第32話「非常識なサブウェポン」
突如としてセルエネルギーを要求されたラミウは、思わず耳を疑った。
「こんなところでセルを分けるのっ!? 周りにはみんながいるんだよ?」
「言ってられない。扉を破壊するには、生身の身体じゃ絶対に無理だ」
アイザークはラミウの眼前に手のひらを掲げ、見せつけるように拳を握る。
手の甲に彫られた刺青に、蒼いセル光が駆け巡るが、光は一瞬で立ち消えてしまう。
「最後にセルを分けてもらったのが一昨日の晩だ。このままじゃ俺は力が出せない」
「あれ、そんな経ってたっけ? ごめん……すっかり忘れてた」
アイザークにセルを分けてやるのは、就寝直前の一時間ほど。
それに加えて、仕事の後は地下路で少し休憩を挟み、失ったセルを分けるようにしている。
しかし今日……もう昨日のことだが――
早朝に煙と待ち合わせをしていたせいか、ラミウは休憩を忘れていた。
日も跨いでいる今、アイザークの体内にセルがほとんど残っていない状態だ。
「仕事終わりにセルちょうだいって言ってくれてもよかったんだよ?」
「大丈夫かと思って。まさかこんな事になるとは思わなかったんだ」
ラミウは気まずい表情で唇を噛み、自らの胸を見下ろした。
よりによって、今日のトップスはカップ付きのカットソー。
「ラミウ……なんでそんな服を着てきたんだよ」
「まさかこんな事になるとは思わなかったの。私もあなたとまったく同じ」
胸元を露出するために脱げば、乳房まで露出することになる。
ラミウは一歩後ずさり、アイザークから距離を取った。
「もしも私が……ここで分けるのは嫌って言ったら……?」
「……押さえつけてでも無理矢理奪うよ。人の命には変えられないから」
アイザークはローブを脱いで、俯くラミウにそっと手渡した。
「恥ずかしかったらそれを羽織って。ラミウはそのまま棒立ちでいい」
申し訳なさそうに答えながらも、アイザークは迷うことなく裸になる。
汗ばむ逞しい肉体と共に、全身を這う異様な刺青が皆の眼前に晒された。
「エッッ……ラミウおねえちゃんっ!? アイくんは何をするつもりですか……っ!?」
「大丈夫だよ、アナスタシアちゃん。アイに少しだけセルを分けてやるだけだから」
「アイくんにセルを分ける……!? セルって分けられるものなんですかっ!?」
ラミウはアイザークの顔を見上げて、手に持ったローブを地面に落とす。
そして腕を交差させると、カットソーの裾に手を掛けた。
「ラミウ、ローブを羽織らなくていいの?」
「隠すと逆にエッチな気がして。脱いだらすぐにハグしてよね」
「分かった。迎えに行くから拒まないで」
ラミウは頷き、カットソーを勢いよくたくし上げる。
その動作を合図に、アイザークも腰を落としてラミウの上体を抱き締めた。
互いの胸が触れた瞬間、まるで稲妻が走るかのように周辺は蒼く眩く輝く。
「ふうっ……うぅ、強く吸われる感覚に慣れない……! おっ……おしっこ漏らしそうっ……っ!」
「無理させてごめん! 一分で済ますから我慢してくれ!」
体内の精気を奪われる感覚に、ラミウは全身を震わせた。
両腕をアイザークの背に回し、喘ぎながらも必死に耐える。
「アイっ……どうだろう、そろそろ大丈夫そう……!?」
「ああ、大丈夫そうだ! ラミウ、俺に命令してくれ!」
ラミウは頷き、指輪の嵌った左手を天に掲げる。
ふたりは自ずと声を合わせて、腹の底から強く叫んだ。
「「機戦羊〈迦亜羅〉――エンゲージ!」」
たちまちアイザークの背中が割れ、黒い粒子が血飛沫のように迸る。
黒い粒子はアイザークの身体を瞬く間に包み込むと、暗黒星石の結晶のように輝く装甲に変異した。
目の前で起こる異様な事態に、アナスタシアが悲鳴を上げる。
「きゃあああーーっ! お姉ちゃんが怖い化け物に食べられちゃうぅっ!」
「アナスタシアお嬢様! 私の後ろに隠れて下さい!」
ロドルフが腰からピストルを抜き、迦亜羅となったアイザークへ向けた。
アイザークは迦亜羅の姿のまま、慌てて情けなく両腕を上げる。
「ロドルフさん、落ち着いてください。こんなナリですが意識はあります」
すかさずラミウもカットソーを着て、アイザークの前に躍り出た。
「アナスタシアちゃん、落ち着いて! この姿のアイは私にとって、セルデバイスみたいなものだから!」
アナスタシアは怯えた様子で、ロドルフの背後から頭を出す。
「はうぅ……アイくんが、ラミウお姉ちゃんのセルデバイス……!?」
「アイにセルを分けてあげると、身体が強く丈夫になるの。まるでセルデバイスみたいでしょう?」
頭部から伸びる二本の角に、偶蹄目を思わせる鋭い蹄――
強く丈夫になるという言葉だけでは済ませられない変化である。
「どうしますか、お嬢様。ラミウ様の説明を真に受けますか?」
「セルデバイスだなんてとんでもない……! あれはどう見ても外骨格……軍が探している機戦羊なのでは……!?」
機戦羊は軍の上層部が秘密裏に開発している〈意志を持つ生体兵器〉である。
体内に格納した外骨格を展開し、オーナーを取り込んで鎧となるのだ。
アイザークが本当に機戦羊なら――
オーナーの安全に配慮して、行動を制御するための特別な装置があるはずだ。
アナスタシアは目を凝らし、ラミウの左手を注視する。
「お姉ちゃん、その指輪は何ですか? さっき蒼く光ってましたが……」
「これ? 変な話だけど……アイの首輪みたいなものかな? アイが言うには付けてた方が安全だって」
そこまで聞いて、アナスタシアは頭を抱えた。
(まずい……ほぼ確定かも……。まさかアイくん……サーカスから逃げたリベリアスなの……!?)
しかし、今一番に優先することは友達を助けることであり、アイザークの正体を追及することではない。
(そもそも、どうして……! よりによってお姉ちゃんがリベリアスなんかと……!)
そこまで考えてふと、アナスタシアは何かを思い出した。
それは特別許可地帯についての調査初日から、喉に刺さった小骨のように、アナスタシアの脳裏で引っ掛かっていたことだ。
アナスタシアはスマートデバイスを取り出し、SNSのアイコンを指でなぞる。
慣れた様子で返信画面を開くなり、思い切り縦にスクロールをして過去のやり取りを遡った。
(確かあの晩……ルウナちゃんが妙な画像を上げてたはず……!)
何日も返信を遡り、アナスタシアはついに目当ての画像を見つける。
サーカスが開催された晩に、ルウナが投稿した加工済みの写真だ。
スタンプで顔が隠されているが、写された人物はどう見てもラミウ本人。
メモの本文にはルウナが書いたであろう、妙なコメントが添えられていた。
――十年ほど前、ネオ・ベレナス近郊の森で、勇敢な少年が行方不明になりました。私はそれ以来、ずっと彼を探し続けています。
そんな文章から始まるメモは、以下のような内容が続く。
――あれから私は随分と成長してしまいました……。もう彼が私のことを分からないかもしれないと思うと不安です。
いくら人を探すにしても、若い女性の写真をSNSに上げるなんて危険すぎる。
そう感じたアナスタシアは、返信でルウナに注意するも、翌日の昼までルウナがタイムラインに浮上することはなかった。
おそらく電波の届かない場所にいたか、それどころじゃない何かがあって、有耶無耶になったかのどちらかだろう。
写真が現在も消えていないところを見ると、状況はおそらく後者だろうか。
「やっぱり……お姉ちゃんもあの日、ルウナちゃんと一緒にサーカスへ行ってたんだ……!」
元を辿れば、ディガンマの推薦でラミウのファイター登録を申請した際も、書類に貼られた証明写真を見て妙な引っ掛かりを覚えた記憶がある。
あの時はディガンマに話をはぐらかされて、ルウナの投稿した画像の件まで行きつくことが出来なかった。
「はうう……ディガンマ先生が昔話なんてするから……!」
あの時点で気付いていれば、直接その場でルウナから話を聞けたかもしれない。
探していたリベリアスも早々に見つかり、今のような危険な事態も起きなかったはずだ。
「……そもそも先生は、どうして私にラミウお姉ちゃんを直接推薦したんだろう」
アナスタシアはディガンマと交わした言葉の数々を思い出す。
――えっと……メインウェポンはブラックアックス……、髪飾りと指輪はサブウェポンですか……?
あの時、確かにアナスタシアは指輪の存在に気が付いていた。
自分が放った言葉に対して、ディガンマは飄々と笑って返す。
――そんなところです。アクセデバイスは安いものではありませんから。紛失した時のために、一応登録しておこうかと。
証明写真に映るラミウはディガンマが言う通り、ハイブランドの髪飾りを装着していた。
もっともらしい話に気を取られて、アナスタシアは指輪のことなどまるで気にも留めなかった。
――事情があって、本人が窓口に行けないんです。ここはひとつ、私の推薦ということで。
窓口に行けない事情は、ラミウ本人ではなく武器の方にあったのではないか。
おそらく書類に記載された指輪は、生体兵器を制御する非常識なサブウェポン。
アナスタシアの直筆サインと、アストラヴァナ領の捺印を貰うなり、ディガンマは満足そうに笑っていた。
――ラミウの場合は誰の目を通すかが重要なので。
ベレナスで申請していたら、書類はデルタ・コアに郵送されていただろう。
リベリアスの捜索で血眼になっているデルタ・コアの上層部が、制御装置の正体を知らないはずがない。
アナスタシアの兄であるアルマンも、確実に書類に目を通すだろう。
ラミウの書類に記入された指輪の文字に気が付かないわけがない。
(まさか先生……お兄様がリベリアスを探しているのを知っていて、デルタ・コアの捺印を避けた……!?)
アナスタシアはあまりの恐怖に全身を激しく震わせる。
それを見たアイザークは慌てた様子で、ロドルフの背後を指差した。
「ロドルフさん……主人が豪い震えてるぞ。俺よりそっちを心配しろよ」
「……はっ! お嬢様、気を確かにっ!」
ロドルフはすぐさま跪き、アナスタシアの肩を持つ。
アナスタシアが怯えているのは目の前のアイザークなどではなく、機戦羊を探す兄の存在。
兄が執着する対象が、自分の管理下に置かれている状況だった。
「お嬢様、十分以内に銀星館からの援軍も来ます! 気を確かにしてお待ちください!」
「だっ……ダだだ駄目だよぉっ、援軍なんて呼んじゃ駄目っ! アイくんのことを秘密にしなきゃっ、お兄様に嫌われちゃうっ!」
アナスタシアは喚くなり、アイザークと元へ駆ける。
「直属の上官であるアナスタシア・ド・サガンが命令しますっ! アイくん、その身体で今すぐルウナちゃんを助けだしてっ!」




