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第20話「アナスタシア・シュガー」

挿絵(By みてみん)

 


 ルウナとディガンマは物資運搬輸送車に乗って、ルウナの自宅がある地下チュナールへと戻る。

 ふたりが居住区域ゲートを通る頃には、すっかり昼時を過ぎていた。


「ルウナの家はどの辺りですか? あなたが玄関に入るまで、しっかり送り届けなければ」


「海鮮市場のすぐ傍だよー。骨董品屋の古い看板が目印だねー」


「自営業ですか。となると、ご家族が店番をしていますよね? 挨拶に菓子折りが必要だな」


「あんたはあたしのなんなのさー。お店はもうやってないし、一人暮らしだから安心してー」


 ふたりは並んで海鮮市場をゆっくりと歩く。

 競りを終えた市場は閑散としていて、所々にある食堂も、早々に店じまいの準備をしていた。


「おや、随分と閉まるのが早いんですね。刺身かマリネが食べたかったな」


「この辺はどこもみんなそうだよー。働いてる人たちに時間を合わせてるんだろうねー」


 建物の角を曲がったところで、ルウナは急に足を止める。


「おっと……急に立ち止まって、どうかしました?」


「なんだろう。家の前に人だかりができてる」


 古い骨董店の軒先には、ネオフェネックの軍人たちが集まって何やら作業している。

 そのうちのひとり、中年の軍人がルウナに気付き、小走りでこちらに駆けて来た。


「やれやれ、やっと帰って来てくれたか。キミがこの家の住人だね?」


「うん……そうだけど何ー? あたしの家の前で何をしてるのー?」


「証拠を探すために捜査をしている。特別許可地帯で発生した事件について、キミは何か知ってるよね?」


 ルウナは露骨に目を泳がせて、背後に立つディガンマを見た。

 ディガンマは短く息を吐き、ルウナの代わりに証言する。


「この子は事件に関係ないです。カメラに映っていたのなら、おそらく迷い込んだだけでしょうね」


 ディガンマはルウナの手を取ると、引き返すべく踵を返した。

 すかさず軍人はふたりを追いかけ、ディガンマの前へと回り込む。


「ガルルッ、どこへ行く! 話はまだ終わってないぞ!」


「すみません、私たちデートの最中でして。これからカフェへ向かうので、今日は見逃してくれませんか?」


「あっ、あたしらがデートぉっ!? また口から出任せにものを言ってーっ!」


 デートという言葉に対して過剰に反応を示したルウナは、ディガンマの手を力いっぱい振り払う。

 その瞬間をチャンスと捉えた軍人は、素早くルウナの手を掴み、後ろ手にきつく拘束した。


「きゃああっ、痛いぃっ! ちょっとやめてよっ、離してぇーっ!」


「キミだけでも、軍にご同行を願いたい! 手荒な真似はしたくないんだ!」


「いだだだだっ、もう既に十分手荒だってー! ちょっとディガンマ、突っ立って見てないで助けてよーっ!」


 ディガンマは指を顎に当て、眉をひそめて考える。


「――彼氏面は失敗でしたね。この場合、身体を張らなきゃ不自然なのか?」


「痛ぁいっ、そうだよ不自然だよぉっ! 出任せ言うなら最後までちゃんと手を抜くなぁーっ!」


 ルウナに泣きながら強く言われて、やっとのことでディガンマが動いた。

 バオバブの杖を打ち鳴らし、大袈裟な動作で宙へと放る。


 ネオフェネックの本能から、軍人とルウナはバオバブの杖を目で追った。

 ふたりの意識が逸れたところで、身体を割り込ませるようにして、ディガンマは軍人の前に迫る。


「ルウナ、少し離れててください」


 毛むくじゃらの腕を両腕で掴むと、身体を捩じり、そのまま背後へ――

 あっという間にディガンマは、軍人の男を後ろ手にきつく拘束した。


「いででででっ、離してくれぇっ! 腕の骨が折れる……っ!」


「あなたが彼女にしたことを、そっくりそのまま返したまで。あなた方は誰の指示で、何のためにここを張ってる?」


「ぐううっ、誰が話すかぁっ! 任務妨害で強制的に連行するぞぉっ!」


 切羽詰まった叫びを聞いて、ふたりの周囲に他の軍人が集まってくる。

 仲間が襲われている様子を見て、軍人たちは皆一斉に、ディガンマに対して銃を向けた。


「……軋轢を生んでしまいましたか。いやはや全く、口頭での会話は実に不便だ」


 ディガンマは長く息を吐き、両腕を天へと高く掲げる。

 隣のルウナもディガンマを真似て、両手を上げて降参した。


 その瞬間、軍人たちとふたりの間に、小さな影が躍り出る。

 現れたのは、軍服に身を包んだ小さな少女。


「乱暴はやめて……! みんな駄目だよ……っ、お願いだから喧嘩しないで……っ!」


 一見、普通の人間に見えるが、彼女の分類は半獣人(アウトネオ)

 人とネオフェネックのハーフである。


 彼女の頭にはネオフェネックと同じ、狐の耳が生えている。

 尻尾の毛を逆立たせ、蒼い瞳に涙をためて、少女は息を思い切り吸った。


「――全員っ、その場に伏せっ!」


 そして、腹の底から号令をかける。


「はい喜んでっ、アナスタシア様っ!」


 ネオフェネックの軍人たちは、重力に負けたリンゴのように、勢いよくその場で腹ばいとなった。

 まるで少女の言葉に、操られているかのようだ。


 少女は中年の軍人を睨み、彼の前にしゃがみ込むと、顎下を指でコチョコチョと撫でる。


「もう……いけない子なんだから……。一般人に乱暴は駄目だよ……! 家主がここに戻ってきたら、私を呼んでって言ったでしょう……?」


「はっ……はひぃっ、アナスタシア様……! 大変……っ、申し訳ございませんでしたぁぁ……っ!」


「ちゃんと謝れて良い子だね……。勝手なことしたら駄目なんだからね?」


「はぁっ、はぁっ、グルルルッ、は……はいぃっ……!」


 中年の軍人は喉を鳴らし、仰向けに寝そべって腹を見せる。

 自らの股間を尻尾で覆い、興奮した様子で喘ぐ姿に、ルウナは思わず眉をひそめた。


「うわー……成人男性がへそ天でトロ顔晒してるー……。もしやコイツら全員ヘンタイ?」


 少女はゆっくり立ち上がると、ディガンマとルウナに向き直る。


「ディガンマ先生、お久しぶりです……! うちの子たちが、迷惑をかけてごめんなさい……!」


「こんにちは、アナスタシア。ここらの調査はあなたによる指揮でしたか」


 ルウナは混乱した様子で、ディガンマと少女を交互に見た。

 その話しぶりから、ふたりは知り合い同士のようだ。


「あの……そちらの彼女は大丈夫でしたか? どこか怪我をしていませんか……?」


「えっ、あたし!? やややっ、全然大丈夫ー。ちょっとびっくりしただけだからー」


 ディガンマは依然として両腕を高く掲げたまま、少女に向かって微笑みかける。


「私もルウナも大丈夫ですよ。こっちもそれなりに歯向かいましたし、お相子ですので気にしないで」


 そして掲げた両手のひらを、頭上で一発、高らかに強く打ち鳴らした。

 その瞬間、先ほど放ったバオバブの杖が、重力に従って真っすぐ落ち、軍人の脳天を直撃する。


「いでっ!! ……あっ、あれぇっ!?」


 訳が分からない様子で、軍人は遥か頭上を見上げた。

 少女は落ちた杖を拾い上げると、ディガンマとルウナに歩み寄る。


「はじめまして、ルウナさん。私はD-C4配属、少佐のアナスタシア・シュガーです」


「少佐さん!? あたしよりずっと年下っぽいけど!?」


「はい……一応16歳です。金曜未明に開催された、サーカスについて調べてて……ルウナさん、何か知ってたりしますか?」


 ブロンドの髪の隙間から、吸い込まれそうな蒼い瞳が覗く。

 アナスタシアの瞳を見た瞬間、ルウナの胸が不自然にドクドクと高鳴った。


「ルウナさん……金曜の夜、特別許可地帯に入りましたね……? あなたが入って行く所を見たと、街の住人から聞いています……」


「私は、そのー……えーっとー……どう説明すればいいんだか……」


 ルウナはディガンマを見上げ、助け船を求める。


「単刀直入に話しましょう。彼女はサーカスへ行きました。今はここにいませんが、私の部下であるラミウと共に」


「はぁっ!? ちょっとディガンマっ……なんで全部バラしちゃうのさーっ!」


「無実潔白だからです。ルウナは完全に巻き込まれた側だ。犯行には一切、関わってなどいませんから」


「そうですか……。どういう経緯で入ったのでしょう……。ルウナさんって、本当にただの一般人ですよね?」


 空色に透き通る蒼い瞳に見つめられて、ルウナの胸が再び高鳴る。

 甘く切ない感情が、心の底から噴水のように堰を切って溢れだした。


(なんでだろう、この子を相手に隠し事なんて出来ないよー! 今すぐ自分が知ってるすべてを、洗いざらい話しちゃいたい……っ!)


 ルウナは全身を震わせながら、スマートデバイスをポケットから取り出す。

 指が画面に触れる直前、ルウナの手をディガンマが両手で包み込んだ。


「気を付けてください。彼女の瞳はネオの本能に囁き掛ける」


「あ……うん……あたし、どうしちゃったんだろう……。衝動的に身体が動いて……」


 呆然とするルウナをよそに、ディガンマは無言でアナスタシアを見下ろす。

 僅かな怒気を感じたのか、アナスタシアは目を伏せて、ルウナの瞳から視線を外した。


「やっぱり駄目か……先生には何もかもお見通しだね。ごめんなさい……操るような真似をして……」


「無実潔白と言ったはずです。彼女は嘘などつきようがない」


 ディガンマはアナスタシアからバオバブの杖を受け取ると、彼女と視線を合わせるように、地面にそっと跪く。


「ですが、アナスタシアにも何か事情がありそうですね。力になりたいので、どこかでゆっくり話しませんか?」


「……あっちに仮設の会議室があるの! 美味しいお菓子とコーヒーを出すから、そこで一緒にお話しましょう……!」


「あははっ、菓子とコーヒーは嬉しいな。行きましょうルウナ……これでデートのカフェ代が浮いた」


 あまりの調子の良さに呆れて、ルウナは思わずディガンマを睨む。

 彼は終始、飄々としていて、何を考えているかまるで分からない。


「ねぇディガンマ、あの子とお茶だなんてどういうつもりー?」


「いいから、いいから、ついでですから。都合よく腹も減ってますしね」


「いくら知り合いだからって、アナスタシアって軍人でしょー? 誘いに乗っていいのかなぁー」


「最初に誘ったのはこちらですよ。まあまあ、私に任せてください」


 アナスタシアに招かれたのは、海鮮市場の片隅に建てられたプレハブ小屋。

 仮設にも関わらず、板張りの床に壁紙まで貼られている高級っぷりだ。

 大理石の机を囲むようにベルベッドのソファが堂々と鎮座し、天井にはシャンデリアまで掛かっている。


「うあーっ、あたしの部屋より内装が高そうっ!」


「あの……どこでも適当に座ってください……! 今、お人形さんたちを退かしますから……!」


 ソファの上には、世界中の誰もが知るクラシックな猫のぬいぐるみ。

 アニメーション黎明期から何世紀にもわたり、今なお子供たちに愛されているキャラクターだ。


「へー、シュガーボールキャットが好きなんだー。あたしもこの猫ちゃん結構好きー」


「はい……小さな頃から大好きなんです……! シュガーってあだ名が付くくらい……」


「……シュガーがあだ名ってことは、アナスタシア・シュガーって仮名なの? 本当の名前はなんて言うの?」


 アナスタシアはぬいぐるみを胸に抱き、固まるように立ち尽くす。

 額に玉のような汗をかき、顔色はまさに顔面蒼白。


「あわわわわ……恐れ多くて……っ! 私なんかが名乗れば最後……恥を知れって怒鳴られちゃうぅ……っ!」


 ふたつの大きな瞳から滝のような涙を流しながら、アナスタシアはルウナを見つめる。

 彼女の異様な反応を見て、地雷を踏んだことにルウナは気付いた。


「うわぁっ、そんなに嫌なら無理に話さなくて大丈夫だからー! 軍事機密に触れてゴメンてー!」


「ふぇぇっ……私のことはアナスタシアか、シュガーって気軽に呼んでくださいぃ……っ!」


 アナスタシアはベソをかきながら指笛を吹き、外にいる軍人たちを呼ぶ。

 すぐさま、数人の屈強な軍人たちが、デザートプレートを持って馳せ参じた。


「アナスタシア様、お菓子と飲み物を持ってきました」


「ありがとう……! 優しいみんなが大好きだよ……!」


 プレートには美しい飴細工で飾られた、大皿いっぱいのフロランタン。

 仕上げにポットをテーブルに置き、軍人たちは敬礼をして去っていく。


 去り際に見えた巨大な尻尾が、はち切れんほどに振れていたのを、ルウナとディガンマは見逃さなかった。


「おかしいよー……ここにいるネオフェネック……どいつもこいつもシュガーちゃんにガチ恋してるー……」


「まあ、彼女はネオの〈特別〉ですから。多分あなたも例に漏れず、好きにならずにいられないかも」


「なにそれ……魔性の女ってこと?」


「そんなもんです。彼女と対等でありたかったら、あの目を直視しないことだ」


 アナスタシアはフロランタンを小皿に盛り付け、ルウナとディガンマにそれぞれ差し出す。


「どうぞ、召し上がってください……。パリ支部で人気のお菓子なんです……!」


「やばー、食べ物なのに宝石みたーい。ポットの中は何ー? ミルクっぽい香りがするー!」


 アナスタシアはポットを持ち上げようとするが、重すぎてなかなか上手くいかない。

 危なっかしさを見かねてか、ディガンマはポットを奪うように掴み、三つのカップに注いでいく。


「中は温めのカフェオレですね。甘い菓子とよく合いそうだ」


「カフェオレ……!? あぁっ、部下が間違えてしまったようです……! 本来ならばお客様には、熱々のエスプレッソをお出ししなきゃいけないのに……!」


「あ、私はそのままカフェオレでいいです。温度もぬるくて大丈夫ですよ」


「あたしもカフェオレの方がいいー。エスプレッソって苦いんだもんー」


 ふたりの言葉に安堵したのか、アナスタシアはほっと胸を撫でおろす。


「はふ……お兄様がここにいたら……恥を知れって怒鳴られてました……」


「んなことでキレるかー? シュガーちゃんのお兄さんってー、一体どんだけ短気なワケー?」


「いえっ、いいえっ、お兄様は悪くないんです……っ! 悪いのは何も満足に出来ない、まるで駄目な私の方で……!」


 ディガンマはフロランタンを口に放り込み、ぬるいカフェオレを一息に煽る。

 すかさずおかわりを注ぎながら、アナスタシアに向けて口を挟んだ。


「アナスタシア……アルマンは元気にしていますか? 思えばあなたとこうして会うのも、耳の手術以来ですね」


「はい……お兄様は元気いっぱいです。先生のおかげで私の耳も、お兄様の耳も、問題なく機能しています……」


「それは良かった。気がかりだったんですよ。アルマンは終始あなたのことを、羨望の眼差しで見てましたから」


「羨望……お兄様が私に対して!? あわわっ、絶対にあり得ないです! お兄様は完璧ですから……!」


 旧知同士の会話を前に、ルウナは置いてけぼりを食らう。

 間を持たせるようにフロランタンを手に取ると、ひとくち齧ってその美味しさに目を見張った。


「うっわ、キャラメルの味がすごく上品ー! この香り……洋酒と絡めてあるのかな!? アーモンド生地もサクサクで美味しいーっ!」


「そうなんです……! 美味しいですよね。私とお兄様の好物なの……」


「しかし、アルマンは何をしているんだか。妹のあなたに地下捜索など押し付けて、恥ずかしくないのかと問いたくなります」


「先生、お兄様を悪く言わないで……! 私の方こそ、一族の恥なの……。私はネオフェネックに頼らないと、本当に何も出来ないから……!」


 アナスタシアは鞄の中から、ノートサイズのタブレットデバイスを取り出す。

 長ったらしいパスワードを打ち込み、空間投影機能をONにすると、ふたりの前に画像を数枚表示させた。


「私が捜査しているのは……怪しいサーカスについてです」


 表示された画像の内容は、どれもルウナが知るものばかり。


 荒れ果てた闘技場に血塗れの檻――

 憎きサーカスの団長の顔まで。


「特別許可地帯で行われていたのは、見世物という名の人身売買……商品を利用した殺し合いでした……」


「そうそう、あたしもそれはこの目で見たよー。〈強き者〉以上に強い奴らが、団長に操られて戦わされてたー」


「彼らこそ……軍が秘密裏に開発していた、戦闘特化の生体兵器。あまり大声で言えませんが……非常に特殊な存在たちです……」


 その正体は、人間の赤子に手を加え、肉体強化を施した者たち――


 生体兵器と言えど、思想と意志を持つ生物であることに変わりはない。

 実用化に向けて育てていたものの、彼らの中には軍に対して叛意を示す者もいた。


「その強さ故に……中には殺人を犯すものまで……。そんな叛意的存在(リベリアス)を更生施設に送る途中……最初の事件が起きました」


 アナスタシアは表情に怒りを浮かべ、サーカスの団長を強く指差す。


「この犯人が、軍の輸送機をジャックして……生体兵器を根こそぎ奪ってしまったんです……!」


 しかも彼らは厄介なことに、ただの生体兵器ではない。

 輸送されていた者すべてが叛意的存在(リベリアス)だから厄介なのだと、アナスタシアは身振り手振りで説明する。


「はぁ……よくある話ですね。アストラヴァナ領の地下で売られている、軍の型落ちデバイスと同じだ。何も今に始まったことじゃないでしょうに」


「そうですけど……どうしてかしら。今回に限りお兄様が、なぜかドッカーンって怒っちゃって……! あれは俺の私物だとか……国同士の戦争になるとか……!」


 ディガンマは口元を手で覆い、天井を見上げて足を組む。

 何か考えているのかと、ルウナは横目でその様子を見た。


 ディガンマの肩は小刻みに震え、口角が僅かに上がっている。


「なにー? ディガンマ、もしかして笑ってるのー?」


「――笑ってません。アナスタシアが真剣に話している手前、どうして私が笑えましょうか」


 アナスタシアはタブレットデバイスの電源を切り、大切そうに胸に抱く。


「生体兵器の開発には、多くの国がかなりの大金を投じている……! 叛意的存在(リベリアス)が逃げたと知れたら、各国支部の上層が血眼になって独占しようと動くでしょう……!」


「なるほど。だからバレてしまう前に、あなた自ら地下へ潜って、情報を必死に探していると」


「はい……今回の捜査は頑張りたいんです……。お兄様が直々に、私を頼ってくれたから……!」


「今更だと思いませんか? 闘技場には各国の豚共が集まっていた。情報は既に地球の真裏まで行っているはずだ」


 ディガンマの突き放す物言いに、アナスタシアは唇を噛む。


「そもそも、生体兵器が何人いたとか、型番や名前が何なのか、性別は男なのか女なのか――アナスタシアは、どこまで把握してるんですか?」


「恥ずかしい話ですが何も知らず……捜査もまずそこからで……! お兄様に詳細をうかがっても、難しい顔をして何も答えてくれなくて……!」


 ディガンマは再び口元で手を覆い、足を逆に組み直す。

 ルウナは横目でその様子を見て、ディガンマの表情を確認した。


 表情に一切の感情がなく、彼が何を考えているのか、傍からは全く読み取れない。

 ただ、アナスタシアの言葉の端々を、一つも聞き漏らすまいとする気配だけは感じ取ることができた。


(ディガンマのやつ、もしかして……シュガーちゃんがどこまで知ってるか探ってるの……?)


「――アナスタシア。私で良ければ協力します。持っている情報を提供しましょう」


 ディガンマはルウナに手を差し出す。


「はー? え、なにその手はー」


「……何をもたもたしてるんですか。スマートデバイスを寄越しなさい。バイミーのアプリを今すぐ開いて、軍にすべてを開示しましょう」


「スマートデバイスを他人に渡すのー!? 個人情報や口座情報とかも入ってるのにぃーっ!?」


「そんなものは既にバレてますよ。軍が家に来ている時点で、何もかもが手遅れだ」


「ぎゃーっ、嫌だぁぁーーっ! SNSやサブスクにも、バイミー連携しちゃってるよぉーーっ! 検索履歴まで見られちゃうぅぅーーっ!」


 ルウナは床に四肢を投げ出し、駒のように暴れ回った。

 尾を軸にした回転は、板張りの床と相性が良いのか、もはやブレイクダンスである。


 痺れを切らしたディガンマが、ルウナの襟首を思い切り掴み、アナスタシアの前へと突き出す。

 アナスタシアは両目を大きく開き、ルウナとゼロ距離で視線を交わした。


「ルウナちゃん……決して悪用しないから、あなたのバイミーの情報を吸わせて……? 犯人とのやり取りは、ルウナちゃんのアカウントにしか残っていないの……!」


 しばらく無言で見つめ合った後、ルウナは不自然にニッコリと微笑み――


「ウン、イイヨー。バイミーでもネチョフリでもー、見れる履歴は何でもミテー」


 スマートデバイスをアナスタシアに差し出した。

 ルウナの気が変わらないうちに、アナスタシアはスマートデバイスを奪い取る。


「……ありがとう! 情報を吸ったら、すぐに返すね……!」


 そして、持参したであろう専用のマシンで、ルウナのデバイスをスキャンにかけた。

 すぐさま正気を取り戻したルウナは、顔色を七色に変化させて、勢いよくディガンマに殴りかかる。


「この下衆野郎ーーっ!! 何があの目を直視するなだーーっ!! どの口が言うんだっ、この口かーーっ!?」


「あはは。思えばルウナとアナスタシアは〈対等〉じゃないと思いましてね。あなた如きの一兵卒が佐官の命令を拒否するなど、本来あってはいけないのですよ」


「ムキーーッ!! ああ言えばこう言うーーっ!! ディガンマのことっ、本格的に嫌いなんだがぁーっ!!」


 連続パンチをすべていなされ、ルウナは床に突っ伏する。

 一発も当てられない悔しさに、顔を上げることすらできない。


 そんなルウナを心配してか、アナスタシアは板張りの床に膝をついた。


 データをすべて吸い終えたのだろうか――

 アナスタシアはスマートデバイスを、そっとルウナに差し出した。


「ありがとうルウナちゃん……恥ずかしい思いをさせてごめんね……」


「もういいよ……共犯って疑われても仕方ないもん……そもそもあたしが好奇心出して、サーカスへ行ったのが悪いんだから……」


 アナスタシアは瞳を伏せ、首をゆっくりと左右に振る。

 その表情は女神のように清らかで、悟りか何かを開いたような面持ちだ。


「大丈夫……私、ルウナちゃんのことを疑ってないよ……。VIXROSE(ヴィクスローズ)を推してる女に、悪い人はいないんだから……!」


 軍服の内ポケットから取り出されたのは、アナスタシア本人のスマートデバイス。

 ルウナがそっと画面に触れると、待ち受け画面に見慣れた顔が表示された。


「うそ……シュガーちゃんの待ち受け……っ、VIXROSE(ヴィクスローズ)のカシくんじゃん……っ!」


 ルウナも自身のデバイスを掲げ、待ち受け画面を表示させる。


「ルウナちゃんはチャンミくん推しなんだね……っ! どうしよう……っ、過去の配信を一緒に観ながら、三日三晩寝ずに語り続けたい……!」


 異常なテンションの上がり様に、ディガンマは座ったまま呆気にとられる。

 何がそこまでふたりの少女を狂わせているのか、まるで理解できない。


 そもそも、VIXROSE(ヴィクスローズ)とは――

 ソウル支部で人気を博している、韓流アイドルのグループ名である。


 カシという青年は、アナスタシアと同じ半獣人(アウトネオ)

 白銀の毛並みとワイルドな容姿が、女子の人気を集めている。


 一方、相方のチャンミはいわゆる普通の人間。

 こちらは線が細く、花のように儚い容姿で、カシ以上の人気を博している。


 ふたりは徴兵されてもなお、戦場でバディを組んでいるらしい。


「シュガーちゃん、もしかしてこの部屋に置いてある、シュガーボールキャットのぬいぐるみたちは……!」


「えへへ……推しの概念を宿しています……。白くてフワフワな毛が、カシくんの毛並みにそっくりだから……!」


「うあああーっ、信用できるオタクの女だーっ! シュガーちゃんっ、あたしと絶対友達になってぇぇーっ!」


 ふたりは熱い抱擁を交わし、両手を強く合わせたまま、興奮した様子でソファに座る。

 アナスタシアが席に戻ったところで、ディガンマは懐から小さな封筒を取り出した。


「アナスタシア。情報を提供した代わりに、こちらの要求をひとつだけ呑んでくれますか?」


「あっ、はい……私にできることなら、なんでも聞きます……! お兄様ほど叶えられる権限は持ってませんが……!」


「良かった。ルウナとのデートは〈ついで〉でしてね。私がアストラヴァナ領へ来た理由は、すべてこのためなんですよ」


「ディガンマったらー、まーた適当なことを言ってー、一体どれだけ〈ついで〉があって、目的がコロコロ変わるんだかー」


 定まらない〈ついで〉と〈目的〉に、ルウナは呆れてディガンマを茶化す。

 しかし、ディガンマの目は冷静そのもので、表情はまったく笑っていない。


 ルウナの茶化しに対しても、そもそも聞いていないのか、話が逸れないように徹底して無視を決め込んでいる。


「それで、要求ってなんですか……? 難しいことだったらどうしよう……」


「簡単なことです。私の部下……ラミウを軍の所属として、この場で認可してください」


「ファイター登録? そんなこと……武器を持って窓口へ行けば、簡単に申請できるのに……」


「事情があって、本人が窓口に行けないんです。ここはひとつ、私の推薦ということで」


 アナスタシアは封筒を開き、書類を取り出してラミウの情報を確認する。


「……ん? この顔、最近どこかで見たような……」


「覚えてませんか? あなたが入院した日のこと……ラミウがあなたと添い寝をして、眠るまで励ましてくれたでしょう」


「――あっ、この人……あの時のお姉ちゃんか! 覚えてますとも……とっても頼もしくて優しかった……!」


 遠い日の記憶を思い出して、アナスタシアは笑顔になる。

 書類に貼られた顔写真を指でなぞり、嬉しそうに頬を緩める。


「お姉ちゃん……なんだかとっても綺麗になったね。また会ってふたりで話したいなぁ……!」


「彼女も大人なので、所持する資格は多い方がいい。診療所は忙しいですから……〈ついで〉に纏めて済ませたくて」


「そうですよね……! 時は金なりキビキビ動けと、お兄様もよく言うもの……!」


 ディガンマの動機に疑問を抱くこともなく、アナスタシアは促されるまま、独断で申請を開始した。

 この程度の申請なら窓口を通さずとも、自分の裁量下で処理できると踏んだのだろう。


「えっと……メインウェポンはブラックアックス……、髪飾りと指輪はサブウェポンですか……?」


「そんなところです。アクセデバイスは安いものではありませんから。紛失した時のために、一応登録しておこうかと」


「英断です……。登録さえしておけば、例え盗まれて売られても、取り返すことができますもんね……」


 アナスタシアは印鑑を出し、ラミウの書類に判を押す。

 そして、先ほど使った専用のマシンで、内容をすぐさまスキャンした。


「よし……すべて登録しておきました。私がここで処理したので……デルタ・コアではなく、アストラヴァナ領の捺印になってしまいましたが……」


「ああ、そういうのは一切こだわらないんで大丈夫です。ラミウの場合は誰の目を通すかが重要なので」


「誰の目を……? えっと……正直よく分からないけど……とりあえず、登録おめでとうございます……!」


「あはは、ありがとうございます。本人は寝耳に水でしょうけど」


 ディガンマはソファから立ち上がり、プレハブ小屋の出口へと向かう。


「さて……これ以上の長居は不要です。ルウナを送って、さっさとベレナスへ帰りましょうか」


 とことんマイペースなディガンマの様子に、ルウナは呆れて言葉も出ない。

 ルウナはカフェオレを慌てて飲み干し、残った菓子を口いっぱいに放り込む。


 そして、スマートデバイスを片手に持ち、アナスタシアの傍へ歩み寄った。


「ねぇー、シュガーちゃんがよかったらなんだけどさー。今後また一緒に遊びたいから、あたしと友達になってくんない?」


「うん……! 業務の流れでID交換はまずいから……今日は一旦、SNSで繋がれるかな……?」


「りょーかーい。あたしのメェモのアカウント教えとくよー。あたしのアカウントはルナ名義でー、アイコンは自作のイラストだよー!」


 ルウナのデバイス画面を見て、アナスタシアの身体が跳ねる。

 信じられない様子で、アナスタシアは自身のデバイス画面を掲げた。


「あ……なんか、すごい偶然……。いつもお世話になってます……! 私……フォロワーの猫砂糖です……!」


「えっ!? いつもリプくれる猫砂糖さんっ……!?」


 ふたりは既に繋がっており、なおかつ頻繁にメッセージを送り合う仲だったようだ。

 ディガンマは口元を手で覆い、肩を揺らしてクツクツと笑う。


「ふ……っ、ふはっ、あははははっ! まったく、世間は恐ろしく狭いですね。女の子同士、仲がよろしくて結構結構」


 笑いながらもディガンマは、小屋の扉をさっさと開けて、ひとりで外へと歩いて行く。

 ルウナとアナスタシアは互いに顔を見合わせて、はにかみながら両手を合わせた。

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