタシアをよそに、ラミウは気まずそうにアイザークを見上げる。

 アイザークは眉間に皺を寄せ、焔と煙を見つめていた。


「アイ……この状況を、どう思う?」


「どうもこうも、ふたりが舐めてるアレはなんだ。薬物のような匂いがする」


 彼の真面目な返答を聞いて、ラミウは思わず鼻を鳴らす。

 蜜と樹脂を混ぜたような香りは確かにするが、何なのかまでは判断がつかない。


「煙、答えてくれ! その男は、お前の探していた焔で間違いないんだな!?」


 煙はアイザークの声を聞き、焔の胸を押して繋がっていた唇を離す。

 そしてアイザークに視線を向けて、いつもの調子で明るく答えた。


「そうなのだ。探していた弟で間違いない」


「そうか……無事に見つかって良かったな。心の底から安心したよ」


 アイザークは煙から視線を外し、隣に立つ焔を指差す。


「次は弟の方に聞く。焔……お前、共通(カルパ)言語はそれなりに話せるみたいだな」


 共通(カルパ)言語とは、通称カルパヴリクシャ――

 サンスクリットで世界樹を表す言葉である。


 大樹から伸びる木の根のように世界中で使用されるこの言語は、国によってはバオバブ言語、星樹語などと呼ばれている。

 名称が多岐に渡るため、共通言語と纏めて呼ばれるのが一般的だ。


「姉者ほど得意ではないが、日常会話程度なら話せる」


「それじゃあ遠慮なく聞かせてもらう。お前たち……どこの組織の回し者だ?」


 アイザークが放つ冷静な声には、空気そのものを切り裂くような強い殺気が滲んでいた。

 彼の傍らに立つラミウとルウナは、迫力に負けて思わずたじろぐ。


「…………」


 焔はアイザークの質問に対し、まったく動じる様子がない。


「どうした、早く答えろよ。軍に口封じでもされてるのか?」


「腐朽の未来を受け入れた軍と、我が商会を一緒にするな」


 あろうことか、会話の途中で焔は腰の扇子を抜く。


「この野郎っ……少し短気が過ぎるんじゃないか!? 落ち着いて話も出来ないのか!」


 突然の臨戦態勢に、アイザークは腰を落として両腕を構えた。

 見かねた煙は焔の前に躍り出て、両腕を広げて立ちはだかった。


「焔、武器を収めるのだ。我は奴らに恩がある。少し話をさせてくれ」


 焔は眼下の煙を見て、再び腰に扇子を戻す。

 煙はそれを見て小さく頷き、アイザークとラミウに視線を合わせた。


「ラミウ、アイ、どうもありがとう。ふたりのおかげで、我は弟を見つけることが出来たのだ」


「良かったね、煙ちゃん……! みんなでベレナスへ帰ろうよ。少し待てば輸送車も来るし、診療所に帰って朝ご飯を食べよう?」


 敵対の気配を感じて、現実を直視出来ないのか――

 ラミウは煙に歩み寄るような提案を投げかける。


 煙は悲しそうに眉をひそめて、首を数回横に振った。


「ベレナスには帰らないのだ。今日はこのまま身を引いて……満月の夜に仕切り直す」


「仕切り直すってどういう意味……?」


「我らが次に会う時は、互いに敵だという意味だ」


 拒絶に近い言葉を受けて、ラミウは涙を滲ませる。


「どうして……っ、なんで煙ちゃんが敵になるの……? 私たち……煙ちゃんに悪いことでもした……?」


 数時間前まで、手を繋いで仲良く一緒に歩いていたのに――

 どうしてこんなことになってしまったのか、ラミウには何も理解できない。


「今日という日に限って言えば、この場においての悪者は我らだ。迷惑を散々かけた上、友達を襲ってすまなかった」


「謝らないで……煙ちゃんに対して怒ってないよ……。煙ちゃんも……弟さんにも、何か事情があるんだよね……?」


 そう問いかけると、ラミウは傍らのルウナに縋る。

 嗚咽ばかりが口から漏れて、とてもじゃないが会話にならない。


「……事情か。事情ならあるが個人的なものだ。ラミウやアイより大切で……命を掛けるに値する事情が」


 答える煙の声は、ほんの僅かに震えていた。

 大きな目には涙が滲み、表情は深い悲しみに歪む。


 そして何を思ったのだろうか――

 煙は突然、腰から巨大な扇子を引き抜いた。


 長い髪を翻しながら独特な舞いで皆の視線を集めると、自らの泣き面を隠すように、扇を顔の前に滑らせる。


「アイ……いいや、アイザーク! 我らは貴様の恩に報い、卑怯な真似は一切しない!」


 それはまさに、目にも止まらぬ一瞬のこと。

 扇子が通り過ぎると共に、悲しみに沈んでいた煙の表情は嘘のように消え失せていた。


 アイザークとラミウに向けられたのは、歯を剥きだした恐ろしい笑顔。

 敵を威嚇するかのような、背筋の凍る表情であった。


「これが我が郷に伝わる絶技! 相貌、姿、強さまで! 目にも止まらぬ速さで変わる!」


 煙は軽やかに舞いながら、焔の上体に絡みつく。

 そして限界まで顔を近くに寄せると、再び扇子を素早く開き、互いの口元を覆い隠した。


「「战斗羊(ジャンドゥーヤン)―― 订婚(エンゲージ)!」」


 放たれた異国の言葉と共に、煙と焔の身体から赤黒い粒子が立ち昇る。

 粒子は瞬く間に帯状となり、ふたりの全身を切り裂きながら覆っていく。


「アイ……あれってもしや、私たちと同じ……!?」


「いいや、一見似てるが俺たちと違う! おそらくあれは……外骨格(エグゾスケルトン)より原始的なものだ……!」


 アイザークとラミウの前に現れたのは、赤黒い装甲に覆われた二柱の戦士。

 全身を覆うアイザークの外骨格(エグゾスケルトン)と違い、生身の身体が所々に露出している。


「はははっ、原始的なものとはよく言ったものだ。貴様が想像するように……おれ達は機戦羊(バトルシープ)と相反する者!」


「我らの姿を不完全と侮ることなかれ! 元より我らは二人で一人。魂を分かつ战斗羊(ジャンドゥーヤン)だ!」


 煙と焔は互いに身体を絡ませて、巨大な一匹の怪物となる。

 その姿は一見、アイザークと同じ偶蹄目を思わせるもの。


 だが近くでよく見れば、それがまるで別種の存在であることは明白だった。


 全身を覆うのは毛並みではなく、脈打つように蠢く赤黒い蔦。

 羊の角を思わせる頭部からは無数の棘が枝分かれし、絡み合う肉と植物の境界は、歪に曖昧に溶け合っている。


 獰植物そのものを思わせる異形の姿に、その場にいる全員が圧倒された。

 怪物は凄まじい勢いで倉庫の屋根へと駆け上ると、地上へと続く天窓へ向かい跳躍する。


「「月が満ちる夜にまた会おう! 白耀(はくよう)商会の命の元、貴様らの命を頂戴する!」」


 宣戦布告の言葉と共に、煙と焔は地上の闇へと消えていった。


 アイザークとラミウは追うことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くす。

 後に残された静寂の中、ふたりは格子の破れた天窓を無言で見上げ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。