第26話「真夜中に鬼が戸を叩く」
ポータルゲートから海鮮市場まで、早足で歩いて約20分。
ルウナは自宅に帰りつき、荷物を置いて準備に取り掛かる。
勝手口から台所へ上がり、暖簾をくぐって洗面所へ。
歯ブラシを人数分取り出して、タオルを変えて風呂を洗う。
「ラミウとチビちゃんにはムームーでも着てもらうか。胸のところもゴムだから、ラミウのデカパイも入るでしょ」
ルウナはクローゼットから部屋着を二枚取り出して、重ねた布団に放り投げる。
そしてふと、アイザークの存在を思い出し、ルウナは物色する手を止めた。
「やば……アイくんの寝巻きどうしよう。おじいちゃんの腰巻きで大丈夫かな……」
自宅に男が泊まること自体が初めてである。
ルウナは慌てて祖父の部屋へと走った。
桐の箪笥を開けて祖父の服を広げてみるが、痩せていたこともあり服のサイズは小柄なルウナよりさらに小さいものばかり。
スカートタイプの腰巻きも、丈が短くアイザークの膝まで隠してはくれないだろう。
「ぶはははっ、ミニスカート! こんなの履いてるアイくんとか、笑っちゃって直視出来ないっ!」
それに、どの服も長くしまっていたせいか、ナフタリンの臭いが染みついている。
ルウナは服探しを諦め、腰巻きを箪笥の奥へと乱暴に戻した。
「まあ、いざとなったらパンツ一丁でいてもらうか。下着くらいは自分で持って来てるでしょ」
寝室の準備を済ませ、散らかった居間を片付ける。
テーブルを拭き、雑誌を重ね、推しの祭壇に目隠しをして、休む間もなく冷蔵庫へ。
「お菓子もあるし、ジュースも冷えてる。あ……ハブ茶もいっぱい沸かしとかなくちゃ!」
ハブ茶とは、ケツメイシの種子を焙煎した健康茶である。
麦茶に似た風味でノンカフェインのため、夜間でも気にせず飲めるのが利点だ。
血圧の高かったルウナの祖父は、甘いチャイよりハブ茶を常飲していた為、ルウナも自然と好むようになった。
祖父が亡くなり、すっかり大人になった今でも、ルウナはハブ茶を毎日沸かして冷蔵庫に常備している。
台所へ向かう為には、物置と化した薄暗い店舗の前を必ず通り過ぎなければならない。
店舗だった土間には大量の木箱が乱雑に積まれ、それぞれの隙間から嫌というほど気配を感じる。
中でも恐ろしいのは、街灯に照らされた店舗入り口――
木製の格子に擦りガラスが嵌められた古い引き戸である。
前を通るたびに、店先に誰か立っているんじゃないかと、嫌な想像を巡らせてしまう。
今はもうすっかり慣れてはいるが、祖父が死んだばかりの頃は、廊下を通るのが怖くて堪らなかった。
なにしろ、祖父が営んでいたヤオヨロズ骨董店には、いわくつきの物も多く揃っている。
死に目が映る桃の鏡や、髪が伸びる人形。
箱に収めてはいるものの、中には勝手に動き出すものまで。
中でも目に余るのは、暗黒星石で作られた孫の手――
祖父が大昔に知人から譲り受けたというセルデバイスだ。
物置に残っている祖父のコレクションの中でも、最強のいわくつき物品らしい。
なんとこのセルデバイス、ルウナが見ていない隙に勝手にあちこち移動するのだ。
どういうわけか本日も、店舗へと続く廊下の前に、例の孫の手が並べられた状態で置かれている。
「……まーた勝手に脱走してる。盗まれちゃっても知らないよー?」
軽口と共に、ルウナは廊下を強気で進んだ。
過去の経験から、いわくつきに対しての扱い方は慣れている。
そういうものだと理解して、意味や由来を詮索せずに、あるがままを受け入れることだ。
「どうしたのさー。店先に爪を向けちゃって。グルグル唸っても誰もいないよ?」
もちろん、孫の手は沈黙したまま唸り声など上げていない。
孫の手に対する犬のような扱いは、ルウナが設定した仮想イメージであった。
ルウナは恐れを払うため、勝手に動く孫の手に対し、番犬の姿を重ねているのだ。
ちなみに、想像しているビジュアルは黒いフワフワのポメラニアンである。
「キミって本当に不思議だよねー。何度売っても、どこに捨てても、あたしの傍に帰ってくるんだからさー」
このセルデバイスは値段が付けられない物品だと、祖父は生前よく言っていた。
価値があるという意味ではなく、文字通り誰にも売れないのだと。
――おそらく、キベルネテスの身体の一部だ。縁起の良い御守りだから、ルウナが大人になったらあげるよ。
いわば、祖父から孫への最後のプレゼントである。
〈孫の手〉という名称も、祖父が勝手につけたものだ。
本当の名前は知らないし、わざわざ調べるつもりもない。
ルウナは孫の手を拾い上げ、土間を降りて店舗へと入る。
「まったく、どういう原理なんだろうねー。呼べば来るから便利だけどさー」
カウンター脇に置かれたショーウィンドウの蓋を開けて、ルウナは孫の手を中へ収める。
「ごめんね……あんまりキミを構えなくて。寂しい思いをさせてるよね……」
最近はすっかりレジ打ちのパートが板についてきたところだ。
孫の手の使用頻度は、バイトをしていた時と比べたらゼロに等しい。
もしかしたら、以前のように一緒に外へ連れ出してくれと、ルウナに要求しているのかもしれない。
(そうだったら本当に犬じゃん。ビジュだけ見ればラミウの斧や、ディガンマの帯に似てるけど……みんなのデバイスも動くのかな?)
ルウナはショーウィンドウに布を掛け、廊下へ戻ろうと顔を上げる。
そしてふと、擦りガラス越しの店先に立つ、巨大な女を横目に見た。
「……っ!」
ルウナは咄嗟に、視線を入口の戸へ向ける。
擦りガラスの向こう側には誰もいない。
「今……そこに誰かいたような……髪の長い女の人が……」
呟くと同時に、ルウナの背後でクスクスと小さな笑い声。
ルウナは肩を震わせて、声のした方へ身体を向ける。
いつからそこにいたのだろうか――
積み上がった木箱の影で、小さな幼女が蹲り、桃の手鏡を覗いていた。
「|ハオジン。イェン フイ シーファン《いい鏡。イェンが好きそう》」
幼女が手にしているのは、覗いた者の死に目が映ると言われている、いわくつきの手鏡だ。
ルウナは悲鳴をグッと飲み込み、蹲る幼女に話しかける。
「チビちゃんさぁ、ラミウが言ってた煙じゃないよね? どこから家に入ってきたの?」
幼女はパッと振り返り、大きな瞳でルウナを見上げた。
白目の少ない黒目がちの目が、怯えるルウナを真っすぐ見据える。
「|ニーレンシー、イェン《イェンのことを知っているの》?」
「えっ、それ何語……? あんたどこの国の子さ」
幼女はまるで甘えるように、ルウナの両脚を強く抱き込む。
小さな身体の温かさに、ルウナは幼女の正体が幽霊ではないと確信して、心の底から安堵した。
しかし、ホッとしたのも束の間――
幼女は両目を見開いたまま、口をポカリと縦に開く。
「哈哈哈哈哈哈哈哈哈ー」
そして突如として、幼女は無表情のまま笑いだした。
抑揚のない笑い声が、薄暗い店舗に響き渡る。
「ぎゃっ、ぎゃああーーっ!」
あまりにも不気味な表情に、ルウナは怯えて幼女の肩を押し退けた。
「やだぁ怖いっ! あんた一体なんなのさぁっ!」
「|ブーシュオ。バンチーライ《お話にならない。拘束して》」
幼女は静かに呟くと、ルウナに向けて手鏡を向ける。
ルウナの目に飛び込むは、恐怖に歪んだ自身の顔と、背後に仁王立つ巨大な影。
気配もなく酒瓶を掲げ、振り下ろさんとする何者かの姿があった。
「うぎゃああーーっ! 誰ぇーーっ!?」
本能で危険を察知したルウナは、身体が動くままに幼女を飛び越え、店先にあるカウンターの中へと転がり込む。
その瞬間、今しがた立っていた場所の方で、酒瓶の割れる音がした。
「外したか。さすがは狐、逃げ足が速い」
何者かが発する、落ち着きのある硬い声――
例えるならば、太い木を打つような芯のある音。
(この声、まさか男の人!? どうしよう、心当たりがないんだけど……!?)
その瞬間、カウンターに向けて割れた酒瓶が投げ込まれた。
酒瓶はルウナの足元に落ち、破片となって床に散らばる。
(うひぃ、乱暴……っ、掃除する方の身にもなってよ……!)
そして、割れた瓶を目の当たりにして、ルウナは途端に血相を変えた。
「うああっ! このお酒……VIXROSEのコラボ焼酎じゃんっ! 配信見ながら飲もうと思って、ソウル支部から取り寄せたのにー!」
ルウナは思わず立ち上がり、カウンターから上体を晒す。
警戒が解ける一瞬の隙を見計らって、幼女はすかさずカウンターの上へと登り、ルウナの顎を足で思い切り蹴り上げた。
「――キャウンっ!」
ルウナは甲高い鳴き声を上げて、バランスを崩し後ろに仰け反る。
「イェン、シャン!」
幼女に続き、男は積まれた木箱の上を飛び移るように駆けた。
巨大な体躯からは想像できない身軽さで、カウンターの上へと勢いよく着地する。
そして上から掬うように、仰け反って晒されたルウナの首を、男は右腕で掴み取った。
「ぐええっ! ちょ……っ、急に何っ!?」
男はそのまま立ち上がり、右腕を掲げてルウナの身体を天井付近まで持ち上げる。
「ぐわあっ、それはガチでヤバイって……じ……じぬぅーーっ!」
呼吸が出来ない苦しさから、ルウナは両脚を空中で何度もバタつかせた。
白目を剥くルウナを見て、幼女が慌てて男の脚を蹴りつける。
「|イェン、ウェンチンバオ。ハイブーシャー!《イェン、情報を聞いて。まだ殺さない》」
「あ……そうだった。ごめんなさい……」
男は幼女に謝って、カウンターから床へ降りると、ルウナの身体を壁に強く叩き付けた。
頸椎が折れてしまわないよう、首を絞める手はそのままに、男はルウナの股下に太い脚を割り込ませる。
首に掛かっていた全体重が、男の脚に乗ったことで、ルウナは正気を取り戻した。
「げほっ、ケホッ……オエェーーッ!! DV野郎……女の首絞めるとか、ガチで洒落になってないって……!」
ルウナは激しく咳き込みながら、男の顔を強く睨む。
そして、男の奇妙な容姿を見て、ルウナは嫌悪に顔を歪めた。
白粉を薄く塗った白い肌に、黒々とした長い髪――
口元と目尻には鮮やかな紅まで差している。
「はぁ……はぁ……今日会う男、みんなキモいッ……! なにその化粧……ガッチガチの身体のくせに、女みたいな顔してさ……!」
「おれへの侮辱は姉者への侮辱。余計なことを口にするな」
「あねじゃ……? プフッ、なにその呼び方、ダッサー……。いつの時代に生きてんだよ……!」
男は小さく舌打ちをして、腰帯から棒を引き抜く。
幾重にも束ねられた形状を見ると、棒の正体は扇子のようだ。
「痛い目を見なきゃ黙らないようだ」
男はルウナの胸に扇子の先端を押し当てて、撫でるように一閃した。
持ち手を握って開かぬまま、刀か何かで切りつけるように――
ルウナは胸に冷たさを感じ、恐る恐る眼下を見た。
柔らかな乳房はパックリと裂け、ルウナの胸から大量の血が、鼓動と共に噴き出している。
「ひいぃっ、あ……ああぁっ……!」
あまりの恐怖を前にして、ルウナは言葉を詰まらせる。
男は血濡れた扇子を広げ、面でルウナの頬を叩いた。
「|老輩子代代相伝、千紅満花園――《古き代より受け継がれし、千の紅き花園を見よ》」
頬に感じる冷たさから、男の扇子は鉄扇であることが窺えた。
金で描かれた獏の絵が、伝い落ちる鮮血に染められていく。
「これは悪夢の触りに過ぎない。深い絶望から事態は一転、まばたきする間の一瞬で変わる」
言葉と共に、男は左腕で扇子を掲げ、ルウナの胸を大きく仰いだ。
失血で霞む視界の前に、赤黒い粒子が吹雪のようにハラハラと舞う。
「う……ううっ、なんかおっぱいがめっちゃカユい……っ!」
途端にルウナは胸に強烈な痒みを感じ、視線を再び眼下へ落とした。
一体どういう仕掛けだろうか――
パックリと裂けていたはずの胸は、血の跡を残すだけで今や傷ひとつ存在しない。
薄れかけていた意識も、何事もなかったかのようにハッキリしている。
「あ……あれ……? あたし今……クソデカ扇に切られたはずじゃ……!?」
両手で胸をまさぐってみるが、強い痒みがあるだけで、痛みは一切感じなかった。
服についた血の汚れを見ると、幻覚や夢とは考えにくい。
「悪夢の果てを見たくなければ、質問に対して正直に答えろ」
男は下衣に手を突っ込み、スマートデバイスを引きずり出す。
パスワードを入れて待ち受けを開き、画面に表示されたアプリのアイコンを指で撫でた。
「お前、サーカスへ行っただろう。この男と共に。特別許可地帯で何を見た」
言葉と共に、男はルウナにスマートデバイスの画面を向ける。
デバイスの画面には見慣れたバイミーのUIと、見知った男のプロフィール画像が表示されていた。
「はぁっ!? それ、あのクソオジのスマートデバイスじゃん! なんであんたが持ってるわけっ!?」
「おれは何も答えない。お前が質問に答える側だ。あの会場でリベリアスを見ただろう。奴らの居場所をおれに教えろ」
「偉ぶらないでっ、言いたいことだけ言わないでっ! こうやって乱暴に胸ぐら掴んで、人に物を聞く態度じゃないよっ!」
乱暴を受けた怒りに任せて我を忘れるルウナを見て、男は静かに溜め息をついた。
そして、困った様子で眉を顰めて、足元に座る幼女に向かい、流暢な異国語で話しかける。
「|怎么办啊、桃娘……这孩子一直在生气、根本没法好好说话……《どうしよう、桃娘さん……。この子、怒ってばかりでちっとも話が出来ないよ……》」
「|ランターグアイ、ランターミンバイ《おとなしくさせて、わからせて》」
「|我其实不太想说太难听的话……还是用小孩子也能懂的方法吧《あまり乱暴を言いたくないんだけどな……。子供でもわかる伝え方にしよう》」
男は再び鉄扇を閉じ、切っ先をルウナの下腹部に当てる。
「お前、カエル風船を知っているか?」
「……なに急に。ケツ穴にストロー突っ込んで膨らませるやつ?」
「うまくやるにはコツがある。肛門に蕗の先端を入れて、手応えがなくなるまで掻きまわすんだ。すると中が拡がって、カエルも高く鳴くようになる」
「し……知らないしっ、怖いこと言わないでよ……! その遊び、残酷だからしちゃいけないって言われてたもん!」
「無駄口を叩き続ければ、お前の腹で試すことになるぞ。おれが掻き混ぜて鳴かせてやろうか」
男は扇子の切っ先を股下へと滑らせ、ルウナの恥骨を親指で押した。
ルウナは男を睨んだまま、両目に涙を滲ませる。
「……っ、う……ふうっ……ぐすっ……ふええっ……!」
堪えてた恐怖が限界に達したのか、ルウナは口から嗚咽を漏らした。
股下の扇子に失禁した尿が伝い落ち、男の太腿をぐっしょりと濡らしていく。
男はギョッと目を見張り、再び足元の幼女を見た。
「|……弄哭了。我明明已经尽量说得委婉一点了……《……泣かせちゃった。直接的な表現は避けたつもりなんだけど……》」
「|ズイチャージン。ナージョンビーユー、リェンウォーイエジュエダブータイハオ……《最低。その比喩はあたちでもどうかと思う……》」
「|……嗯。早知道、直接威胁可能还比较好……《うーん……素直に脅した方がマシだったかな……》」
男は扇子を股下から抜き、軽く振って尿を払う。
ルウナはさめざめと泣きながら、小さな声で語り始めた。
「くすん、くすん……っ、私は何も関係ないよぉ……サーカスだって、たまたま迷い込んだだけなんだからぁ……」
「秘密裏の催しだぞ。悪人や肥えた豚共が集まる法外な博覧会だ。迷い込むなど不可能なはず」
「知らないよぉ……行けちゃったもんは、行けちゃったんだもん。あたしが襲われる理由なんて、これっぽっちもないんだからぁ……っ!」
男は小さく息を吐き、ルウナの首から手を外す。
ルウナは力なく前のめりに体勢を崩し、男の胸へと倒れ込んだ。
「……ねぇ、口封じに殺すんでしょう? 遠慮せずに、さっさとあたしを襲いなよ……!」
「殺さない。情報を持つ者を教えてくれれば、命だけは助けてやる」
「なにそれ……かっこつけてないで早く来なよっ! 気が変わらないうちに……〈今すぐあたしの傍に来て〉っ!」
ルウナの懇願と共に、傍らで何かが開くような物音が鳴る。
男は視線をカウンターの脇へ――
扉の開いた空のショーウィンドウへと移した。
その瞬間、足元の幼女が驚いた様子でルウナを指差す。
「|イェン!ナーガニューレン、ナーザウーチー!《イェン! そいつ、武器を持ってる!》」
幼女の咄嗟の叫びと共に、男の脇腹に重く鋭い痛みが走った。
黒い鉤爪に覆われたルウナの五指が、脇腹に深々と食い込んでいる。
「――来てくれてありがとう、あたしの孫の手! 呼んだらちゃんと来てくれる……やっぱりキミは縁起のいい御守りだね……!」
「ぐふっ……こっ、この女狐がぁぁーーっ!」
ルウナは両手を強く引き、男の脇腹を鉤爪で切り裂いた。
男は口から鮮血を吐いて、カウンターの上へと仰向けに倒れる。
その隙にルウナは廊下へ上がり、勝手口に向かって猛然と走った。
「悪いけど、友達を売るわけにはいかないんだ! あんたらが追ってる奴らについては、身に覚えしかないんだよねっ!」
台所脇の勝手口は、ルウナが普段、玄関として使用しているものだ。
ルウナは慌てて椅子に掛けられたジャケットを羽織り、食卓に置いた鞄を持って、鍵もかけずに逃げ出した。
「|イェン、ジェンズオイーディエン! ヤオジュイナーガニューハイズ!《イェン、しっかりして! 女の子の後を追わなくちゃ!》」
「はぁ、はぁっ……腸が零れた……動けないから、拾って戻してくれないかな……」
「|アイヤーっ、ドウシュオラマイイーフー!《もうっ、だからあれほど服を買えって言ったのに!》」
幼女は走って廊下へ上がり、男の前から姿を消す。
暫くして、幼女は酒瓶を胸に抱き、再び店舗へと戻ってきた。
「|シーリウジウ……クーノンフイトン。シーシャンコウ、レンイーシャ《ザクロのお酒だから沁みるかも。傷を洗うから我慢して》」
幼女は床に落ちた腸を拾い、カウンターに並べて傷口と共に焼酎で洗う。
綺麗になった腸を両手でそっと持ち上げると、それっぽく束ねて男の腹腔内へと強く押し込んだ。
「――うおお……っ!」
あまりの衝撃に男は呻き、全身を強張らせて息を止める。
強い腹圧が傷口へとかかり、カウンターが血の海と化した。
「|ファンソン……ハオハオフーシー。ヨウフイパオチューライ《力を抜いて……ちゃんと息して。内臓がまた飛び出しちゃう》」
「はぁっ、はぁ……ふっ……ううぅ……っ!」
男は激痛に喘ぎながら、藻掻くように両腕を宙に彷徨わせる。
すすり泣くような弱々しい声とは裏腹に、男の顔は怒りに歪み、血走った眼で天井を強く睨んでいた。
「|イェン、ブーションチー。ノントンニー、ドゥイブーチー《怒らないで。痛くしてごめんね》」
「はぁ……はぁ……怒ってない……痛いのだって、仕方ないよ……。阿片は姉さんが持ってるんだから……」
腸を腹へと収めるなり、男はゆっくり上体を起こし、残った焼酎を一息に煽る。
そして、腕に巻いた包帯を解くと、腹に強く巻きつけた。
「ふぅ……でも良かった。あの女の子、リベリアスのことを知ってるんだ……! そうと分かれば僕たちは、あの子を地の果てまで追いかけなきゃ……!」




