第31話「明け透け」
時刻は深夜、午前0時を回った頃――
ルウナが謎の男を巨大冷凍倉庫に誘い込んでから、一時間が経とうとしていた。
男の動きを止めることには成功したものの、倉庫で死なれては寝覚めが悪い。
かと言って、対策を講じず朝まで生かせば、倉庫の扉が開いた瞬間に殺されるのが目に見えている。
「リベリアスの情報を教えるからさ……あたしと友達の命だけは、見逃すって約束して?」
「何故、友の命まで条件に含める?」
「あのサーカスへはラミウと……友達とふたりで行ったからさ。その子があんたに追われたら嫌だし」
詳細を語るには、あの場に居合わせたラミウのことにも触れなければならないだろう。
ルウナは予め同行者の存在を明かすことで、交渉材料にラミウの身の安全も含めようとしていた。
「どうかな……明け透けに話す代わりにさ。悪くない条件だと思うんだけどー」
男は口元を手で覆い、温めるように息を吐く。
ルウナの条件を聞いて、どうするか考えているのだろうか――
一分ほど無言を貫いた後、男は白状するかのように弱々しく呟いた。
「襲った相手に言うのも何だが……お前の提案はとても助かる。おれは会話が苦手だから、情報を聞き出すのも得意じゃない」
「あはは……だろうね。まずは奇襲癖を直した方がいいよ。腹を割って正直に話せば、分かり合えるかもしれないしね」
そして男は胸の前で拳を包み、ぐっと小さく力を込めた。
「おれの名は焔。この名に誓い、今回だけはお前を見逃すと約束しよう」
「うん、よろしくね焔くん。あたしのことはルウナでも何でも適当に呼んで」
今更ながらに挨拶を交わし、停戦協定が結ばれる。
ルウナは安堵に微笑んでから、サーカスへ行った当日のことを、ゆっくり丁寧に話し始めた。
「元々あたしはバイミー経由で、団長に仕事を振られてたのさ。サーカスにまったく関係ない、雑用みたいな仕事をね」
サーカスへ赴くに至った経緯と、ラミウと出会ったあの日のこと――
セルエネルギーを放つ結晶を回収するという名目で、同僚の男と共にCR機でベレナスへ向かったことなど。
その結晶はなんと〈眠りについた人間〉であり、偶然その場に居合わせたラミウに回収計画を阻止されたことまで。
「ラミウは強き者の女の子でさー、クソオジよりも全然強いの。あれは痛快だったなー」
「クソオジとはNF70494のことだろうか」
「そうかな? いくら仕事だとしても、人として駄目なことはしたくないから……結局あたしもラミウに加勢しちゃったんだよねー」
「NF70494を裏切り、ラミウと共に立ち向かったということか」
「そんな感じ。結局、任務は失敗してー、クソオジはひとりで逃げちゃったんだー」
NF70494は、あろうことかルウナを置いて、CR機に乗ってアストラヴァナ領へ引き返したと――
そこまで聞いて、焔は肩を揺らして笑う。
「ふははっ、想像したら滑稽だ。まさか本当に尻尾を巻いて逃げ出していたとは」
「ねーっ、ホント酷いでしょー!? まーでもそのおかげでー、ラミウと友達になれたからいいんだけどさー」
年齢の近いラミウとは、すぐに打ち解けて友達になった。
ラミウはアストラヴァナへ行くために、診療所に住み込みで働きながら、必死に金を貯めていたのだと。
「だけどさ、ラミウったらすっごく田舎娘なんだよね。バイミーも知らないしSNSだってやってないの」
「スマートシティ外で暮らす者など、大体はそんなものだろう」
「そんなもんかなぁ? チュナールだって、そんなに都会って感じじゃないけどー」
ルウナは引き続き、焔に対して経緯の説明を続ける。
任務失敗を挽回するために、ルウナはラミウを誘って一緒に稼ぐ計画を立ち上げたと。
低評価を付けられる前に、団長が公開している別の案件を受注することにしたのだと。
「その中にさ、サーカスに出演する強き者を勧誘する案件があったんだよねー」
「サーカスに出演する強き者を……?」
「そう。それであたしがラミウを団長に紹介して、紹介料と出演料を、ふたりでガッポリ山分けしようって話になったの」
強き者は各々に特殊能力が備わっているため、サーカスの演者としては持ってこいだ。
ルウナもラミウも団長の催すサーカスが、普通のサーカスだと信じて疑わなかった。
「サーカスの場所は団長の住所欄に書いてあったから、ラミウと徒歩で特別許可地帯に行ったんだー」
「嘘だろうと疑いたくなる。そんな杜撰な状態で、サーカスへの導線が引かれていたとは」
「よくわからんけど、強き者なら誰でもウェルカムって感じはしたー」
当時のベレナスでは強き者が行方不明になる事件が多発していた。
おそらく、団長が何らかの手段で強き者を片っ端から勧誘していたのだろう。
「サーカスに着いて驚いちゃった。やってることはショーなんかじゃなく殺し合いだもん。殺しても死なない生体兵器と、強き者たちのバトルロイヤル」
外へ情報が漏れなかったのは、多くの強き者たちが生体兵器に殺されるか、監禁されていたからだとルウナは語る。
団長は富裕層に生体兵器を売るため、リベリアスと強き者たちを戦わせて、法外な強さをプロモーションとしていたのだと。
「あのさ……あんたの探してるリベリアスなら、あの夜にみんな逃げちゃったよ。あたしは途中で帰ったから、その後のことは全く知らない」
「団長がどこへ行ったかも知らないのか?」
「それは知ってるー。解放されたリベリアスにリンチされてた。パッと見で多分、死んだんじゃないかなー?」
そこまで話して、ルウナはチャンチャンと音頭を唱える。
「まぁ、ザッとこんなとこかな。ここから先は眠らないように一問一答で答えるよ」
「話を聞く限り本当に、偶然行って見てきただけ……という感じだな」
「最初からそうだって言ってんじゃん。軍のお偉いさんとか、よほどのセレブとかじゃない限り、リベリアスのことなんて知らないんだって」
ルウナは胸の谷間から、スマートデバイスを引っ張り出す。
時刻はもうすぐ午前1時。
ルウナがアナスタシアに助けを求めて、一時間近くが経っている。
「あのさ、焔くんはどうしてリベリアスを探してるの? あいつらガチで化け物だよー? 関わらない方がいいんじゃないかなぁ」
「姉者の血を血で洗うため。姉者の病を治すには、相応の〈血清〉が必要だ」
駄目元で聞いたルウナの質問に対し、焔はすんなりと答えてくれた。
明け透けに話す正直なルウナに、心を許してくれたのだろうか。
(家族のため……予想外にマトモな理由だった。村のためとか仇討ちとか、時代錯誤な理由なのかと)
何しろ自らの姉を姉者と呼ぶビンテージぶりだ。
ルウナは微睡む焔の顔を、今一度よく観察してみる。
「焔くんの肌……陶器みたいに滑らかだし、落ち着いて見ると美形だよね。お姉ちゃんも美人そうー」
「姉者はおれより美しい。完璧な姉者に恥じぬよう、身なりだけは整えている」
「そんな化粧して、汗をかいたら肌荒れしないー? あたし、ライブの後とか必ずニキビ出来るんだけどー」
「それは落とし方が悪い。油で浮かせてから、しっかり漱げば問題ない」
焔が言うには、クレンジングの方法にコツがあるらしい。
乾いた手で油を取り、皮脂と化粧を浮かせてから、手に少しずつ湯を足して馴染ませて、乳化させる工程を挟むのだと。
「乾いた顔と手でやるのがコツだ。熱い湯を少しずつ馴染ませるのは、浮かせた汚れを流すため」
「すご。あたしより丁寧にケアしてんだねー。美容アカ作ったら人気になるかも」
ルウナの言葉をすべて理解出来ていないのだろうか――
不思議そうに呆ける焔の表情は、どことなくラミウを彷彿とさせた。
「はぁ……しかし、姉者は今どこにいるのだろうか。きちんと顔を洗えているか、それがとても心配だ」
「どこにいるって? お姉ちゃんの居場所、わからないの?」
「旅の道中ではぐれてしまった。姉者はおれがやってやらんと、満足に化粧も落とせない」
「そっか。でも、お姉さんだって子供じゃないから大丈夫でしょー。焔くんって今いくつ?」
自らの年齢を数えているのか、焔は無言で指折り考える。
「……今年で十八になる。姉者も同じだ。おれと姉者は双子だから」
「偶然っ、あたしも同じ十八歳! 焔くんって見かけよりも若いんだねー」
秀麗な容貌と魁偉な体躯から、てっきり二十歳を越えているものかと思っていた。
「でもさ、十八なら大丈夫じゃないかなー? その年齢なら宿に一人でも泊まれるしさー」
予想より若かったとはいえ、十八歳ならば過度に心配する年齢でもない。
ルウナの言葉に焔は顔を青くして、不安そうに眉をひそめた。
「それでも心配だ。姉者の身に何かあったら……考えるだけで狂ってしまう」
「実の姉にそこまで思うなんて、焔くんはお姉ちゃんが大好きなんだね」
「大好きだ。おれは姉者を、この上なく愛している」
「……めっちゃ言うじゃん。その気持ちって、外で言っちゃって大丈夫そ?」
ストレートな物言いに、思わずルウナは面食らった。
ネオと人間の交配が許されるようになった現代でも、近親相関はタブー視されている。
「姉者のためなら、この命すら惜しくはない。姉者を病から救うためなら――」
焔は自分の発言を恥じず、ルウナが引いているのも構わず、姉への想いを素直に連ねた。
「機戦羊と刺し違えても……外骨格を奪ってやる」
機戦羊に外骨格――
焔の口から出た言葉を聞いて、ルウナは思わず動揺に顔を強張らせた。
「はは、顔色が変わった。さてはサーカスで見ただろう。軍が秘密裏に開発する、異質な黒い怪物の姿を」
他愛ない話から一転、一問一答は尋問に変わる。
緩んでいた焔の表情も、再び冷たく怒気を孕んだ、鬼のような表情に変化していた。
「明け透けに話す……それが見逃す条件だ。お前も、お前の友達も」
「う……うん、その怪物なら見たかもだわ。適当なことは言えないから……ちょっと詳しく思い出すね……」
ルウナは手のひらを顔面に押し当て、目を閉じて暫し考える。
(やばい……完全に油断してたっ! やっぱりコイツ、アイくんのことを探してるんだ!)
詳細を語る上で、ラミウの存在を明かしたのは、アイザークの存在を隠すためでもあった。
焔にラミウを追わせなければ、アイザークの存在にも辿り着かないことを見越してだ。
(嘘をついても絶対にバレる……あくまで本当のことだけ話して、なんとか隠し通さなきゃ)
アイザークのことを焔に話せば、ルウナは友達を売ることになる。
機戦羊の実態を知れば、彼のバディであるラミウは十中八九見逃してもらえないだろう。
「うん……機戦羊なら、この目で見た。奴が会場をメチャクチャにして、みんなパニックで逃げ出してたよ」
「暴走したか何かだろうか? 機戦羊に自我はあるのか?」
「何を考えているかまでは、傍から見ても分からないよ」
言葉に嘘偽りはない。
まったくその通りである。
アイザークはルウナから見て、何を考えているのかまったく分からない男だった。
性格は素直で、驚くほど穏やか――
会話は聞き手に回ることが多く、あまり自分から話題を振らない。
子供たちに群がられても、嫌な顔をせずされるがまま。
ルウナが雑に話を振れば、長考をして話が数秒止まってしまう。
現状の印象では捉えどころがないというのが本音だ。
もっとも、ルウナとアイザークはそれほど長い時を共有していないというのが現実なのだが。
「奴が今、どこにいるかも知らないのか?」
「知らない。サーカスの日から何日も経ってるし」
連絡先を交換しておけばよかったと、ルウナ自身も思ったばかりだ。
彼と通話ができるものなら、とっくのとうに連絡している。
ラミウと連絡が取れない今、アイザークの居場所など知る由もない。
「焔くん……他に何か知りたいことは? 知ってることしか言えないけど」
「どうして、おれと目を合わせない? 質問されるのが怖くなったか?」
「…………」
すっかり胸中を見透かされ、ルウナの瞳に動揺の涙が浮かぶ。
もう駄目かと思ったその時、突如として、扉の向こうから複数の慌ただしい足音が聞こえた。
ルウナは耳をピンと立て、扉の方へ意識を向ける。
何者かの手によって、鉄の扉が外から激しく叩かれた。
「ルウナちゃん!! 中にいたら返事をしてっ!!」
「――シュガーちゃん!? うそ……っ、来てくれたんだ!!」
ルウナは咄嗟に立ち上がり、ダンボール片手に扉の前へと駆けて行く。
肌が金属に触れないように、扉と顔の間にダンボールを噛ませ、ルウナは耳を押し当てた。
「ルウナ様、大丈夫ですか……!? どこか怪我はしていないですか!?」
「ロドルフさんまで……! 大丈夫だけど早く開けてっ! あたしを含めて、中に人が三人いるの!」
人数を聞いて驚いたのか、扉の向こうで人の気配が慌ただしく動く。
機動隊の数にしては妙に少なく、取り巻きにしては数が多い。
「ねぇ……もしかしてだけど、シュガーちゃんの他に誰か来てるの!?」
「はい! ここまでは、お姉ちゃんたちと一緒に――」
「ルウナ! 私とアイも一緒に来たよっ! ああ……本当に無事でよかったっ!」
アナスタシアの声に割り込んできたのは、何も知らないラミウの声。
この状況で今一番、遠ざけておきたい存在たちが、扉を隔てた先にいた。
こちらの苦労も知らないで、なんて間の悪い連中だろうか。
ルウナは涙目で天を仰ぎ――
「うわぁぁーーんっ、田舎者はどうぞお帰りくださぁぁーーいっっ!!」
まるで遠吠えするかの如く、ラミウに向けて思いの丈をぶちまける。
「はあぁっ!? 田舎者って失礼じゃない!? せっかく来てやったのにっ!!」
「お呼びでないっ、お呼びでない!! いいからさっさと家に帰ってぇっ!」
「私もアイも、ルウナを心配してたんだよ!? そんな言い方しなくてもいいじゃんっ!」
ルウナの言葉を聞いたラミウは、案の定カンカンに腹を立てた。
ふたりは扉を挟んで、暫し文句の言い合いとなる。
何が悲しくて、この状況で友達と喧嘩しなければならないのか。
埒が明かないと判断したのか――
厚い扉の向こうから、男の小さな溜め息が聞こえた。
「ラミウ、そこをどけ。おそらくルウナは錯乱している」
「アイ……私たちはどうすればいいの……?」
「倉庫の扉をぶち破るぞ。少し姿を変えるから、俺にセルを分けてくれ」




